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すみません、遅くなりました
帝都の一角にある格納庫。厳重な警備が敷かれ、関係者以外の立ち入りを完全に排除したそこに数名の人影があった。
「これが本当に飛ぶの?」
レイラが首をかしげながら見上げるのは、ハンガーにつながれた機体。
腰回りから数本のアヴィラボンブが伸びており、まるで一本の極太ロケットのような形をしている。
レイラの疑問に答えたのは、彼女の前にいた白衣の男性だ。
「飛ぶ。と言うよりもぶっ飛ぶというのが正しいねぇ! この私の計算上、アヴィラボンブ七基を合わせれば、アルミュナーレを飛ばすことが出来るはずだよ! 私が設計したセフィラジェネレーターでも、その程度の推力は確保できるからねぇ!」
皇帝より賜った勅令。その命令を実行するたに、エルシャルド傭兵団のアルミュナーレがここで改装作業を行っていた。
「計算上とか、できるはずとか、凄い不安な要素しかないんだけど。試射とかはしないの?」
「ハハハ! そんなことをしたら、強襲の意味がないじゃないか! 安全だと思っている馬鹿どもを一撃で屠るのが今回の作戦だからねぇ!」
「まあそうかもしれないけど」
納得いかなそうな表情のレイラに、隣にいたフォルツェが笑いかける。
「なんとかなるって。僕とレイラが出るんだし、いざとなったっらその場で何とかすればいいよ。その方が面白そうだ」
「命がけが面白いなんて、相変わらず狂ってるわね」
「一度の人生。生き死にも楽しめなきゃもったいないよ」
「そこまでぶっ飛べないわ。それに私にはやらなきゃいけないことがあるもの」
「それはこの作戦が成功すれば、一気に前進するんでしょ?」
「まあね」
今回の作戦。レイラはこの強襲が成功すれば、王国と帝国の戦争は一気に本格的な全面戦争に突入すると考えていた。
だからこそ、アルミュナーレを飛ばすなんていう無茶な作戦を受け入れたし、その操縦者にも志願した。
エルシャルド傭兵団の仲間たちは、数週間前に作戦準備のため帝都を発ち、今頃は王国内へと入っているだろう。
「最終チェックに入るよ! 陛下から賜った大事な大事な作戦だ! 整備不良なんて許されないからねぇ、君たちぃ!」
『はい!』
白衣の男が整備士たちに声を掛けると、威勢のいい返事と共に機体の最終チェックが行われていく。
推力計算、発射角度、空気抵抗、フィンの稼働や、破損がないかの点検、燃料の純度など、ありとあらゆる角度から確認され、問題なしと結果が上がってくる。
「セフィラ様、機体チェック終了です。全項目、問題ありません」
「フフフ、ハハハハハハ! じゃあ行ってみようか! 君たちの活躍、期待しているよぅ!」
「任せておいてよ。いっぱい殺してくるから」
「盛大にかき回してあげるわ」
「操縦者登場するぞ! 閣員、機体から離れろ!」
整備士の声で、機体に張り付いていた者たちが一斉に機体から離れていく。それを見ながら、フォルツェはアルミュナーレの操縦席へ。そしてレイラは、腰部に新たに設置された、アヴィラボンブ用の操縦席へと乗り込む。
「レイラくぅん! アヴィラボンブの操作説明は以前の通りだが、連結させたことで、バランス制御が非常に難しくなっているはずだよぉ! 操作には注意したまえ!」
「分かってるわ」
セフィラの発言を軽く受けながら、操縦席のレバーやペダルをチェックしていく。アカデミー時代の経験から、これはもはや癖になっていた。
「各アヴィラボンブへのリンクは正常。フィンの稼働も問題なし。燃料チェックグリーン、離脱用ポットのロックOK。問題ないわね。フォルツェ、そっちはどう?」
「オールグリーンだよ。武装も持ったし、ハンカチも持った。あ、手向けの花とかいるかな?」
「どうせ花火が上がるわよ」
「それもそうだね」
「準備はいいかねぇ!」
「ええ、大丈夫よ」
「こっちも大丈夫」
「これは君たちの侵攻失敗を帳消しにする最大のチャンスだ! しっかり殺して、混乱させて、頑張って逃げてくれば英雄だよぉ! まあ、死ぬんだったら、せいぜい暴れて重要人物の一人や二人は殺してきてねぇ! じゃあカウント始めるよぉ! 格納庫ハッチ開け、カウント六十から!」
王国への片道切符。エルドがありえないと考えた、アルミュナーレによる単騎強襲。それは、侵攻戦の失敗を払拭させるために、陛下が傭兵に命じた決死隊。
そんな命令を素直に受け入れたレイラたちは、死んで来いと命じられながらも、その気は全くなかった。
レイラの目的は、暴れて、殺して、奪って、逃げ帰る。そこからすべてが始まるのだ。
セフィラの声に合わせて、格納庫の上部が開き、格納庫内に光が差し込む。天気は快晴、機体に影響を及ぼすような強い風もなし。
「アヴィラボンブ点火」
カウントが十になった時点で、レイラがアヴィラボンブに火を入れる。噴き出される煙が一瞬にして倉庫を埋め尽くし、空へと白煙を登らせる。
生み出された推力が徐々に期待を浮かせるが、まだハンガーにつながれた機体は飛び立たない。
カウントが五を切る。
レイラは、自分の額に汗が浮いていることに気づいた。
緊張しているのかと、若干苦笑しつつ、腕でその汗をぬぐう。
「三、二、一、ロック解除!」
カウントに合わせて、ハンガーのロックが解除される。それと共に、押さえつけられていた推力が爆発し、機体が空へと舞い上がっていく。
強烈なGに体を操縦席へと押し付け、閉じそうになる目を懸命に開いて先を見る。
レバーを操作し、機体の向きを調整する。
「ハハハハハ! 凄い! 本当に飛んでるよ!」
マイクからは、フォルツェの楽しそうな笑い声が聞こえてくるが、レイラはそれどころではない。
発射直後の不安定な機体を必死にバランスをとって予定軌道へと乗せていく。
少しでも操作をミスすれば、機体は全く別方向へと飛んで行ってしまうだろう。最新注意を払いながら、細かなレバーさばきでフィンを動かし、機体をその軌道へと乗せることに成功した。
そのことに、レイラはホッと息を吐く。
「今から五時間の空の旅よ」
「ああ、楽しみだな! 隻腕のいるといいな!」
「どうでしょうね。いるかもしれないわ。なにせ、私たちが狙うのは、王都なんだもの」
帝国の空を駆け抜ける一機の機体。それは、王都の平穏を崩すための、一矢となって空を駆け抜けていった。
俺の全身が緊張でこわばっている。
手に汗が染みだし、じっとりとした感触が皮膚を刺激する。
どこからともなく聞こえてくる鐘の音が、腹へと響き、パイプオルガンの音色がこの場所を神聖な物へと変えている。
今日は結婚式当日。俺は今、教会の中で参列者に見守られながら、新婦の入場を待っていた。
そして扉が開く。
拍手と共に迎え入れられたのは、純白のウエディングドレスに身を包んだアンジュだ。
アンジュは村長にエスコートされながら、顔を伏せゆっくりとこちらに歩いてくる。そして、最前列で村長の手を離し、俺の下へと到着する。
「凄い綺麗だ」
「ありがとう」
小声で声を掛ければ、アンジュは嬉しそうに答えてくれる。
二人で微笑み合い、正面を向く。
教会の正面には、豪華なステンドグラスに描かれたこの世界の神の姿が飾られ、太陽の光を通して美しく輝いている。
だが、今のアンジュに比べればかすんで見えるけどな!
神父が一つ頷き、式が始まった。
基本的な流れは、前世の洋風結婚式と変わらないようだ。誓いを述べて、指輪を交換し、キスをする。ほかにも細々としたものはあるが、参列者的にはこの辺りがメインイベントだろう。
俺とアンジュも、問題なく結婚式の手順に従って式を進めていく。
「誓います」
「誓います」
お互いに誓いの言葉を紡ぎ、指輪を交換。
神父に促されてアンジュと向き合う。
「誓いのキスを」
その言葉と共に、俺はアンジュの唇へと優しく唇を合わせた。
今まで何度もしてきたキスだ。だが、人前しかも知人たちの前でするのはいつもと違う気がした。なんというか、本当に誓いをさせられた気分になるのだ。
「ここに二人が結婚したことを認めます。二人が永遠に隣立てるよう、皆さまで神にお祈りを」
神父の言葉に合わせて、参列者も合わせた全員が神へと祈りをささげる。
これで結婚式の大まかな流れは終了だ。
だが、この世界の結婚式では、ここからが一番大変なのだ。
前世の結婚式ならば、この後教会から退場して一度着替え披露宴へと向かう。しかし、この世界では退場しない。
このまま教会の庭で立食形式の披露宴に突入するのだ。
「では皆様、外へ移動しましょう」
待機していたシスターの指示に従って、まず参列者たちが庭へと出ていく。
俺たちは、参列者がいなくなった教会を進み、庭へと出る。
そこには、色とりどりの料理と酒が置かれ、ガーデンパーティーの様相を呈していた。
そして、無礼講が始まる。
「祝いには酒よ酒!」
「よっしゃ、一番リッツ! 一気飲み行きます!」
開始数秒でこのテンション。この世界の結婚式ではこれが普通らしい。
ちなみに、参列者のメンバーは、俺たちの両親とアルミュナーレ隊の仲間たち。それと、アンジュのメイド友人や、俺のアカデミー時代の同級生だ。
残念ながら、レオンとバティスは前線にいるため呼ぶことが出来なかったが、式だけは代理人が出てくれていたようだ。
「俺たちも行くか」
「うん。みんな、ブーケ投げるよ!」
俺たちを待たずしてすでに飲み食いを始めているメンバ―に向けて、アンジュがブーケを抱えて声をあげる。すると、メイド仲間たちの顔が一変し、獲物を狙うハンターの目となった。
「えい!」
アンジュによって投げられたブーケは放物線を描きメイド仲間たちの下へと飛んでいく。
そこに一瞬の混沌が生まれた。
火が吹き出し、水が襲い、風が吹き荒れ、土が盛り上がる。
メイドの一人が宙を舞い、一人ははじき出され、一人はその場で昏倒する。
瞬きするような刹那の出来事の中で、メイドの一人がブーケをキャッチした。そしてその足元に広がる、かつて仲間だった者たちの屍。
うん、なにこれ……
「メイドって、スゲーな」
「ふふん、そうでしょ。みんな成績優秀だったからね。これぐらいできて当然だよ。あ、ちなみに、ブーケとった子はサポートメイドだよ」
「へぇ……」
引き攣った笑みを浮かべながら、俺たちは庭へと出てくる。
そのころには、屍となったメイドたちも起き上がり、ブーケをとった少女をほめたたえていた。メイドっていったい……
「飲み物をどうぞ」
「ありが――」
庭に出たところで、待っていたとばかりにシスターの一人が俺たちにワインを差し出してくる。俺はそれを受取ろうとしたところで、そのシスターを見て目を見開いた。
そして即座にシスターの頭をがっちりとキャッチし、逃げられないようにする。
「おい、なんでお前がこんなところにいる。謹慎はどうした」
「イネス様!?」
俺の突然の行動に驚いていたアンジュは、さらにシスターが姫様だと分かり動揺を大きくする。
「私の騎士の祝いの舞台よ! 主として参加するのは当然のことだわ!」
そう、シスターに扮していたのは、何を隠そう姫様だ。
「陛下の許可は?」
「ここにいるのは、孤児として教会に預けられた、敬虔なシスターなのよ! 陛下の許可などいらないわ!」
「いるにきまってんだろうが! すぐに戻れ! バレたらどうなるか分かったもんじゃねぇぞ!」
「大丈夫だわ! 変わりにメイドを変装させておいたのよ! きっと今頃、最高級の茶葉を使った紅茶に、舌鼓を打っているはずだわ! それよりも披露宴よ! 飲んで歌って踊って騒ぐのよ!」
「お前、それがやりたかっただけだろ……」
「室内謹慎は思ったよりも堪えるのだわ! 鳥かごの小鳥も、たまには空を飛ばないと、早死にしてしまうのよ!」
「はぁ……早めに帰れよ」
どうせこの状態の姫様は何を言っても聞かないだろうし、これ以上シスターと話しをしていると、周りの皆に怪しまれる。
俺は姫様に早めに戻るようにだけ忠告し、仲間たちが酒をもって待つ中へと入っていった。
披露宴開始から二時間ほど。その場はまだまだ熱狂冷めやらぬ祭り会場と化していた。
どこかのメイドがパフォーマンスとして火を噴き、そこかの整備士が裸同然の恰好で踊っている。
うん、披露宴って絶対こんなのじゃないよね……俺もアンジュも完全に脇役になってるし。
「エルド、楽しんでる?」
「姫様か。まだ戻ってなかったのか?」
「そろそろ戻るわ。迎えも来たみたいだしね」
そういって教会の入り口を見れば、いつもの側付きのメイドが馬車を伴ってやってきていた。
「そうか。今日はまあありがとうな。祝ってくれるのはやっぱり嬉しいもんだ」
「ふふ、感謝するなら仕事に励んでもらうわよ」
「任せろ。勲章総なめにするぐらい活躍してやるよ」
「期待しているわ。じゃあまた明日、王城でね」
そういって別れようとした瞬間、王都の空に警報が鳴り響いた。
驚いたように全員が空を見上げ、俺はその警報の意味にゾッとする。
「これはアヴィラボンブの警報!? まさか本当に撃ってきやがったのか!」
それは、つい先月実装されたばかりの、対アヴィラボンブ用の警報だった。
それと同時に、外壁の上に設置された対空気銃が弾を吐き出し始める。
「姫様、すぐに城へ! 手の空いているメイドは一般人の避難誘導! 第一近衛アルミュナーレ隊は、格納庫で待機だ! 出撃命令が出るかもしれない、動かせられるようにはなっているな!」
「もちろんじゃ。万全の状態にしておる」
「機体の場所は」
「基地の第八格納庫のままじゃ」
「分かった。姫様を送ったら、そっちへ向かう」
さすがの軍人。こんなお祭り騒ぎをしていても、非常時にはみんなビシッと決めてくれるもんだ。
メイドたちは指示に従って即座に行動を開始し、一般人の避難誘導を開始する。俺の隊のメンバーは、アルミュナーレの下へと走っていった。
「アンジュ、残念だけど披露宴は中止みたいだ」
「仕方ないね」
アンジュも肩をすくめてから笑いを浮かべる。そこに、父さんたちがやってきた。
「エルド、これは」
「敵の攻撃が来る。父さんたちはメイドの指示に従って避難所に逃げてくれ。俺たちはこれから城に行って情報を集める。場合によっては出撃になるから」
「そうか」
「エルドちゃん、気を付けてね」
「アンジュ、しっかりやりなさい」
「頑張るのよ」
「うん!」
「さ、早く避難を」
俺が促し、メイドたちに連れられて父さんたちが教会を出ようとしたところで、空に影が差した。
もう来たのかと、俺がそちらを見上げれば、そこには太い槍があった。いや違う。あれは!? アルミュナーレ!?
俺が驚いている間もなく、王都の空へと到達したその機体はバンッと大きな音を立てて、脚部が分解していく。
ロケットが分離するように、アルミュナーレの脚部からアヴィラボンブが剥がれバラバラになって王都へと落ちていく。
同時に、飛んできたアルミュナーレは、王城へと突っ込んだ。
誰もがその光景に声を出すことが出来ない。
煙の上がる王城。そして、その壁に埋まるようにして取り付いた一機の黒いアルミュナーレ。
この国の最高権力者が暮らす城に、攻撃を加えられたのだ。
さらに、バラバラになったアヴィラボンブが王都の各地へと降り注ぎ火の手が上がる。
「姫様! 王城は無理だ。町の外に避難してくれ。俺は機体を取りに行く」
「エルド、王城には近衛の騎士が二機あるわ。あなたは別の方を追いなさい」
「別?」
「あれを追うのよ」
イネス様が指さした先、そこには、パラシュートで降りてくる人の姿があった。
「アヴィラボンブから飛び降りてきたわ。関係者だろうから、確実に捕まえて」
「了解」
パラシュートが向かっている先は、基地だろうか。
もしかしたら、基地の機体を奪うつもりかもしれない。なら、先回りして、拘束する。
「アンジュ、アンジュは姫様の護衛を頼む」
「分かった」
アンジュは自分のウエディングドレスを躊躇なく破り、ミニスカート状にして足を動かしやすくする。
「姫様、お供します」
「心強いわ。護衛お願いね」
姫様とアンジュが馬車で移動を開始したのを確認して、俺は全力で基地へと向かうのだった。
平和はここまで




