10
相手の背後に回り込むべく、エレクシアはスラスターを噴かせる。
敵の左手側へと回り込み、短剣を振るう。しかしそれは当然の様に盾によって受け止められた。
だがそれは予想通り。優れた騎士の動きと言うものは、ここからの動きで分かる。
盾を這わせるように短剣を動かし、盾の外側から剣を突き立てるべく機体を動かす。しかし敵もその狙いに即座に気づき、盾を大きく振るうことでエレクシアの剣を弾かれた。
エレクシアは一歩後退しながらも、噴かせたスラスターを活用して即座に距離を詰め直す。
「まとわりつくな!」
敵機は接近されるのを嫌がったのか、剣を振るいエレクシア機をけん制する。しかし、エレクシアはその剣をものともせず再び敵機の側面へと攻撃を仕掛ける。
「ならば逃げればいい。無様にな!」
「このっ!」
敵機も再び機体を捻り、エレクシア機の攻撃を受け止める。
エレクシアの機体にはエルド機のような大火力もなければ、バティス機のような防御の上から押しつぶせる大剣もない。
しかし、それ故の機動力と手数の多さを以て敵を圧倒する。それは、エレクシア自身の戦い方と同じだ。
そしてエレクシアの機体も、彼女の動きに最適化され彼女の望んだ動きを実現させる。
「隙が出来たぞ」
体を捻るという行為は、必然的に膝に負担がかかる。同時に両足が垂直に並び、次の動きへと妨げとなる。
エレクシアはそこを狙い、即座に相手の脚を払った。
「なっ!?」
転倒する機体に向けて剣を振り降ろす。しかし、短剣は盾で受け止められ、機体の横の地面に突き刺さった。
お返しとばかりに突き出される剣を、エレクシアはもう片方の剣で受け流し、敵が動く前に膝を使って敵機を押さえこんだ。
「何をやっている! 貴様はそれでも帝国の栄えある騎士か!」
状況の不利に焦ったのか、魔導車にいた司令官から檄が飛ぶ。
だがこの一戦に限って言えば、すでに決着はついていた。
エレクシアが抑え込んだ機体に向けて再び剣を振り降ろす。
敵機は剣で受け止めようとするが、それを読んでいたエレクシアは敵の腕の動きに合わせ短剣を振り降ろし、右腕を破壊する。
直後、二機の間近で爆発が起きた。
「なにっ!」
「チッ、外したか。まあいい!」
とっさに敵機から離れ、その場から距離を取る。直後、押し倒していた敵機に砲弾が直撃し、爆発が起きる。
「帝国騎士ってのは、碌な囮にもならねぇのな。まあいいや、司令官、助けてやったんだ、ボーナスぐらい出るんだろうな」
建物の影から出てきたのは、一機のアルミュナーレ。しかし帝国の物ではなく、傭兵の物だ。
全身はドゥ・リベープルのカラーである黒で統一され、その両手にはアブノミューレたちが使っている大砲が装備されていた。しかしそれだけではない。
背部の増設ユニットにも大砲が二本担がれており、脚部にも同様の物が装備されていた。
全身に大砲を付けた機体は、片腕の砲口をエレクシアに向けたままゆっくりと司令の下へと近づいてくる。
「き、貴様は傭兵か」
「おうよ、火薬傭兵団のランドウ様だ」
「よくやった! ボーナスは弾んでやる! だからあいつを殺せ! 殺せばボーナスを二倍にしてやる!」
「言質は取ったぜ。つう訳だ、ボーナスのために死にな!」
爆音と共に砲が放たれる。エレクシアは即座にスラスターを噴かせ、敵機の射線から逃れた。
直後、その後方で爆発が起き建物が倒壊する。捕虜収容所ではないが、倒壊の音がエレクシアの肝を冷やした。
「貴様、仲間を囮にしたのか」
「ハッ、仲間じゃねぇな。俺は傭兵で、あいつは帝国騎士だ。協力はするが、役に立たねぇなら切り捨てる。この基地の司令官様は優しいからよぉ! 成果さえ出しゃ、何してもいいわけだ!」
「そろいもそろって下種共が」
部下の騎士が殺されたのにもかかわらず、自分のことを優先する司令に、平然と味方を囮に使う傭兵。
エレクシアの騎士道からすれば、考えられないことだ。だからこそ、彼らの行動に怒りが湧く。
「おら、行くぞ!」
敵機は撃ち終えた両腕の大砲をパージすると、即座に足に着けていた大砲を握り直す。
アブノミューレの物を改造したのだろう。それは、大砲にグリップを付けただけの簡素なものだ。
エレクシアは即座に機体を走らせ、大砲の射線から逃れる。
逆に敵は、その場にとどまったまま砲口だけをエレクシア機に向けて狙いを定める。
「そこ!」
放たれた砲弾が、エレクシア機のすぐ横を通り過ぎ爆発が起きた。
その爆風は先ほどの物よりもはるかに強く、勢いに機体が流される。
「くっ」
「特製の砲弾だ! 一発の威力がちげぇんだよ!」
エレクシアの機体は、その軽さ故に衝撃に対してバランスを崩しやすい。その分を各部にあるスラスターで維持しているのだが、予期せぬ衝撃に対してどうしても一度バランスを崩してしまうのだ。
「もう一丁!」
再びの砲撃音と共に、もう片方の大砲から煙が登る。
砲弾はエレクシア機への直撃コースだ。
エレクシアはとっさにスラスターを全開にさせ、背後の翼を展開させて大きく飛び上がった。
真下で爆発が起き、衝撃を利用した上昇を行う。
「マジかよ! アルミュナーレが飛びやがった! だけどそれじゃあ!」
敵機が再び大砲を捨て、背部ユニットから新たな大砲を取り出す。
「ただの的だ!」
「それは俺のセリフだ」
ダダダダダンッと大砲とは違った特徴的な発砲音。
直後、敵機の操縦席が背後から撃ち抜かれ、貫通した。
エレクシアが着地しそちらを確認すれば、銃身の排熱フィンから煙を上げるペルフィリーズィを構えたエルドが、悠然とたたずんでいた。
俺が捕虜の収容所に到着した時、大砲を構えたアルミュナーレがエレクシア機を狙っていた。
敵機は周囲を気にも留めず、ただ上空のエレクシアだけを狙っている。
あれじゃあ駄目だよな。こんな戦場のど真ん中で周囲の警戒を怠るのは、素人のやることだ。それに、俺なら飛んでいる機体じゃなくて、着地直後の動けない状態を狙う。
あいつ、素人か。
俺は徐に足を止め、アーティフィゴージュからペルフィリーズィを取り出す。
「おいおい、エルドどうしたんだ?」
「周囲警戒の重要性を教えてやろうと思ってな。バティスは後ろを頼む」
「またかよ。まあ、隊長殿の命令には従いますさ!」
バティスが反転して追いかけてきたアブノミューレたちに向けて突撃をかます。
別にわざわざ斬りに行かなくても、魔法でけん制するだけで十分なんだけどな。まあいいか。あいつも楽しそうだし。
「物理演算器回路リンク正常、濃縮魔力液供給完了、照準敵機操縦席。ロックオン。ファイア」
ダダダダダンッと連続した爆発音の後に、弾丸が敵機に向かって飛翔する。
それは狙いたがわず敵機の操縦席を撃ち抜き、その勢いに任せて貫通した。我ながら、ほれぼれする精度と威力である。
「戦場で足を止める時は、周囲の状況を常に確認しないとな」
俺は独り言のようにつぶやきつつ、アーティフィゴージュを振るう。
そこにいたのは、側面の通路からこっそりと近づいてきていたアブノミューレ。周りに流されずに考えて行動できたのは褒めるが、まだまだ動きが拙いな。俺なら建物を破壊して、その倒壊に巻き込むぞ。
破壊したアブノミューレをしり目に、俺は魔導車へと近づく。
「さて、ここの司令官とお見受けするが」
「貴様ら、こんなことをしてただで済むと思うなよ」
「おいおい、俺たちはただ取られたものを取り返しに来ただけだぜ。とりあえずあんたの身柄は確保させてもらう。捕獲の命令は出てないから、抵抗するなら殺すよ?」
何かしら情報は持っているかもしれないから、これからの反攻作戦で役に立てば少しは延命してくれるかもな。まあ、なくても困らないだろうから、抵抗すれば問答無用で殺すけど。
「わ、分かった」
敵司令がうなずくのを確認して、俺はエレクシアの機体を確認する。
所々に破損は見られるが、致命的な破壊後はないようだ。これなら問題なく戦えそうか。
「エレクシア、まだ戦えるか?」
「ああ、濃縮魔力液の残量が残り四割だが、まだいける。しかし、司令が投降したのだから、戦闘は終わりなのでは?」
「その司令官一人と前線の基地一つ。天秤に掛けられるか?」
「無理だな」
「そういうこと。俺たちの目的はこの基地の制圧なんだし、それなら敵機は全部叩いておかないとな」
まあ、それでも状況が不利だと分かれば向こうも撤退を始めるかもしれないが、それまでに出来るだけ数を叩いて置きたい。
「エレクシアは引き続きここの確保を。司令もセットになるから、バティスと協力してくれ」
「俺も待機か? 遊撃の方が面白そうなんだけど」
アブノミューレたちを切り払って戻ってきたバティスが愚痴をこぼす。
「嫌でも敵は来るさ。俺は遊撃する」
「あいよ」
俺は二人に指示を出し、再び基地内を疾走するのだった。
「帝国の連中も、傭兵もやる気がねぇな」
周囲を囲うアブノミューレたちを屠りながら、俺は操縦席の中でぼそっと呟く。
足元には、すでに破壊した一機のアルミュナーレ。それ以外のアルミュナーレは、どいつもこいつもアブノミューレの影に隠れて様子を見ているだけだ。
正直言ってかなりつまらない。案山子を切り続けるのは、訓練の時だけで十分なのだ。
「お前ら、少しは気概見せてみろ!」
剣を振るい、切り込んできたアブノミューレを破壊しつつ、それを足場に大きく跳躍する。
そして飛び降りざまに一機を、起き上がりに合わせて一機を破壊し、道を少しだけこじ開ける。そこにいるのは、傭兵のアルミュナーレだ。
「少しは楽しませろ!」
傭兵の機体目がけて斬りかかる。相手は焦ったように剣を振り、それを受け止めた。
敵機はそれほど特徴的な機体ではない。
基礎型をベースに、寄せ集めのジャンクをくっ付けた感じだな。王国帝国両方のパーツや武装が混在している。オリジナルを付けていないところを見るに、最近手に入れた新人か。
「このっ!」
敵機が剣に力を込めてくる。俺は即座に剣を手放し、機体を斜めに移動させて敵機がたたらを踏むのを眺める。
そして、アーティフィゴージュから剣を抜き、相手の背中に向けて斬りつけた。
破壊音と共に、操縦席のハッチが吹き飛ぶ。
「逃げたければ、機体を置いて逃げろ。そうすれば追わない。機体毎逃げるんなら、後ろから突き刺す。お前たちはどうする?」
俺は視線を横へと向けながら尋ねる。その先には、帝国と傭兵のアルミュナーレが集まっていた。数は六機。周辺にいたのをかき集めた感じだな。
最初に確認した量からすると少し少ない気もするが、傭兵がいくらか逃げ出したか。
「これだけの数だ。勝てると思っているのか?」
「たった三機に制圧されかかってるお前らの言えるセリフか、それ」
「やるぞ!」
「おう!」
俺の挑発に、六機のアルミュナーレが一斉に動き出す。
俺はバックステップで相手との距離を取りながら、ハーモニカピストレを取り出し相手をけん制する。
しかし、さすがはアルミュナーレ。装甲で簡単に弾いてくるな。
下がりつつ、建物の間の少し細目の道に入って相手の数を制限する。そして、正面から来た一機に向かって剣を抜きつつ攻撃を仕掛ける。
相手がそれを受け止め、横から別の機体が斬りかかってきた。
俺はその機体の剣に向けてウィンドカッターを放った。
敵機自体にはマジックシールドが張られていてほとんど意味をなさないが、その武器までは対象外だ。弾くだけならこれで十分。
剣はウィンドカッターをぶつけられその軌道を逸らし、機体の真横を通り抜けていく。
その間に、俺は目の前の敵を片づけることにする。
剣を一旦引きつつ、相手が前に出てきたのを確認して隣の建物をアーティフィゴージュで殴りつける。
建物の壁が崩壊し、瓦礫が頭上に降り注いだ。だがこの程度の瓦礫ではアルミュナーレは倒せない。だからこれはただのブラフ。
相手は構わず突撃してくるが、視界が悪ければ狙いも定まらないよな。
突き出された剣が俺の機体の脇の下から通り抜ける。
「残念でした」
そして俺の剣は、的確に操縦席を貫いていた。
敵の剣から相手の操縦席の位置を予測したのだ。
「んで次は」
「なめるなぁぁああ!」
「叫んだところで」
破壊した機体をもう一機に向けて突き飛ばす。細い道は、それをよけるだけの余裕を与えない。
受け止めさせられた機体事、俺は敵機に向けてアーティフィゴージュを突き出す。
「ぐあっ」
激しい衝撃で敵機が転倒する。このまま追撃して決めてしまいたいところだが――
俺が頭上を確認すれば、そこに二機のアルミュナーレ。
「やっぱりそこか」
俺を挟み込むようにして降りてきた機体。さらに、両側の道から一機ずつが通路に入ってきた。
前を三機、後ろを二機に囲まれたが、問題ない。
「これでもう逃げられんぞ」
「とっととくたばれ」
「やなこった」
俺は再びアーティフィゴージュを振るい、壁を破壊する。そしてその中へと飛び込んだ。
飛び込んだ建物は騎士寮で、その階層と天井が動きを激しく阻害する。だがその程度だ。
俺はそのまま騎士寮を突き抜け、反対側へと飛び出した。
多少機体に傷がついたが、許容範囲内だろう。なぜならこれで。
「クソッ、逃がすな!」
「追え!」
俺の後に続いて寮の中へと入ってきたバカな騎士たち。
傭兵たちはきっちり外から回ってきているってのに、その辺り基地の訓練ってのは実戦を想定してなさすぎだ。
俺はファイアランスを発動させ、思いっきり建物に向けて連射する。
轟音と共に、騎士寮が崩れ、帝国のアルミュナーレたちが下敷きとなった。
まあ、この程度じゃ破壊はされないだろうけど、五階分の石材が積み重なったのだ。簡単には出てこれまい。
その間に――
「お前ら、まだやるか?」
剣を抜きつつ、追いついてきた傭兵たちに尋ねる。
「さっきの奴は賢かったな。機体を捨てて逃げたから生きていける。お前らはどうかな?」
揺さぶりを入れつつ、剣を振るう。
それを受け止めた傭兵は、明らかに悩んでいるようだ。これはもうひと押し。なら――
俺は後ろから来た機体に向けてアーティフィゴージュを振るう。
相手はしっかりと予想していたのか、足を止めてその攻撃を回避した。
「今!」
「残念」
俺が大きく振りぬいた後を隙と見た相手が切り込んでくる。だが、俺はその勢いのまま、機体をしゃがませ相手の脚を払う。
そして、態勢を立て直し、傭兵の操縦席に向けて剣を突き立てた。
「さて、答えを聞こうか」
動けなかった最初の相手。ゆっくりと振り返りつつ、威圧感の籠った声で尋ねれば、相手は操縦席のハッチを開けて機体から飛び降りて逃げていった。
命のほうが大事。うん、適切な判断だな。
「んで、お前らは戦うわけだよな?」
寮の残骸から這い出てきた帝国騎士に対して、俺は笑みを深めるのだった。
先頭を二機のアルミュナーレが進み、そのすぐ後ろに二百機にアブノミューレが続く。今にも崩れそうな門を抜けて中に入れば、激しい戦闘の跡が見て取れた。
隊列の中腹で、イネスは窓から顔を出してその様子を見ていた。
いくつもの煙があがり、そこらじゅうに機体の残骸が転がる戦場跡。
焦げ臭い臭いが漂うそこには、ほとんど音がなかった。ただ、アルミュナーレたちが歩く音のみが響いている。
「本当に制圧できたのですね。さすが我が騎士たちです」
隊列は基地の中を進んでいく。すると、次第に歓声のような声が聞こえてきた。
それは徐々に大きくなり、角を曲がったところでその声の理由が分かる。
解放された捕虜たちだ。疲労も酷く、栄養状態も悪いが、解放された喜びからイネスたちを出迎えたのだ。
そして彼らの先頭にいるのは、エルドだ。
「エルド!」
「姫様、この通り捕虜の解放および基地の奪還成功しました」
「よくやりました。他の者たちは?」
「バティスとエレクシアは疲労で眠っております。機体は無事だった格納庫ですでに修理を始めております。それと、帝国の司令官を拘束して牢屋にいれてありますので、多少は情報が得られるかと」
「そう、お疲れさま。明日改めて褒美の言葉を送りますので、招集があることを伝えておいてください」
「承りました」
「では後のことは私たちが引き継ぎます。我が騎士も疲れているのでしょう。今はしっかりと体を休めなさい」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて今日は休ませていただきます」
エルドが建物内へと入っていくのを見送り、イネスは手早く指示を出していく。
「予定通り、分担して基地の確認作業に入ってください。捕虜のみなさんには、適切な治療と十分な食事を! 周囲の警戒も怠らないように!」
その指示に合わせて、兵士たちが動き出す。
この日、たった三機のアルミュナーレによって襲撃されたクロイツル基地は、たった半日で壊滅したのだった。
同時に、この基地から辛くも逃げ出した帝国兵や傭兵たちによって、とある噂が帝国内に蔓延した。
王国には、左腕の鉄柱に死人の魂を捕まえる、隻腕の死神がいると。




