さくらルート あのときへ
俺は走っていた。
気付いたら走っていた。
どうして走っているかも分からないがーー
俺は走っていた。
身体が勝手に動く。
何かを追いかけている。
廊下の先に見えるのは揺れる桃色。
あれは、さくらちゃんだ。
俺はさくらちゃんを追いかけていた。
彼女が角を曲がって姿を消す。
さくらちゃんが曲がったところを俺も曲がる。
目の前には上の階へと続く階段。
さくらちゃんは踊り場に居た。
俺は一段飛ばしですぐに追い付く。
「待って、さくらちゃん!」
次の階へ向かおうとしていたさくらちゃんの手を掴む。
「放してよ! 放してよ、りっちゃん!」
さくらちゃんは腕を引っ張って抵抗して逃げようとする。
「ダメ。ちゃんと話して。さっき私の下駄箱で何をしてたの?」
「何もしてない。私は悪くない!」
半狂乱状態のさくらちゃんは嫌々と桃色の長い髪を振り乱し、俺の手を引き剥がそうと爪を立ててくる。
明らかに様子がおかしかった。
「隠さないで。本当のことを言って。またあの子たちに何か言われたの?」
「りっちゃんには関係ないッ!」
ドンッ! と胸を押された。
無我夢中だったからだろう。
さくらちゃんの力は思ったよりも強くて俺の身体が大きく揺らぐ。
「! っと!」
よろめいたが、足は何とか床についた。
危うく階段から落ちるところだった。
背後の階段が奈落に思えて血の気が引く。
「さくらちゃん、落ち着いて話をーー」
振り返ったとき、俺は見てしまった。
苦し気に涙を溜めるさくらちゃんの瞳にハートのマークが刻まれていた。
ドクン、と心臓が脈打つ。
一気に頭に血が上る。
ダメだ。
そう分かっていたのに目が放せなかった。
激しい目眩がする。
「りっちゃん!」
さくらちゃんが俺に手を伸ばしている。
俺も手を伸ばす。
だけど届かなかった。
俺の手は虚しく空を切るだけ。
数瞬後には全身に今まで体験したことのないほどの強烈な痛み。
気付いたら俺は天井を見ていた。
顔を少し傾ける。
薄く開いた瞳でさくらちゃんが見える。
絶望した表情で、今にも崩れ落ちそうな身体で、何かを呟いている。
俺はさくらちゃんを安心させたくて口を動かす。
『大丈夫だよ』
ただそれを伝えたいだけなのに。
音が出ない。
空気が上手く吸えない。
目の前が暗くなっていく。
意識も遠ざかっていく。
「お姉ちゃん?」
遠くで困惑した麻衣の声が聞こえる。
さくらちゃんが行ってしまった。
「お姉ちゃん、大丈夫? ーーお姉ちゃん! 起きてッ! 誰か! 誰かッ!」
さくら……ちゃん。




