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ガタゴトと揺られる幌馬車の布の隙間から、潮の匂いが香ってくる。
土を均しただけの道は、スプリングを入れた馬車でも多少揺れが激しいが、そんなことを気にするような人はこの場にはいない。
「これが海かぁ」
アンジュが感動した様子で海を眺めている。その隣には、ぴったりと寄り添うようにエイスがいる。エイスは海も見慣れているのか、はたまたアンジュに見惚れているのか視線をアンジュから離そうとしない。
「嬢ちゃんは海を見るの初めてかのう?」
楽しそうに海を眺めるアンジュに、オレールさんが問いかけた。
「はい、山暮らしでしたから。皆さんは見たことあるんですか?」
「以前の任務でこっちの方面に来ることもあったからのう。ただ休暇でっちゅうのは初めてじゃな」
そうか、俺が配属されてからは、山に近い方や平原が主な任務先だったが、場合によってはこっちの方面の防衛担当になることもあったのか。
「時期的にはそろそろ泳げるんじゃねぇの?」
「来る前に少し調べてきたけど、この時期なら普通に大丈夫みたいだぞ。ちょっと冷たいかもしれないけどな」
戦争にかかりっきりになっていたが、気づけば初夏。比較的一年中通して天候の良いフェイタルでは、比較的早いうちから海水浴も可能だ。
俺としては、まだ季節的には早いかと思っていたのだが、調べてみたら意外と泳げるらしい。
「海で泳ぐの!?」
「貝とかも取れるらしいぜ」
「貝!? 私、頑張って沢山取る!」
アンジュは、学園で初めて食べた貝の味に惚れ込んでしまったらしい。
村の生活じゃ肉や野菜だったからな。貝の歯ごたえや味が衝撃的だったのだろう。
「私も手伝う」
「エイスちゃんもよろしくね」
アンジュがエイスに笑顔を向ければ、エイスはコクコクと一生懸命に頷く。
「隊長はあまり感動しとらんようじゃのう。嬢ちゃんが初めてってことは、隊長も海を見るのは初めてじゃろ?」
「まあそうですけど、知識では知っていましたからね。綺麗だとは思いますけど、そこまで驚いてはいません。ただ、潮風なんで、アルミュナーレ的には嫌だなぁとは思いますけどね」
潮風、機械の敵!
「確かにそうじゃわい」
オレールさんはそう言って深く頷いた。その隣ではリッツさんも激しく頷いている。どうやら、以前の任務の時にかなり苦労させられたらしい。
塩害防止用の塗料なんてまだしっかりしたものは無いだろうしな。毎日手作業で拭いていたのだろう。
「まあ、今回は機体も持ってきておらんし、ゆっくり休ませてもらうぞ」
「ええ、そのためにみんなで来たんですからね」
「後ろの馬車も騒がしいしのう」
今回第一近衛アルミュナーレ大隊第二王女親衛隊は、幌馬車二台で来ていた。
前を行く馬車には、俺とアンジュ、オレールさんにリッツさんに、エイス。そして御者としてブノワさんが乗っている。そして後ろの馬車には、カリーネさんにパミラ、御者としてカトレアが乗っている。こちらの馬車が人が多くてカツカツなので、カリーネさんたちの馬車にはいろいろな荷物も載せてあった。
そして、その後ろの馬車からは話がはずんでいるのか先ほどから姦しい声が聞こえてくる。
「後どれぐらいでしたっけ?」
「もうこの峠を越えれば見えてくるはずだよ。ほら」
御者席に顔を出して尋ねた俺に、ブノワさんは前方を指さす。
峠の頂点。そこを超え視界が広がった先に、俺たちの目指す浜辺はあった。
「ふふ、太陽が私を輝かせるわ!」
「行きますよ!」
「待ってパミラ、ちゃんと準備運動をしないと!」
浜辺に到着したとたん、後方馬車組が海岸へと飛び出していった。
ふわふわの砂を蹴って駆けていくカリーネとパミラを、カトレアが追いかけていく。
そしてその全員がなぜかすでに水着だ。
「あいつら……」
オレールさんは、眉間を押さえながら唸る。その横でリッツさんが爆笑し、ブノワさんが馬に水を与えながら苦笑する。
アンジュは柔らかい砂浜に興味津々で、裸足で砂を踏みしめている。その横で、エイスが鼻を押さえていた。お前、鼻血出すなよ?
「アンジュたちは着替えて来いよ。場所の準備は俺たちがしておくから」
「いいの? 手伝うよ?」
「女性は身支度に時間かかるだろ? 一応交互に見張りしながらじゃないと、危ないしな」
「分かった。ありがとう。エイスちゃん行こ」
「うん」
アンジュが着替えを持ちエイスの手を引いて、岩陰へと引っ込む。
それを見送って、俺たちは幌馬車からバカンス用の道具を下ろしていく。
パラソルに椅子、テーブルや食料など、一通り必要な物は持ってきているはずだ。
手分けして効率よくそれらを設置していくと、ちょうど終わるころになってアンジュたちが戻って来た。
「エルド君、似合う?」
岩陰からエイスを引き連れて出てきたアンジュが、俺の前でポーズをとる。
その水着は、ホルターネックの白いビキニだ。
前世の俺だったら、キョドって何も言えなくなりそうだが、何度となくアンジュの下着どころか裸を見てきた今の俺ならば、普通に対応できるぞ!
「おう、良く似合ってる。みんなで選んだのか?」
「うん、クロイツルに色々と種類があったんだ。カリーネさんに色々教えてもらいながら選んだの」
カリーネさんも、何だかんだセンスいいからな。
アンジュも色々教えてもらっているらしい。
そして、その隣にボーっと突っ立っているエイスは、チューブトップの黒い水着にパレオを付けていた。
胸があまりないので、胸部がストーンと真っ平になっているが、エイスはあまり気にしていないのか堂々としている。
「エイスちゃんもなかなか可愛いでしょ? これ基地のサポートメイドの子から借りてきたんだ。急だったから、探すの苦労したよ」
「そうだったのか。まあ、カメントリアはあんな状態だし、水着なんて持ってる奴は早々いないだろうしな」
「むしろあの子がなんで水着を持ってたのか、問い詰める状態になってたしね」
戦場に水着を持ってくる。それすなわち、どこかで遊ぶ気満々だったってことだもんな。それが、浜辺へ出かけるのかそれともだれかの部屋で着るのかは別として。
「まあ、今回は助かったから見逃してあげたけど」
「そうしてやれ。反省すれば、次はやらないだろ」
「だね。準備はどう? まだ手伝うことある?」
「いや、こっちも大分準備は終わってる。俺たちは着替えてくるから、カリーネさんたちと待っててくれ」
「分かった! エイスちゃん」
エイスが一つ頷き、アンジュと共に海辺へと走っていく。
それを見送って、俺たちも着替えるべく岩陰へと向かった。
着替えを終え、再び砂浜へと戻ってくると、アンジュたちが海から上がってきた。
「エルド君、すごく塩辛い!」
「海だからな。アンジュは問題なく泳げるのか? 川とは感覚が違うだろ?」
「大丈夫そう。深いところはちょっと変な流れがあるから怖いけど、注意すればどうってことないと思う。エイスちゃんも凄い泳ぎが上手いしね」
「習ったから」
「なら二人は問題なさそうだな。けど一応気を付けろよ」
サポートメイドと暗殺者のコンビって運動能力だけなら、俺たちの中でもトップの二人だからな。正直あまり心配はしていない。けど、海って何があるか分からないからな。気を付けてもらうに越したことはないだろう。
「うん。あと貝がいっぱい集まってる場所も見つけたよ。後で一緒に取りに行こ」
「ああ。バーベキューにもちょうどいいしな」
砂浜で遊ぶということで、馬車の中にはバーベキューコンロと炭もしっかり用意してある。肉や野菜も持ってきているので、ついでに魚や貝を焼くのもありだろう。
「私頑張るよ!」
「貝拾いもいいけど、しっかり休めよ。せっかくの休暇なんだから」
「はーい」
そんな話をしていると、カリーネさんとパミラを担いだカトレアが戻って来た。
カリーネさんはよくある真っ赤なビキニタイプの水着。カトレアはタンキニっぽいもので、パミラは完璧にスク水だ。あれ狙って選んでねぇか?
「しっかり準備できてるのね。感心、感心」
カリーネさんはうんうんと頷きながら、俺たちが用意したシートの上に座る。
「俺一応隊長なんだけど……」
「休暇なんだから無礼講よ。何だったら、オイル塗るサービスも付けてあげるわよ?」
それ塗ってくれるんじゃなくて、俺が塗るってことだよな?
「遠慮しておく」
「仕方ないわね。リッツ、塗ってちょうだい」
「しょうがねぇなぁ」
「そう言いながら、鼻の下伸びてるわよ」
「ブノワさん、私もお願いしてもよろしいですか? 背中はどうしても届かないもので」
「いいよ」
「パミラにはそんなものいりませんよ! もう一泳ぎですよ!」
「あなたは、少しは休みなさい!」
パミラは再び海に突撃しようとして、カトレアによってシートの上に抑え込まれた。
「むきゅっ――スヤー」
もう寝てるし……
「小さい体で暴れまわりすぎなのよ。体力も考えないではしゃぐんだから」
カリーネさんが、リッツさんにオイルを塗らせながら教えてくれる。
なるほど、だからさっきも強引に担いできたのか。
「少し寝かせれば大丈夫だと思いますので」
「分かった。じゃあ俺たちも少し遊んでくるから。アンジュたちはどうする?」
「行く!」
「んじゃちょっと行ってきます」
「ええ」
「お気を付けて」
女性陣に見送られつつ、俺は前世ぶりの海を満喫しに行くのだった。
一通り泳いだり海産物を乱獲したり、休憩したりしながら海を満喫する。
久しぶりの海に、最初こそ少し泳ぐのに戸惑ったが、すぐに慣れた。日頃から鍛えてある体のおかげだな。
そして日が傾き始めたところでバーベキューの準備を始める。
アンジュの火魔法で炭に火をつけ、アンジュたち女性組が材料を下ごしらえしていく。
アンジュはサポートメイドなだけあって、下準備も手早くパパッと済ませていく。そしてその横でおっかなびっくり野菜を切るカリーネさんの姿。物理演算器に刻んでいる時はあんなに頼もしいのに、なぜ包丁におっかなびっくりなのだろう。
カトレアは普通だろうか。野菜も問題なく切れるし、危なっかしい様子は見られない。
パミラ? そこらへんで寝てるよ。
女性陣が下ごしらえをしている間に、俺たちはテントの準備をする。
浜辺だって言っても近くに旅館なんてないし、そもそも村には近づけないしな。野宿というよりキャンプの感覚に近い。
慣れているだけあって、四つのテントが素早く建てられる。
「こっちは準備OKだ」
「こっちもできたよ。後は焼いていくだけ」
「んじゃ、始めるか!」
『オー!』
俺の掛け声と共に、バーベキューは始まる。
肉がジュウジュウと音を立て脂を滴らせ、貝がその殻の上でその身を捩らせる。
磯の香が辺りに立ち込め、運動で使ったカロリーを早くよこせと、俺たちの腹が空腹を訴えた。
「はい、第一弾完成!」
アンジュが宣言し、一斉に網の上へと手を伸ばす。
「美味い!」
「あら、結構いいお肉じゃない」
「この貝もいいな」
「あ、魚焦げ始めてる」
「肉貰い!」
「あ! それ僕のです!」
「早い者勝ちだ」
「なら貰ったですよ!」
「なに!?」
「酒が欲しいのう」
「さすがに駄目ですよ」
騒がしい夕食は、用意した食材をあっという間に消費しつつ、過ぎていく。
「アンジュも食べてるか?」
「うん、焼き立ておいひぃ」
ずっと網の前で食材を焼いていたアンジュに声を掛けてみるが、しっかり自分の分は確保しているようだ。
エイスもその隣で一生懸命串焼きを頬張っている。
「今日来れてよかったね。みんな楽しそう」
「ああ、戦争続きで休暇なんてなかったからな。思いっきり羽を伸ばすのも大切だ」
「エルド君は羽根伸ばせた?」
「……ああ。思いっきり伸ばせたよ」
グッと背を伸ばして思いっきり息を吸い込む。
潮の香と炭の香が、肺一杯に満たされた。
それを吐き出しつつ、筋肉を弛緩させれば心地よい疲れが全体を包み込んだ。
「気持ちのいい疲れ方だ。アルミュナーレの操縦も好きだけど、殺し合いの緊張は好きじゃないからな」
「もうすぐ終わるんでしょ?」
「ああ、俺と姫様が頑張ってるんだ。終わらせるに決まってる。そのためにも、サポート頼むぜ」
「うん。私は第一近衛隊のサポートメイドで、エルド君のお嫁さんだもん! 最高のサポートをしてあげる」
「ありがとう」
自然と俺たちの顔が近づいていく。
そして唇が触れようとしたところで、俺たちの真下から元気な声が聞こえてきた。
「肉が欲しいのですよっ!」
「うおっ」「きゃっ、パミラちゃん!?」
「お肉をよこすのですよ~。パミラは肉を求めるのですよ!」
「おい、こいつ酔ってないか?」
コンロの炎に照らされたパミラの顔は、真っ赤に染まっていた。火の明かりでもここまで赤くなることは無いだろう。
「おい、誰だ酒を持ち込んだ奴」
「誰も持ち込んでないわよ。この子、料理酒の匂いかいだだけでこうなっちゃったの」
カリーネさんが、フラフラしているパミラの首根っこをひっつかみ持ち上げる。
パミラは足をぷらぷらとさせながら、きゃははと笑っていた。
「料理酒で!?」
「すっごい弱いみたいね。けど、隊長たちも少しは人目を気にしなさい」
「えっ?」
カリーネさんの言葉に周囲を見渡せば、ニヤニヤとしたリッツやオレールさん。恥ずかし気に目を逸らすカトレアなどが飛び込んできた。
「あー、悪い」
「あはは、ごめんね」
「いいわよ。それで、テントはあんたたちだけで使う?」
「勘弁してくれ」
俺が両手を上げ降伏のポーズをとれば、みんなの笑い声が上がるのだった。
夕食を終え、一通り片づけ終わった俺たちは、テントの一つに集まっていた。
今日が休暇とはいえ、貴重な時間であることに変わりはない。ということで、少しだけお仕事の時間です!
「では、明日からの予定を伝えます」
「確かレイターキへ向かうんじゃったか」
明日にはこちらの準備が整うので、カメントリアからδブロックの第一防衛線レイターキ基地へ向かうことになる。
しかし、ここで俺の部隊は二手に別れようと思うのだ。
「最初はその予定だったんですが、少し計画を変更しようと思いまして。これを見てください」
俺はそう言って一枚の用紙を取り出しみんなに見せる。
「これは!? 新型機開発許可証じゃと!?」
「新型機かよ! 改造じゃなくてか」
「これイネス様からもらったってことよね?」
「ええ、姫様から新型機の開発許可証をいただきました。これに伴って、本格的な新型機の開発に取り掛かりたいと思っているんです」
「なるほどのう……しかし、レイターキへも向かわんといかんのじゃろ?」
「ええ、それは絶対です。砦の建造も急務ですから。なので、俺たちは部隊を二つに分けます。おおまかにいえば、整備員のうち何人かを王都へ戻し、新型機の開発を行ってもらいたい」
「ふむ」
「俺としては、オレールさんとカリーネさんには新型機の開発に回ってもらいたいんです」
「王都へ戻れってことね」
オレールさんは何か考えている様子だが、カリーネさんは明らかに不満顔だ。
「物理演算器の調整はどうするつもり? あれは私じゃないとまともに調整できないわよ」
「今の機体なら基地のライターでも多少は大丈夫でしょう。けど、新型機ともなれば、当然全て新規で書いてもらうことになると思います」
「そう。またゲテモノを作るつもりなのね」
「ゲテモノかどうかは分かりませんが、今までの機体から改良を加えるので既存の機体とは全く別になるでしょうね。後で詳しい開発計画を話しますけど、カリーネさんにはかなり苦労してもらうことになると思います」
「分かったわ。なら私は王都に戻る」
「オレールさんはどうですか?」
悩んだままのオレールさんに尋ねる。
オレールさんは更に少し唸った後、答えを出した。
「分かった。儂も王都に戻ろう。リッツ」
「はい?」
「儂がいない間、お主が整備の指揮を執れ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! まだ俺には無理だって」
オレールさんの指示に、リッツさんが慌てて反論する。
リッツさんは、今もオレールさんから色々なことを学んでいるはずだ。もしかしたら、オレールさんはここらへんでリッツさんの実力を見極めるつもりなのかもしれない。
「教えることは教えてある。パミラも残す。お主なら大丈夫じゃ」
「…………分かった。やってみる」
「そういう事じゃ。リッツとパミラはこちらに残すぞ」
「ええ。それとカトレアさんは二人を王都まで護送してください」
「了解しました。送り届けたら戻ればいいのでしょうか?」
「いえ、そのまま王都に留まって二人のサポートを。こちらに来るときにも足は必要ですから」
「分かりました」
全員の了承を貰えたところで、本題に入ろうか。
「じゃあ、俺の機体の開発計画を説明しましょう。フルコントロールを活用したまま、これまでで見つかった弱点を補強し、より柔軟な戦闘を実現するための機体です」
「また無茶苦茶じゃのう」
「それが必要な戦闘が今後待っていますから」
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