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「何が起こった!?」
第一王子ダリウスは、突然執務室を襲った揺れに声をあげる。
天井からは砕けた石の破片が崩れ、窓は衝撃で割れていた。
衝撃に尻もちをついていた側付きたちが立ち上がり、周囲を警戒するように王子を囲む。王子はその中で状況を確かめようと窓の外を見た。そして言葉を失う。
窓の外にあるのは、黒く輝く巨大な腕だ。
腕は、一度城から離れるように後方へと下げられると、速度を上げて再び城へと突き刺さった。それと同時に、二度目の衝撃が襲い掛かってくる。
「まさか、襲撃だというのか!?」
「王子、ここは危険です。避難を」
「わ、分かった」
側付きの指示に従って、周囲を囲まれながら足早に部屋を後にする。その間にも、何度か衝撃が響き、城の天井から石の欠片が崩れてくる。
側面一枚が崩れたとしても、この城は簡単には崩壊しないような設計にはなっている。それでも、不安がよぎるのは仕方のないことだろう。
しかし、その不安をグッとこらえ、ダリウスは己の使命を全うするため部下たちに指示を出す。
「エドガー、お前は機体を取りに行け。私の護衛は歩兵部隊でいい。他の騎士も動いているだろうが、早く片付くことに越したことはない」
「分かりました」
「歩兵と側付きはそのまま私の護衛だ。避難所はどこになる」
「王城への攻撃の場合、崩壊の危険も合わせて城下の隠れ家への移動となります。庭から通路を使いますので、裏庭へ向かいます」
「分かった。近衛の斥侯は父や兄弟の安否の確認を優先しろ」
「承知しました」
ダリウスが手早く指示を出すと、それに従い周りの者たちも動き出す。
エドガーは城の窓から飛び降り、魔法を使って格納庫へと一直線に降りて行った。近衛たちも、揺れる城の中を駆け抜けていく。それを見送る暇もなく、ダリウスは速足に裏庭へと向かった。
一方、第二王子のユーグは危機に瀕していた。
彼がいた場所が、アルミュナーレが突っ込んだすぐ下だったのだ。
壁や天井は崩壊し、周囲には煙が立ち込める。幸いにして火の手は上がっていなかったが、周囲から聞こえるメイドや兵士たちの悲鳴が、この場の状況の凄惨さを嫌でも伝えてくる。
そして、当の彼自身も崩壊に巻き込まれた一人だった。崩れてくる天井に、とっさに側近がかばったから命こそ助かったものの、片足を瓦礫に潰され、身動きが取れない状態になっていたのだ。
すでに側付きや近衛たちが必死に瓦礫の撤去に当たっているが、すぐそばでは突っ込んできたアルミュナーレが二撃目の拳を城へと叩き込んでいた。
「チッ、こんなバカなことしやがったのは、どこのどいつだ」
「機体の特徴的に、帝国の傭兵です」
「第三波来ます! 衝撃に備えてください!」
一人の声と共に、三度城が大きく揺れ、周辺の脆くなっていた壁や天井が崩れる。
そのたびに、動けなくなった者たちの悲鳴が上がり、瓦礫に押しつぶされた兵士の命が消えていった。
「ジャン! 動けるか!」
「私は問題ありません」
「なら機体をとってこい。あの機体の操縦士を引き摺り出せ。俺がいびり殺す」
「了解しました。近衛隊は王子の命を最優先に」
「了解!」
ジャンは、崩壊した壁から外へと飛び出し、落下しながら黒い機体に向けて魔法を放つ。
意味はなくとも注意ぐらい引けるだろうと思ったその攻撃に、黒い機体は一切感心を示さず、再び拳を振るった。
それを見て、早く引きはがさなければと焦りが生まれる。
「王子、どうかご無事で」
空中で態勢を立て直したジャンは、魔法で上手く着地すると格納庫に向けて全力で駆けて行った。
第三王子のフォルドは、その光景を城の外から目撃していた。
彼は、文官としての教育のため時々町に降りて商人たちと会談をすることがあったのだ。今日はたまたまその日だった。
商社の窓から見えるのは、崩壊する城の壁と立ち上る煙。そして、城に張り付く黒い機体が、その巨腕を振り降ろす姿。
そのあまりの光景に、フォルドはただ茫然と窓の外を見つめているしかなかった。
そこに、肩を激しく揺さぶられ、ようやく我に返る。
「王子よ、やばいんじゃねぇのか」
「ど、どうしましょう。すぐに部隊を――いや、それは軍部の兄さんがやるだろうし、でもあのあたりは兄さんの執務室が近かったはず」
「王子、俺は機体を取りに行くぜ。とりあえずあいつを引きはがす方向で動く。王子は避難しろ。緊急時の避難場所は分かってんだろ?」
「ええ」
「ならいい。後は周りの指示に従えよ。あいつは俺が何とかしてやる」
「任せます」
近衛騎士のレミーは、動揺している王子に手早く指示を出し、周囲にもどう動くべきかを示してから商社を飛び出す。
彼が向かうのは、城の格納庫ではなく基地の研究所だ。そこに彼の機体がある。
彼の機体は研究所との共同で開発された特殊な装備が搭載されている。それのメンテナンスや設定にはどうしても研究所のノウハウが必要なのだ。
だからこそ、一番早く機体にたどり着くことが出来た。
「出すぞ。周り気を付けろよ!」
研究所にたどり着いたレミーは、即座に機体へと飛び乗り起動させる。
倉庫のハッチが開くのも待たずにこじ開け、外へと飛び出した。そのまま最短距離で城へと向かい、グロンディアアーミーの範囲に入った瞬間に攻撃を開始した。
「いい加減離れやがれ!」
「おっと、危ない危ない」
伸ばした腕が敵機を捉えようとした直前、黒の機体が城から離れ地面へと着地する。その機体の拳には、べっとりと赤い液体が付着し、今も滴っていた。
「てめぇ、こんな事してただで済むと思ってんのか?」
「アハハ! ただで済んでないのはそっちだと思うけどね! まあ、いいよ。戦いたいなら戦おうか。まだまだ待ち合わせの時間まで余裕があるから、ね!」
黒の機体、フォルツェは剣を抜きレミーの機体に斬りかかってくる。
レミーは即座に腕を操作し、フォルツェ機を挟むようにして魔法を発動させた。
突如として自機の前後に発生したクレイランスに若干驚きながらも、フォルツェは機体を跳躍させることで槍を躱す。
そこに、二本の腕が迫ってきた。
「面白い武器だね! 王国は腕の改造が好きなのかな!」
フォルツェは迫る腕を両手の剣で切り払いつつ、城の壁を蹴って機体を一回転させバランスを取りながら着地する。その動きに、レミーは敵機の操縦士が尋常ではない操縦技術を有していることを理解した。
城の壁は確かに頑丈にできているとはいえ、所詮は石をくみ上げただけのものだ。そんなものをアルミュナーレが蹴り付ければ、普通ならば簡単に崩れ去るだろう。
しかし、フォルツェは蹴りの力を絶妙に操作し、その力を機体にのみ伝えたのだ。これができるのは、王国の中でも指は二人分もいらない程度しかいないだろう。
「容赦しねぇぞ」
「そっちも、うっかり死なないようにね!」
腕を引き戻し、その手に剣を握らせる。
迫ってきたフォルツェの斬撃を受け止めつつ、魔法を発動させる。しかしそれは、発動地点を貫くフォルツェの魔法でかき消されてしまう。
「戦い慣れてやがる」
「傭兵だからね!」
と、突然フォルツェが機体を後方へと跳躍させた。
その直後、今までフォルツェがいた場所目がけて一機のアルミュナーレが剣を振り降ろした。
その機体は、右手に接続式の剣を握り、左手に盾と剣を持つ機体。
第一近衛アルミュナーレ大隊総隊長、デニス・エジットの機体だ。
「ハハッ、もう一機来た!」
フォルツェは歓喜の声をあげるが、その声にデニスは答えない。
ゆっくりと機体を起こし、フォルツェ機に剣を向ける。
「貴様だけは……貴様だけは許さんぞ!」
デニスの叫び声と共に、機体が動く。
その怒りの咆哮とは裏腹に、その剣戟は恐ろしいまでに研ぎ澄まされていた。それは、レミーがこれまで見てきた中でも、もっとも鋭く確実に敵を殺すための連撃だ。
しかしそれを、フォルツェはギリギリながらも躱していく。
「クク、強いなぁ! すごくいい! 隻腕の以外にも、こんないい操縦士がいたんだ! なんで戦場に出てきてくれないのさ!」
「貴様だけは確実に殺す! 王の仇!」
デニスの言葉に、レミーは目を剥いた。その言葉はまるで――
「お、おい! 総隊長、王の仇ってどういうことだよ! それじゃまさか!」
「陛下は殺された。こいつに!」
「そんな……陛下が……」
自分を近衛まで引き上げてくれた陛下の死を告げられ、レミーは自分の心にぽっかりと空白ができてしまったような気さえした。
そして、その隙間を埋めるように、怒りの感情が沸々と湧き上がってくるのを感じる。
「陛下? ああ、あの豪華な服着てたおっさんのことかな? それだったら確かに叩き潰したよ。この拳でね」
フォルツェは、自身の足元に魔法を放ち爆発させ、その隙をついてデニス機から距離をとる。そして、血の滴っていた拳をまるで見せつけるように前に突き出した。すでにその血は乾き、どす黒く変色し機体の色と同化している。
「まあ、僕の役目は王都の強襲と王族の殺害だったからね。王を殺せたのなら、まあまあかな。けど、王族ってまだいるんだよね? ならそっちも殺さないとね!」
「貴様!」
「殺してやる!」
二機のアルミュナーレが怒りを爆発させながらフォルツェ機に襲い掛かる。
怒りながらも、王国の近衛騎士に選ばれるだけの実力を持った二人だ。即席ながらも、その連携は素晴らしいものだった。
レミーがグロンディアアーミーを使いフォルツェを追い立てる。その先に待ち構えたデニスが、本来ならば回避しきれないだろう速度で斬撃を放つ。
しかし、その攻撃をフォルツェは躱し切っていた。
「アハハ、やっぱりお城は壊したくないのかな?」
フォルツェは時に城の壁を盾とし、また城の突起に手をかけアクロバットな宙返りを見せながら、二機の猛攻を防いでいたのだ。
「チッ、卑怯な手を」
「傭兵だしね! 卑怯上等!」
「ならこちらも卑怯な手を使わせてもらおう」
「すぐに終わらせます」
声が聞こえたのは、フォルツェ機が背にしていた城の壁の上。そこには新たに二機のアルミュナーレがいた。
エドガーとジャンの機体だ。
「四対一か。これはさすがに大変かもね」
「大変で済めばいいがな」
「おしゃべりはここまでです。仕留めますよ」
「それはちょっと嫌だよね!」
フォルツェは頭上の二機に向けて魔法を放つ。
二機はそれぞれのマジックシールドで魔法を防ぎ、壁から飛び降りフォルツェに強襲を掛けた。
フォルツェ機は転がるようにその場を脱しつつ、さらに魔法を連続で放つ。しかしその魔法は二機の横をすり抜けていく。
「焦ったか」
「残念。僕もお仕事、もう忘れちゃったかな?」
「なに? しまった!?」
一瞬遅れて、ジャンがその意味に気づく。
二機を逸れた魔法。それは真っ直ぐに王城へと向かい、最初にフォルツェが突っ込んで破壊した部分へと直撃した。
巨大な爆発と共に、脆くなっていた部分が一気に崩壊を始める。
「ユーグ王子!」
「アハハ! やっぱりあそこには王族がいたんだ! 魔法打って逃げてく騎士っぽい人がいたから、重要人物がいるんじゃないかと思ってたんだよね!」
「奴を殺せ! これ以上自由にさせるな!」
「了解」
「許さんぞ!」
「確実に」
四機のアルミュナーレが一斉にフォルツェ機へと迫る。
フォルツェはそれを見て、操縦席に設置してある一つのボタンに手を伸ばした。
「じゃあ時間的にここからは鬼ごっこだ! リミッティア・ペルフェシィー発動!」
四機の斬撃が迫る中、フォルツェ機を白煙が包み込んだ。
パラシュートを追った俺は、一足先に基地の中へと入ることが出来た。
パラシュートの人物はどうやら基地の外側に着地したようだ。さすがに基地の中に直接飛び込むのは危険と判断したのだろう。
ならば、俺はそいつが基地内に侵入する前に機体を受け取ってしまおう。
基地の中を駆け抜け、第八格納庫へと飛び込む。そこには、完璧に整備が済んだ状態の俺の機体が堂々とした姿を晒していた。
「久しぶりだな! 俺の機体!」
「エルド隊長よ、こっちはいつでもいけるぞ!」
「退避してください。動かしますよ!」
「分かったのですよ! みなさん、全速力で退避するのですよ!」
オレールさんや、パミラの指示で格納庫内にいた整備士たちが一斉に退避していく。
俺はエアロスラスターで一気に肩へと飛び上がり、そのまま操縦席へと乗り込んだ。
久しぶりの操縦席だが、体にしみこませた感覚は一切忘れていない。
操縦レバーに手が吸い付くようにフィットする。ペダルの位置も完璧だ。
俺はベルトを締めて、機体を始動させる。
「この重低音! さあ、久しぶりの実戦だ。全力で行くぞ!」
ペダルを踏み込み、出力を上昇させ機体を起動させる。機体の目が輝き、全力で動くジェネレーターが目覚めの雄叫びをあげるように激しい音を立てた。
「陛下の命令破っちゃいますけど、緊急事態ですし仕方がないですよね! エルド機出ます!」
機体を進ませ格納庫から出ると、日の光にさらされた俺の機体がキラキラと輝いた。傷一つない俺の機体はなんて素晴らしいんだ。ボロボロの機体も好きだが、こうやってきっちり整備された機体もまた素晴らしい!
「隊の皆は姫様の下へ。俺はパラシュートで降りてきた奴を捕まえます」
「どこにおるのか分かっておるのか!?」
「ここに来て狙う場所なんて一つしかありませんからね!」
機体を進ませ、俺は目的の場所へと向かう。
パラシュートで降りてきた敵兵は、基地を目指した。ならば、基地にある何かを狙ったということだろう。
この混乱の中、町中に隠れればそれだけで身を潜めることはできたはずだ。それをあえて放棄してまで欲しがるものなんて、一つしかない。
アルミュナーレの格納庫。それも、メンテナンスが終わって出撃準備のできている機体が並んでいる場所。
第一か第二格納庫のどちらかに敵は来るはずだ。幸い、その二つは距離も近くどちらもカメラの範囲内に収めることが出来る。もし怪しい人物がいれば、すぐに動けるのだ。
「さあ、どっちに来る」
建物の影に機体を隠しつつ、倉庫を監視する。その間にも王城ではアルミュナーレどうしの戦闘が始まったのか、激しい爆発音が聞こえてきた。
あれの応援に行くのか、そのまま逃走に使うのかは分からないが、重要参考人だ。確実に捕まえる。
そんな意気込みのもと監視を続けていると、第二格納庫の周辺がにわかに騒がしくなる。
「来た!」
警備の兵士たちを切り倒しながら、格納庫へと走るフードを被った人影。間違いなく、パラシュートで降りてきた人物だろう。
俺は即座に機体を起き上がらせ、格納庫の前へと進み出る。
そして、アーティフィゴージュから剣を抜き放ち、走ってきたそのフードに向けて剣を構えた。
「止まれ!」
俺の言葉に、フードの人物は足を止める。
身長は百五十程度だろうか。意外と小柄で手足も細い。女か?
「パラシュートで降りてきた奴だな。フードをとって顔を見せろ。変な動きをすれば即座にすり潰す」
俺が今レバーを少し動かせば、文字通りフードの人物は剣の先によってすり潰されるだろう。躊躇するつもりはない。少しでも変な動きが見られれば、レバーを動かす。
手に力を込めながら、相手の動きを監視する。
と、相手はゆっくりと両手を上にあげた。
「フードを取れ」
俺の指示に従い、その手が自分のフードを掃うと軽く頭を振るう。
フードの下から現れたのは、艶やかな黒髪。それは、後方へと流れ、ポニーテールにまとめられていた。
そして見えた顔に、俺は動揺する。
スラッとした顔立ちに赤い瞳。美少女と断言できるその顔は、見間違えるはずがない。
「レイラ……」
「久しぶりね、エルド」
そこにいたのは、アカデミーの頃と変わらない笑みを浮かべるレイラだった。




