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「確かに海賊どもの動きは読み易くなるが、こちらの戦力が揃う前に来られては本末転倒ではないか?」
バンズ男爵がもっともな疑問を口にする。
「なので、現在ある戦力で海賊を撃退する方法を考えます。海賊がいつ来るか分からない状況のままで中途半端な策を立てるより良いです。こういう時は問題を単純化していくことが大事です。それで駄目ならまた別の方法を考えましょう」
ユキがそう答える。
「ふむ、で、現状のあの村の戦力で海賊に勝つ策とは?」
「それはまだ有りません」
男爵の問いにユキはあっさりと答えた。
「ダメじゃねえか!?」
レオ太郎がそう言う。
「だから、それをこれから考えるんだよ。物事は順番に考えなきゃダメだ」
ユキが言う。
「なるほど、そうだな。何かいい策はないかな?軍師殿」
バンズ男爵が、レオ太郎に向かってそう聞いた。
「え?ええと・・・」
急に振られて彼は慌てる。
それでも、軍師とか呼ばれたなら何か策を出さない訳にはいかないだろう。
彼は少し考えて、策を話し出した。
「そうですね、まず自軍の兵をこの様に配置します・・・」
レオ太郎は紙とペンを持ち出して、陣形図の様なものを書いた。
それには自軍の戦列が凸の様に弓なりになっている図が書かれている。
「これで、両軍が接敵した後、中央の兵が少しずつ後退して、逆に敵を包囲するようにします」
戦列図が逆に凹の様になって敵を半包囲したように書き直す。
「その後、敵の背後を別動隊を使って完全に包囲します。そうすると敵はパニックになって力を発揮できません。これで、完全に敵を殲滅できます」
彼はドヤ顔で自分の作戦を説明した。
だけど、なんかこれ見た事が有る気がする。
「それ、カンナエの戦いのパクリだろう」
呆れた顔で、ユキがそう指摘した。
ああ、そうだ、歴史好きのお父さんの影響で、ネットの戦史解説動画で見た事が有る気がする。
「い、良いだろう!?実際に使われた有効な戦法なんだから!」
指摘された彼は、顔を赤くしてそう言う。
彼はそう言うが、私はすぐに幾つかの問題点に気付いた。
「ええと、これは上手くいかないと思います」
「そうだね、まず、こっちの大半は専門の兵士じゃなくてただの漁民なんだから、敵とぶつかった後、隊列を保ったまま後退なんて器用なことは出来ないだろう」
私の後に、ユキが問題点を解説する。
「それに海賊の装備の方が上だから、普通に突出した部分がタコ殴りにあって終わりだな」
身も蓋も無くそう言う。
これからキハラに武器と防具を調達に行ってもらうが、急ぎになってしまうから、十分な数は揃えられないだろう。
「なるほど、この戦術自体は悪くはないが、訓練された正規兵同士、それも数千から数万の大部隊同士なら有効な戦術だと見た。カンナエの戦いと言うのは聞いた事が無いが、君達の故郷であった戦いかな?それも正規兵同士のある程度規模の大きな戦いだったのだろう。だが、海賊と地元民の戦いでは使い所ではないな」
バンズ男爵も頷く。
それを聞いて私は安心した。
見た目、冴えない感じのおじさんだが、ちゃんと見る目がある様だ。
「くっ、なら釣り野伏はどうだ?こう囮の部隊を出して・・・」
最初の策を却下されたレオ太郎は、悔しそうにして、次の案を出す。
「だから、敵の方が装備が上なんだよ。囮なんかすぐに壊滅してしまう。お互い少人数だから部隊を分ける余裕も無いだろう」
彼の別案もユキによってすぐさま却下された。
「な、なら、お前にはいい策が有るのかよ?漁民だけで戦うって言い出したのはお前だろう!」
顔尾を真っ赤にしたレオ太郎がユキに食って掛かる。
「今はまだない」
ユキがそう答える。
しかし、それでも彼女にはまだ何か余裕の様なものが有った。
「てんこちゃん、何かないかな?」
ユキは私の方を向いてそう聞いてきた。
結局、私頼みか?
まあ、私達はお互いの足りないところを補い合ってここまで来たんだから、そう言うのも悪くはない。
ユキが海賊の動きを誘導する『戦略』を考え、私が実際の戦いの『戦術』を考える。
「そうだなあ、最初ちょっと関係の無い話をするけどいい?」
私は話し出す。
砂浜に寝そべり波の音を聞きながら、私は夜空を見上げている。
瞬く星の配置は私達の知るものとはまるで違っていた。
見知らぬ星の並びをつないで、自分だけの新しい星座を創るのは結構面白い遊びだ。
私達はモモの村ではなく、その近くの港になっている砂浜で野営している。
私達と言うのは私達と、モモの村の人全員である。
村には誰一人残っていない。
これが、私達が考えた作戦だ。
本当は応援の兵士が来るまで、遠くの別の場所に避難するのが良いのだが、そうすると海賊たちは村の建物や船に火を着ける事も考えられた。
そうなると生活の再建が難しくなる。
また、一度やり過ごせたとしても、応援の兵士もいつ迄も居られないので、彼等が帰った後に襲撃されることも予想される。
なので、村の人達の意志としては海賊にある程度の打撃を与え、今後の襲撃を考えない様にしたいそうだ。
その為に無い知恵を絞って考えた作戦だが、この作戦を村の人全員に徹底させるには少しばかり苦労した。
「本当にそれで海賊に勝てるのか?」
モモの村に戻って作戦を説明した私達に、村長がそう聞いてくる。
急にやって来た部外者に言われても信用できないのは当たり前の事だろう。
集まった他の村人達も不安そうにしている。
一応、私達はバンズ男爵から、この件に関しての委任を受けてきている。
その証拠に、領兵を五人貸してもらった。
本拠の守りを考えるとこれが精いっぱいなのだろうが、たった五人とは言え、正規の訓練を受けた兵士が居るのは有難い。
あと、レオ太郎も居るが、これはあまり役に立ちそうにない。
「モモ姉の知り合いかも知れないけれど、他所者に頭を任せるのはやっぱり不安が有るよ」
アーサー君が村の人達の不安を代弁してそう言う。
モモの方を見るが、彼女も私達に任せていいかどうか、迷っている様だった。
仕方ない、奥の手を使うか。
「ここだけの話にして欲しいのですが、実は私、ベルドナ王国のある村の領主なんです。領主の娘とかではなくて、こう見えて貴族本人、男爵なんですよ」
今まで、旅の途中のこの国の貴族の娘と使用人と言う触れ込みでいたが、ここで本当の素性を話す。
ベルドナ王国でもこの国でも貴族と言うのは戦争とかに於いて先頭に立って戦う人達だから、それなりに信頼してもらえるだろう。
「・・・そうなのかい?モモちゃん」
アーサー君のお母さんが彼女に聞く。
「そうです」
モモが頷く。
しかし、村人達の反応は薄かった。
確かに他国の貴族だとしても、女の子四人では頼りなく見えるのだろうか?
「違うよ、てんこちゃん・・・」
カレンが横からそう言った。
え?本当のこと言ったはずだけど・・・
「私達は、フラウリーゼ川の魔女!去年のベルドナ王国の防衛戦で、ワーリン王国の侵略を撃退した者達!」
「そして、今年のアルマヴァルト領でのテロ計画も防いだわ!」
カレンとリーナが大仰な喋り方で、そう言った。
「なに?あの噂の三魔女だか四魔女だかか?」「聞いた話ではフラウリーゼ川の防衛戦では三人だったけど、アルマヴァルトで、もう一人加わったとか」「そう言えば、村に入る時、この背の高い姉ちゃん大きな鍋を背負ってた」「確かに噂で聞いていた風体と一致する・・・」
村人達が急に盛り上がり始める。
ベルドナ王国内での働きだったけど、この国まで噂は広まっている様だ。
なに?他所の国の男爵位より噂話の人の方がウケが良いの?
「ハッタリはこう使わなきゃ」
カレンが小声で私にそう言った。
そんな感じで、村の人達は私達の指示に従ってくれて、今、浜辺でキャンプの様な事をしている。
村に立て籠もるのではなく、ここに居るのも作戦の一部だ。
村の人達は焚火を熾して、料理をしていた。
各自の家から持ってきた食料と、私達が買って来た小麦粉とかを使っている。
メニューは即席ピザがメインだ。
ピザ窯とかは無いので鍋やフライパンを使って作る。
水を加えて練った小麦粉の生地に、この村で捕れた魚介類と買って来たトマトケチャップの様なもの、それにチーズをのせて、焚火で熱したフライパン等で焼く。
蓋をして熱が逃げない様にすれば、それなりに全体に火が通る。
ピザ窯を使っていないから、正直、味はイマイチだが手で持って食べられるので、食器が少なくて済むのが利点だ。
「はい、どうぞ」
砂浜に寝転ぶ私の所にモモがシーフードピザを持って来てくれた。
「ありがと」
砂を払って起き上がり、私は受け取る。
月明りを反射する夜の海を見ながら、私はピザを口にした。
「上手くいくかな?」
隣に座って同じくピザを口にするモモがそう言う。
数日後にやって来るだろう海賊との戦いの事だろう。
「分からない。上手くいかなかったら、迷わず逃げて。私も逃げるから」
私はそう答えた。
村の人達には偉そうに作戦を説明したが、こればっかりは実際に始まってみないと分からない。
無責任かもしれないが、モモには本当のところを言っておきたかった。
「そうだね・・・、全部、作戦通りに行けば苦労は無いか」
モモも同じように思ったのか、私を非難せずにそう言った。
暫く、二人で無言で海を見ながら食事を続ける。
「あー!なんか二人で良い雰囲気出してる~!」
何故かリーナがそう言って私達の方に走って来た。
「なんだよそれ?」
振り向いたモモが笑ってそう言った。
カレンとユキも出来たての食べ物を持って、やって来る。
みんなで星空の下、砂浜に座り夕食をとった。
夜は旅用のマントか村から持ってきた毛布とかに包まって寝る事になる。
夏だし、暫くは雨も降りそうにないから何とかなるだろう。
海賊がいつ来るか分からないから、それまではこの生活をしなければならない。
数日ならキャンプみたいで悪くはないと思う。
それでも海賊の襲撃が予測されるのだから、楽しい気分ではない。




