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 城内が騒がしい。

 メイドたちが廊下を歩き回り、兵士たちが設備の点検を行っている。

 それも当然だろう。何せ来週には、姫様の婚約者であるアルド王子が来訪されるのだ。今はどこの部署も歓迎や顔合わせの準備でてんやわんやである。

 そんな時でも、俺は暇を持て余していた。アルミュナーレを取り上げられた俺にやれることなんて限られているし、仕方ないよね。

 そんなことを思いつつ、掃除用のバケツを持って横切って行ったメイドをしり目に、俺は目の前の扉をノックする。


「エルドです」


 声を掛ければ、扉が開きメイドが中へと招き入れてくれた。


「姫様、当日の警備についてすこし打ち合わせをって……何してるんですか?」

「見てわからないかしら? 裁縫ですわ」


 我が麗し(おてんば)の姫様は、窓際の椅子に座り真剣な表情でチクチクと針を布に通していた。


「そんなことは見れば分かります。なんで姫様がやってるかってことですよ。刺繍程度のことじゃないのでしょう?」


 姫様が持っている布は、いつものように一見しただけで高級品と分かるものだが、いつもならばハンカチサイズのそれが今日はカーペットの上まで垂れ下がり、近くのテーブルの上にもさまざまな布が拡げられている。

 それだけの量を使う裁縫なんて、本来姫様がやるようなものではないはずだ。


「ええ、未来の旦那様との初顔合わせですもの。私も張り切らなくちゃねぇ」


 むしろそれこそ本職の仕事のはずだ……

 無邪気に笑う姫様は、どう見ても悪戯を思いついた子供の顔にしか見えない。


「その邪悪な笑みで言われても不安しかないのですが……」

「大丈夫よ。この衣装なら、きっと素晴らしい歓迎をできるわ」

「ほどほどにしておいてくださいよ。それで警備の話ですが」


 来訪は来週のため、俺はまだアルミュナーレに触ることが出来ない。そのため、この日は側付きと同じ位置から姫様の警備を行うことになる。つまり、一般の兵士に混じって警備を行うということだ。

 同時に、アンジュや他のメンバーたちもそれぞれに城内のいろいろな場所で警備を行うことになっていた。

 本来ならば、姫様も謹慎中のため部屋から出ることが禁止されているはずなのだが、そんなことを他国の王子に言うことが出来るはずもなく、その日だけは姫様は自由の身である。と言っても、制限はあるが。


「自分がアルミュナーレに乗れないので、当日は基本的に城の中でのみの行動となります」

「ええ、それでいいと思うわ。お父様には城壁の外に出なければいいと言われていますもの。城の中でいろいろといたしましょう」

「含みのある言い方ですね……」


 もうこれ確実に何かいたす気満々だよ……とりあえず俺は王子様の身に危機が迫らないように最大限気を付けなきゃいけないわけか。

 胃薬の用意が必要になるかもと思いつつ、俺は話を進める。


「とりあえず今決まっていることはこのぐらいです。明後日に先方の警備担当者がこちらに来ますので、そこで当日どこに行くなどの打ち合わせをして、後ほど詳しく決まり次第、もう一度お伝えいたします。何か希望があれば、明日までに伝えておいてください」

「分かったわ」


 姫様は手元の布に視線を落として、針を刺しながら答えた。

 他のメイドたちもそれぞれに分担された作業をこなしているようで、俺がしゃべるのを止めると、室内全体が静寂に包まれる。そこで俺はふと気づいた。


「そういえばアンジュが来ているはずですが?」


 アンジュは今朝も呼び出しを受け、姫様の手伝いのためにここに来ていたはずだ。しかし、当のアンジュの姿が見えない。

 問いかけに、姫様はようやく顔を上げ、その視線を奥の扉へと向ける。


「拗ねちゃって出てこないのよ。ちょっと悪戯しすぎたわ!」

「ああ、なるほど」


 昨日のドレスはそういえば姫様から借りたものだったか。汚してしまったドレスは、アンジュのメイド技術により綺麗に洗濯され返却されたらしいが、一晩開けてもアンジュの姫様への怒りは収まっていなかったらしい。


「完全に自業自得でしょう」

「でも楽しめたのでしょう?」

「とても」


 ニヤニヤとした笑みを投げかけてきた姫様に、俺はニコリと返す。ここで動揺すれば負けだ。それぐらい、半年も付き合えば嫌でもわかる。

 周囲のメイドさんたちが若干顔を赤くしているが、我慢してもらおう。


「けどあのドレスってなんなんですか? アンジュが言うには、姫様が着ていた物にはあんなギミックは無かったみたいですけど」

「ええ、私のはこれね」


 俺の疑問に、姫様は立ち上がり今着ているドレスを見せてくれる。

 どうやら今日のドレスも昨日の物と同じ種類の物のようだ。

 姫様は脇腹から隠しポケットにしまってある紐を取り出し、アンジュの言っていたようにグッと引っ張る。すると、ドレスは脱げることなくその背中に天使の羽を出現させた。


「なるほど、アンジュはそれに騙されたんですね」

「ふふふ、これは未婚女性向けの天使のドレスなのよ。けど、アンジュに着せたのは、同じ見た目の誘惑のドレス。こっちは既婚者向けで、そのギミックは」

「脱がせると……」

「盛り上がること間違いなしね!」


 そう言って姫様は、親指を人差し指と中指の間からにゅっと突き出した。


「あんたそんな動きどこで覚えてきた!」

「ふふ、王女の性教育、舐めてもらっては困るわ!」

「そんないらん知識ばっかり吹き込みやがって! そいつを陛下に突き出してやる!」

「無駄なのよ。性教育の教師は極秘の仕事。メイドの誰かだけど、それを知るものは本人と私しかいないわ!」

「チッ!」


 きっちり対策してやがったか。まあいい、いずれ見つけ出してきっちり指導してやる。

 どうせ側付きの誰かだからな。

 そう思いながら、周囲のメイドたちの様子を見れば、全員が微妙に視線を逸らしていた。

 これはもしかして……全員か?

 頬が引きつるのを感じつつ、俺は気を取り直して逸れてしまった話を戻す。


「それで、今アンジュは何を?」

「向こうの部屋で衣装の飾りを作ってもらっているわ。もう終ると思うから、一緒に帰るといいわ」

「じゃあちょっと様子を見てきます」


 奥の部屋の扉を開けると、アンジュがもくもくと手を動かしていた。

 その前には、沢山のレースで作られた小さな花が並んでいる。


「アンジュ」


 俺が呼びかけると、アンジュは驚いた様子で顔を上げ、こちらを見る。


「エルド君?」

「調子はどうだ?」

「順調かな。エルド君はどうしてここに?」

「警備関連で少し連絡してた。そしたら、アンジュの仕事がもう少しで終わるだろうから、一緒に帰るといいってさ」

「そっか。じゃあさくっと仕上げちゃうね」


 アンジュは嬉しそうに笑うと、沢山あった小さな花を糸で一本にまとめていく。レースを付ければ花嫁のベールにもなりそうだ。

 そんなことを考えながらアンジュの手元を見ていると、アンジュはつなげた花の形を何度か確認し、満足げにうなずいた。


「よし、完成」

「じゃあ行くか」

「うん!」


 歓声した花飾りを側付きに渡し、姫様に軽く挨拶してから部屋を出る。

 その時のアンジュは、どことなく淡泊な様子だった。姫様の言う通り、だいぶ根に持っているのだろう。まあ、これは姫様が謝るか、時間が解決するしかないからな。楽しませてもらった俺は何も言えない。


「んじゃまだ時間も早いし、どこか行くか」

「そうだね。ごはんもどうしよっか」


 城の廊下を歩きながら、今夜の夕食のことを考えていると、前方から見慣れた顔が近づいてくるのが見えた。

 俺たちが足を止めると、その男レオンが足早に近づいてくる。


「二人とも、ちょうどいいところにいた」

「どうかしたのか?」

「この後空いているか?」

『?』


 俺とアンジュは顔を見合わせて首をかしげる。何やらレオンが焦っているようにも見えるからだ。何かをせかされているような。そんな印象を受ける。


「ああ、晩飯どうするかって話してたところだし」

「ならちょうどいい。今日家で食事をしないか? 前話していた婚約者が二人に会いたいと言ってきてな」

「婚約者!?」


 そういえばアンジュにはまだ話してなかったな。話すタイミングがなかったとも言えるが。

 俺は昨日聞いたことを簡単にまとめてアンジュに説明した。するとアンジュもほうほうと興味深げに相槌を打っていた。


「紹介してくれとは言ってたけど、ずいぶん早いんだな。いい人だったのか?」

「ああ、性格や容姿は全く問題ない。むしろ素晴らしいと言えるぐらいだ」

「ほう、レオンがそこまで言うか」


 学生自体から、アンジュを筆頭としてサポートメイド学科の美女美少女たちから追い掛け回されてきた俺たちには、そこら辺の美少女程度では驚かない。

 しかもレオンは俺たちの中でも女子の顔には淡泊なほうだったからな。そのレオンが素晴らしいというぐらいなのだから、相当なもののはずだ。

 と、ふと尻を抓られた。


「むぅ……」


 アンジュが頬を膨らませながら尻を抓っていたのだ。愛いやつめ。


「それで話しているうちに、僕が二人と友人だということを知ってな。向うから是非とも会いたいと言ってきたんだ」

「俺たちに?」

「なんで?」


 貴族のお嬢様から会いたいなんて言われるほど有名になったつもりはないのだが? なるとすれば、貴位騎士勲章を授与された後じゃないか?


「獅子勲章を得られただけでも凄いことだというのを忘れてないか? その上貴族ならばカイレン基地の奪還の情報はすでに入ってきている。彼女もそれを知って、僕やエルドのファンになったらしい」

「はぁ、そんなこともあるのか」


 まあ確かに、レオンとタメを張れる家柄ならば、それぐらいの情報は手に入れていてもおかしくないか。

 まあそういうことなら断る理由もないし、お邪魔させてもらってもいいかもな。

 確認の意味も込めてアンジュを見ると、アンジュも頷いていた。


「じゃあ行かせてもらうよ」

「そうか、精一杯もてなそう」


 こうして俺たちは、突然に貴族の家へと御呼ばれすることになったのだった。



 時間は過ぎて、空が黒く染まり始める十七時。俺たちは城の前からレオンが手配した馬車に乗って屋敷へと向かっていた。

 俺もアンジュも、貴族の家を訪れるとあって、精一杯のおめかしをしている。と言っても、俺は騎士の正装だし、アンジュは姫様から借りたドレスだ。

 ちなみに、今回のドレスは普通の物である。アンジュは疑心暗鬼になってかなり入念にチェックしていたが、さすがに衣装だなから適当に取り出したドレスにまで細工は施さないだろ……


「なんだか緊張してきちゃった」

「なんでだ? 王族の前にいるよりは楽なもんだろ」


 まあ、当の王族があれなので少し違うかもしれないが、それ以外にも姫様に付いていれば王子たちに会う機会も幾度となくあった。今更貴族の家に行くぐらいじゃ、そこまで緊張しないと思うんだが。


「だって、今日は私たちが主役になるんだよ? いつもはイネス様の影に隠れて目立たないようにしているだけだけど、今日はそんなことできないし」

「ああ、確かにそういう考えもあるのか」


 御呼ばれした以上俺たちが主役になる。話の中心も俺たちになるのだから、確かにいつもとは感覚が違うかもしれない。

 まあそれでも友人の家に行くってこともあるし、そこまで緊張する必要もないと思うんだけどな。

 とりあえず御まじないだけさせとくか。


「ほれ、手のひらに人って三回書いて飲み込んでみ」


 この世界だと文字が違うから、効くかどうか分からないが、まあもともと気休めだ。


「うん」


 アンジュは言われるままに、指で手のひらに人と三回書き、ゴクリと喉を鳴らした。


「どうだ?」

「全然変わらないよ」

「まあそうだろうな」


 そんなもんで緊張が解ければ、誰だって腹なんか痛くならない。


「ま、レオンの家なんだ、友達の家に行く感覚でいればいいさ」

「エルド君の神経の図太さがうらやましいよ」


 俺たちを乗せてガタガタと進む馬車は、いつの間にか豪邸の中へと入っていく。

 窓から見える庭は丁寧に整えられ、冬だというのに落ち葉一つなく、綺麗な花が咲いている。

 本宅は前世の学校のような大きさがあり、玄関の前には噴水が設置されそこからは絶えず水が噴き出している。

 馬車はその噴水を避けるようにぐるりと回り、玄関の前へと到着した。


「お疲れ様でした。足元、お気を付けください」


 玄関に控えていたメイドがすばやく扉を開く。俺は先に降りて、後から降りてくるアンジュに手を貸しながら玄関の様子を眺める。

 開かれた両開きの扉の先には巨大なホールがあり、豪華なシャンデリアが見えた。

 玄関ですらダンスパーティーが開けそうなその様子に、さすがの俺もちょっと場違いなところに来てしまった気がする。


「よく来てくれたな。二人とも歓迎しよう」


 その声がホールから聞こえてくると、扉の影からレオンが姿を現す。

 その隣には、噂の婚約者だろうか。確かに綺麗な女性がいた。

 線の細い体を、チャイナドレスのような衣装で強調させながら、同時にその豊満な胸を主張させている。

 爆乳だ。前世でも見たことのないほど巨大な胸がそこにあった。

 その巨大さに、アンジュも目を皿にして驚いている。

 あまりにもの爆乳に、すべてを持って行かれそうになったが、顔も非常に整っており、腰まである薄桃色のウェーブのかかった髪が、彼女が歩くたびにまるで重さなど無いかのようにふわりと揺れた。乳も揺れた――


「紹介しよう。僕の婚約者のシメール・ローレンツだ」

「レオン様、そこはシメール・ラザールと紹介してくださいませ。わたくし、いつでもレオン様の物になる準備はできておりますわ」

「おほん……シメール・ローレンツだ」


 レオンは一度咳を突くと、再びそう紹介した。

 シメールさんは少し不満げに頬を膨らませるが、すぐに切り替えたのか、俺たちに向き直る。


「初めまして、ご紹介にあずかりましたシメールと申します。以後お見知りおきを」

「初めまして。エルドと申します」

「アンジュです。この度はご招待いただきありがとうございます」

「レオン様からお話を聞いて、一度お会いしてみたいと思っておりましたの。カイレン基地をレオン様と共にたった二機のアルミュナーレで奪還した、姫の騎士にして最高の剣と呼ばれるエルド様。それを支えるアンジュ様。お二人のお話はレオン様からいろいろと聞かせていただいておりますわ。どれも素晴らしいお話ばかりで、私今日お会いできると聞いて、とても楽しみにしておりましたの」


 いったいどんな話になっているのか、非常に興味があるところだが。彼女の様子からするに、だいぶ誇張されてそうですね……


「立ち話もなんだ。中に入ってくれ」

「お邪魔します」

「おじゃましましゅ」


 緊張のあまり噛んで顔を真っ赤にするアンジュに、心をときめかされながら、俺たちは屋敷の中へと案内された。


皆さまの応援のおかげで、第二回ライト文芸新人賞「佳作」を受賞することが出来ました。

ありがとうございます。

今後は書籍化などで忙しくなるとは思いますが、なるべく更新速度は落とさずに完結まで持っていけたらいいと考えておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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