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野営を始めて数日目の夕食。
村の女性達が料理をするので、私達はあまりすることが無い。
ただ、毎日シーフード・ピザでは飽きるので、私は別の料理を作った。
それをキハラとレオ太郎の所へ持って行く。
「干し肉とハマヒルガオのスープだけど、どうぞ」
私はスープの入った鍋を持って、二人の所に行く。
そう親しくはない二人だが、他に知り合いが居ないから一緒に居るようだ。
女子同士で固まっているから私達の方には近付き難いようでもある。
二人はキハラの乗っていた馬車の荷台で、村の人が作ったシーフード・ピザを食べていた。
ピザだけでは喉が渇くので、スープは喜ばれるだろうと思う。
「肉か、有難いな」
魚嫌いのレオ太郎がそう言う。
干し肉は私達が旅用に持っていたものを使っている。
ハマヒルガオはそこら辺に生えているものを採って来た。
キハラはキャラバンであちこち旅をしているので、自分用の椀を持っている。
レオ太郎は村の人から借りている椀を差し出した。
それぞれによそってあげる。
先にリーナ達にも配っているので、鍋の中身は二人分で空になった。
「そう言えば、アサガオとかヒルガオって毒が無かったか?」
盛られたスープの匂いを嗅いだレオ太郎が聞いてきた。
「毒が有るのはチョウセンアサガオだよ。普通のアサガオもヒルガオも種以外に毒はないはず。モモに聞いてもこの辺の人は普通に食べるって言ってた」
私はそう答える。
スープには花と葉が入っている。
「そうなのか?」
「おお、美味い!」
レオ太郎は半信半疑だったが、キハラは構わず口にして、感嘆の声をあげる。
干し肉は大分古いし、味付けも塩と残り少なくなったスパイスを少し入れただけなのだが、たまに食べる肉はそれだけで美味しいみたいだ。
レオ太郎もスプーンで掬って食べ始める。
私はその様子を眺めた。
ここには私一人で来た。
ユキはすぐに毒を吐くから連れて来れないし、リーナとカレンも何故か男子とは距離が有るみたいで、無理に来てもらうのも悪いと思った。
そんな訳で、一番コミュ障だと自他ともに認めているのに、私がスープを持ってきたのだ。
コミュ障で男子と話すのは苦手だと思われるかもしれないけど、私は女子にも同じように人見知りだから、男女ともに慣れない人と話すのはハードルは高い。
それでも必要とあれば、頑張るくらいは出来る。
「海賊との戦いに巻き込むことになっちゃったのは悪いと思ってるけど、当日は打ち合わせの通りにお願いするね」
食事をする二人に、少し勇気を出して私はそう言う。
以前の戦争はエドガーさんとか偉い人の言う通りに動いていればよかったけど、今回は私が指揮する立場だからみんなに気を配らなければいけなくて大変だ。
「気にすんな、俺だってクラスメイトのピンチに何もしない訳にはいかないぜ」
椀から顔を上げ、キハラは笑う。
彼は武器の調達をしてくれた後はもう商会の仕事に戻って貰っても良かったのだが、それでもこうして付き合ってくれている。
有難い話だ。
「ん、ああ」
レオ太郎はあまり気乗りしない感じだが、先にキハラにやる気が有るところを見せられたら、一応は頑張らない訳にはいかないといった風である。
モモの村の事を知っていながら、何もしてこなかったことに対する後ろめたさも有るのだろう。
本当は軍師としての実力を示すために自分で指揮を執りたいと言う気持ちが有るのは分かっている。
私としてもこんな責任重大な仕事は誰かに代わって貰いたいのだが、彼の理想だけで現実を見ていない作戦案を聞いていると任せるのは無理だと感じたので、結局私が指揮を買って出た。
「ええと、レオ太郎・・・じゃないや、レオンはどうやってバンズ男爵の軍師に成ったの?」
二人が食事をしているのを見ていて、他に話題も思いつかなかったので、彼にそう聞く。
「・・・」
「あれだろ、リバーシとか作って見せたんだよな」
レオ太郎は何故か黙ったが、キハラが代わりに話した。
「なるほど、前の世界のボードゲームを作ったのか。頭いいね」
私はそう言うが、実は少しお世辞が入っている。
「あれは、領主に取り入る為にじゃなくて、金儲けをしようとして作ったんだが・・・、あんまり上手くいかなかった」
レオ太郎は苦々しそうにそう言う。
「木工のスキルとか取ってたから自分で作って売り出したんだが、すぐに他の商人にマネされて量産された。一人で一つずつ作ってたんじゃ、勝ち目が無い。これだから特許って概念がない未開人はダメだ」
そう怒り出す。
まあ、そんな気はしていた。
それでも、特許と言う仕組みはないが、偉い人、権力者にコネが有れば権利を保護してもらうことも出来るだろう。
ただし、その人の権力が及ぶ範囲でならだけど。
それに、この世界にはリバーシは無かったけど、別のボードゲームは有ったし、庶民が忙しい仕事の合間にやる娯楽としてはそれで十分ではある。
特許の仕組みが有ったとしても、儲けられるかは微妙だったと思う。
「次に武器を、銃を作ろうとしたんだが、火薬の調達が出来なくて詰んだ」
これもそうだろう。
入手できなければ自分で作れば良いと思うかもしれないが、転生時に貰えたスキルの一覧には火薬製造なんて無かった。
あのスキル一覧はこの世界に存在する技能を網羅していたけど、元から存在しない技能は無いものとなっていたので仕方ない。
自分の知識でどうにかするにしても、一般的な日本の男子高校生が詳細な火薬の作り方を知っているはずもない。
「ええと、そうすると、どうゆう風に領主様にアピールしたの?」
私が聞く。
彼の機嫌を取ろうとして話題を振ったのだが、どんどん不機嫌になるので、私はこれは失敗したかなと思い始めていた。
それでも今現在、レオ太郎は領主の所に仕えているから何らかの成功をしたと思うので、聞き続けることにした。
「別にここの領主だけに取り入ろうとしてたわけじゃない。公国の首都で色々発明とかして金儲けの方法を模索していたら、たまたま来ていたバンズ男爵の目に留まったんだ」
レオ太郎がそう言う。
彼の表情は苦々しいままだ。
きっと、その発明とかもあまり上手くいかなかったのだと思う。
発明とは言っているけど、本当の処は元の世界に有ったモノのパクリだろう。
それに、実際に形にするには一から試行錯誤する必要があるので簡単ではない。
私達が『冷蔵庫』を再現できたのは元学院長が独学でほぼ完成まで漕ぎ付けていたからで、私達は実質修理しただけだった。
だからこそ、その権利が魔法学院に持って行かれたとしても文句は無い。
「結局、男爵の気を引けたのは『マヨネーズ』だったな・・・」
レオ太郎がそう言う。
「なるほど、マヨネーズなら卵とお酢で作れるから、簡単で良いね」
私はそう褒める。
レオ太郎は少しばかり機嫌を直したようだ。
とは言え、マヨネーズも問題が無い訳ではない。
お酢はともかく、鶏卵はこの世界ではそんなに安価に流通していない。
元の世界の様に一か所で何万羽も飼育している養鶏所なんかは存在していないので、当たり前の話だ。
私達の村の様に小規模に鶏を飼って自家消費する所が大半である。
養鶏で生計を立てている所も有るが、そこも数十羽から百羽程度と言う話なので、卵はそれなりに高価で、そして安定して手に入れるのは難しい。
一度、偉い人に食べてもらって、気に入って貰う事は出来るだろうけど、大量生産してお金を稼ぐのは無理だろうと思う。
あと、実はこの世界にもマヨネーズの様な調味料は存在している。
私達の知っているマヨネーズよりもっと水っぽくシャバシャバしているが、貴族の食事にはたまに出てくる。
この世界の人もバカではないから、卵とお酢が有るのなら作っていない訳はないのだ。
きっと、バンズ男爵は日本式の濃いマヨネーズを気に入ったのだと思う。
ただ、それは自分が食べて美味しいと言うだけで、商売としては採算がとれない。
それが分かっているから、男爵のレオ太郎に対する評価が高くないのだと思う。
そこまで察したけど、一々口に出して機嫌を損ねる事も無いから、私は無駄な事は言わない事にした。
「苦労したぜ、卵と酢のバランスが難しくてな、それで、マヨネーズを気に入ってもらってから、リバーシや他の発明を見せて、何とか雇ってもらうことが出来てな・・・」
レオ太郎がそう話す。
いや、発明じゃなくてパクリだろ、とは思ったが、口には出さない。
その後、愛想笑いしながら、二人と色々話をした。
ただ、後半はキハラが主に喋っていた感じだった。
何故か私は、キハラにだけウケが良いみたいで、レオ太郎にはあまり好かれていない感じがする。
原因を考えてみたら、すぐに思い当たった。
多分、身長だ。
私は女子にしては背が高く、レオ太郎は男子にしては低い。
立って並ぶと頭一つ分以上、彼の方が低い。
良く分からないが、男子としてはあまりいい気はしないのだろう。
キハラは私より少しだけ高い。
リーナとカレンは同じくらいの身長で、この二人もレオ太郎より少しだけ背が高い。
彼より低いのはユキだけだが、彼女は自分より頭が悪いと思った男子には口が悪くなる。
上手く行かないものだ。
暫く話をした後、私は女子の集まりの方に戻る。
一応、男子のご機嫌を取ると言う当初の目的は達成できただろうか?




