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最初は、数の多い海賊が村人達を押していたが、次第に押し返されていった。
砂浜に誘い込まれたことで、重い鎧が足枷になったのも有るが、負傷させた村人がすぐに治療されて戻って来るのでは、徒労感ばかりが積み上がる。
海賊側は負傷した仲間は後退するだけで、戦線に復帰はしない。
数の優位はいつの間にか逆転されていく。
そして、夏の暑い日差しの下で、重く通気性の無い鎧で全身を覆って体を動かすのは、とてつもなく体力を消耗する。
今思うと、最初の火魔法での攻撃もダメージが無いように思えて、実はこちらの体温を上げる為に撃たれたのだと分かる。
激しく体を動かし続けていると、鎧の下で汗だくになり、意識が朦朧としてくる。
双方が衝突してから三十分もすると、海賊の旗色は明らかに悪くなった。
去年までだったら、こうなる前に村人達を蹴散らすことが出来たのだが、今年は上手く行かなかった。
「チクショウ!」
海賊の親玉、ハリーは苛立ちまぎれに叫ぶ。
目の前の村人にバトルアックスを振り下ろす。
村人はとっさに後ろに飛んで避けようとしたが、間一髪間に合わず胸を斬られる。
それでも鉄の胸当てのお陰で、致命傷だけは避けられた。
直ぐに後退して、自分で救護所に向かう。
ハリーは追わずに、自分の兜を脱ぎ捨てた。
「くそアチイ!」
汗だらけの頭を振るう。
周りを見回すが、既に仲間の海賊は半分逃げ出していた。
「おいコラ!逃げんじゃねえ!」
手下達に向かって叫ぶ。
「無理でヤスよ、親分!これ以上やっても得にならねえ!」
既に大分遠くまで逃げていたナジンがそう言って、そのまま走り去る。
「くそがっ!」
ハリーは地団駄を踏むが、柔らかい砂がその衝撃を吸収した。
「おい、そこの女!俺と正々堂々タイマンで勝負しやがれ!」
少し離れた所で、別の海賊と戦っていたモモを見つけ、そう叫ぶ。
海賊の親玉らしき男の叫びを聞き、私は呆れた。
他人の村を襲って財産を奪う海賊なんて行為をしておきながら、正々堂々も無いものだ。
しかもあの男、怒りで頭に血が昇って、去年自分を傷付けたモモに復讐する事だけに執着しているみたいだ。
ああいうのは無視して、複数人で囲んで叩けばいいと思うのだが、モモは彼の前に進みだす。
それまで戦っていた村人と海賊達も、あの男の大声に一時戦いを止めて、二人の方を見る。
これはマズいな、場の空気があの男に支配されている。
海賊の親玉だけあって、あいつは強いだろう。
去年モモが彼に傷を付けたのも、アーサー君のお父さんと二人掛かりで相手をしたお陰だったと聞いている。
果たして、モモ一人で勝てるだろうか?
「待って、モモ姉!僕が相手をする!」
私の隣に居たアーサー君が彼女の方に駆け出した。
「ダメだ!来るな!」
モモが叫ぶ。
「子供扱いしないで!僕だって戦える!そいつは父さんの仇なんだ!」
負けじとアーサー君も言い返した。
「ゴチャゴチャめんどくせえな!ガキと女なんて大したこたぁねぇ!纏めてかかって来やがれ!」
海賊の親分がそう言う。
確かにあの親分なら、二人を相手にしても互角以上に戦えると思える。
筋骨隆々で二人を足したより体重は重いだろう。
私は考える。
ここまでの戦いで、村人側が完全に有利になっている。
リーナ達のお陰で、怪我をした人も完全に回復して戦線に復帰できている。
幸いにもこちら側に死者は出ていない。
この一騎打ちめいた戦いにどちらが勝とうとも大勢に影響はない。
モモ達が勝てば、親分を失った海賊達は撤退していくだろう。
逆に海賊の親分が勝っても、その小さな勝利に満足して彼は撤退を選択すると思われる。
どんなに頭が悪くても、このまま戦い続けても勝てないのは分かるはずだ。
ああ言う輩は実利よりもメンツを大事にする。
ただしその場合、モモとアーサー君は大怪我をするか、最悪死んでしまう。
リーナの治癒魔法も、一度死んだ者を生き返らせる事は出来ない。
その場合、自分はどう思うだろう。
私は考える。
モモ、桃山梓とはこの世界に転生する前にはあまり話したことは無い。
それでも、この数日は元クラスメイトとしてそれなりに親しくしていた。
アーサー君に関しても同じである。
と言うか、私にとっては前世で少しだけ知っていてここで久しぶりに会ったモモも、この村で知り合ったアーサー君も同じようなものだ。
知り合いではあるが、友達かと聞かれれば、微妙なところだと思う。
人の死も、去年の戦場で幾らか見た。
ただ、彼等は大きな意味では仲間だったが、ほとんど知らない他人であった。
私は知り合いの死を目の前で見て何を思うだろう。
考えても分からない。
それこそ、その時が本当に来なければ分からないだろう。
考えて分からない事は、考えても無駄だ。
なら、別の事を考えるべきだ。
私は、周りを見回す。
海賊の親分は相当強かったらしく、彼だけ海賊の戦列からかなり突出していた。
普通、突出した敵は囲んで叩くものだが、普段から戦闘訓練を受けていない漁民にそこまで要求するのも無理がある。
バンズ男爵から借りた兵士は隊列の両翼に配置していた。
数の多い敵に回り込まれて、側面を突かれた時に少しでも耐えられる様にだ。
ともかく、海賊の親分の近くには、敵も味方も今現在モモとアーサー君しかいない。
私は、そっと歩き出した。
転生前、学校に通っていた時、私は影が薄かった。
こんな性格だから、目立たないのは有難かったのだが、何か用が有って誰かに声を掛ける時、背後から話し掛けて必要以上にびっくりされることは良くあった。
無駄に背が高いコンプレックスから目立たない様に気配を消していたのだ。
別に足音を殺して歩いているつもりは無かったのだが、無意識にそうしていたらしい。
兜を脱いだ海賊の親玉には左目に傷が有ったので、そちら側から静かに回り込む。
去年モモがつけたと言う傷だろう、親玉の挙動から片目の視力が無いか著しく低いであろうことは予測できた。
視力の弱い方に回り込むことで、当の彼には気付かれない様に出来るが、遮蔽物の無い砂浜では他の大勢には見られている。
そこで役に立つのが影が薄いと言うスキルだ。
転生時に貰った物ではなく、その前から持っていた自前の物だ。
ごく普通に何でもないように歩く。
走ったりして無駄に目立つことはしないが、変にゆっくりにも歩かない。
自然な動きに誰からも注意を向けられない。
私は背が高いので歩幅が広く、普通に歩いてもそれなりのスピードが出る。
なんでもない顔をして、海賊の親玉から斜めに離れる様に歩き出し、弧を描く様に進んで親玉の斜め後ろから近付く。
最初はみんな海賊の親玉とモモ達に注目しているので私の動きには気付かない。
歩いている内に何人かが気付くが、私の意図が分からず何も言わない。
親玉の背後に迫った時になると、流石に意図に気付いて海賊の仲間が親分に注意の声を掛けようとするが、もう遅い。
「!?」
未だに、「君は戻れ!」「嫌だ、自分も戦う!」とか言い合っていたモモとアーサー君も親玉の背後に迫った私に気付く。
「なんだ?」
二人の視線に、海賊の親玉も後ろを振り返った。
その時には、私は持っていた即席槍を突き出していた。
鎧の隙間とか、兜を脱いで無防備になっている頭部は狙わない。
ただ、両足の間に斜めに差し込んだだけだ。
彼ほどの戦い慣れた海賊なら普通の攻撃には咄嗟に反応で来たであろうが、私の殺気の無い動作には無反応だった。
股の間を素通りして地面に刺さった穂先を支点にして、槍の柄をテコの様に動かす。
海賊の親玉は足を取られて、砂地に転んだ。
「な、何ぃ!?てめえ、卑怯だぞ!」
非難の声をあげるが、海賊なんかにそんな事を言われても、私は何とも思わない。
「卑怯で結構」
彼に掛ける言葉なんか何もないけど、モモとアーサー君に向けた合図の為に私はそう言った。
いきなりの事に呆気に取られていた二人だったが、私の声に急に我に返った。
「と、父さんの仇ぃ!!」
アーサー君が海賊の親玉に向かって槍を繰り出す。
「くそっ!」
仰向けに倒れたまま海賊はバトルアックスを振るおうとするが、モモの槍がその手を突き刺す。
アーサー君の槍が海賊の親玉の喉元に突き刺さる。
夏の陽が降り注ぐ砂浜に一瞬静寂が訪れた。
アーサー君は無言で、血に濡れた槍を天にかざす。
「やったのか?」「勝った・・・・」「勝ったぞぉぉぉ!!」
村人達が勝利の雄叫びを上げる。
まだ残っていた海賊達は雪崩を打って逃げ出した。




