8
ちょっと短め、前哨戦
帝国とは、予想通り昨日と同じ黒鳥平原で対敵した。
両者が平原に軍を広げ、いつでも戦闘が開始できる状態だ。
平原には、昨日の戦闘跡が色濃く残っており、いたるところにアブノミューレの残骸が残っている。地面にも凹凸が目立ち、昨日より戦いにくくなっているだろう。
下手な操作をすれば、足元をパーツや穴に取られて転倒しかねない。それだけは注意しておかないとな。
そんなことを考えながら、俺は部隊の最後方なだらかな丘の上で魔法の準備を進める。
「エルド、機体の調子はどうだ?」
俺のすぐ隣に待機していたバティスから声がかかった。
それにモニターを確認しながら答える。
「問題ない。敵の部隊編成は分かったか?」
「ああ、前線から情報が降りてきた。敵部隊は、正面にアブノミューレ部隊が七つ、その部隊に一機ずつアルミュナーレが配置されているな。昨日お前と戦ってた二機は、後方待機してる。たぶん、お前が前に出てないからじゃないか?」
「都合がいいな。落ち着いて魔法が撃てる」
システムチェックを一通り終え、俺は外の様子に目を向ける。
にらみ合う両軍は、すぐに動くつもりは無いのか大きな変化は見られない。
とりあえず、向うの部隊が七部隊でアルミュナーレも七機あるのならそこを狙うとしようか。出来ることなら、昨日の二機を狙いたかったのだが、敵の壁の向こう側に隠れてしまっていて位置も判断できない。
なら、この戦闘全体を考えて、有利な状況を引き出せる状態を作り出すのが俺の仕事だ。
「補給部隊は準備いいか?」
「大丈夫です! チューブ接続完了。タンクからいつでも流し込めますよ」
「よし、テストしてみるか。軽くこっちに入れてみてくれ」
「分かりました」
念のため、ここまで来た分の燃料補給も合わせて、補給を頼んでみると、すぐにメーターが上昇し満タンになった。
「よし、問題ないな」
「こちらも異常ありませんでした」
「なら部隊長にこっちの準備はできたって伝えてきてくれ」
「了解です!」
兵士の一人が部隊長のいる方へとかけていく。
他の部隊はいつでも動ける状態だし、すぐに発射命令が来るだろう。
照準は、アブノミューレ部隊の指揮を執っているアルミュナーレ四機。ミラーの数を変えれば、四機までは同時に攻撃できると言っていたが、これ以上は機体の物理演算器が処理に耐え切れず自壊する可能性があるらしい。
なので、確実に四機を仕留める。
「照準設定、演算開始、太陽光入射角入力、焦点位置設定、レンズ展開、ミラー位置設定完了、照準ロック完了」
みるみる減っていく濃縮魔力液のメーターを見ながら、俺は四機のアルミュナーレにロックオンする。
それと同時に、操縦席内にアラートが鳴り響いた。
物理演算器の熱量が上昇している。まだ許容値ではあるが、アラートが出る程度には急激な上昇をしているということだろう。
やはり、四機へのロックオンでも相当は負担を強いているようだ。
「今回も無茶させるが、もうちょっと頑張ってくれ。俺とお前なら行けるはずだ」
俺はアラートを吐き出している再度モニターを一撫でする。
そして、ジェード部隊長の指揮が響き渡る。
「全軍、攻撃開始!」
「アリュミルーレイ、発動!」
部隊長の指揮に合わせて全軍が動き出し、俺も魔法を発動させる。
アーティフィゴージュを掲げた機体の周囲に無数のミラーが浮かび上がり、それはレンズによって屈折させられた光を受け収束させていく。
大量の光に全身を包まれ、すべてのカメラが白く染まった。
そしてレンズとミラーによって屈折収束された光線は、四本の光となって敵軍へと伸びていく。
ほぼ同時に四機にヒット。
操縦席を照らされた機体は、一瞬にしてその装甲を焼き抜かれ操縦士もろとも蒸発させる。
それが合わせて四回。
敵からしてみれば、何が起きたのか全く分からなかっただろう。ただ、突然王国軍の後方から光が伸びて、アルミュナーレを貫いたとしか分からないはずだ。
だが、これだけでは終わらない。
俺はミラーを数ミリ単位で動かす。すると、敵を照らしていた光が水平に移動し、その周囲にいたアブノミューレ部隊を勢いよく焼き切っていく。
それは、光線による一方的な蹂躙だった。
光線自体の動きは遅くとも、何が起きたのか分からない敵は部隊ごとに固まったまま大きな動きを取ることができない。まして、その指揮官機を落とされていれば尚更な。
相手側の声は遠すぎて聞こえないが、その様子から動揺しているのはよくわかる。
戦闘開始と思ったら、五十機以上のアブノミューレと、四機の指揮官アルミュナーレを討たれたのだ。そこに、こちらの部隊が突っ込んでいっているのだから、動揺するなと言う方が酷な話だ。
だがこれは戦争。
容赦は無しだ。
「魔法終了。排熱開始、濃縮魔力液残量三割。やっぱりこのまま戦闘へは無理だな。バティス!」
「おうよ、向うからえらい速度で二機来てらっしゃるぜ」
それは、八将騎士カンザスと享楽のリゼットの機体だ。
「補給が完了するまで頼むぞ」
「任せな。エルドにできて、俺にできないことはねぇ!」
バティスの機体が背中のホルダーから剣を抜き、二機の方へと駆け出した。
俺はその背中を見送りながら、少しでも早く補給が終わってくれと、燃料計を睨み付けるのだった。
「被害を報告しろ! いったい何が起きたのだ!」
部隊の後方から、隻腕の機体が出てくるのを待っていたカンザスは、突然の光と部隊の壊滅に声を荒げた。
「閣下、落ち着きな。ありゃどう見ても魔法だ」
「あんな魔法があってたまるか! 私の機体でもあんな威力の魔法は無理だ!」
「物理技の方がもっと無理さ。とりあえず発生源を見つけて止めないと、二度目が来たらたまったもんじゃない」
「分かっている!」
「報告します!」
近寄ってきた一人の兵士が、敬礼をしながら二人の機体を見上げ声を張る。
「敵側の攻撃は、熱量を持った魔法攻撃のようです。破壊された機体の断面は全て焼き切られておりました」
「魔法……発生源は!」
「敵アブノミューレ部隊の後方、鉄柱の左腕を掲げている機体からだと思われます!」
「隻腕の! また貴様か!」
「閣下、あたしは行くよ!」
リゼットは、エルドがこの事態を引き起こしたと聞いて、即座に動き出す。
カンザスも、機体のジェネレーター出力を上昇させ、魔法の準備に入った。
「私もでるぞ! 二射目を撃たせるつもりは無い! 被害の無い部隊は、そのまま進軍、敵を撃退せよ! 被害を受けた部隊は、再編を行い指揮官に従え!」
「了解しました!」
そして、モニターのズーム機能を使い、リゼットの現在地を確認する。
リゼットの機体は真っ直ぐに戦場を突っ切り、アブノミューレ部隊を飛び越えたところで、大剣を両腕に持った機体に阻まれていた。
「あれが護衛か。ならば」
即座に魔法を発動させ、護衛機の足元を狙う。
これまでほとんど外したことのない一撃。今回も狙い通り、リゼットの機体と切り結ぶその機体の脚を撃ち抜けると確信した。むしろ、リゼットの動きを理解できたおかげで、よりピンポイントで撃てたはずだ。
しかし、驚くべきことにその攻撃は躱された。
わずかに足をずらすことで、まるで最初からそこに攻撃が来ることが分かっていたような動きだ。
それを見て、カンザスは即座に自分の攻撃パターンが読まれていることを理解する。
「なるほど、射撃パターンは解析されたか」
カンザスたちがエルドの動きを研究したように、エルドもカンザスの射撃パターンを解析し、バティスにアドバイスをしていたのだ。
「しかし、私の武器は遠距離のみではないぞ?」
操縦席の中で小さく笑みを浮かべ、カンザスは自らの機体を前へと進ませるのだった。
「おいおい、そんな話聞いてねぇぞ」
魔法を一回撃っただけで、自分の方へと走ってくるカンザスを見て、バティスは操縦席の中で声を上げる。
目の前の機体、享楽のリゼットを抑えるだけでもなかなか大変なのに、それに加えてカンザスにまで接近されたのであっては、さすがに分が悪い。
「エルド、まだかよ!」
「まだだ」
「なんか、後ろの機体が走ってきてるんだけど!?」
「ふむ、射撃パターンを解析したことが読まれたか。やっぱ伊達に八将騎士は名乗ってないな」
「感心してる場合かよ!」
大剣を使ってリゼットを引き離し、エルドに向けて苦情を飛ばす。
「あと半分ぐらいで補給が完了する。もう少し頑張れ」
「分かったよ! 王都のレストランおごってもらうからな! おりゃ!」
力強く踏み込み、大剣を振り降ろす。
リゼットはそれをステップで躱し、隙のできた上体へと斧を振るった。しかし、もう片方の剣によって斧は防がれる。
「あんたも意外とやるねぇ」
「へっ、あのバカに追いつけ追い越せで頑張ってきたんだ。そんじょそこらの連中とはちげぇよ!」
「ならあたしを楽しませてみな!」
「ひぃひぃ言わせてやる!」
奇しくも両手に武器を握る者同士、その動きは非常に似ていた。
右手の武器を主軸に、隙を左の武器で埋めていく。
お互いに何度も切り結び、弾きあう。
その間にも、カンザスの機体が近づいて生きていた。その手には、持っていないはずの剣が握られている。
「あれは、アイスソードか」
「あたりだよ。知ってるかい、閣下は今でこそ魔法特化だけどね、昔は猪なんて呼ばれるほど、突撃脳だったらしいよ!」
「ハッ、真っ直ぐ突っ込むだけなら、やりやすいんだよ!」
軽くバックステップで距離を取ったのち、駆け込んできたカンザスのアイスソードを受け止める。
その隙に、リゼットが左側から回り込んできた。
バティスはそれに合わせて、今まで隠していた魔法を発動させる。
パンっと何かが爆ぜる音と共に、左手に握られていた剣が急激に加速した。
「なにっ!?」
切り込もうとしていたリゼットは、それを間一髪で躱す。しかしわずかに胸部の装甲を削られた。
「チッ、外したか」
「ふむ、魔法による加速か。ありがちだが、大剣の二刀流ならば確かに有効だ」
「面倒な魔法組み込んでるね。テクニシャンってやつかい」
「言ったろ、ヒィヒィ言わせるってな!」
「あたしを喘がせるには、ちょっと経験が足りないかもね!」
一度使った以上、もう奇襲には使えない。それに、時間的にもバティスはあまり長く戦う必要がないのだ。必要なのは、エルドが補給し終えるまでの時間を稼ぐこと。だからこそ、遠慮なく魔法を連打する。
「おら、行くぜ!」
両手の剣が加速に合わせて振り回される。バティスは、機体ごと振り回されそうになるのを、遠心力を利用しながら上手く調整し、その刃を二機へと向ける。
「リゼット、まともに受けると武器ごとやられる。気を付けろ」
「分かってるさ。閣下も久しぶりの接近戦なんだろ、ブランクに気を付けな!」
バティスの機体が動きを止めたタイミングで、二機が斬りかかってくる。
「チッ、きっちり見てやがる」
バティスは、斬りかかってきた二機に対して、リゼット側に踏み込むことで二機のタイミングをずらしつつ、左手の大剣を地面へと突き立て、棒高跳びの要領でリゼットの機体の頭上を跳び越す。
エルドがアーティフィゴージュでよくやる動きだ。
「ほっ、こりゃやべぇ」
ズドンとリゼットの後方に着地し、振り向きざまに剣を振るう。
リゼットは、驚きながらも地面に斧を突き立てて、それを防いだ。
「あんたも隻腕みたいな動きをするんだね! 面白くなってきたじゃないか!」
「言ったろ、追いつけ追い越せだってな!」
「バティス気を付けろ!」
「乗ってきているところ悪いが、こちらは急いでいるのでな」
「なっ!?」
リゼットが間に入ったことで完全にカンザスに対して警戒を解いていたバティスは、エルドの声に気づいてカンザスの機体を見る。
瞬間、自身の操縦席目がけて放たれる氷槍を見た。
「しまっ」
放たれた氷槍はリゼット機の脇をすり抜け操縦席目がけて飛んでくる。
機体を強引に動かすも、完全な回避は間に合わない。
ガリガリと装甲が削られる音と共に、激しい衝撃が操縦席を揺らした。
「ぐあっ」
「残念だったね! 閣下は遊ぶ気は無いとさ!」
「の野郎!」
バティスは氷槍の直撃をギリギリで回避できたものの、右腕を肩から吹き飛ばされ、大きくたたらを踏む。そこに、リゼットが襲い掛かってきた。
バティスはリゼットの斧を必死に左腕の剣だけでいなすも、氷槍を受けた衝撃で回路に損傷が出ているのか動きが格段に悪くなっている。
「ハハ、これでお仕舞だよ!」
リゼットの振りぬいた斧の一本が左肩を切断する。
両腕をもぎ取られたバティスの機体はもはや棒立ち上体だ。
そしてもう一本の斧が振り下ろされる。
「こんなところで終わってたまるかよ!」
バティスが機体を一歩前へと踏み出させ、リゼット目がけて体当たりを掛ける。
リゼットはそれをたやすく躱し、すれ違いざまに腰を切り裂いた。
衝撃で機体が転倒し、地面を滑る。
「これで終わりだね」
両腕を失った機体では、自力で起き上がることもできない。
「ああ、俺の役目はここまでみたいだな」
「んじゃ、潔く死にな!」
きっちりとトドメを刺すように、リゼットが薪割りの様に操縦席目がけて斧を振り降ろす。
「後は頼んだぜ、エルド」
「任せておけ」
その斧は、エルドの銃撃によって弾かれた。
「さて、お待たせしたな。ここからは選手交代だ」
リゼットが驚いて見たモニターの先には、ハーモニカピストレを構える隻腕の機体があった。




