11-5
海賊の親玉ハリーは浜で捕って来た魚を天日干ししていた。
彼等は海賊ではあるが、年中海賊行為をしている訳ではない。
それどころか、大半の時間は普通の漁民として暮らしている。
海賊は年に一度の臨時収入を得るための出稼ぎでしかない。
夏の熱い日差しの下、妻と一緒に浜辺に設置した台の上に魚を並べていると、一人の男がやって来た。
「親分、ちょっと良いですかい?」
痩せた小男だった。
「おう、どうした?ナジン」
ハリーは作業の手を止めて、男の方を向く。
「ええ、ちょいとバリス公国の方に偵察に行って来たんでヤスが、気になる話を聞いたんで」
ナジンと呼ばれた男が話し出す。
彼等は普段はただの漁民なので、魚を売りに島から大陸の方に行ったりもする。
大きな港町なら、出入りする人間を一々チェックしたりもしないから、わざわざ海賊だと名乗らない限りフリーパスだ。
「なんだ?」
ハリーは残りの作業を妻に任せて、話を聞くことにした。
「それが、例の村、他の領主の所から兵士を借りて来て守りを固めるって話を聞いて来たんでヤス」
「ナニィ!本当か?」
「へ、ヘイ、いろんな所で聞いた話なんでどうやら本当の様でヤス。ただ、援軍が来るのは今からだと十日後くらいになるって話で、それまでならチャンスは有りヤスぜ」
「なるほど、そうか・・・」
ハリーはその話を聞いて、少し考える。
「後は、あそこのバンズ男爵の領地以外の所に行くか、その援軍が帰るまで待つってのも手ではありヤス」
ナジンが別の選択肢を提示する。
「今年は止めておくってのも有るけどね・・・」
魚を並べる作業を続けながら、奥さんがそう言う。
「バカ野郎!そんなこと出来るかよ!何の為に高い金払って鎧とか揃えたと思ってやがる。出稼ぎが無けりゃ赤字なんだよ!」
ハリーが大声で叫ぶ。
奥さんは一人で溜息をついた。
「おいナジン、手下どもを集めろ!今から準備して、その援軍が来るまでに片付けるぞ!」
「へ、ヘイ」
ハリーの命令に、ナジンは走り出す。
私達は浜辺に村人達を集めると、戦闘訓練を行っていた。
夏の日中、遮る物の無い砂浜は暑くて大変だが、前回までの海賊の襲撃はほとんど日中だと聞いたので、この環境で戦う事に慣れてもらわないとならない。
「暑さで倒れない様にこまめに水分補給してくださいね」
村の男性達に槍を持たせ、バンズ男爵さんの所の兵士さんとキハラを教官にして訓練している。
私の槍のスキルは猟師スキルのおまけ程度なので、誰かに教える事は無理だと思う。
なので、みんなの健康管理などの雑用を行っていた。
同様の事をモモもしている。
リーナとカレン、ユキ達は村の女性や子供、老人達など非戦闘員になる人達を相手に別の訓練をしている。
「ちょっと、アーサー、あんたはあっちの方の訓練でしょう!」
大人の男の人達に混じって槍を振るっていたアーサー君を見つけたモモが、彼に注意する。
「モモ姉!俺だって戦える!父さんの仇を討つんだ!」
アーサー君がそう言う。
聞いたところ彼の年齢は十三歳だそうだ。
大人組に入れるか、後方支援の訓練をしている女子供の組に入れるかは微妙なところだ。
最初の組分けではモモの意見で支援の方に回されたはずだが、不服だった彼はこっそりこっちに来ていた様だった。
確かに成人男性の数は少ないので、戦闘員の方に来てくれるのは有難いが、かと言って他の人の足手纏いになるのも困る。
「最初に決めただろう!あっちに戻れ!」
「嫌だ!」
二人が言い合う。
困ったな、どうしよう?
「てんこちゃん、領主様代理の権限を貰って来てるんだろう?この分からず屋に命令してくれ」
モモが私にそう言ってきた。
「ええと、アーサー君、君はお父さんの敵討ちをしたいんだよね?」
私は彼にそう聞く。
「そうだ!父さんだけじゃない、叔父さん達や、他の殺された村の人達の仇を討つ!」
アーサー君はモモから私に視線を移し、睨みつけるようにして言った。
「うーん、仇を討つって言っても、君一人で全部の海賊達を倒すことは出来ないでしょう。ここに居る人達全員で協力して海賊を撃退するつもりで私達は作戦を立てたし、この作戦には、後方支援の仕事だって大事なんだ。そっちの方で活躍すれば良いんじゃないかな?」
私は、なるべく優しくそう言った。
「そ、それでも、俺だって戦える。安全な場所での仕事はしたくない!」
彼はそう言う。
アーサー君のお母さんが連れ戻しにやって来たが、彼の言葉にどうして良いか分からないと言う表情をする。
「分かりました。つまり君は自分は一人前だから簡単な方の仕事はしたくないと言うのですね?」
私はそう聞く。
「そ、そうだ」
目の前に立つ無駄に背の高い私を見上げて、少し気圧された様に彼は答える。
「では、もっと大変な役割をしてもらいます」
私がそう言うと、アーサー君は喜びの表情を浮かべるが、
「まず、お母さんと一緒に、向こうの支援の方の訓練を受けてください」
続けてそう言うと、彼は怒り出す。
「それじゃあ、話が違う!」
「話は最後まで聞いてくださいね。向こうの訓練の後に、こっちの戦闘訓練もしてもらいます」
「え?それはどう言う・・・」
私の言葉に、彼は戸惑う。
「つまり、両方の訓練を受けてもらいます。楽なのは嫌なんでしょう?だから一番きつい役割をして貰う事にしました」
私は優し気に、それでいて少し意地悪な微笑みを浮かべて、彼を見下ろす。
「まさか、嫌だとは言わないですよね?」
挑発的にそう言った。
「当たり前だ!や、やってやるよ!」
彼は威勢良くそう言う。
「では、行ってください。あ、槍は預かります」
私が彼の持っていた槍を受け取ると、アーサー君はお母さんと一緒に、リーナ達がやっている訓練の方に歩いて行く。
「一番きつい役目って、アレの事?」
モモが私に聞いてくる。
「そうだよ、私がやろうと思ってたやつ。彼にも手伝ってもらいましょ」
私は彼女に向かって、少し不器用なウィンクをして見せた。
モモは何か言いたそうだったが、不承不承と言った感じで納得した様だった。
私はアーサー君が持っていた槍を少しチェックする。
魚を捕る銛を改造した物で、急いで造ったので少し作りが雑だ。
穂先の固定が十分じゃない様に見えるので、後で補修しておこうと思う。
防具は戦闘に参加する人の数分をキハラを通してデリン商会に都合してもらったが、武器は十分に用意できなかった。
だから、足りない分は有る物を利用している。
海賊に対して危機感を持っていた村の人達が、自前で用意していた分もある。
デリン商会に対する支払いや諸々は、バンズ男爵に請求が行くという事で交渉が成立している。
元々、彼の領民を守る為の費用なのだから当然と言えば当然である。
なので、モモが借金を負う事は無くなった。
とは言え、後々税として彼女を含めこの村の人達が払う事になるので、負担になる事は確かだ。
そこら辺の負担の軽減も、それなりに考えている。
だが、今は後の事より、海賊と戦って生き残る事が優先だろう。
「みなさーん!休憩にしまーす!日陰で水分補給をしてくださーい」
一時間ほど槍の訓練をしたところで、私は戦闘訓練を中断させる。
いつ海賊が来るか分からないから、負荷の大きい訓練で無駄に疲れさせてはいけない。
なので、訓練は槍の基本的な取り扱いくらいの簡単なものにしている。
レオ太郎は未だに鶴翼陣だの斜形陣だの面倒な事を言っていたが、無視している。
彼は直射日光を避ける為に浜辺に張ったテントの下でぶつぶつ文句を言っていた。
一応彼にも役割は有るから、それなりに機嫌を取っておいた方が良いかな?




