12-1
「海賊が来たぞー!!」
いつもの様に村の人達と訓練をしていた時、周辺に配置していた見張りの人が叫びながら走ってやって来た。
みんなに緊張が走る。
「落ち着いて、全員配置について!!」
私は村の人達に号令を出す。
槍を持った人達は、事前の練習通りに迎え撃つように隊列を整える。
後方支援の人達も所定の場所に移動する。
見張りの人は村の西の街道からやって来たので、海賊は西から歩いてくるようだ。
それに合わせた布陣を組む。
海賊だから船を使って海からやって来ると思うかもしれないが、モモ達から去年までの話を聞くとそうではなかったそうだ。
海からやって来ると、船から下りて上陸する際に攻撃されて不利になるのを彼等は知っているので、村から離れた人気のない海岸に上陸してから徒歩でやって来るのだそうだ。
その船も村の人達が使うのと同じ数人乗り程度の小さな船が複数で、髑髏のマークが帆に描かれた有りがちな海賊船の様なものではない。
カリブの海賊みたいのを想像すると期待外れだ。
まあ、敵の船が貧相だからと言って、がっかりすることは無い。
その代わり、やって来る彼等は陸専用の重装鎧を身に着けている。
村から奪ったお金で揃えたもので、これはかなりの脅威だ。
私達の考えた作戦が上手く行くか、少しばかり不安になる。
「みんな、配置に着いた!?」
私が確認をする。
「おう!!」
村の人達が、大きな声で返事をする。
その声に私は勇気を貰う。
海賊の親玉ハリーは、偵察に行って来た手下の報告に少しばかり眉をひそめた。
「どう言う事だ?獲物の村の連中が村じゃなくて、浜の方に集まっているだと?」
隣に居るナジンにそう尋ねる。
「そうでヤスね、村に籠るより開けた場所で戦う方が分が良いと考えたとかでヤスかね?」
少し考えてナジンが答える。
「はっ!そんな小細工、吹っ飛ばしてやるぜ!こっちの方が良い鎧と武器を持ってんだ、敵じゃねえ!」
ハリーがそう吠える。
「野郎ども!鎧を着ろ!一気に叩き潰すぜ!」
彼の号令の下、海賊達は鎧を身に着け始める。
流石に真夏の太陽の下、全身を覆う鎧を身に着けたまま歩いて来るのは暑くて堪らないから、ここまで手に持ったり背負ったりして運んできていた。
準備が整うと、再び前進を始める。
時間は少し戻って、バンズ男爵の屋敷で海賊への対抗策を話し合っていた時。
「最初ちょっと関係の無い話をするけどいい?」
ユキから作戦案が無いか聞かれて、私はそう言った。
「いいよ」
ユキが軽く答える。
「ふむ、聞こうか」
男爵もそう言ってくれた。
レオ太郎は不機嫌な感じで、何か言いたそうにしているが、上司が了解しているので今は口を閉じている。
少し回りくどい話になるが、作戦に説得力を持たせるのに必要な話だから、言っておきたいのだ。
ユキも、リーナとカレンも私のこれまでの実績から信頼して、言わせてくれるので有難い。
「ええと、りんごの木の病気に腐乱病って言うのが有るんだけど・・・」
私は本当に一見全く関係無い話を始める。
バンズ男爵は一瞬眉を顰めるが、それでも一応聞いてくれるみたいだ。
「この病気が枝や幹に着くと、その名前の通り樹皮の部分が腐った様になって、それがどんどん広がってその先の部分が枯れてしまうんだよね。切り落とすか、かなり強い農薬を使うしか治療法が無いんだけど、大きな枝や幹を切ってしまうとその分収穫量が減っちゃうし、強い農薬は病気の部分を含めて周りの組織まで殺してしまうんだ」
この病気は私達の村のりんご園でも僅かだが見かけた。
幸い、自分達で作っている園では無いが、アインさんの畑とかで少し発生したそうだ。
「でも、この病気には別の対処方法が有るの」
「ああ、アレか。木の幹に何か巻いているの見たな」
カレンがそう言う。
彼女は私と一緒に村の中を見回る事が多かったので、見た事が有る様だ。
「そう、アレって泥って言うか水を含んだ土を塗り付けて、乾燥しない様にビニール・・・は、こっちには無いから、麦藁とかで巻いてるんだよね」
「え、そんなただの土で治るの?」
リーナが聞いてくる。
「それが治るんだ。農薬でもなかなか殺せない菌なんだけど、実はこの菌は何処にでもいる土の中の雑菌には勝てないんだ。そして、りんごの木は土の中の菌よりも強い」
私はそう説明する。
「あ、ええと、菌て言うのは目に見えないけど、あちこちに居る病気の元みたいなものです。色んな種類が有って病気を引き起こしたり、そうでなかったりするモノも有ります」
細菌とかはこの世界の人には分からないと思ったので、バンズ男爵に向けてそう言う。
「それは瘴気のようなものかね?」
男爵が聞く。
「そうですね、病気の元になったりする物です。ただ、人間の病気の元や植物の病気の元や色々有って、特に病気を引き起こさずに物を腐らせたりするモノも有ります」
取り敢えず、そう説明した。
「なるほど、植物に害をなす瘴気をそうでない瘴気で殺すという事かね?」
男爵がそう言う。
「そうです」
私が答える。
中々理解力のある人だ。
「それはただの三竦みだろう」
レオ太郎がそう言ってくる。
「三竦みとはちょっと違うかな、りんごの木は土の中の雑菌に負けないけど、雑菌を殺したりは出来ないからね」
「じゃあ、結局、この話の結論は何なんだよ?」
レオ太郎が少し苛立ちながらそう言う。
だが、それは私が想定していた質問だ。
それを言ってくれることで、次の話がし易くなる。
「ここで重要なのは、何故、りんごの木に取り付いて腐らせるほど強い菌が、何処にでもいる雑菌に勝てないかって事なんだ」
私は説明を続ける。
「そう言えば、何でなんだ?」
ユキが素朴な疑問を口にする。
「それはね、その腐乱病の菌が生きているりんごの木に取り付けるほど強くなったからだよ」
「?」
私の言葉に、みんなが疑問符を頭に浮かべる。
「つまり、りんごの木に対しての強さを身に付ける代わりに、他の菌に対抗する力を捨ててるんだ。だから他の菌が繁殖しやすい土の中では生きていけなくて、雑菌の少ない木の上の方に付くしかなくなっている。そこに土を巻くことで病原菌を退治するんだ」
「あ、なんか分かった!」
私の話に、ユキが膝を叩く。
「つまり、それを今回の話に置き換えると、海賊達は奪ったお金で重武装してるけど、漁民達に対して強くなった半面、別の弱点を持ってるかもしれないって事?」
「そう!」
ユキは私の言いたいことを理解してくれたようだ。
「なんだよ、だったら回りくどい言い方しなくても良かっただろう!」
レオ太郎が文句を言う。
「いや、例え話を入れてくれたおかげで、分かり易かった」
「そうそう」
カレンとリーナがそう言ってくれる。
彼が否定的な事を言ってくると、逆にみんなが私に賛同するのは予想できていた。
ちょっと卑怯だが、男子対女子の構図を利用させてもらっている。
「ふむ、ともかく、重装備の海賊の弱点を突くという事か、具体的には?」
バンズ男爵が私に先を話すように促す。
「そうですね、まず鎧が重くて動き難いって処を突くのが良いと思います。足場の悪いところ、例えば砂浜とかに誘い込むとか・・・」
私はそう言う。
他にも、ユキやみんなが色々アイデアを出してくれる。
こういう時は、全部自分で考えるより、最初に大まかな方向性を決めて、みんなで細かい所を詰めて行った方が良い。
そして、レオ太郎の様にこちらの粗を探して文句を言ってくれる人も、作戦の修正の為に必要だったりする。
まあ、大半はユキに返り討ちにあっていたけど。
小一時間程、私達は話し合い、作戦の概要を纏め上げた。
「うむ、良く分かった。その作戦で行って良いだろう」
バンズ男爵が立ち上がって、そう言う。
「それではカスカベ男爵殿、私の全権を委任するので、彼の村を海賊から守ってくれるかね?」
どうやら、私達の事を信用してくれた様で、握手を求める様に右手を差し出す。
「はい」
私も立ち上がって、握手をした。
「私はここを離れる訳にはいかないが、少しだけでも兵を出そう。ついでにレオンも付けるのでお願いする」
男爵がそう言う。
ユキが、正直レオ太郎は要らないって顔をするが、私は愛想笑いをする。
こうして、私達はやって来る海賊に立ち向かう事になった。




