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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
カメントリア奪還戦
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2

「では、お二人には部隊を率いて偵察の任務に当たっていただきます。目的地はカメントリア。基地の状況と敵の数を大まかに調べていただくだけでかまいません」

「了解しました」

「この命に掛けても、任務を全ういたします」

「命掛けならば、必ず帰還しなければなりませんよ。偵察任務なんですから」


 イネス直々の命令に、体を固くしていた操縦士は、そう言われて顔を赤くする。

 クロイツルの奪還から三週間。ようやく基地の態勢も整い始め、そろそろ次の攻略作戦を考える時期になった。

 俺の機体や、バティスたちの機体も修理が完了し、いつでもいける状態だ。

 ただ、今回は前回ほど焦る必要もなく、また敵の警備が厳重だったこともあってカメントリア内に潜入部隊を送り込むことが出来なかったのだ。

 そのため、まずは偵察を主とした部隊を編制し、送り出すことになったのである。

 そのメンバーに選ばれたのは、もともとこの基地の周辺を担当していた部隊の二人である。

 地理に明るく、気づかれにくい場所を知っていれば、偵察もしやすいだろうという考えだ。


「部隊編成は、あなたたち二人に、二機ずつアブノミューレを付けさせます。周囲の警戒などに使ってください」

「ありがとうございます」

「作戦の開始は、そちらの準備が整い次第決行してください。細かな部隊編成は任せるので、後ほど必要な物をまとめた書類を提出するように。私からは以上です。何か質問はありますか?」


 一通りの説明を終え、イネスが二人に尋ねる。

 一人はガチガチに緊張したままだが、もう一人の四十近い操縦士は少し顎に手を当てて考えた後顔を上げた。


「偵察中に敵の部隊と遭遇した場合はどうしますか? 極力戦闘は避けた方がよろしいでしょうか?」

「そうですね。出来ることなら避けてください。相手に、こちらから攻勢の意志や準備があるとはあまり悟られたくありません。ただ、隠れきれない場合は、全力で戦い必ず生き残ってください。お二人からの情報がなければ、カメントリアの奪還は不可能になりますから」

「了解しました」


 質問に答えたイネスは、二人をもう一度見てこれ以上質問がないことを確認し、解散を告げた。

 二人が部屋を出て行ったあと、俺は姫様に尋ねる。


「偵察は俺たちじゃなくてよかったんですか?」

「確かに我が騎士ならば確実に偵察を成功させてくれるでしょうね」


 そう言ってイネスは微笑む。


「ただ、頼ってばかりはいられません。他の部隊の練度も上げなければ、取り返したとしてもまた奪われる。それで苦しむのは、基地やその周辺に暮らす民たちです」

「なるほど」

「だからエルドが動くのは、他の作戦が詰まったときだけにしたいのです。前線を支えるのは、多くの騎士と兵士。彼ら一人一人が強くならなければ、帝国の脅威から王国を守り切ることはできません。エルドがいなければ守り切れない。そんな考えを持ってほしくない。むしろ自分たちの力で取り戻したのだと、自信を取り戻してもらいたい。彼らは、私たちの選んだ精鋭なのですから」


 そうだ。アルミュナーレの操縦士たちは、みんなアカデミーの熾烈な競争を勝ち抜いてきた精鋭たちなのである。

 そして俺は姫様の近衛であり、ここの基地に配属されているわけではない。姫様が王都に戻る時には一緒に戻ることになる。その時、彼らがこの基地を守るだけの力と自信をつけていなければ、また奪われて振り出しに戻るだけなのだ。それでは、姫様が前に出てきた意味がない。


「だから彼らに任せるのです。さ、私たちは彼らが戻ってきたときのために部隊編成の準備を進めましょう」

「そうですね」


 俺とイネスは気持ちを引き締め直し、再び机の上に広げられた書類に目を落とした。




「偵察部隊、出撃するぞ」


 その声に合わせて、基地の門が開かれ、二機のアルミュナーレと四機のアブノミューレ、そして数台の馬車と偵察兵たちが飛び出していく。

 それを見送った俺は、自分の機体がある格納庫へと向かう。

 格納庫には誰もおらず、窓から差し込む光だけが、俺の機体を照らしていた。


「うむ、やはり素晴らしい」


 俺は機体を見上げながら、大きく頷く。

 機体は擦り傷などが目立つが、泥は綺麗に落とされ装甲は磨かれ輝いている。

 最初こそ違和感のあった左腕のアーティフィゴージュも、今ではこれがないと俺の機体だとは思えないほどになじんでいた。


「あら、隊長じゃない。また来たの?」


 機体を見上げながら感慨にふけっていると、頭上から声を掛けられた。

 声のした方に顔を向ければ、キャットウォークからカリーネさんが顔を覗かせていた。


「あれ、カリーネさんこそ、ここで何を?」


 確か整備はすべて完了しているはずだが。


「私がやることは、物理演算器(センスボード)のチェックと改修だけよ。ちょうど時間が空いたから、例のシステムについて考えてたの。やっぱり現物を見ながらじゃないと、どこのスペースに追加するとか、どこを削るかとか決められないしね」

「ああ、あれですか。どんな感じですか?」


 例のシステムと聞いて、俺はカリーネさんに頼んでいた新魔法のことを思い出す。

 どうやら、手の空いた時間を使って、それをアルミュナーレに記入する方法を考えていてくれるらしい。


「正直難しいわ。どんなに頑張っても、隊長が望む規模の魔法をこの機体だけで賄うのは無理よ。もっと規模を小さくして、一点を狙う感じにすればできないこともないんだけど……」

「それでも濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)的に厳しいですか」

「ええ、下手すると予備タンクも含めて一発で全部消費するわね」


 継続的な戦闘が出来なくなるのは厳しいな。

 それどころか、全部消費と言うことは、そのままジェネレーターが落ちてしまう可能性も高い。戦場でそんな状態になれば、いい的だ。


物理演算器(センスボード)に描き込むのも、大規模過ぎて今の量じゃ到底無理よ。いっそのこと、アーティフィゴージュ全部物理演算器(センスボード)で埋めてみない?」

「カリーネさんの仕事量が大変なことになりそうですね」

「その時はまたホストに連れてってもらうわ。隊長もまんざらじゃなかったみたいだしね」

「はは、その時はカリーネさんにもアンジュに説明お願いしますよ」


 王都での謹慎中、カリーネさんと約束していたホストクラブに連れていくというのを実行させられたのだが、あの時は意外と楽しかった。

 男がホストクラブに行くのもおかしいと思い、最初は金だけ渡そうと思っていたのだが、なぜかカリーネさんに連行されカリーネさんと同じテーブルで男たちにもてはやされたのだが――

 あれだ、あいつら女の扱いも上手いが、男のおだて方もかなり上手い。

 適格に俺の嬉しい言葉を突いてくるのだ。おかげで、かなり散財させられてしまった。

 そこまではまあよかった。金を使ったのは自己責任だからな。

 問題だったのはこの後だ。

 寮に戻ると、なぜかアンジュが涙目で待っていたのだ。

 そして言われた、エルド君はホモだったのかと。

 いやー、衝撃だったね。まさか自分の彼女にホモ疑惑を掛けられたんだから。

 一日掛けた説得で何とか理解してもらえたが、どうも俺がカリーネさんとホストクラブに行ったことを噂で聞いたようで、俺が男好きに目覚めたと思ってしまったらしい。

 と、いうことで、今度行くときはあらかじめカリーネさんと一緒に説得しておかないと、また勘違いされちゃたまったもんじゃないからな。

 今は結婚してるんだし、離婚騒動とかになったら目も当てられん。俺だってアンジュのことが好きなのだ。嫁にいらん不安を持たせられんからな。


「分かってるわよ。あれはあれで面白かったけどね」

「勘弁してください」


 カリーネさんはクスリと笑って真剣な表情に戻った。


「で、話は戻すけど、あんな魔法を使うつもりなら、それこそ本当にアーティフィゴージュを物理演算器(センスボード)でいっぱいにして、外部タンクを併設して使わないと無理よ。小規模な物は考えておいてあげるから、今はそれで我慢してちょうだい」

「分かりました。小規模な物だと威力はどれぐらいになりそうですか?」

「まあ、それでも機体に乗せられる魔法じゃ最大威力になることは間違いないけどね。基地の門ぐらいなら簡単に抜けるし、下手すると貫通して内部に被害を出すことも可能よ。射出点は機体前方三メートル、飛距離は角度も考えると一キロってところね」

「分かりました」


 射程一キロか。下手するとペルフィリーズィよりも短いのか。これは使い時がかなり難しそうだ。


「とりあえず実物は作らなくていいので、構築だけはお願いします」

「はいはい、任せておきなさい。ホストのためにも頑張るわよ。あ、頑張ると言えば、リッツなんだけど」

「リッツさんが何か?」

「あいつ、最近たまにげっそりしてる時があるけど、なにかあったの? 適度に手を抜くのがあいつのいいところだと思ってたんだけど」


 そう言ってカリーネさんは、リッツさんの最近の様子を教えてくれた。

 それによれば、朝げっそりした様子で格納庫に来たかと思うと、深い隈を作りながら、機体のメンテナンスをして午後にはどこかに行ってしまうらしい。

 それを聞いて、俺は一つ思い当たる節があった。


「たぶん、賭けに負けたんでしょうね」

「賭け?」

「ええ、こっちに来たばっかりの時に、テントで隠れて賭けトランプやってたんで、負けたときの罰則に労働を追加させたんですよ。人手足りなかったんで、自分から休暇を返上してくれたのは助かりました」

「隊長、意外とゲスいことするわね……」

「まあ、見つかったバツですよ。見つからなければいいんです」

「それもそうね」


 カリーネさんは、あっさりと俺の言い分に納得した。


「じゃ、あたしはもう少しこの子の頭と睨めっこしてるから」

「分かりました。自分は別の格納庫も回ってきます」

「行ってらっしゃい」


 カリーネさんに手を振られながら、俺は格納庫を後にする。

 東の空に雲が多い。もしかするとしばらく曇るかもしれないな。




 そして三日後、ボロボロになった偵察部隊が帰ってきた。

 そこに二機のアルミュナーレも、四機のアブノミューレの姿もなく、ただ俯いた兵士たちと疲弊しきった馬がトボトボと基地内に入ってくる。

 俺はすぐさま姫様の下へと向かい、彼らからの連絡を待つ。


「何があったというの」


 連絡を待つ間、姫様は焦った様子で自分の爪を噛みつつ、椅子の上でそわそわと体を揺らす。


「アルミュナーレたちが一機も戻ってきていないことを考えれば、敵の部隊と遭遇したんでしょうが、それにしても異常ですね。彼らも撤退の見極めだけは上手かったはずですし」


 撤退のタイミングの見極め。それだけならば、今までもずっとやってきたことだ。それを今更間違えるとは思えないし、戦うにしても四十代のベテランが混じっていたはずだ。

 にもかかわらず、一機も戻ってこれなかったんはどう考えてもおかしい。


「イネス様、偵察部隊より報告に参りました」

「入ってください!」


 扉の外から声を掛けられ、すぐさま入室を促す。

 入ってきたのは、アルミュナーレ隊の副隊長だった男だ。出撃時は自信満々だった表情が今は悲観に暮れている。


「報告します。偵察部隊は、カメントリアへの進行途中、敵性アルミュナーレに遭遇、戦闘の末全機大破しました。操縦士は全滅、他斥侯部隊や整備士にも多くの負傷者が出ています」

「いったい何があったのですか!? 敵は大部隊だったのですか!?」


 もし敵が大部隊だった場合、クロイツルへの攻撃が予想される。ならば、早急に迎撃準備をしなければならない。

 だが、帰ってきた言葉に、俺たちは唖然とする。


「敵は二機のアルミュナーレでした。一機は帝国の物。もう一機は傭兵の物です」

「二機……たった二機に。いえ、私たちも三機で基地を落としているのです。それが出来るものが帝国にいたとしてもおかしくはない」


 姫様は、たった二機にやられたのかと言いかけ、俺の存在を思い出す。

 俺も一度は二機で基地を落としているし、今回も三機でクロイツルを制圧しているからな。俺の存在を考えれば、一概にありえないとは言いにくい。

 しかしそれは、俺がいたからだ。

 俺と同じレベルの操縦士がいるわけないなどと思い上がるつもりは無いが、そんな存在がいるとすれば、それは帝国でも腕利きだろう。

 つまり、帝国の切り札に近い存在が出てきたということになる。


「詳しく話してください。分かる限りでいいです。その敵の情報を」


 姫様もその敵のヤバさに気づいたのか、情報を求める。


「帝国の機体は、魔法に特化したような機体でした。背部に巨大なタンクを抱え、近接武器を一つも持っていませんでした。もう一機は傭兵の物で、両手に斧を握り、背中にもいくつもの斧を装備していました。あれはおそらくナイロンイーターかと」

「ナイロンイーター?」


 姫様が首をかしげる。俺はその名前に聞き覚えがあった。


「王国指定の賞金首傭兵です。何度も王国内で暴れては逃げられているため、他の傭兵から少しでも狙われるように賞金を懸けたと伺いましたが」


 ナイロンイーター、数々の戦線で王国のアルミュナーレを撤退させてきた傭兵団だ。

 その実力は確かなもので、帝国内でも高く評価されているらしい。

 特徴は、その大量の斧を自在に操る戦闘スタイル。武器を惜しげもなく使うその戦い方は、俺に似ているようだ。

 ナイロンイーターも気になるが、俺としてはその帝国の機体の方が気になる。

 魔法特化の機体と言うのは、王国でも聞いたことがない。後方からの支援専門なのだろうか。


「なるほど、賞金首の傭兵と、新手の帝国騎士ですか。対策を考えねばなりませんね」

「どうか、どうか隊長の仇を!」

「ええ、必ず。あなたが持ち帰った情報、必ず次の勝利の糧としましょう。下がって休んでください。詳しい報告書は明日でかまいません」

「ありがとうございます。失礼します」


 副団長は、うつむいたまま部屋を後にする。彼が立っていた場所には、こぼれた涙の後がはっきりと残っていた。

 それを見つけた姫様が額に皺を寄せる。


「我が騎士、どう思います? いくら賞金首の傭兵だからとはいえ、我が国の騎士たちが全滅するでしょうか?」

「近接相手ならば、撤退ぐらいはできるはずです。おそらく問題なのは、帝国の騎士」


 魔法専門に特化した機体が、後方から何かしらの魔法を発動して撤退を妨害したのだろう。その間に、傭兵に破壊されたと考えるのが普通だ。

 だが、魔法に耐性のないアブノミューレならともかく、マジックシールドが常時発動しているアルミュナーレに対して、長距離からの魔法で効果があるとは思いにくい。

 それを超える何かがあるはずなのだ。


「先日、なるべく出したくないと言いましたが、そう言うわけにもいかないようですね」

「ええ、そいつらの相手は俺がします。実際に剣を交えてみないと分からないことも多いですし」

「頼みます」


 俺は、窓の外からカメントリアの方角を睨み付ける。

そこにいるであろう、強敵の存在を想像して。


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