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 レイラとフォルツェによる王都襲撃から明けて一日。

 パニック状態だった民衆も徐々に落ち着きを取り戻し始め、何とか被害の把握と復興が開始された。

 そんな中、王城の無事だった会議室に、王族と国の重鎮そして警護のための兵士たちが集まっていた。もちろん近衛騎士である俺や他の第一騎士隊の隊長たちも同席している。

 王族で参加しているのは、第一王子のダリウス様に第三王子のフォルド様。そしてイネス姫様の三人だけだ。

 襲撃後、徹夜の救助作業により第二王子のユーグ様は瓦礫の下から物言わぬ姿で発見された。

 そして、陛下の姿はまだ確認できていない。だが、状況からして絶望的だろう。

 陛下の執務室は見る影もなく破壊され、そもそも部屋の天井と床が崩落し上下の階と繋がってしまっている。

 瓦礫を撤去すれども人の形は見つからず、現在発見されているのはメイド服の切れ端を付けた右腕だけという話だ。


「さて、ここは父に代わり私が進行されてもらうぞ」


 会議の第一声は、ダリウス王子から放たれた。


「昨日の襲撃によって、父は亡くなられたと判断していいだろう。それに伴い、次期国王の選出と、新たな政治体制のメンバーを決めなければならない。あれだけ派手に襲撃されたのだ、その後国王が姿を一度も見せないとなれば、国王の死を伏せていてもすぐに民衆にも気づかれる。前線の士気にも影響しかねない」

「そうですね。法に則って次期国王を決めるのならば、慣例通りに兄様が即位されるのでは?」

「ああ、そのつもりだ。このことに意見があるものはいるか?」


 フォルドの発言に、ダリウスは一つ頷き、自分が国王になる意志を示しつつ周囲に確認をとる。

 当然、周囲から反対の声が上がることはない。もともと、ダリウス王子は第一王子として国王になるための勉強もしてきているし、これと言って酷い欠点があるわけでもない。あるとすれば、陛下のやり方をそのまま習っているところか?

 けど、昨日の状況を見せつけられれば、陛下と同じやり方が通じないことは嫌でも理解できるはずだ。後は、そこからどう発展されていくかだな。幸い、城にいた文官たちの多くは生き残っているし、サポートしてもらえば国王としての仕事は十分果たせるはずだ。

 ダリウス王子は、一通り周囲を見回した後、特に意見が上がらないことを確認して一つ頷いた。


「では、私が国王となり今後この国のかじ取りを行う。皆、協力を頼む」


 その言葉に合わせて、全員がダリウス陛下に向けて深々と頭を下げる。


「では今後についてだ。早急に決めなければならないのは、国の人事と現在も続いている国内での戦闘への対処。それと、国民にどのように発表するかだ」

「人事に関しては、これまでのをそのまま引き継ぎつつ、足りなくなった部分を補てんする方向がいいかと。ある程度ノウハウを持った人間でなければ、慣れない陛下の手を煩わせることになりかねません」


 発言したのは宰相だ。七十近いよぼよぼの爺さんで、先代国王を子供の頃から見てきた人物でもある。王家からの信頼も厚く、何かと相談されていると姫様から聞いたことがある。今更権力を欲するような欲深い男でもないため、姫様もかなり信頼しているらしい。


「そうだな。襲撃で亡くなったり、怪我ですぐに復帰できない者たちはどれぐらいいる?」

「それは私が」


 そう言って手元にある資料を持ち上げたのは、兵士隊の総司令官だ。この短い時間の間で、誰がいなくなっているのかなどを纏め資料を作ってきたようだ。


「死亡が確認されているものは、役職についていた者で三名。連絡が取れず、安否が分からない物は二名です。それと、メイドとして城に上がっていた者たちの中では死亡者が十一名、安否不明者は七名となっております。また、役職についていた者たちの配置は――」


 総司令が説明していくのを聞き流しつつ、俺は先ほどからずっと黙り込んでいる姫様の様子を窺う。

 俺は姫様が座る椅子の後ろに立っているため、姫様の顔を見ることはできないが、何となくその雰囲気が緊張しているようにも見えた。

 何か発言したいのだろうか? こういう場だと、女性は軽視されがちだからな。特に姫様は他国に嫁ぐことが決まっているし、なかなか政治に絡むことだと発言しにくいのだろう。


「ふむ、特にいなくては部署が回らないようなことはなさそうだな。とりあえず人員を増加することで対処させよう。メイドたちの遺族には、それなりの金を用意しなければならないが、まあそこは問題ではないな。問題はユーグが担当していた軍部か」


 幸いなことに、貴族の中で死亡した者たちはそこまで重役についていた訳でもなく、すぐに代わりが見つかりそうだ。だが、一番の問題は、ダリウス陛下がおっしゃったように、ユーグ王子が担当していた軍部である。

 軍部は、アルミュナーレ隊の総司令であるモーリス総司令と、一般兵を統括する兵士隊の総司令がおり、その二人を統括しているのがユーグ王子だった。

 そこのポストは簡単に替えが利くようなものでもなく、王族を就けようにもフォルド王子は文官としての勉強を集中的に行ってきたため軍事に関しての知識は乏しい。

 総司令のどちらかを繰り上げし、統括させるという手もあるのだが、今の二人はアルミュナーレ隊と歩兵部隊に長くいすぎて思い入れが強い傾向にある。統括はなるべくどちらにも属していない人物が好ましい。そうしないと、どうしても命令に贔屓や偏見が混じってしまう。今の総司令たちならばそんなことはしないと思うのだが、環境による刷り込みって自分でも気づけないからな。


「前統括を任命するのは?」

「いや、彼はもう八十を超えているし、ベッドから立ち上がるのもつらい状態だ。それよりもフォルド王子に兼任してもらった方が」

「馬鹿を言うな! フォルド王子は文官としての勉強も未だ不十分なのだぞ。そんな暇はない」

「だが、軍部に身を置きつつ、どちらかに傾いていないものなどいるのか?」

「それは……」


 重鎮たちの中でも、あれやこれやと意見は出るのだが、いい答えは出てこない。

 今のところ一番優勢なのは、フォルド王子の兼任かな? 第二が王が直接指示をだすことで、第三案が引退した老人を引っ張り出すことか。

 どれもいい案とは言えないよな。まあ、だから紛糾しているわけだけども。

 と、討論から口論へ、そして実力行使へと移り変わろうとしていた会議室の中で、一人の女性が立ち上がった。

 姫様だ。どうやら、このタイミングがベストだと判断したらしい。さて、何を言い出すことやら。どうせ姫様のことだから、また滅茶苦茶なこと言い出すんだろうな。

 そんなことを思いながら、姫様の背中を見る。


「発言をよろしいですか?」

「イネスか。何かあるのか? 正直、今は誰の意見でもいいから、欲しいところだ」

「ありがとうございます」


 ダリウス陛下に一礼し、姫様は会議室にいる重鎮たちをゆっくりと見回す。


「私が軍部の統括になります」

「は?」


 全員が姫様を見ながら、ポカンと口を開いている。

 正直俺も後ろから思いっきりその頭をはたいてやりたい衝動に駆られていたが、それを必死に堪えて視線だけで必死にこのバカがと念を送る。


「ですから、私が軍部を統括いたしますわ。婚約していても、結婚までには数年ありますし、現状ですと最悪婚約の破棄も考えられますもの。なら、その間は私が軍部を統括し、同時に後継者を育てたいと思います」

「イネス……まともに勉強もしていないお前に軍部の統括が出来るわけないだろう……」

「あら、私これでもユーグ兄様の勉強を後ろから見ていた時期もありますわ。フォルド兄様よりは軍事関連は詳しくてよ」

「ただ聞きかじっただけの知識がどれだけ危険か。イネスもそれぐらいは分かるだろう」


 難色を示し続けるダリウス陛下に、姫様がイライラし始めた。


「ではどうするのですか。統括を空席にしますか? それともフォルド兄様に兼任させるのですか? それともお兄様が直接指示を出されるのですか? 王の仕事もまともにできるか分からないのに? それ以上に現状、統括は前線に出る必要があるのですよ」


 姫様の言葉に、目を見開いたのはフォルド王子だ。どうやら、その事実に気づいていなかったらしい。

 他にも何人か文官で驚いている奴がいるな。まあ、戦争関連じゃ素人なんだろうし仕方がないか。

 城への直接攻撃に加え、陛下が亡くなっているのだ。即座に新たな王が誕生し、政治体制に影響がないと言っても、前線の兵士たちが不安にならない訳がない。

 そこで、兵士たちの士気を保てるのは、陛下の指示に従うことしかできない総司令たちではなく、陛下の言葉に意見できる統括だけだ。


「戦線をこれ以上王都側に引き込まないためにも、士気の低下は避けるべきです。私なら、私の騎士を伴って前線に向かえますし、私の騎士は幸いにも前線でなかなかの噂になっているようですから。兵士たちの士気も上がるでしょう」


 ああ、そこで俺を利用するわけね。

 さんざん前線を駆け抜けさせたのは、民を助けるためもあったんだろうけど、軍人の信頼を集めさせる為でもあったんだろうな。


「ふむ」


 ダリウス陛下も、イネスの言葉を聞いて考え込む。


「いけません、陛下! もしそれでイネス様の体に傷でもつけば、本当に婚約は破棄することになります!」

「そうです。現状、ウェリア公国との関係は大切にするべきです。婚約者を前線に出したとなれば、向うから抗議が来るのは間違いありません!」

「いや、しかし今の話をすんなりと出せたイネス様の知識もなかなかなのでは?」

「お前たちの中でも気づいていない者もいたであろう」

「イネス様の知識が足りずとも、王と同じように総司令たちが支えればいい。それに、イネス様の近衛の実力は確かに今の戦場には欲しい逸材だ」


 論争が再び激化する中、考え込んでいたダリウス陛下が姫様へと鋭い視線を向ける。


「イネス、軍部を掌握してどうするつもりだ?」

「掌握だなんて人聞きの悪い。私はできることをできる場所でするだけですわ」

「――いいだろう。イネスに統括を任せる」

「ありがとうございます。謹んでお受けいたしますわ」


 姫様が軽く会釈して席に着く。きっと今、もの凄い笑顔なんだろうな。


「では前線のことはイネスを中心として、総司令たちと話し合ってくれ。俺からの要望は追って伝えるが、基本的にお前たちの判断に任せる。俺は国内のことで手一杯になりそうだからな」

「分かりましたわ」

「承知いたしました」

「全力を尽くします」


 ダリウス陛下の指示に、姫様と二人の総司令がうなずく。


「では次に国王崩御の発表をどうするかだ」

「早々にしてしまうべきでは? すでに噂も流れ始めている可能性もありますし、隠しきれるわけがありません」

「そうですな。あれだけの被害、国王がすぐに民衆の前に顔を出さない時点で民も何かあったと気づくでしょう」


 これに関しては、早々に発表してしまうべきだという意見で満場一致だった。

 まあ、城に穴空いてるし、町中を敵のアルミュナーレが疾走してたからな。国民にはどう頑張っても隠せないだろう。

 国民の不安は、今後の対応をきっちり発表することで問題がないことを示して安心させるしかない。

 会議は自然と、今後の政策に関して重点的に話し合われるようになり、最終的に会議が一段落ついたのは、開始から七時間後のことだった。



 会議室を後にし、姫様の自室へと戻ってきた俺たちは、ソファーに腰かけながら、対面する。


「姫様、どういうつもりですか?」

「何のことでしょう?」

「統括のことですよ」

「統括になるのが一番いいと考えたんです。兄様は今後王として方針を示しますが、おそらく父寄りの考え方から出る方針です。今回のことがあったので、戦争のコントロールなんて馬鹿なことは言い出さないとは思いますが、それでも民の不満のはけ口を今ある戦場に求めるでしょう」

「つまり、こちらから攻め込むことになると?」

「おそらく」


 確かにその可能性は高いと思う。

 今回の兼で、町の住民は少なからず帝国に対して苛立ちを覚えていることは間違いない。その上、王都が襲撃されたことで、商人たちが食料品を買い占めるだろうし周辺の物価が一気に跳ね上がるはずだ。すぐに他国からの輸入量を増やすだろうから一時的な物になるだろうが、それでも民を苦しめることには変わりない。となれば、その不満も溜まるわけだ。

 即位してすぐのダリウス陛下に、それを即座に解消させる案を出せというのは酷な物だろう。そもそも戦時中に不安を解消させる方法なんて、ほとんど存在しない。

 なら、最終的にたどり着く考えは、戦場をこの国から帝国に持っていくことだ。

 隣どうしの国とはいえ、他国で戦争をしているのと、自国が戦場であるのとでは不安の度合いは天と地の差がある。

 そしてそれを実現するためには、全面攻勢しかない。


「姫様は、戦争を止めることを諦めたんですか?」

「まさか。ですが現状で私に戦争を止める手立てはありません。ならば少しでも被害を減らすために、私は私のできることをします」

「それが俺の前線投入ってことですか?」

「ええ。一度近衛にしてしまった人を、そう簡単には解任できません。ですが、現状王国での最大戦力はエルドだと私は思っています。場合によっては、またあなたに無茶をさせるかもしれません」

「ま、死なない程度に頑張りますよ。それに、前線にいれば、またあいつらに会えるかもしれませんし」

「レイラとフォルツェでしたか」


 姫様には、二人のことを話してある。この情報を陛下に伝えるかどうかは姫様の判断に任せているが、今のところ伝えてはいないようだ。


「フォルツェに関しては、よくわかりませんが、とにかく戦うことが好きな奴みたいです。何だかんだ言って因縁の相手みたいになってますね」


 初めての戦闘の相手があいつだったしな。戦場でも何度か遭遇している。直接剣を合わせたのは、まだ三回だけどあいつの実力は嫌って程理解できた。それにあの機体の特殊な技もなかなか驚異的だ。回数制限はありそうだが、それでもあいつを自由にさせればこちらに甚大な被害が出る可能性が高い。


「それとレイラは――」


 あいつはどうすればいいんだ。

 正直あいつの目的が理解できない。もともとアカデミーに入ったのだって、帝国が憎かったからなんじゃないのか? なのにあいつは今帝国側に付いていて、しかも傭兵団に所属している。

 あいつは戦争を止めたいわけじゃないのか? いや、故郷の村を襲撃されたと言っていたし、戦争自体は嫌いなはずだ。

 なら、あいつは自分のやり方で戦争を終わらせようとしている? まさか、攻勢を掛けている帝国側に付いて、王国を征服すればいいなんて考えてるんじゃないだろうな?


「エルド? どうかしましたか?」

「出来ることなら、レイラは説得して止めたいです。ただ自棄を起こしているだけなら、姫様の考えを聞けば、止まるかもしれません」

「もしできなかった場合は?」

「……俺が殺します」


 もし本当に、あいつが帝国側に付いたのだとしたら、それは俺の敵だ。

 俺はこの国が好きだし、この国にはアンジュも家族もいる。それを守るために、レイラを殺す必要があるというのなら、俺はこの手で剣を振り降ろそう。


次回かその次から国土奪還編は入れるかな?

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