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 姫様のお見合いから一か月が過ぎようとしていたころ。

 エルドの父であるエドガーの下に一枚の手紙が届けられた。


「うーん」


 エドガーはそれを読み終えると、眉間に寄った皺をもみほぐしながらテーブルの前で今読み終えたばかりの手紙を見つめる。

 送り主は自分の子であるエルドだ。


「エルドちゃんからの手紙、なんて書いてあったの?」

「母さん」


 エミナを背負ったエルドの母ミッシェが、エドガーの前にカップを置きテーブルの上に広げられた手紙をのぞき込む。

 エドガーはどうこたえるべきかと悩み、結局手紙を読んでもらうことにした。


「エルドちゃん、相変わらず字が下手ねぇ」


 そんなことを呟きつつ、ミッシェは手紙の内容を読み進めていく。

 そして、ニコニコとした表情の中に、次第に困惑が浮かび始める。読み終わるころには、エドガーと同じように眉に皺が寄っていた。


「エルドちゃん、妄想癖でもあったかしら?」

「いや、なかったと思うが……」


 時々無茶なことをすることもあったが、むしろ現実的な考えのほうが多かったとエドガーはエルドの子供時代を思い出す。

 幼いころから魔法の才能に秀で、アルミュナーレを見つけては自力で修理し傭兵団を撃退する。なんてことをと思っているうちに、騎士団と交渉し自力でアカデミーの推薦を勝ち取ってしまう。

 思い出して改めて、我が子ながら無茶苦茶なことをやっているなと苦笑が浮かんだ。


「どうしたの?」

「いや、あいつの行動を思い出していたら、あながちその手紙の内容も受け入れるような気がしてな」

「ああ、なるほどねぇ」


 二人がここまで困惑する手紙。それは、エルドの近況報告だった。

 最初の侵攻戦の活躍が王の目に留まり、第二王女の近衛騎士に抜擢される。同時に、アルミュナーレ隊の隊長として活動を開始。

 自分の専用機となったアルミュナーレを思うままに改造して、ゲテモノにする。

 最初の王都外任務で、敵の侵攻とぶつかりそれを撃退。第二王女の命令に従い、国境沿いの敵を一気に殲滅していく。

 倒したアルミュナーレは片手では数えきれないほどにおよび、敵の新兵器に至っては、数百機単位で破壊した。

 同期の仲間と奪われた基地に突撃し、たった二機で基地を奪還。その後、王都へと無事帰還。最後に、今回の活躍を認められて、貴族に召し上げられ、王都に屋敷を購入したことが手紙にはつらつらと書かれていた。

 そして、アンジュとの結婚式を挙げたいから、王都まで来てほしいと。そのために、すでに行商には金を渡して馬車を手配してもらっているらしい。

 思い出してみれば、確かに今やってきている行商はいつもよりも馬車の数が二台ほど多かった。おかげで、村の賑わいもいつもより大きい。


「いろいろあいつに聞きたいことはあるが、一番の問題はアンジュちゃんとの結婚式だな」

「そうねぇ、うちに手紙が届いてるってことは、村長さんのお家にも手紙が来てると思うけど」

「村長さんのところに行ってみるか」

「そうね」


 二人はエミナを連れて村長の家へと向かう。

 村長はすぐに二人を迎え入れ、応接室へと通した。


「二人とも、ちょうどいいタイミングで来てくれましたね」

「村長の家にも、うちの愚息から手紙が?」

「ええ、アンジュの物と一緒に。なかなか凄いことになっているみたいですね」

「正直、愚息の手紙だけではどこまでが本当なのか理解できていません」

「まあそうでしょうね」


 村長は苦笑しながら、アンジュから来た手紙を二人に読ませた。

 その間に、村長もエルドが両親に当てた手紙の内容を確認する。そして、両方の内容が一致していることで、改めてこれが現実なのだと理解した。


「あいつは何をやっているんだ……」

「騎士として立派に勤めているということでしょう」

「そうなんでしょうか。手紙を読んでいると、好き勝手しているようにしか……」

「まあ、楽しんでいるのは事実でしょうが、仕事を楽しめるのはいいことですよ。それよりも、結婚のことです。私のところにも、エルド君から王都に来てほしいという旨の手紙が届きました」


 それは、本来ならば自分が出向いてアンジュと結婚したいと告げなければならないのだが、姫様の謹慎の都合により王都から出ることが出来ず、また貴族になるということで周辺がうるさくなり、これ以上後回しにするとアンジュときちんとした結婚式が挙げられなくなる可能性があるため、事後承諾で申し訳ないのだが、結婚を許してほしいという内容の手紙だった。


「私としても、妻としてもアンジュとエルド君の結婚は昔から賛成でしたから、招待を受けて王都へ行こうと考えているのですが、お二人はいかがですか?」

「ありがとうございます」

「村長がそうおっしゃってくださるのでしたら、私たちからは何も言うことはありませんわ。アンジュちゃんを貰えるなんて、幸せなことですもの」

「私としても、まさかアンジュが貴族のお嫁さんになれるだなんて、考えもしませんでしたよ。世の中、何が起こるのか分かりませんね」

「本当に」


 こうして、二組の家族が辺境の村から王都へと来ることが決定したのだった。




「王都も久しぶりだな」

「そうね。エミナちゃん、ここが王都よ」

「やはり大きいですね。村から出なければ絶対に見られない光景です」


 王都に住んでいたエルドの両親と、操縦士を目指して王都に来たことのある村長は久しぶりの光景に目を細める。


「ここが王都……アンジュはここに住んでるのね」


 対して、王都を初めて見るアンジュの母は少し不安そうにしていた。

 子供たちはと言えば、エミナは巨大な壁に目を丸くし、エンジェはすやすやと母の腕の中で寝息を立てている。

 手紙を受け取ってから一か月。彼らは行商と共に王都へとやってきたのだ。

 メンバーは、エルドの両親と妹、そしてアンジュの両親の弟の合計六人。アンジュの家族では後祖父がまだ生きているのだが、馬車の長旅はさすがに辛いと辞退したのである。


「エドガーさん、屋敷まで案内しますよ」

「すみません」


 行商に連れられて、馬車のまま王都の中へと入っていく。

 エドガー達がまだ王都にいたころに比べると、その変化は著しい。

 道は石畳で綺麗に舗装されており、立ち並ぶ家々も目新しいものが目立つ。

 貴族の家が立ち並ぶあたりへと進めば、そこには昔見た覚えがあるような豪邸がいくつも並んでおり、その中に息子の家があるのかと思うと、不思議な気持ちになった。


「エルドちゃんたちのお家ってどんなのかしら?」

「貴族とはいってもなり立てだし世襲は無い。そこまで豪華な物でもないと思うが」

「しかし、貴族としての面子が保てるものじゃないといけませんからね」

「ご近所さんと仲良くできてるかしら」


 それぞれに感想を呟きつつ進んでいくと、次第に目的の屋敷が見えてきた。

 屋根は青く塗装され、全体的にまだ塗り直されたばかりの純白の壁が目を引く。

 広い庭はまだ木が小さく、花はほとんど生えていない。しかし、綺麗に整理されていることから、今後少しずつ育てていくのだと想像できる。

 大きさは他の豪邸に比べると一回り小さいが、それでも一般の民家の五倍以上の大きさだ。


「ここがエルドの家か」

「お掃除が大変そうだわ」

「ミリシェさん、それは使用人の仕事では?」

「使用人……仲良くできてるかしら」

「ルイはもう少しアンジュを信じてあげよう?」


 馬車はそのまま門を抜け、庭を進んで豪邸の前で止まった。

 すると、すかさず待機していたメイドが馬車の扉を開く。


「ようこそお越しくださいました」

「あ、ああ。ありがとうございます」


 王都に暮らしていたとはいえ、エドガー達もただの平民である。

 メイドにもてなされたことなど当然なく、その丁寧な対応に思わず敬語で返してしまうのだった。




 使用人から父さんたちの到着を聞いて、俺とアンジュは駆け足気味に屋敷の中を進んでいく。

 そして扉を開くと、そこにはガチガチに緊張して顔をひきつらせた父さんの姿があった。

 その後ろには、いつも通りニコニコとほほ笑む母さんや、優しげな笑みを浮かべる村長。そして村長の後ろに隠れ気味のアンジュの母さんの姿も見える。

 弟たちは母さんたちの腕の中で、周囲をきょろきょろと見回していた。たぶん、豪邸が珍しいんだろう。村じゃ絶対に見られないものだし。


「父さん、母さん、いらっしゃい」

「お父さんたち、来てくれてありがとう!」


 アンジュは嬉しさを爆発させ、村長へと飛び込んでいった。

 村長は驚きながらもそれを受け止め、アンジュの頭を撫でている。


「急な招待でごめん。こっちもいろいろ忙しくてさ」

「いや、手紙でだいたいの事情は知っているからな。しかし未だに信じられん。エルドが貴族か」

「まあ、一代限りだし、そんなに気にすることでもないでしょ。さ、とにかく入って」


 じゃれついているアンジュにも言って、俺たちは家族を屋敷の中へと案内する。

 本来なら、こういうのは使用人たちの仕事かもしれないのだが、俺の屋敷で働いている使用人は現在六人しかいない。屋敷の大きさに比べて完全に人手不足なのだ。

 おかげで、俺たちはこうして直接出迎えることが出来たし、まあ今回は良かったことにしよう。けど、なるべく早めに使用人を確保しないと、家が保てないな……

 そんなことを考えつつ、両親を応接へと案内しメイドにお茶の準備を頼む。

 全員が腰かけたところで、俺が話を切り出した。


「まずは村長、不躾なお願いをして申し訳ありませんでした」


 俺もできることなら、娘さんをください的な場面をやってみたい気持ちもあったのだが、俺王都から出られないしな。しかも、先週受勲式を行ったばかりだというのに、その翌日からすでに縁談の申し込みが始まっていた。

 まだ下級貴族ばかりで簡単に断れるもだったので助かったが、これでもし上級貴族から来ていたら、さっそくバティスやレオンの力を借りないといけないことになったかもしれない。

 これ以上その危険性を持ち続けるのも嫌だったため、俺たちの結婚を強引に進めることにしたのだ。


「いえいえ、しっかりと事情も説明してくれましたし、もともと私たちは賛成でしたからね」

「エルド君、アンジュをよろしくね」

「お父さん、お母さん、ありがとう!」


 村長もアンジュの母さんも俺たちの結婚を素直に認めてくれる。まあ、昔からほぼ確定していたこととはいえ、少し緊張していた俺はホッと胸をなでおろした。

 そして、今後について簡単に説明する。


「結婚式は来週。身内と友人だけを呼んだ小さな物を行う予定です。場所は近くにある貴族用の教会を使いますので、それまでは家に泊まっていってください。全力で歓迎させていただきます」

「分かりました。ですがいいのですか? 手紙には近衛騎士になったと書いてありましたが、そうなると王女様も出席されるのでは?」


 まあ、普通ならそう考えるよな。近衛騎士は王族の剣であり盾だ。そんな重要人物が結婚するとなれば、当然その主人たる王族も出席することになる。

 けど姫様、今部屋から出られないし……


「大丈夫です。王家の方にはすでに許可はもらっていますので。両親が平民なので、一緒になるのは大変だろうと、姫様が配慮してくださいました」


 まあ完全なる建前なんだけどね。


「そうでしたか。姫様にもありがとうございますとお伝えください」

「伝えておきます」


 アンジュの両親へのあいさつはまあこれで一段落として――


「じゃあ今日ここまで来るのにも疲れただろうし、それぞれ部屋を用意させたから、そっちで寛いでください。アンジュも今日は家族で過ごすだろ?」

「うん」


 つう訳で、今夜だけは家族水入らず。いろいろ話したいこともあるだろうしな。



 俺はアンジュと別れ、両親を部屋へと案内した。

 アンジュたちの部屋とは隣り合わせだけど、部屋の大きさが大きさなので故郷の家なら一軒分の広さぐらいあるしな。


「父さんたちはこの部屋を使ってくれ」

「ああ」

「広いわねぇ。エミナちゃん、ふかふかのベッドよ」

「おおー!」


 母さんによってベッドに寝かされたエミナは、布団の上を跳ねながら何やら感動している。

そういえば俺も初めて柔らかいベッドを使ったときは感動したな。田舎じゃ、木のベッドに布を何枚か重ねただけだったし。


「部屋付きの使用人を一人用意するから、困ったことがあったらその人に言ってくれ。明日からまた姫様の護衛に戻らないといけないから」

「姫様って謹慎中の第二王女様か?」

「ああ、部屋に籠らされてるけど、一応こっちも近衛だしね」


 一日一回ぐらいは顔見せておかないといけない。


「空いた時間には、王都の案内とかするつもりだけど――」


 と、そこまで言って父さんたちが王都出身であることを思い出した。

 となれば、王都に実家とかがあるのだろうか? 年齢的に祖父がいてもおかしくはないが。


「そういえば王都出身なんだっけ? 実家に戻ったりする?」

「いや、向うに行くときに家は売り払ったからな」

「あれ、じゃあ親族とかは?」

「いないな。俺の両親は狩りの最中に死んじまってるし、母さんは元々孤児だ」

「そうなの!?」


 母さんが孤児だったなんて初耳なんですけど!


「そうよぉ、だから受付のお仕事とかしてたのよ。孤児院ってお金ないからねぇ。お小遣いは自分で稼がないといけなかったの。そこで、お父さんと知り合ったのよ」

「なら普通に案内するよ」

「ああ、来る途中で馬車からみたが、だいぶ変わっていたからな」

「散策が楽しみねぇ」

「んじゃ、俺はちょっとアンジュの様子見てくる」

「ああ」


 部屋を後にし、隣の部屋へと向かう。

 扉の向こうからは、にぎやかな笑い声と、エンジェだろうか元気な声が聞こえてくる。

 ノックすれば、アンジュが顔をだした。


「そっちの様子はどう?」

「問題なしだね。みんな喜んでくれてる」

「良かった。たぶん明日か明後日ぐらいに王都散策すると思うんだけど、そっちはどうする?」

「うーん、散策はお母さんがちょっと消極的かも。人の多さに慣れないみたいだし」


 田舎で数人の人と出会うのが毎日の生活してたもんな。そんな暮らししてれば、数百人が一斉に通りを歩く場所なんて怖くなって当然か。

 なら少し慣れてもらってからのほうが王都を楽しめるだろう。


「ならもう少し後にずらすか。なんなら結婚式の後でもいいし」

「うん、けどそれだと時間的に大丈夫? そろそろ戦線に変化がありそうなんでしょ?」


 量産型試作機の暴走からすでに一か月以上。物理演算器(センスボード)のマインセンスも解除され、すでに量産体制が整ったものから量産が開始されている。そして、操縦士の募集も始まっていた。

 基本的には、アカデミーに通っていた兵士が優先され、一般の兵士も数週間の訓練の後に試験を受けて乗れるようになるという話だ。


「まあ、変化があってもこっちまですぐに影響があるとは思いにくい。陛下は俺たちをだいぶ警戒しているみたいだからな」

「しょうがないよ。あれだけ戦果上げちゃったんだもん」

「とりあえずここ一二週間でなにかが劇的に変わるとは思いにくいし、大丈夫だろう」

「分かった。ならお母さんの様子見ながらだね。けど、エンジェが暴れててそれも心配かも。リードでもつけたい気分」

「最近歩き回れるようになったんだっけ?」


 確かに、先ほどからもずっと部屋の中から元気のいい声とどたどたという音が聞こえてくる。広い部屋に柔らかいじゅうたんだから、さぞ歩き回りやすい環境だろうな。


「そう。元気が有り余ってるみたいで、抱っこして行こうとするとすごい嫌がるんだって」

「珍しいな」


 子供だと意外と抱っこされたがるもんだと思ったんだけど。


「お母さんたちも苦笑してた。たぶん馬車の旅のせいで、鬱憤がたまってるんだろうって」

「なるほど、ならしばらくは走り回ってそうだな」

「部屋が広くて助かったよ」

「じゃあそっちは問題なさそうだな」

「うん」


 なら俺もそろそろ部屋に戻ろうかと言うところで、使用人の一人が声を掛けてきた。


「エルド様、夕飯のお時間は何時頃にいたしましょう? それと、お客様の中で苦手な食材があれば先に聞いてくるようにと言われました」

「ああ、じゃあいつもの時間ぐらいで。食べられないものは無いと思いますが、幼児が二人いますので、それだけ注意するように伝えてください」

「かしこまりました」


 使用人は一つ頭を下げて戻っていく。


「んじゃ俺も部屋に戻るわ。また夕食の時にな」

「うん。また後でね」


 アンジュのおでこに軽くキスをして、俺は両親の部屋へと戻るのだった。


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