13
空へと上る巨大な柱に、俺を含め突撃を開始しようとしていた全部隊が思わず足を止める。
光の柱は、わずかに粒子のような粒を周囲にばら撒きながら、その光を強めていっていた。そして俺は、光の柱を見上げながらも、増設したモニターの一枚に敵機の不思議な動きを見た。
基地から出撃したばかりの機体たちが、一斉に地面に伏せているのだ。
それを見た瞬間、俺は背筋に冷や汗が垂れるのを感じた。
「全員伏せろ! 衝撃が来るぞ!!」
俺は咄嗟に喉を震わせ、限界の声で叫びながら機体を地面へと伏せさせる。
俺の周りにいたバティスや、エレクシアが指揮していたアブノミューレ部隊は、俺の声に反応しとっさに機体をしゃがませる。
しかし、それより遠くにいた部隊や、光の柱に見とれていた操縦者の機体は、動くことができずに棒立ちのままだ。
そして、ゴウッと一瞬強い風が吹いたかと思った直後、強烈な衝撃波が周囲一帯を襲った。
基地の外壁は上部から順に吹き飛び、突っ立っていた機体はその衝撃に激しく機体を揺さぶられ転倒する。そこに、外壁の破片が飛び込み、機体を粉砕した。
「おいおい、なんだよこりゃ!」
バティスは突然の出来事に声を上げる。
この爆発にあの光の柱。俺の予想が正しければ――
「あいつら、濃縮魔力液の貯蔵タンクを爆破しやがったんだ」
「んだと!?」
衝撃波が収まり、周囲に静けさが戻ってくる。光の柱はすでになく、その残滓がキラキラと朝日を浴びて輝いている。
「無事な機体は即座に体勢を立て直せ! 一気に基地に突入するぞ!」
俺は機体を起こしながら、クラウチングの要領で一気に駆け出す。
その後を追ってバティスが付いてきた。バックモニターで確認すれば、他の機体も無事な連中は徐々に動き出している。
その間にも、敵の部隊の中心へと飛び込み、両手に握った剣でアブノミューレの操縦席を貫き、敵機を破壊する。
そして少し遅れてきたバティスが合流し、一気にアブノミューレ部隊を掃討していく。
「おい、どういうことだよ! なんで帝国が貯蔵タンクなんて爆破すんだよ」
濃縮魔力液の貯蔵タンクは、基地において生命線だ。
それが無くなれば、アルミュナーレは動かせなくなり、基地は敵によって制圧される。
故に、基地での攻防は如何に相手が有している貯蔵タンクを制圧するかが重要になってくるという訳だ。
しかしこれは『戦う気がある者同士で』という大前提がある。
「あいつら、この基地を放棄して帝国に撤退する気だ。貯蔵タンクを爆破したのは、撤退するときの退路確保と、追撃防止の為だろうよ」
同じ濃縮魔力液で動いている以上、ここの貯蔵タンクを破壊されては、俺たちはここからさらに奥、帝国との緩衝地帯まで追いかけることは出来ない。
「じゃあこいつらは!? なんでこっちから出てきたんだよ。撤退するなら、東門に集まるはずだろ」
「俺たちをここに引き付けるための囮。少しでも東側の戦力を減らすために投入された、決死隊ってやつだよ。油断するなよ、死ぬ覚悟を決めた連中はヤバいらしいぞ」
実際にそんな連中とは戦ったことがないが、話ではよく聞く。
死ぬことを覚悟した兵士は、どんな軍隊よりも恐ろしいと。
俺に向かってくるのは、合計五機のアブノミューレ。どの機体もが手に剣と盾を持ち、真っ直ぐに俺に向かって突っ込んでくる。
フェイントや作戦なんてない。純粋な突撃だ。
俺は先頭の一機へと踏み込み、その懐に入る。そして、左ひざを剣で貫き体勢を崩させ、後方の一機に向けて思いっきり突き飛ばす。
その間にも、残りの三機が迫ってきている。一機の剣を受け流し、もう一機は左腕に装着された盾で受け止め、残りの一機にファイアランスを放つ。
ファイアランスは相手の操縦席を撃ち抜き、胸に空洞を作った。
そして、剣を受け流された機体が体勢を立て直し斬りかかってくる。
俺は持っていた剣を投げ捨て、盾で受け止めていた機体の頭を鷲掴みにし、素早く機体の位置を入れ替えた。
小さな悲鳴と共に、味方のアブノミューレによって斬られる機体。それに動揺し、切った機体は動きを止める。
その瞬間には、俺は左手の剣を突き出し、操縦席を貫いていた。
「確殺しろよ。足掻かれるのが一番厄介だ」
「んなこと、言われなくても!」
飛び掛かってきた三機を、バティスが大剣の一撃で両断する。
しかし、両断された三機のうち一基だけは操縦席を逃したようだ。上半身だけになりながら、バティスの機体の脚へとしがみ付いてくる。
「俺が、俺たちが止めるんだ!」
「死ぬ覚悟決めたんなら、さっさと死んどけ!」
バティスは、その機体目がけて大剣を突き刺した。
相手の声が聞こえなくなり、絶命したことを知らせてくる。
「チッ、後味悪ぃな」
「全くだ」
俺たちが、門周辺の敵を掃討し終えたことになって、ようやく味方のアブノミューレ部隊が到着する。それはどうやらエレクシアの部隊のようだ。地面に伏せられたおかげで、最初の衝撃波の被害をあまり喰らわなかったのだろう。
他に部隊だと、立ち上がるのもやっとという連中が多い中で、ほぼ全機が稼働している。優秀な部隊だな。エレクシアが訓練でもしたのか?
「エレクシア、部隊を連れて基地内を制圧するぞ。ほとんど東側から逃げてるはずだから、激しい抵抗はないはずだ」
「了解した。エルド隊長はどうするのだ?」
「俺は貯蔵タンクを確認してくる。バティスはここでゲートの確保。それと後から部隊が来るかもしれないから、俺たちのことを伝えておいてくれ。出会いがしらに攻撃でもされたらたまらん」
俺の機体は、帝国のパーツが混じってるからな。出会いがしらにそれを見れば、反射的に攻撃を仕掛けてしまう可能性もある。
俺なら問題なくさばけるだろうが、面倒は極力減らしたい。
「あいよ」
「じゃあ行こうか」
「アブノミューレ隊は私に続け!」
『ハッ!』
俺とエレクシア、そしてアブノミューレ部隊が一気に基地内へと突入する。
そこは酷い惨状だった。建物のほとんどは倒壊し、わずかに残っているものも今にも崩れてしまいそうだ。
格納庫などは特にひどい。中の空洞が大きい分衝撃波の影響をもろに受けたのだろう。天井が吹き飛び、壁が倒れまるで折りたたまれたかのように綺麗にぺしゃんこだ。
「どこまで施設が生きてるかだな」
姫様の計画では、ここを制圧した後緩衝地帯に砦を築くまでが一連の流れとして組み込まれている。しかし、この基地の状態によっては計画の変更が必要だ。
なるほど、姫様はこのことを見越して攻撃を急いでいたのか。
そんなことを考えつつ、真っ直ぐに俺は貯蔵タンクがあったエリアへと進んでいく。
進むにつれて、建物は徐々に更地となり、地面も酷く荒れていった。
そして、たどり着く。
「こりゃ無理だな」
貯蔵タンクはその姿を完全になくしていた。
爆心地にはクレーターができており、基地があった面影すら残っていない。
もしこの基地を使うのだとしたら、貯蔵タンクを一から作り直さなければならない。それはかなりの時間のロスになる。
姫様の計画は、大幅な変更が必要になるな。これは早めに知らせた方がいいかもしれない。
姫様のことだし、どうせこの近くまでは来ているだろう。
俺は機体を反転させ、基地の西ゲートへと向かった。
◇
エルドたちと別れ、基地内を探索しているエレクシアの部隊。爆心地の近くでの生存はまず無理だろうと考え、先に爆心地から一番離れている地域の探索に当たっていた。
この辺りまで来ると、建物でも原型をとどめているものが多く、せいぜいが壁に罅が入ったり、窓ガラスが全て吹き飛んでいる程度で収まっている。
「酷い状態だな」
つい先ほどまで人がいたとは到底思えない、まるで廃墟のような雰囲気すら醸し出す建物を見て、エレクシアは思わずつぶやいた。
「エレクシア隊長」
そこに、一機のアブノミューレが近づいてくる。
「どうした」
「近くで生存者を発見しました。おそらく捕虜ではないかと」
「捕虜が生存している!? 分かった、案内してくれ」
「ハッ」
その報告に、エレクシアは驚きを覚えた。
まさか、これほど長期に渡って占領されていた基地に、捕虜が生きているとは思っていなかった。
もし仮に昨日まで生きていたとしても、撤退が決定した時に殺されているか、先ほどの爆発に巻き込まれていると考えていたのだ。
アブノミューレに先導されて、エレクシアは基地の隅にある小さな建物に到着する。
そこには数機のアブノミューレが集まっており、周囲を警戒していた。
「この中か?」
「はい、小屋の中に地下があり、そこに監禁されておりました。現在確認中ですが、生存が女性が五名。四名は意識がありますが、一名が気を失っている様子です」
「分かった。君はすまないが外の医療班を呼んできてくれ。他の者たちは引き続き警戒を頼む。女性ならば、男よりも女の私が側にいたほうがいいだろう」
制圧された基地で女性の捕虜がどのような目にあったかなど、誰にでも分かる。
他の操縦者たちもそれを理解してか、すぐに救出しようとはせずにエレクシアを呼び自分たちは安全確保のための周囲警戒をしていたのだ。
機体から降りたエレクシアが建物の中へと入る。
一階部分は衝撃波の影響か中はひどく荒れており、一歩進むたびに砕けたガラスを踏む音が聞こえてくる。
そしてその奥にある通路から地下へと続く階段が伸びていた。
「エレクシア隊長、奥に階段があると思いますので、そのまま降りていただいて大丈夫です。一通り安全確認は行ってありますが、お気をつけて」
「ああ」
捕虜の近くに敵兵が隠れていないとも限らない。
エレクシアは室内戦を想定し、いつもの剣ではなく取り回しのしやすいナイフを手に奥へと進む。
階段はそれほど長いものではなく、一階分降りたところで終わった。
そこは、収容所だ。鉄格子をつけられた部屋がいくつも並び、その中の一つに女性たちの姿があった。
部屋の隅で肩を寄せ合い怯えた様子の四人は、ボロ布のような服を一枚着せられているだけであり、素肌に見える傷も痛々しい。
そして、部屋の中央には、気を失ったままの少女。
「お前たち」
「ヒッ」
エレクシアが声を掛けると、女性の一人が怯えたように声を上げた。
しかし、エレクシアが女性だと分かるとわずかに肩からその緊張が抜けるのが分かる。
エレクシアは鉄格子へと近づき、その扉に鍵がかかっているかを確かめる。すると、鉄格子の扉はスッと簡単に開いた。
「フェイタル王国騎士エレクシアだ。捕虜は君たちだけか?」
「は、はい。他の人はもう……」
「そうか……すぐに助け出す。男たちは近づかせないから、安心してくれ」
「分かりました」
四人が安心したように息を吐く。エレクシアはその様子を見ながら鉄格子の中へと入り、気を失ったままの少女の様子を確かめる。
青あざや切り傷はあれど、重傷となるようなものは見当たらない。
「この子はなぜ気を失っているか分かるか?」
「分かりません。最近はよく牢屋から連れ出されて、戻ってくるときには毎回気を失っていました」
「そうか」
よほど酷いことをされていたのだろうと予想し、エレクシアは歯を食いしばる。
できることならば、今からでもすぐに飛び出し、逃げた帝国兵を殺してやりたいところだが、それよりも捕虜となっていた女性たちのケアが大切だ。
少ない女性兵士の一人として、彼女たちを見過ごすことは出来なかった。
「君たちは歩けるか?」
「はい、大丈夫です」
彼女たちは顔を見合わせた後、一番年配の一人が代表して頷く。
「ではついて来てくれ。いつまでもこんなところにいる必要はない」
そう言いながら、気を失っている少女を背中に担ぎ、地下室から出る。
女性たちもその後に続き、彼女たちは小屋から外へ出た。そして、女性たちは変わり果てた基地の姿に呆然とする。
「ど、どうなってるんですか……」
尋ねてくる年配の女性に、エレクシアはどう答えた物かと少し考え、そのまま話すことにした。
「敵が逃げる際に基地を爆破したんだ。無事だったのはここぐらいだよ」
「他に生き残ってる人は?」
「今捜索しているが、おそらく」
絶望的だろう。
「そうですか……」
そうエレクシアが言葉にする前に、女性は言おうとしたことを察したのか、そっと視線を伏せる。
「君たちの出身は周辺の村か?」
「はい、私とこっちの子が一緒の村で、残りの二人は別の村で一緒だったそうです。その子は後から一人で連れられてきたので分かりません」
「分かった。この基地の制圧は間もなく完了するはずだ。その後は周辺の把握が必要になる。辛いかもしれないが、協力してもらえると助かる」
「私にできることでしたら」
小屋を出たところで、周囲をアブノミューレに守らせながらしばらく待つと、救護班が駆けつけてきた。
「では後は頼むぞ」
「了解しました。お任せください」
エレクシアはアルミュナーレへと戻り、基地の探索を再開するのだった。
◇
「では状況の報告をお願いします」
日が傾きその赤みを強め始めたころ、案の定というか帝国の撤退を聞いた姫様がぶっ飛んでいやがった。
俺は即座に姫様を簡易司令部としているテントへと放り込み、探索で分かった結果を報告する。ジェード部隊長たちは、総出で基地内の設備チェック中だ。少しでも使える物、帝国の情報を得るために必死に基地内を捜索している。報告するのはその中で分かった一部の事だ。
「貯蔵タンクは跡形もなく消滅。司令部施設も大半がタンク爆破時の衝撃で破壊されており、もしそれが無くともシステム自体は破壊工作が行われていたようです。生き残りで発見できたのは周辺の村から攫われたらしい女性が五名。うち一名は気絶しており身元が判明しておりませんが、他四名は身元が既に判明しており、その村の調査へアブノミューレが向かっています」
「残りの一人はどう? 安全かしら?」
身元の分からない捕虜は、スパイの可能性もある。
だが、エレクシアからの情報ではその心配はあまりなさそうだ。
「その少女が捕虜として連れてこられたのはおよそ一カ月前。その時よりかなり酷い虐待を受けていた模様です。毎回気を失って牢屋に放り込まれていたと、他の女性たちが証言しておりました。見た目は十六歳程度で、紺色の髪です」
「なるほど、とりあえずは隔離して目を覚ますまでは監視かしら」
「そうですね」
絶対の安全と把握できるまではなるべく監視下に置いておいた方がいいだろう。
一応すでにテントを用意し、監視として数名の兵士を交代で入り口に立たせている。
軍医の診断によれば遅くとも明日の朝には目を覚ますだろうとのことなので、すぐに身元は判明するはずだ。
それよりも――
「貯蔵タンクをどうするかです。基地の機能としてもほぼ壊滅していますよ。これ以上の進撃は当然不可能です」
「ええ、そうね。相手の指揮官もかなり優秀だったってことかしら」
「まあ、撤退は見事だったと聞いていますよ」
東ゲートを制圧していた部隊は、大半が敵機の波によって破壊されてしまった。
アブノミューレ部隊の囮、その中に紛れたアルミュナーレの存在。それはこちらの部隊を混乱させ、その隙をついて大半の帝国兵に撤退を許してしまったらしい。
一応緩衝地帯までは追撃したそうだが、それ以上の追撃は危険と判断して戻って来たらしい。
「この惨状では到底緩衝地帯へと砦建造なんて無理です」
「それに関しては考えがあるの。私も最悪の事態に対する備えはいくつか準備しているから」
「それは?」
「δ方面に予備の物資と運搬用の新システムを構築させていたのよ。ただ防衛のためだけに元近衛騎士を派遣していたわけではないわ」
完全に防衛のためだけだと思い込んでいました。まさか、そんなことまでしていたとは。しかし、新しい運搬システムってなんだ?
「大規模輸送に特化したシステムよ。一定の区間にレールを敷いてその上を通過する魔導車を作るの」
「それって!?」
まるっきり電車のことじゃねぇか!
確かに、大規模運搬に対して列車のシステムは超が付くほど有効だ。むしろ、前世の世界ではこれが無ければ敵地への侵攻なんてまず考えられなかった。
この世界では、アルミュナーレの存在や、通常のジェネレーターの出力不足もあって鉄道自体の発展は無かったが、企画自体はされていたらしい。
今回アブノミューレ用のジェネレーターがその問題を解消したため、晴れてお目見えとなったようだ。
これは交通網の整備が大変だな。
っと、そんなことより。
「進捗はどうなっているのですか?」
「今王都から第二防衛線までの構築は終了し、運用テストに入っているわ。同時に、第二防衛線から第一防衛線へのレール製作も進行中。一カ月もあれば完成するわね」
「よくそんなものを用意していましたね。というか、それって軍部の管轄じゃないですよね?」
完璧に王様直轄や、特別な部署を作っての対応となるはずだ。
軍部統括の姫様がでばれるようなところじゃないと思うんだけど。
「戦時中だからね。それに私たち兄妹仲は意外といいのよ?」
「そうですか」
「と、いうことでこの基地の再建はジェード部隊長たちに任せて、我が騎士と特務部隊はδ方面第一防衛線に向かってちょうだい。まあ、それでも一カ月はかかるから、少し休憩も上げられると思うわ。ここは海も近いし、ちょっと観光に行ってきてもいいわよ」
「それはありがたいですね。新婚旅行もまだなもんで」
これで少しは家族サービスができるかもしれない。
「それと、これを」
そう言って姫様は、一枚の用紙を俺に差し出してきた。
俺はそれを受け取って、内容を確認する。
・新型機開発許可書
「こいつは」
アルミュナーレの開発許可書。しかも、改造許可や新装備許可書ではなく、一番自由度の高い開発許可書!
最初の俺の機体を作るときは、近衛騎士になるということで新装備許可書を用意されていたというのに、今回はその上をいった! つまり、俺だけの俺の為のアルミュナーレを用意できるということだ! しかも、金額の制限も遥かに緩い!
「い、いいんですか!?」
「当然よ。我が騎士には今後もっとやばい連中を相手にしてもらうことになるしね。いつまでもあんな滅茶苦茶な機体に乗ってもらうのも困るの」
「え?……」
凄く嫌な言葉が聞こえた気がした。
もっとやばい連中ってなんだ。
「当然よね、我が騎士は帝国八将騎士の一人カンザスを討ちとり、帝国の部隊を王国内から排除する最大の要因になったのだもの。もしカンザスが倒されていなければ、ここがこれほど早く撤退を決断することもなかっただろうしね。けどそれは帝国にあなたの脅威がハッキリと示されたということ。他の国とも戦争しているみたいだから、八将騎士の全員が来るってことはないだろうけど、二機三機との同時ぐらいは覚悟してもらわないとね」
あんなレベルの連中がチーム組んでくるのかよ!? それに対抗できるだけの機体を作れってことなのか!?
確かにそれなら、新型機の開発許可書も納得だよ、チクショウ。
純粋にうきうきしていた気分が吹き飛んだわ!
「わ、分かりました。早急に考えておきます」
「とりあえず話はこれぐらいかしら。基地修理用の物資が届くには時間がかかるだろうし、しばらくはテント暮らしね」
「いや、クロイツルへ戻ってもらって構いませんよ? ここにいてもやることないでしょう?」
「我が騎士、いえエルド。やることがない状態というのはね、とても幸せなことなのよ」
「え、あ。そうですね」
俺は姫様の笑顔に何とも言えない悲壮感を見て、これ以上の追及を止めることにした。
「じゃあ自分はこのことを部隊員に伝えてきます。姫様用のテントは今準備させていますので、しばらくはここでお待ちください、直に迎えの者が来ますので。たぶんアンジュになると思いますが」
「分かったわ。じゃあよろしくね」
「はい、失礼します」
テントを後にした俺は、早速新型機の草案を考えるため姫様と共にこちらに来ているオレールさんたちの下へと向かうのだった。
とりあえず新型の開発案出しますとオレールさんたちに告げ、彼らを絶望へと叩き落とした後、自分用にあてがわれたテントへと戻ってきていた。
もともと考えていた改造案を話しているうちに、日はすっかり沈み辺りは暗くなっている。街の明かりもないここでは、日が暮れれば本当に真っ暗だ。星の明かりは良く見えるし、今日は月が出ているからまだ明るい方だけどな。
テントの中、俺はアンジュと共にベッドに入りふぅと大きく息を吐く。
「エルド君、お疲れ様。これで一旦一段落って感じなのかな?」
「そうみたいだ。近いうちに戦闘はないっぽい。とりあえず一カ月は余裕があるから、姫様から海にでも出かけて来いって言われたよ」
「海かぁ。まだ見たことないんだよね」
「俺もだ」
この世界に限ればだけどな。
「これで近くに町でもあれば、露店散策なんかもできたんだろうけどな」
「しょうがないよ。戦争だもん」
この状態では、さすがに海岸沿いの漁村も壊滅的だろう。そんなところに、のこのこと軍人が訪れれば何をされるか分かったもんじゃない。
守れなかった軍人ってのは、少なからず恨みを買ってるものだからな。
周囲の村人たちとは極力かかわらない方がいい。
「それに、海岸でのんびりするだけでもだいぶ違うと思うよ」
「そうだな。どうせなら、部隊の皆で行ってもいいか」
「そうだ、バーベキューしよ」
「それもいいな」
そんなことを話しながら、俺の瞼は次第に重くなり、いつの間にか深い眠りに沈んでいくのであった。
◇
目を開く。そこはいつもとは違う布地の天井。
少女はゆっくりと体を起こし、周囲を確認した。
誰かがいる様子はない。
一度目を閉じ、気配を探ればテントの入り口に一人いるのが分かる。しかし、緊張感は無く警戒は緩い。これならば、問題ないと判断した少女は静かにベッドから降りた。
光の無いテントの中で、少女は迷いなく歩みを進め入り口とは反対側のテントの裾を少しだけまくり上げる。
そして体を滑り込ませるようにして外へと出た。
その動きは、昨日まで帝国兵から暴行を受けていた者とは到底思えない。いや、一般人のそれではなかった。
足音を立てずに、乱立するテントの影を使いながら、誰にも見つからず進む。
目指すのは、一つ。フェイタル王国近衛騎士エルドのいるテントだ。
「見つけた」
口の中だけで消えてしまいそうなほど小さな声で、少女は告げる。
見張りの兵士がいる様子は無く、むしろ近くにテントが無いおかげで入りやすい状態である。
再び目を閉じて気配を探る。
テントの中に一人。それ以外の気配は感じられない。
チャンス。
そう判断し、一歩を踏み出す。
そこで、突如として背後から殺気を感じた。
とっさに前へと大きく飛び、体を転がしながら後ろを振り返る。
そこには一人の少女が立っていた。
自分と同じぐらいか、少し背が高い。金髪でメイド服を身にまとった少女だ。
「サポートメイド」
「正解。あなたは誰なのかしら? 捕虜だった少女さん」
「気づいていたの?」
「ううん、でも誰かが近づいてきたのはすぐに分かったよ。暗殺者特有の音を消す歩き方。周囲の草を音を出さないように踏むから、むしろ風で揺れない不思議な空間ができるの。慣れると結構分かるものなんだよ」
そう言いながら、金髪の少女アンジュは捕虜へと近づいていく。
「それで、私の質問の答えがまだだよ。あなたはだあれ?」
返答は、指よりも細い鉄筆の投擲だった。
アンジュはそれを指で挟んで受け止める。そして、わずかに眉をしかめた。
「この匂い、女の子の穴に隠してたんだ。もう、監視員には穴の中もちゃんと調べるように後で言っとかなきゃ」
アンジュは鉄筆をポイと投げ捨て、一気に踏み込む。
暗殺者の少女も動いた。
瞬きのうちに肉薄した二人は、互いの拳を弾きながら次の動きを読み、防御とカウンターを構築していく。
足払いを躱し、逆に狙う。相手の腕に自分の腕を搦めるように巻き付け、関節を決めようとするがするりと逃げられる。
投げを使おうとすれば、軽業師のように宙でくるりと体勢を入れ替え、綺麗に着地された。
そしてアンジュが口元で小さく呟く。
「フレイムアクセラレート」
直後、アンジュの動きが先ほどの数倍に早まった。
突如の加速に暗殺者の少女は付いていけず、気づいたときには地面に背中を突いていた。そして喉元に当てられるナイフ。
「うん、なかなかの強さ。今まで来てた連中とは明らかに教育から違うね。帝国の暗殺部隊かな? けど私はあの時エルド君を守るって決めたから。だからエルド君には傷の一つも絶対に付けさせないよ?」
「私は何もしゃべらない」
「いいんじゃない」
そう言ってアンジュは少女の首元からナイフを離し、自身も少女の上からどく。
少女は驚いたように目を見開き、そして上体をゆっくりと起こした。
「どういうつもりだ」
「そこら辺の暗殺者なら殺しちゃってたんだけどね。あなたは結構秘密知ってそうだし、生かしておいてあげる。いつでも襲いに来ればいいよ。確実に、完璧に全てをねじ伏せてあげる」
アンジュは微笑みながらそう告げた。エルドがいれば、天使の笑みなどと言ったかもしれないが、暗殺者の少女にはアンジュから溢れている強者の雰囲気に圧倒されていた。
そして心が理解する。
この人には勝てないと。
そして、少女の中に一つの感情が芽生えた。
「私はオーバード帝国特殊暗殺部隊所属エイス」
「思ったより大物だったんだね」
その言葉に、暗殺者の少女エイスは首を横に振った。
「任務は失敗した。私はもうただのエイス。あなたの物」
「ん?」
聞き間違いかな?と首を傾げるアンジュは、数分後命の危機とは別の意味で冷や汗を流すことになるのだった。
◇
翌朝、俺が目を覚ますとベッドの端まで追いやられていた。
俺のベッドは、アンジュと二人で使うことが元から想定されているおかげで、ダブルサイズを使っているはずなんだが、いったい夜のうちに何があったのだろうか。アンジュの寝相は結構いいはずなんだけど。
そんな疑問を持ちつつ体を起こせば、俺以外に二つの盛り上がりができていた。
一つはアンジュ。その表情は何かにうなされている様に眉が歪んでいる。
そしてもう一つの盛り上がりには、紺色の髪をした少女が背中からアンジュに抱き付く形で眠っていた。
「えっと、どういうことだ?」
確か捕虜だった子だよな?
「おい、アンジュ、起きろ」
ゆさゆさとアンジュを揺らし起こすと、アンジュは眠そうに瞼をこすりながらおはようと言ってにっこりと笑みを浮かべる。うん、朝から天使だな。
だが今はその笑顔にほっこりしている場合ではない。
「なあ、なんか見知らぬ少女がいるんだけど、どういう状態?」
「へ?」
俺がアンジュの後ろを指さし、アンジュが振り返る。そして固まった。
固まったアンジュは次第にプルプルと震えだし、そして腕を高く振り上げる。そこにはどこからともなく取り出したナイフが握られていた。
「ちょっ、アンジュストップ!?」
とっさにアンジュの腕を抑えて、その凶行を止めさせる。と、その騒ぎで少女が目を覚ました。
「おはようございます。お姉さま、旦那様」
「はっ? 旦那様?」
「はい、私はお姉さまの所有物となりました。なので、お姉さまの旦那様は私の仕えるべき旦那様ということです」
「ごめん、まったく意味が分からない」
「問題ありません。私とお姉さまがラブラブだと理解してもらえれば十分です」
「余計意味が分からない!?」
「だから、私は嫌だって言ったでしょ!? なんでラブラブになってるの!? だいたい、私は浮気なんてしません! そもそも同性だよね、私たち!」
「同性だから浮気じゃありません。少し仲が良すぎるだけです」
「助けてエルド君!」
「うん、とりあえず一から説明をしてもらおうか」
現状何が何だかまったく理解できん!
今日も疲れる一日になりそうだと感じつつ、俺はベッドから降りるのだった。
新型機はしばし待て。




