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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
カメントリア奪還戦
87/144

3

 カメントリア基地で、八将騎士のカンザスは自らの愛機を格納庫へと戻し、機体を降りる。そこには、カンザス直属の部下たちが整列しており、敬礼して出迎えた。


「閣下、お帰りなさいませ。お疲れ様でした」


 そう言って差し出されたタオルを受け取り、うっすらと額に浮かんでいた汗を拭う。

 別に戦闘で疲労していたわけではない。ただ、戦場に出たときカンザスは常に適度な緊張感と戦意で体を高揚させているのである。それが己のパフォーマンスを最高に引き出すと分かっているからだ。


「今日の敵はいかがでしたか?」

「今回は外れだったな。例の奴はいなかった」


 先ほど倒してきたアルミュナーレたちを思い出しながら、カンザスは部下に答える。

 探していたのは、もちろん隻腕の機体。帝国の騎士たちに悪魔と呼ばれる存在だ。

 クロイツル強襲時には襲撃部隊として突入してきたため、そろそろ来る頃かと思い偵察も兼ねて周囲を警戒していたが、出てきたのはそこらへんにいる雑兵と変わらなかったことに、少しだけ落胆する。


「しかし、ジェネレーターを二機回収することが出来た。これで、相手の力を少しでもそげたのなら、まあ良しとしよう」


 遭遇した部隊の構成や力量的に、おそらくあれは偵察部隊だったのだろうと予想する。

 そうでもなければ、大群でこそ意味を発揮するアブノミューレをお供の様につけることなどしない。帝国でもそれをする場合は、少数部隊による偵察の時だけだ。


「今度の攻撃は、大部隊で来るかもしれんな。となれば、こちらも出るのがいいか」


 偵察を行うということは、こちらに攻撃する意志があるということ。そして、それはさほど遠くない未来だということだ。

 こちらにもしっかりとした部隊があり、出撃も可能な状態なのだ。本国からも、可能ならばクロイツルを再奪還せよと命令が来ている。

 ならば、わざわざ基地を危険に曝す必要もない。


「近いうちに激突するかもしれんな。少し司令たちと話し合ったほうがよさそうだ」

「では、連絡を入れておきます。夕食後でよろしいですか?」

「ああ、頼む」

「承知しました」


 部下の一人が列から抜け出し連絡を伝えに行く。

 それと交代に、隣のハンガーから一人の操縦士が降りてきた。


「閣下、どうだいあたしの働きは。満足していただけたかな?」


 それは真っ赤なドレスを見にまとった女性だ。

 艶やかな長髪もルビーの様に赤く輝き、白い肌は彼女が戦場にいる人物だとは思えないほどきめ細やかだ。

 大胆に開かれたドレスの胸元には、その豊満な胸に埋まるように金のペンダントが輝いている。

 まるで、どこかのダンスパーティーに出席するような服装だ。

 その胸に何人かの兵士の視線が固定されているのに気付き、女性はフッと笑みを深めた。


「リゼット、その服はもう少し何とかならんのか」


 カンザス自身も、初老ながらその胸元に思わずドキリとし、それを隠すためにわざとらしくため息を吐く。


「ハハッ、あたしは兵士じゃないんだ。あんなかたっ苦しい恰好するつもりは無いよ。せっかく女に生まれたんだ。なら女として楽しめるものは楽しんどかなきゃ損じゃないか。それより、あたしの質問に答えてくれよ。私は閣下を満足させられたかい?」


 妖艶な笑みをたたえながら、再びリゼットは尋ねる。


「ああ、期待以上の動きであった。女人でこれほどの腕を持つものを私は初めて見たぞ」

「そりゃよかった。自分で売り込んだ買いがあったってもんだ」


 リゼットは帝国の騎士ではない。

 彼女こそが、ナイロンイーターの団長にして操縦士である。


「行軍中に突然アルミュナーレが接近してくると聞いたときは敵襲かと思ったがね」

「ハハッ、閣下や隻腕の情報を聞いて酒場からすっ飛んできたからね!」


 リゼットは、帝国のとある町の酒場で休暇を取っていた。今後の戦局次第でどこに向かおうかと考えていた時、店員からカンザスがリゼットのいる町を通過したという話を聞いたのである。しかも少し深く調べてみれば、八将騎士を出撃させた理由が隻腕の死神を倒すためであると分かった。

 となれば、次の戦場をそこにする以外に選択は無かった。


「しかし、ナイロンイーターの団長が動くほど、その隻腕とは恐ろしい人物なのかね?」


 ナイロンイーターと言えば、ドゥ・リベープルの中でもかなり有名な傭兵集団だ。実力もさることながら、そのスタイルがナイロンイーターを一際有名にしている。

 それは、楽しむこと。私生活を、戦いを、そして死も。そのすべてを、人生を死まで謳歌することがナイロンイーターの行動原理。

 その最たる存在が団長のリゼットなのだ。

 故に、付いた二つ名が、享楽のリゼット。


「さあね。あたしも実際にあったことは無いし。けど、あの戦闘狂が執着してんだ。面白い敵であることは間違いなさそうだろ?」

「戦闘狂――確か王都襲撃を成功させた傭兵だったか」

「そうだ。あんな馬鹿みたいなもんでぶっ飛んで、王都のど真ん中で暴れて帰ってきたぶっ飛んだ奴らだよ。おまけに、アルミュナーレまで奪ってきやがった。おかげで、エルシャルド傭兵団はドゥ・リベープルの中でも一目置かれる存在になっちまいやがった」


 死ぬことが前提とされるレベルの無茶苦茶な作戦で、予想以上の戦果を上げてきたエルシャルド傭兵団は、今最も有名な傭兵団だ。しかし、同時に傭兵たちの中ではあまり触れたくない存在でもあった。


「あの問題児に加えて、新しい問題児も相当な腕だって話だしね。エルシャルドの奴、いったいどこからそんな掘り出し物見つけてくるんだか。まあ、そんなことはどうでもいいのさ。その問題児たちが揃って執着してるってやつが隻腕のなんだよ。だから興味がある。是非とも戦ってみたい。だからあたしは閣下にすり寄ることにしたんだ」


 リゼットは滑るような動きでカンザスに近寄ると、その腕に抱き付いた。

 腕に押し付けられた豊満な胸の柔らかさに、カンザスの体が硬直する。


「どうだい、こっちの方も今夜パートナーに選んでみないかい? 年の割りにまだまだ元気なんだろ?」


 小さく舌なめずりをするリゼットに、カンザスは渋い表情をして腕を揺すり離れるように促す。


「私はこの後作戦会議がある。男が欲しいなら、そこら辺にいくらでもいるだろう。ここは男所帯だからな。溜まっている連中はいくらでもいる」

「ちぇっ、奥手な閣下だねぇ」


 リゼットは素直に腕から体を離すと、視線を一瞬だけカンザスの部下たちへと向け、すぐに元に戻す。

 もしかしたら自分が、そんな淡い期待感の籠った感情が格納庫を満たしていた。


「英雄は色を好むんじゃないのかい?」

「私は英雄などではないからな。色は妻だけで足りている。どうせならばその隻腕とやらを誘ってみればいい。向うの国からすれば、まぎれもない英雄だろうからな」

「ハハッ、もし私たちとの戦いに生き残ることが出来たんなら誘ってあげてもいいけどね。んじゃ、あたしは適当につまませてもらうとするよ」

「明日に響かぬ程度に頼むぞ。明日はこちらから出て、向うの連中を少し引っ張りだしてみよう」

「はいはい」


 ナイロンイーターの若い女性団員を伴って、リゼットが格納庫から出ていく。

 それを見送ってしまった兵士たちは、内心で肩をがっくりと落とした。


「お前たち……雰囲気が分かりやすすぎるぞ」


 そんな部下たちの様子に、カンザスは深くため息を吐くのだった。




「さて、戻ってきた偵察部隊からの詳しい報告書が届いたわけだけど」


 姫様は持っていた用紙をトサッとテーブルの上に投げ出し、大きくため息を吐いた。

 俺も見せてもらったが、基地の情報は全く分からず、分かっているのは危険な二機のアルミュナーレがいるという事だけ。

 一機は、ナイロンイーターの機体だということは分かっているが、もう一機の方が全く分からない。そもそも、直接ぶつかることすらできていないのだ。

 斥侯部隊の中で生き残った者たちが、一応その機体を目にとめてはいたが、帝国の一般的な機体に、巨大なドラム缶のようなタンクを背負い、近接武器を一切持っていないという事だけ。

 戦闘も、ナイロンイーターのはるか後方から正確な射撃で魔法を放ってくる。

 その威力は一般的な機体の物をはるかに超える威力で、マジックシールドの上から機体を貫いてくるという事だけ。

 敵の素性も、その原理も全く不明。

 正直、ほとんど対策のしようがない。その上、偵察部隊の存在がバレたとなれば、基地の警備は強化されるだろう。それどころか、こちらの進軍に合わせて打って出てくる可能性がある。

 魔力液(マギアリキッド)の貯蔵タンクがある基地で戦うよりは、はるかに安全だからだ。


「カメントリアへの攻撃、計画を練り直すしかないわね」

「しかし、部隊の編制も食糧の調達もすでに終えてしまっていますよ?」


 日持ちするとはいえ、今から準備をし直すとなれば多くの食糧が無駄になる可能性が高い。さすがにそれをよしとできるほど、王国には潤沢な資金があるわけではないのだ。


「分かっているわ。だから、部隊の編制自体は変えずに、配置を少しずらして別の場所で戦うようにするだけよ」

「別の場所?」


 姫様は側付きのメイドに棚から地図を持ってこさせる。

 それをテーブルに広げ、自分たちのいるクロイツルを指さした。


「私たちが今いるのはここよ。それで、カメントリアがここ」


 姫様は指をつつっと東に向けて動かし、カメントリア基地を指さす。

 そして、少し指を戻しちょうど二つの基地の中間あたりで止めた。


「ここには平原が広がっているわ。ぶつかるとしたらここね」

「平原での正面衝突ですか」

「総力戦になるわ。消耗も激しいけど、ここを貫けられれば一気にクロイツルまで落とせる可能性が出てくる」

「砦にも防衛部隊がいるはずです。撤退する部隊を追いかけて、連戦するおつもりで?」

「やっぱり無理かしら?」


 頭の中で少しシミュレーションを行い、俺は首を横に振る。


「無理ですね。基地である以上防衛システムも設置してあるでしょうし、何より機体の燃料が持ちません。それをやるならば、部隊を元から二つに分けて、抜けた直後にその部隊を突撃させるぐらいじゃないと」

「さすがにそこまで余裕はないのよね」


 アヴィラボンブを警戒し、ある程度は基地に機体を残さなければならない。

 正面衝突と基地落とし。二つとも本来ならば大規模な部隊が必要になる作戦だ。しかしそんな余裕はない。


「ああ! どうすればいいの!」

「正面衝突か、それとも奇襲か。奇襲は難しいでしょうし、正面から行って地道に削るしかないのでは?」

「むぅ、戦力の消耗は極力避けたいんだけど」


 悩む姫様を見ながら、俺はふと気になったことを尋ねる。


「そういえば姫様は、今回の戦争どこまで進めるつもりですか?」


 現状では、姫様は奪われた土地を奪い返すことを第一目的に戦いを仕掛けている。そのおかげか、味方の士気も比較的高い状態が維持できており、前線の雰囲気もそこまで悪いものではない。

 しかし、今後敵地に踏み込むとなれば、感情はまた別の物となるだろう。

 取り返すことと奪うのでは、まったく別なのだ。

 そもそも、王国の騎士たちは基本的に奪うということを勉強していない。

 統治の方法も知らず、ただ敵の領地に踏み込めば、いたずらに戦果を拡大するだけである。

 そんなわけで、姫様にはどこまで行くつもりなのか聞いておきたかったのだ。

 どうも、戦力の消耗を極力嫌がっている姫様の様子は、このまま敵地まで踏み込みそうな気もするのだが。


「そうね、基本的には緩衝地帯の平原までは押し返すつもりよ。その後は、緩衝地帯の一部を確保して、そこに新しい前線砦を作るつもり」

「前線を押し上げるんですか?」

「どちらかと言うと、監視の意味が強いわ。緩衝地帯の前にある森のせいで、どうしてもこちらの動きが後手に回ることが多いのよ。だから、監視砦を築いて敵の動きをより早く感知できるようにしたいの。そうすれば、けん制もしやすいし向こうとの交渉の余地も出てくるはず」

「帝国と和平交渉を?」

「和平とまではいかないけど、休戦ぐらいまでは持ち込みたいわ。正直、今は王国内がごたごたしすぎてるし。周りの国との関係も、代が変わったのだから作り直さないといけない。戦争だけにかまけている訳にはいかないもの」

「なるほど」


 周辺の国と信頼関係を築いてきたのは、今までは先代の国王だった。だが、代が変わったことで、今後その政治理念なども大きく変わってくる可能性が高い。

 故に、外交を通じてそのことを知らせ、理解を仰ぐ必要があるわけか。

 んで、そのためには帝国との休戦が必要で、それを実現するために力を見せつける必要がある。

 今までずっとお互いの国の緩衝地帯として使われていた平原に砦を築くことが出来たとなれば、実質こちらから相手の領土に砦を立てたも同じことだ。それだけの力を見せつければ、一旦剣を収めることを提案することも可能だろう。

 今の状態で休戦の申し込みをしても、笑って蹴られるだけだし。


「分かりました。では最終目標は緩衝地帯に砦を立てることでいいんですね?」

「ええ、そこまでは我が騎士にも頑張ってもらうわよ」

「いい加減自分ものんびりとした結婚生活を送りたいからですね。戦争を止めるためなら、全力でお手伝いしますよ」


 結婚してから、ここまでずっと戦争続きだからな。

 むしろ、結婚式の最中から攻撃仕掛けられてんだから、落ち着いた夫婦生活なんて一切ないんだぞ。

 いい加減、新しい屋敷でアンジュとのんびりした日常を謳歌してもいいと思わないか!?


「我が騎士が頑張ってくれるのなら、ちょっと無理した作戦も大丈夫ね! 今日中に作戦考えちゃうから、また夜にでも顔を出してちょうだい」

「ほどほどにお願いしますよ」


 どうせ無茶な作戦考えるんだろうなと苦笑しつつ、俺は残ったお茶を飲みほして席を立つ。

 そんなときに、一人の兵士が部屋の中へと飛び込んできた。


「どうしたの?」

「で、伝令! 巡回中だった斥侯部隊がカメントリアから来る敵の大部隊を発見! 進路はまっすぐこちらに向かってきています!」

「大部隊!?」


 姫様が驚いて立ち上がる。

 まさか再侵攻してきたのか!? 昨日の斥侯部隊との戦闘で、こっちが攻めるつもりなのはバレているはずだ。

 攻められるぐらいなら攻めるってことか。


「規模は、敵の構成はどうなってる!?」

「確認できる限りでは、アルミュナーレが六機、うち二機は昨日と同型かと。アブノミューレは三十機程度かと」

「三十。本格的な侵攻ではないの?」

「ですが昨日の部隊がいるとすれば、気は抜けません」


 俺と同じレベルの存在がいる。そうなれば、基地にダメージを与えることぐらいならば可能なはずだ。それで、こちらの攻撃を遅らせる算段かもしれない。


「そうね。我が騎士、あなたの部隊を出して。それと、編制した部隊から五十機、そうね三四五番隊を出して! 基地に近づかれる前に止めるわよ。それと他の機体も待機させておきなさい。向うから来るってことは、アヴィラボンブが降る可能性もあるわ。上空の警戒を厳に。司令官に連絡は行ってるわね。私も司令室に行くわ」

「こちらも出ます」


 姫様が部屋を飛び出していく。それと同時に、基地に警戒警報が鳴り響いた。

 マイクの魔法が基地内全てに声を届ける。


「現在カメントリアから敵部隊が接近中。総員警戒態勢、アルミュナーレ隊およびアブノミューレ部隊は出撃命令があるまで機体で待機」


 ふむ、新しく着任したここの司令官もなかなか優秀だな。今のところ、姫様が常駐してるから最高指揮権は姫様にあるが、姫様の行動をある程度予想して、邪魔にならない範囲で先に指示を出している。

 んじゃ、俺も行くとしますか。


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[一言] 統治の方法も知らず、ただ敵の領地に踏み込めば、いたずらに戦果を拡大するだけである。 戦火?
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