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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
カメントリア奪還戦
88/144

4

 俺が格納庫へとやってくると、そこでは整備員たちが慌ただしく作業を行っていた。

 そして俺に気づいて足を止め、敬礼をしてくる。

 俺は軽く敬礼を返しながら、声を張り上げた。


「出撃準備できてるな! バティスとエレクシアは」

「俺ならここだ」

「私も準備はできている」


 声は、それぞれの機体から帰ってきた。


「んで、どうするんだ? 俺たちも出るのか?」

「ああ、姫様から出撃命令が出てる。俺たちは来る敵を遊撃するぞ。基本的には向こうの暴れまわってる連中を止める」


 自らの機体へと飛び乗り、操縦席に乗り込む。

 一気に機体を起動状態まで移行させ、システムを確認していく。


「とりあえず出撃は部隊に合わせる。東門まで出て待機してくれ」

「了解」

「ではエレクシア機、出るぞ!」


 二機が格納庫から出ていくのを見送り、俺も出撃しようかとしたところで、カメラに手を振っているカリーネの姿が写った。


「どうかしましたか?」

「分かってるとは思うけど、念のため言っておこうと思って。その機体の物理演算器(センスボード)にはまだ例の魔法は入れてないわ。とりあえずシステムの構築は完了したから、後は描き込むだけだけど、さすがにこんな場所でぶっつけ本番で描くわけにもいかなかったし」

「分かりました。ただ、もしかしたら必要になるかもしれないので、予備の物理演算器(センスボード)があれば、そちらに記入してみてください。余裕があれば試します」

「分かったわ。ならしっかりこの基地守ってよ。あのシステム、帝国に取られたら地獄になるわよ」

「当然です」


 どのみち、今攻めてきている部隊を基地までたどり着かせるつもりは無い。


「エルド機、出るぞ!」


 ハンガーから機体を進ませ、俺は格納庫を後にした。



 東門へと到着すると、今も続々と格納庫から出てきたアブノミューレたちが集まってきていた。

 彼らは、すでに各部隊で順番に集まって、門の外で隊列を作っている。

 俺はとりあえず隊列から少し離れた場所で、バティスたちと合流する。


「エルド、この後どうするんだ?」

「姫様の指示待ちだ。さすがに姫様は前線に出ることは無いと思うから、別の奴に部隊の指示を任せるとは思うけど」

「いつまでもイネス様を前線に配置するわけにはいかない。ここで私たちが奴らに大打撃を与えられれば、イネス様も少しは安心していただけるはずだ」

「だな」


 軽く会話を交わしていると、門の上に人影が出てくる。

 カメラをズームさせてみれば、姫様とこの基地の司令官、そしてもう一人は着ている服からして兵士隊の部隊長あたりか。

 階級的には、俺たちアルミュナーレ隊の隊長と同じだが、歩兵戦以外でここまで出てくるのは珍しいな。どことなく緊張した様子が窺えるが、姫様に何か無茶ぶりされたか?


「みなさん、聞いてください!」


 姫様が拡声器を使って、兵士たちに声を届ける。


「今、カメントリアから敵アルミュナーレ及びアブノミューレの部隊がこちらに向けて進行中です。我々はこれを撃退し、ここクロイツルを中心とした周辺地域の確保を完全な物にしなければなりません!」


 姫様が軽く兵士たちを見回せば、兵士たちからは「そうだ!」や「帝国の横暴を許すな!」などと血気盛んな声が聞こえてくる。

 姫様はそれに軽く頷き、スピーチを続けた。


「帝国は未だ、私たちの国を奪わんと攻めてきています。ですが私たちはもはや奪われるだけの存在ではありません。その右手には剣があり、左手には盾がある! それを使うだけの技量を持った兵士たちがここには集まっているのです! これは前哨戦にすぎません! 私たちは今、カメントリア奪還のための作戦を考えています! この戦いで勝利を掴み、必ずカメントリアまでの王国の全領土を取り返しましょう! みなさんの力を貸してください! 私たちのすべての力を結集して、この国に平和を取り戻すのです!」


 姫様の力強い宣言。それに合わせて、兵士たちからおお!っと地面を揺らさんばかりの声が上がった。

 この場の士気は今や最高潮に達している。

 姫様が一歩下がったところで、この熱気を絶やさぬうちにと司令官が前に出た。


「では作戦の概要を伝える。接敵予想地点は、この先にある黒鳥平原。敵とは正面から激突することになる。それに合わせて、今回はアブノミューレ部隊の指揮を兵士隊の部隊長であるジェード部隊長に任せることにした。第三、第四、第五アブノミューレ部隊は部隊長の指揮下に入り部隊の展開を行う!」


 司令官の作戦に対して、少なくないどよめきが走った。当然だ、今までアルミュナーレ隊と兵士隊は完全に独立した部隊だった。それがいきなり、兵士隊の部隊長に部隊指揮を任せると言われたのだ。動揺しない者はいないだろう。

 かく言う俺も少し驚いている。


「理由は私から言わせてもらおう。紹介にあずかったジェードだ」


 ジェード部隊長が司令官の横に並ぶ。ジェード部隊長は、ちょび髭のよく似合うダンディーなおっさんだ。


「君たちが今乗っているのは、確かにアルミュナーレから派生した機械の巨人だ。しかしその数は、その武装は兵士のそれと変わらない。君たちがアカデミーで学んできたのは、アルミュナーレ同士の戦い方だろう。その中に集団戦の知識はあったか? 周囲を囲まれないように戦う部隊運用はあっただろうか? 無いはずだ。アルミュナーレの戦いは、多くても三対三。集団戦という概念自体が存在しなかった。だが、今君たちが乗っているアブノミューレ部隊は違う。文字通り部隊なのだ。その展開方法には、兵士隊の知識が必ず役に立つと信じてる。先ほど、イネス様もこうおっしゃった。我々のすべての力を結集して、平和を取り戻そうと! ならば、私は部隊の垣根を超えて、この知識を君たちの役に立てたいと思う。どうか私にも力を貸してほしい!」


 部隊長が頭を下げる。すると、ぽつぽつと拍手が聞こえだし、次第にそれは大きな波へと変わっていった。

 とりあえずこの場では認められたってことか。しかし、アブノミューレ部隊の歩兵的な運用なんてできるのかね?

 部隊長の言っていた通り、アカデミーでは部隊運用の訓練は一切やっていない。だから行軍だってまともにはできない可能性があるし、まして戦闘中の配置転換なんて以ての外だ。

 まあ、その辺りは姫様たちも考えていないとは思えないし、誰でも出来る簡単な指示しか出さないのかもしれないが、それでも上が状況を把握しているのと、していないのでは全く違うからな。


「アルミュナーレ隊は、今まで通り各個に必要と思う場所へと移動して、戦ってもらいたい。君たちの力は一部隊に匹敵するからね」


 ふむ、俺たちはいつも通りか。なら、思う存分暴れるだけだ。


「では、全軍出撃! 私たちの敵を殲滅してください!」


 姫様の指示により、俺たちは黒鳥平原へと進軍を始めるのだった。



 基地を出撃して二時間ほど、もうすぐ平原に出るというところで斥侯部隊が情報を持ち帰ってきた。

 それによれば、敵部隊は平原の先で陣を展開しているらしい。と言っても、アブノミューレ部隊がズラッとならんで俺たちを待ち構えているだけらしい。

 兵士と違って魔導機人はでかいからな。伏兵とかできないのはありがたいか。


「さて、部隊長の指示はどうなるのかね?」

「このまま進めるのではないか? ここから迂回しようにも、相手にも私たちの位置はバレているだろう」

「だよな。やっぱ戦争は正面から行かねぇと」


 部隊長からの指示は直進だった。ただ、盾持ちアルミュナーレを部隊の前に出し、大砲による強襲を防ぐ構えのようだ。

 俺の機体は盾こそ持っていないが、アーティフィゴージュがそれと同等の強度を誇るため、俺も前へと出る。

 俺の後ろにバティスとエレクシアも続くが、二人は盾を持っていないため少し後方だ。

 そして、森を抜けた。

 そこに広がっていたのは、情報通り敵の大部隊。

 正面に立つ二機は、例の傭兵と魔法特化の機体のようだ。

 俺はマジックシールドの出力を最大限まで上げつつ、そのまま前進する。


「ようやく来たか」


 その声は敵側から聞こえてきた。


「我が名はカンザス・オッテ・ディルベリア。オッテの名を有する帝国八将騎士なり! そこの隻腕のアルミュナーレの操縦士、名を聞きたい!」


 おっと、いきなり自己紹介を要求された。

 どうやら相手さんもこちらに興味津々らしい。なら、都合がいいな。思いっきり俺に集中してもらって、その間に周りの連中を片づけてもらうとしようか。


「第一近衛アルミュナーレ大隊、第二王女親衛隊隊長エルドだ」

「返答感謝する! 噂の御仁、倒す前に名前を聞いておきたかった」

「冥土の土産の間違いだろう?」

「八将騎士に敗北の未来は無い。八将騎士の先に見えるものは、敵の屍のみ! いざ!」

『勝負!』


 俺とカンザスの機体が同時に踏み出す。

 いや、それと同時に、もう一機動き出した機体があった。

 それはカンザスのすぐ隣にいた傭兵の機体。何本もの巻割り斧を背中に抱えた、情報によればナイロンイーターと呼ばれる傭兵団の機体だ。


「決闘みたいな雰囲気のところ悪いけど、これは戦争なんでね! あたしも参加させてもらうよ! あたしも隻腕のには興味があったんだ!」


 その機体はすぐさまカンザスに追いつき、そのままカンザスを隠すように前に出た。


「てめぇ! 卑怯だぞ!」

「操縦士として恥ずかしくないのか!」

「あたしは傭兵だよ! あたしが楽しめりゃなんだっていいのさ!」


 完全に一騎打ちの雰囲気にのまれ出遅れたバティスたちが抗議の声を上げるが、当然の様に論破されていた。

 まあ、戦争だからな。勝つための動きをするのは当然だろう。

 だからこちらも指示を出す。


「バティス、エレクシア。二人は予定通り周りの連中を抑えろ。こいつら二機は俺だけでいい」

「チッ、またエルドだけ良いとこ取りかよ」

「了解した。周りを片づけたらすぐに向かう」


 二人が俺の指示通り別方向へと向きを変える。と同時に、両陣営の完全に出遅れていたアブノミューレ部隊たちも進行を開始した。

 そして一足先に俺とナイロンイーターの機体が激突する。

 助走のままに正面から振り降ろされた斧。俺はそれを同じように剣で受け止め、強く押し込む。


「強欲な子だね! この享楽のリゼット様を独り占めしようってかい!」

「実力から見た、合理的な判断だよ!」


 忘れられがちだが、俺の操縦はフルマニュアル操作なのだ。そこらへんの傭兵の機体にパワーで負けることは無い!


「簡単に押し負ける!?」


 驚いた様子の傭兵に対して、俺は容赦なく剣を押し込み相手のバランスを崩す。

 たたらを踏んだ機体に対して、機体を回転させ遠心力を乗せたアーティフィゴージュを振るう。


「クッ」


 相手はアーティフィゴージュを受け止めはしたものの、その質量に負けて機体を真横へと弾き飛ばされる。

 俺は相手が飛ばされるのを確認しながら、即座にバックステップで自らの機体をその場からずらした。

 直後、一瞬前まで俺の機体の操縦席があった場所を、炎の槍が通り過ぎる。

 躱した槍はそのまま平原を進み、なだらかな起伏にぶつかると大爆発を起こす。その威力は、明らかに通常のファイアランスのそれよりも遥かに強い。

 どうやら、あれがマジックシールドを貫通する魔法らしい。

 俺はその槍を発生させた機体を見る。

 いつの間にか走るのを止め、その場に悠然と佇みながら次の魔法の準備をすでに終えているカンザスの機体だ。

 情報通り、巨大なドラム缶のようなものを両肩に背負い、武器を一切持っていない。

 だがおそらく物理演算器(センスボード)から魔法特化の構築にしているのだろう。

 周囲に浮かぶ待機状態の槍の数が尋常ではなかった。パッと見たところ優に十本以上はある。あんな量を一遍に作ったら、普通は濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)の供給が追い付かずに一時的にでも枯渇状態になるんだけどな。

 何かからくりがあるのだろう。


「ふむ、今のを躱すか。ならばこれはどうだ!」


 同時に放たれる、待機していた槍たち。

 それらは、すべて違う角度へと降り注ぎ、俺の回避行動を的確に妨害してくる。

 普通の魔法ならば、マジックシールドで減衰させてアーティフィゴージュで打ち消してしまえばいいのだが、さっきの威力を見るに減衰だけじゃ受け切れる威力までは落ちないだろう。

 なら――

 俺はアーティフィゴージュを使い、機体を高跳びの要領で空へと登らせる。

 そして落下する先は、態勢を立て直したリゼットの下だ。

 仲間もろともは無理だろ?

 あの威力、確かに長距離からならば厄介この上ない代物だが、接近戦となればその威力が仇になる。

 それとも、仲間ごと吹き飛ばすか?

 念のため相手の動きを注意しておきながら、リゼットの機体に向けて剣を振り降ろす。

 リゼットは、数歩下がって攻撃を回避すると、左手で腰から何かを引き抜いた。

 俺はその動きで何を出そうとしているのか即座に把握し、相手の右側へと機体を進ませる。

 出てきたのは、俺の予想した通りハーモニカピストレだった。おそらく王国の機体から奪ったものだろう。弾の換えがなくとも、残弾だけでも十分武器にはなるからな。

 リゼットはそれを構えて至近距離から放つが、あらかじめ回避行動に映っていた俺には当たらない。

 左手で持つと、右側は狙いにくいもんな。

 んで、その隙をついて俺は一気に後方まで回り込み、操縦席に向けて剣を突き出す。


「やらせない!」


 しかし、俺の剣は操縦席に突き立てられる直前で、何かに弾かれた。


「助かったよ、閣下」


 同時に、リゼットが振り向きざまに新たな斧を振るう。

 俺は咄嗟に機体をしゃがませ、その攻撃を回避した。しかし、続けざまに足元目がけて魔法が打ち込まれる。

 はじけ飛ぶ地面の穴に足元をすくわれ、しゃがんだ状態からバランスが崩れた。


「チッ」


 俺は小さく舌打ちをしながら、機体に全力で地面を蹴らせる。

 半ば倒れながら俺の機体は地面を蹴り、ほぼ水平の状態で仰向けに平原を滑る。


「よく躱す」


 カンザスが褒めるように呟くが、褒めたいのはこっちの方だ。

 あの野郎、魔法の威力を絞ってピンポイントで俺の剣にぶつけてきやがった。

 単純に機体の魔法が強いだけじゃない。あの騎士の腕も相当なもんだ。ペルフィリーズィなんか渡した暁には、十キロぐらいの狙撃なら決めて来るんじゃないか?


「接近戦も凄いよ。まるであたしの動きが読まれてるみたいだ。確かにこれなら戦闘狂も興味を持つはずだね」

「戦闘狂?」


 俺は聞いた言葉に眉をしかめながら、機体をすばやく起き上がらせリゼットの攻撃を躱す。

 こういう時、機体を普通に起こすよりも、半回転して四つん這いの状態から起き上がったほうが意外と後手に回らずに済む。

 人なら視界から敵が離れてしまうため悪手だが、アルミュナーレのモニターは周囲すべてに張り巡らされている。どこかのモニターに敵の動きが映っていれば、攻撃を受ける心配はない。


「フォルツェがなんか絡んでんのか?」

「あいつが帝国で噂してるよ。隻腕のアルミュナーレは僕の獲物だってね。大半の傭兵は、それであんたに興味を持ってる。あの戦闘狂が獲物にするほどの相手だってね」


 あの野郎、いらないところで面倒なことしやがって。


「それに、あそこの新人もあんたのことを気にしてるみたいだったからね」

「新人? もしかしてレイラのことか!」

「そうそう、そんな名前の女さ。おや、その反応は訳アリと見たね。戦場で女のことを持ち出すと、早死にするよ!」


 連続して放たれる斬撃をアーティフィゴージュから取り出した新な剣で受け流しつつ、時折来る魔法を躱しながら相手の隙を窺う。

 この二機、連携というほど高度な動きはしてない。しかし攻め込む隙が無い。

 そもそも隙と言うのは相手の攻撃が止んだ時に生まれるのであって、カンザスはそのタイミングで俺に魔法を撃ってくるのだ。

 おかげで、リゼットの止まっているタイミングをことごとく潰される。

 俺はここで確信する。

 リゼットと言う傭兵も確かに強い。だが、もっとやばいのは後ろのおっさんだ。

 帝国八将騎士、なるほど自ら名乗るだけの腕はあるってことか。

 なら俺も、全身全霊を掛けてこの状況を打ち破ってやる。

 小さく舌なめずりをして、俺はリゼットの斧を受け止めるのだった。


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