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ちょっと少な目
戦闘を終え、基地へと帰還した俺たちを待っていたのは、盛大な歓声だった。
そのどれもが、主に俺に向けられている。確かに援軍に駆け付けたのは俺だが、そこまで重要な働きをできたとは思えないんだが……
やったことと言えば、バティスの援護だしな。これが俺の機体だったら、無双も夢じゃなかったんだが。
「なんでこんな歓声がでかいんだ?」
「そりゃ、隻腕機人・英雄のエルド様が援軍に来てくれたんだからな。それで即座に戦闘が終了すりゃあ、戦闘を直接見ていない連中からすれば、お前が戦闘を終わらせたもんだと思ってもおかしくないだろ」
「英雄!?」
俺はバティスから出てきた言葉に、驚きの声を上げる。
俺は何時から英雄になってたんだ?
「なんだ、気づいていなかったのか? エルドが基地の奪還やったあたりから、本格的に広まった噂だぞ?」
「基地の奪還って、それはレオンも一緒だったろ」
「確かに僕も一緒にいたが、それまでの活躍が違う。ポッと出の操縦士より、各ブロックを守り抜いてきた旗頭のエルドが有名になるのは当然だ」
「マジか」
アルミュナーレに乗ることを禁止されて、ずっと王都に引きこもってたからな。兵士たちの噂なんて全然耳にする機会がなかったし、誰も教えてくれなかったし、まったく知らなかった。
整備士たちとよくしゃべってるリッツさんや、ブノワさんなら絶対に知ってたはずだ。わざと黙ってたのか? なら二人が合流したら問い詰めなければ。
「そういうことだ。手でも振ってやったらどうだ?」
「ファンサービスは大切にな」
「分かったよ」
いやいやながらも、俺は機体を操り歓声を上げている兵士たちに向けて手を振る。すると、先ほどまでの歓声が一際大きなものとなる。
「とりあえず俺は司令官に挨拶しにいかないとな。機体どこに置けばいいかね?」
「適当でいいだろ。なんなら、司令部の前にでも停めとけよ」
そんな路駐みたいに……まあそれしかないんだけど。
「僕たちは機体を格納庫にしまってくる。後で時間があれば合流しよう」
「んじゃまたな」
「ああ、また後で」
俺は姫様から今後の作戦の一部を聞かされているので、すぐにまた合流することになるのは分かっているのだが、それは黙っておく。
姫様の作戦はいつも無茶苦茶だからな。二人も聞いたらきっと腰を抜かすに違いない。少ない時間だが、戦闘後の平穏を楽しんでくれ。
俺は機体を進ませ、基地司令部の前まで来る。と、基地の窓から司令官らしき人物の姿が見えた。
「第一近衛アルミュナーレ大隊隊長のエルドです。司令官でいらっしゃいますか?」
「そうだ。私がこの基地の司令、ティンダー・カッツォだ。援軍感謝する」
「自分はイネス様の指示に従ったまでですので」
「イネス様は今どちらに? こちらに向かうとは聞いているのですが」
カッツォ司令が窓から周囲を見回してみるが、それらしき影は見当たらない。
まあ、今頃はまだようやく海辺側に出てきた頃だろうし、到着は夜の予定だからな。
「イネス様は今日の夜ごろこちらに来る予定です。私は援護のために一足先に来ました」
「そうだったのか。いや、本当に助かった」
「詳しくは後ほど。とりあえずこの機体をどこかに格納したいのですが」
「そうだったな。ではえっと……ここから南西にある第六格納庫に。アルミュナーレ用の格納庫だが、空きがあったはずだ」
「分かりました」
とりあえずこの機体を停められる場所を聞いて、俺はそっちに向かう。
説明の通りに南西に向かうと、地面に白線で格納庫の番号と道が記されていた
それを頼りに進みつつ、基地の様子を確認してみる。
内側はほぼ被害がない。アヴィラボンブは基本的に全部防ぎきっているらしい。王都よりも優先して対空機銃を配備させた甲斐があったというものだ。それに加えて、アブノミューレの数もそれを助けているのだろう。
戦闘から戻ってきたアブノミューレ達が露天駐機されているが、その数もなかなかのものだ。
量産型がズラッと並んだ姿は、なかなか見ていて心躍るものがある。しかもそのすべてが戦闘後とあって、どこか汚れており、傷ついているのだ。
昔、プラモデル屋で戦場をイメージしたジオラマを展示していた物を見たことがあるが、それとほとんど変わらない。いや、実物の分こちらの方が迫力がある。
疲れ切って、機体の足元に大の字で寝転ぶ人とか、怪我をしたのか担架で運ばれていく人の命がそう見せているのだろう。
不謹慎かもしれないが、やはりロボットは人が一緒にいてこそその魅力を引き立てるよな。
そんなことを思いつつ、格納庫へと到着する。
「カッツォ司令から、機体をここに停めるように言われてきました」
「分かりました。空いてるハンガーへお願いします」
「了解です」
整備士はすでに戻ってきているアルミュナーレの整備に全力を尽くしているのか、簡単に指示を出してアルミュナーレの下へと駆けていく。
ま、アブノミューレの扱いなんてそんなもんだ。俺だってそんなもんだろうし、特に気にしない。
言われた通り、ハンガーにアブノミューレを格納し、機体から降りる。
と、同時にアルミュナーレの方から声が聞こえてきた。
「おいおい、ここはアルミュナーレ用の格納庫だぞ。誰がアブノミューレなんて持ってきてんだ」
そちらを見れば、キャットウォークを勇み足で歩いてくる一人の男。金髪の整った顔立ちはどことなくバティスを思い出させるが、バティスよりかは不細工だな。何となく全体的に線が細すぎる。優男ってイメージが強い。
その優男は、機体から出てきた俺に目をつけ、睨み付けるように目じりを上げながら近寄ってきた。
「お前か、ここにあんなもん止めやがったのは」
「そうだが、何か問題か?」
「問題あるに決まってんだろ。ここはアルミュナーレの専用格納庫だ。あんなガラクタ外に停めとけ」
「そういうわけにも行かない。あれは借り物だからな。それにカッツォ司令には許可をもらっている」
このアブノミューレは、王都で借りた奴だしな。俺の機体が届いたら、これはちゃんと返しておかないと配備の際に数がずれる可能性がある。まあ、事務方がちゃんと処理はしてくれてはいるだろうが、万が一がある以上は返せる機体はちゃんと返さないと。
幸い俺の機体は今回まともにダメージを受けていない。ちょっとスライディングやら派手な着地やらで表面にこそ傷はついてはいるが、中はほぼ新品同然だ。
それに――
「ガラクタなんかじゃないぞ。アブノミューレも乗ってみるとなかなかいいもんだ。あんたも一度乗ってみるといいぞ。色々と勉強になる。んじゃ、俺は報告義務があるから」
アブノミューレの操作感覚は、アルミュナーレよりもはるかに悪い。しかしだからこそ、アルミュナーレと同じように動かすには、自分の操縦技術と、反射神経、そして何より先読みが必要になるのだ。
アルミュナーレならば、相手の動きを見てから操作しても、こちらの操縦速度にぴったりと合わせてくれた。それだけ上等な駆動システムを積んでいるのだ。しかしアブノミューレではそれがない。ならば、相手が動く前に機体を操作し始めていなければならない。
これがなかなか難しい。相手の動きと言うのは、ロボである以上ある程度制限されてくるはずなのだが、その中から僅かな相手のくせを見抜き、予想して動くのは至難の業である。
しかしこれが出来れば、アルミュナーレに乗ったときの動きはまた一段階上に次元に昇華できるはずだ。
俺は、ささやかなアドバイスを名も知らない隊長に告げ、格納庫を後にした。
司令部へと戻ってきた俺は、そのまま司令の部屋へと案内される。
「改めまして、第一近衛アルミュナーレ大隊隊長エルドです。イネス様の指示に基づき、応援に参りました」
「援軍感謝する。しかし、どうやってこの速度でここへ? 情報が届いたのは、早くても昨夜だと思うのだが」
どう頑張っても、魔導車じゃその時間が限界だろうな。実際情報が来たのは昨日の夜だったし。そこから準備してアルミュナーレを走らせても、到底この時間には間に合わない。
「敵の使っていた移動用の新兵器の実験も兼ねて、こちらも開発部が試作したものを使用しました。アヴィラボンブを連結させて、機体を飛ばすだけの出力を捻出する物なのですが、かなり荒っぽいものでしたよ」
「……そうか。無理をさせてしまったようだね」
「いえ、無理はいつものことですから」
否定はしない。正直、かなり運任せなところもあったからな。
「それで、今後についてはイネス様から何か聞いているか? 私はイネス様が統括になるという情報しか知らされていないのだが」
「基本はその通りです。大幅な配置転換などは予定していませんので、カッツォ司令にはこのままエナハトの防衛を任せることになるかと。ただ、イネス様は反撃の意志をお持ちです。近々反攻作戦が実施される可能性があることは、頭の隅に置いておいていただければ」
その反攻作戦が大規模な物になるのか、それとも何かの作戦の一環の小さな抵抗なのかは知らないけどな。どうせ姫様のことだ、無茶な要望が来るに決まっている。
けど、それが成功すればきっといい方に状況は転がり始めるはずだ。姫様はそのために少しずつ状況をそろえてきたのだから。
「そうか。分かった。どのような要望も受け入れられるよう準備をしておこう」
「お願いします。到着は予定通りならば今日の夜になるかと。すぐに軍議になるか、少し休まれるかはイネス様次第ですが、おそらく軍議が開かれると思いますので、夕食は早めにとっておいてください」
「そうか。忙しくなるな」
「ええ、嬉しい忙しさになりますよ。とりあえず自分はイネス様が来るまで休ませていただきたいのですが、どこか部屋をお借りできませんか?」
昨日の夜に仮眠をとった程度で、朝から強烈なGに耐え、その直後に戦闘だ。
正直今も結構体にガタが来ている。早く休ませろと体が訴えかけてくるのだ。
「そうか。本来なら専用の部屋を準備させるべきなのだが、今は人手が足りなくてな。すまないが、仮眠室を使ってもらえないか? 夜までにはイネス様の隣部屋を用意させてもらう」
「分かりました」
「仮眠室は三階になる。行けばすぐわかるはずだよ」
「ありがとうございます。では失礼します」
敬礼し、俺は部屋を後にする。
そのままの脚で階段を降り、案内表示に従って進めば、すぐに仮眠室は見つかった。
扉を開けて中に入ると、ズラッと並んだベッドのいくつかが人型に膨らんでおり、どこからともなく鼾の音が聞こえてきた。
なんというか、すごく合宿の気分だ。
懐かしいと感じつつ、俺も空いているベッドへと潜り込む。するとすぐに眠気が襲ってきた。
「ふぅ、俺の機体、早めに届くといいな」
機体のパーツが出来る時間的に、姫様と一緒に来ることは無い。その上、向うで組み立てても、操縦できる人物がいないためにこちらまで持ってくることが出来ない。
なので、パーツ毎にこちらに持ってくるのだが、それだと余計に時間がかかる。
オレールさんからは、三日は見ておけと言われてしまった。
その間俺はあのアブノミューレと共に戦うことになるのだ。とりあえず今回の戦闘でアブノミューレの感覚は大方掴むことが出来たので、今後はもう少しマシな働きが出来ると思うが、やはり専用機に比べればその能力は半分以下だろう。
専用機が届くまでの間、姫様が大人しくしていてくれることを願いながら、俺は眠りにつくのだった。
夜。エナハト基地へと到着した姫様が司令室にやってきた。
その後に続いて入ってきたのは、元近衛騎士のデニスとジャンである。その後方にも俺の隊のメンバーや、姫様の身の回りの世話をするための人員がズラッと待機している。
全員で室内に入ると身動きが出来なくなってしまうので、姫様と元隊長たち以外は廊下で待機だが。
その中で姫様は開口一番勢いよく言い放つ。
「我が騎士、その力を存分に振るうときが来たわよ。編制は我が騎士に任せるから、専用機が到着したら三機ぐらいで奪われた基地を奪い返してきてちょうだい。それを反攻作戦の狼煙とするわ」
「……マジ?」
俺の専用機が到着するまでは待ってくれるらしいが、その後に待ち受けているのは、今一番敵が集まっているだろう基地への少数精鋭による奇襲作戦だった。
うーん、テンポが悪い……もっとパンパンパンっと勢いよく進めたいのに。




