3
振り下ろされる剣を受け止め、空いた手を敵機の肩へと伸ばす。
その手は払いのけられ、お返しとばかりに至近距離から魔法が放たれた。
レオンは機体を逸らせることでそれを避けながら、腕を動かし受け止めていた剣を受け流す。
そして右足を軸にして回転をつけ、敵の腕目がけて刃を振るった。
それは敵の盾によって防がれる。
「なかなかの実力。いい乗り手だ。だが!」
敵機が突如として後退すると、左手の盾から何かを取り出す素振りを見せる。
レオンは警戒を強めつつ、追撃のために前へと出た。直後、バンッと火薬のはじける音と共に、レオン機の肩の装甲が大きく抉られた。
「なっ!?」
「貴様らの国の技術と言うのが気にいらんが、これも戦争だからな」
敵機が手にしていたのは、ハーモニカピストレだった。しかしよく見れば細部の細かい形が違っており、フェイタル王国の物ではないと分かる。
「鹵獲した機体から情報を抜き取ったのか」
「昨日の夜届いたばかりの武装だが、確かにこれは有用だな」
敵機はハーモニカピストレを立て続けに発砲する。
レオンはとっさに関節やカメラを守るように機体を動かし、その弾を装甲で受け止めた。
弾丸のぶつかる衝撃に、機体を大きく揺らされながらも、必死に耐え抜く。
そして相手の弾倉が尽きたのか、数回でその衝撃は収まった。
そのタイミングを見計らって、レオンが再び前へと出る。
「なるほど、そう耐えるのか」
敵機は落ち着いた様子でハーモニカピストレを盾にしまうと、再び剣を抜きレオンの攻撃を受け止める。
「やはり敵の武器の防ぎ方は、敵に聞くのが一番早いな」
「だからどうした」
剣戟を交えながら、レオンは相手の隙を窺う。
敵の動きは、レオンから見るとかなり洗練されているように思えた。聞こえてくる声からしても、かなり熟練の操縦士が乗っているのだろうと予想できる。
そのせいか、レオンの攻撃がすべて読まれてしまっているのだ。
どれほど操縦が上手くても、戦場での強さにはどうしても年期の積み重ねが必要になってくる。その差のせいで、押し切れずにいた。
「クッ」
「ふっ、まだ甘いな」
落ち着き払った声が聞こえた瞬間、レオン機の脇腹に剣が突き刺さる。そして、一瞬動きの止まった機体に、立て続けに魔法を浴びせられた。
間一髪で操縦席へと直撃は免れたが、手足の消耗はひどく、モニターに映し出される機体状況は決していいものとは言えない。
だがレオンも、ただやられるだけではなかった。
剣を刺した腕をつかみ、敵機が離れられないようにすると、剣を投げ捨て腰の裏からハーモニカピストレを取り出す。
ほぼゼロ距離から放たれた弾丸は、敵機の脚と脇腹を撃ち抜いた。
「ダメージ交換だ」
「チッ、これだから若い連中は」
敵機は機体をふらつかせながらも、何とか自力で歩くことが出来るようだ。
それに対し、レオンの機体は上部の損傷こそ酷いものの脚部はそれほど損傷なく、まだまだ戦える状態であった。
「今度はこちらから行くぞ」
火花を散らせる関節にムチ打って、レオンは剣を振るわせる。
敵機は足を完全に止めて、防御に徹した。そのおかげか、先ほどまでよりも相手へと攻撃が少しずつではあるが通るようになる。
「そこ!」
「まだだ!」
レオンが隙と見た一瞬に、一際鋭く剣を突く。しかしそれは相手がわざと作り出した隙だった。模擬戦ならば気づけたフェイントだったが、実戦の緊張感がレオンに焦りを生ませ、正常な判断能力をほんの少しだけ奪っていた。
切っ先が敵機へと届く直前、振り上げられた相手の足で剣を腕ごと弾き飛ばされる。さらに、その際の衝撃で右腕の肘が完全にいかれてしまった。
ぶらんと力なくぶら下がっているだけの右腕を見てレオンは小さく舌打ちをする。
「さて、残った腕だけでどこまで戦えるかね」
「そうだな。片腕だけでの戦闘か。これは大変だ」
そう返すレオンの口ぶりには余裕が垣間見えた。それに敵機の騎士は眉をひそめる。
だが、一見して敵の機体が何かを隠しているようには見えない。周囲はアブノミューレで囲っているため、敵の増援も一気にはここまでは来れないはずなのだ。
そして騎士は、レオンの言葉をはったりだととらえた。
「次で終わらせる」
騎士が構えなおし、ボロボロになった足で少しずつ間合いを詰めながら魔法を発動させた。
直後、騎士の視界からレオンの機体が消える。
そして次の瞬間には、機体に衝撃が走り後方へと弾き飛ばされていた。
「なっ!?」
騎士は驚きながらも、半ば反射の領域で機体の態勢を立て直し、レオン機の行方を追う。しかし、周囲を見回してもどこにもいない。
「どこに!?」
「隊長! 上です!」
一機のアブノミューレからの声。それを聞いてカメラを上へと向けると、そこには剣を構え、自分の上に落下してくるレオン機の姿があった。
「くっ」
騎士はとっさに機体を操作して一歩下がる。直後、今まで自分のいた位置に、剣が突き刺さった。まさに紙一重である。
だがレオン機の動きはそこでは止まらない。
無事な脚部の力を最大限に利用し、体を起こしながら地面へと突き刺さっている剣を強引に振り上げる。
その刃は、敵機の装甲を大きく抉った。
しかし致命傷にはならない。騎士の操縦席では一部のモニターが衝撃で破損こそしているが、まだまだ操縦には問題なかった。
「なんだその動きは……さっきまでと訳が違う」
「フルマニュアルコントロール。片腕になれば確かにこれは有効だな」
レオンが行っていたのは、エルドと同じ操縦方法だった。
片腕を失った時点で、右腕のレバーを握るのは不要と考えたレオンがエルドの真似をしたのだ。
アカデミー時代、ハーフマニュアルコントロールを完成させる前に、一応この操縦方法を練習していたため役に立った。
「それが噂に聞く、片腕のアルミュナーレの動きと言うわけか!」
「あいつのはもっとやばいだろな」
今頃アブノミューレ相手に大暴れしているであろう友人の操作を思い出し、レオンは小さく笑みを浮かべる。
「さぁ、仕上げだ」
さらに斬撃を叩き込みながら、時折魔法も混ぜて攻撃を加えていく。
足の悪い敵機では、その攻撃をすべて防ぐのは到底不可能だった。
徐々に追い詰められている敵機に、周囲のアブノミューレたちが動き出した。
「隊長、援護します!」
「俺たちも!」
数体がレオンと騎士の間に割り込み、騎士の機体を守ろうとする。しかし、フルマニュアルコントロールを使っているレオンの前には、彼らはただの案山子も同然だ。
一息の踏み込みで、立ちふさがった数機を一度に切断し、さらに騎士の前へと躍り出る。
「これで!」
握った剣をアルミュナーレの操縦席に向けて突きだす。
敵機は火花を上げる脚部を強引に動かし、機体をわずかに傾けた。結果、切っ先は操縦席のすぐ真横を貫く。
この近さなら捩じれば殺せる。そう判断してレオンはレバーに力を入れた。瞬間、機体の肘関節が激しく火花を散らし、爆発を起こす。
傷ついた機体でのフルマニュアルコントロールに、機体が耐え切れなくなったのだ。
「チッ、こんな時に」
「フッ、手詰まりのようだな」
「腕はまだ付いている!」
レオン機には動かなくなったとはいえ、右腕がまだぶら下がっていた。
レオンは機体をねじり、垂れ下がっている腕を遠心力だけで動かし突き刺さったままの剣目がけて振るった。
腕は剣の鞘を穿ち、機体の中で剣が折れ宙を舞う。そして、折れた破片が操縦席を蹂躙した。
アルミュナーレの瞳から光が消え、その四肢がぐったりと地面に落ちる。
それを確認したレオンは、ゆっくりと機体を起こし周囲を囲っているアブノミューレに視線を向けた。
数は数十機以上。ここまで手負いとなってしまっては、もう戦うことはできないだろう。
「魔法が使えるのは幸いだな。ここは逃げの一手だろう」
隊長がやられ動揺しているアブノミューレ部隊。
レオンは輪の中で一番近い機体に向けて、容赦なく魔法を放つ。
それが引き金となり、止まっていたアブノミューレたちが一斉にレオン機へと襲い掛かってくる。
それに合わせて機体を走らせ、レオンは破壊したアブノミューレの顔を踏みつけ一気に宙へと舞い上がる。
そして輪を飛び越え、西門に向けて走り出した。
アブノミューレ相手に無双していた俺は、レオンの機体の惨状を見て目を見開いた。何せ、両腕なくなってるし、ものすごい量のアブノミューレに追いかけられているしで、正直ギャグにしか見えない。向うからすれば真剣なのかもしれんけど、その姿は滑稽すぎるって。
アンジュも俺と同意見なのか、操縦席の後ろで必死に笑いをこらえている。時々ククッと声が漏れ聞こえてくるのを察するに、ツボにでも嵌ったか。
まあいい、とりあえず手助けしてやらんとな。
ファイアランスを発動させ、レオンのすぐ横にあった兵士宿舎を攻撃する。
すれば、ちょうどレオンが通り過ぎた後の道に瓦礫が散らばり、アブノミューレたちの速度を減速させる。
その間に俺はレオンへと近づき声を掛ける。
「レオン、燃料タンクはどうなった?」
「アルミュナーレが守っていたから倒した。ただこちらも想定以上にやられてな」
「んで追われてたのか。なかなか面白い姿だったぞ。あとで見せてやるよ」
アルミュナーレのカメラには一時的な録画機能も入っているからな。あとでリッツさんにでも抽出してもらって、見せてやろう。
「そんなもの見るわけないだろう。それはともかく、そちらはどうなっている?」
「雑魚の掃討はあらかた終了してたんだけど、お前が追加で持ってきたんだよ。けど敵の司令官はまだ動いてないんだよな」
ここまでぼこぼこにしてやったというのに、司令官が施設から出てくる様子が一向に見られない。一応見逃さないように、アンジュにもモニターの監視を頼んでいたから、間違いないはずだ。
やはり戦力としてまだアルミュナーレが残っているのだろうか?
ならそっちを叩かんといかんよな。
「ならエルドもいったん基地の外まで出るぞ」
「は!? なんでだよ。一気に掃討しちまわないと、また引きこもられるぞ」
「手負いの機体と噂の厄介な機体が二機だけ。そんな連中相手に向こうがひきこもると思うか?」
ないな。俺なら全力で追いかけて何が何でも討伐する。じゃないと、また同じような被害を出されかねないし。
「そういうことだ。それに外はなかなか面白い状態になっているからな」
「面白い? そう言うことか」
俺はレオンが何をしようとしているのか理解した。
そして、レオンの指示に従って俺も撤退を始める。
すると案の定アブノミューレの部隊が俺たちを追走してくる。そして運がいいのか、敵の司令官がこれを好機と見たのか、わざわざアルミュナーレを投入してくれた。
今俺たちを追いかけているのは、アルミュナーレが二機とアブノミューレが沢山。わざわざアルミュナーレが先頭で魔法を撃ってくれているから、分かりやすくて助かるな。
「このまま門の外まで出るぞ」
「おうよ。地面気を付けろ」
「分かり切ったことを言うな」
「え、なに? どういうこと?」
一人分かっていないアンジュを置いてきぼりに、俺たちは一気に門の外へと飛び出す。
そしてしばらく走ったところで足を止め振り返った。
そこに広がっているのは、大量の転倒したアブノミューレと、足を取られ動きにくそうにしているアルミュナーレの姿があった。
さすが騎士に選ばれるだけはあるのか、突然地形が舗装された道路から泥沼のように滑る大地に立たされても、転ぶのだけは避けたようだ。ただ立っているだけでも苦労してるようである。
何せ、ここ数日振り続けた雨で、平原の地面は非常に滑りやすくなっている。そんな場所をアルミュナーレやアブノミューレが一気に踏めばどうなるか。
当然地面は大きく滑って機体の脚を取るわけだ。それがこの惨状。
アルミュナーレのオートバランサーも大きくずれる地面には対処しきれていないみたいだな。そんな中で俺たちが普通に動けるのは、この地面をずっと走ってきていたからだ。
けど、整備された基地の中でしか歩いていなかったお前らにはキツイよな?
俺はアーティフィゴージュからペルフィリーズィを取り出し構える。
この距離なら、装甲ごと簡単に撃ち抜けるからな。
「んじゃトドメと行きますか」
ろくな防御態勢もとれない哀れなアルミュナーレ二機に向けて、俺は一発ずつ弾丸を放つのだった。
カイレン基地の奪還に成功してから二日後。ようやく第二防衛線から味方軍がやってきた。
俺たちからの連絡を受けて、恐る恐ると言った様子でやってきたようだが、ここまでの間に敵の襲撃なんてほとんどなかったでしょうに……なんで二日もかかるんですかねぇ。
そんな呆れを表裏に隠し、俺はお偉いさんを出迎える。
「お待ちしておりました」
「こちらこそ、待たせてしまって申し訳ない。こちらもバタバタしていたものでね」
やってきたのは、第二防衛線の指揮を執っていたウォン司令官である。
近衛隊の俺とウォン司令官では階級がほぼ同じなため、そこまでかしこまらなくてもいいのは助かるな。
「イネス様から連絡は来ていたが、まさか本当にたった二機でカイレン基地を取り戻してしまうとは。しかも、燃料タンクも無事なままで」
「いろいろと事が上手く運びましたので。天の采配もありましたし」
あの雨は色々と俺たちに恩恵を与えてくれたした。
俺の後ろに控えている隊員たちも、同じようにうんうんと頷いている。
「そうか。しかしそれでもこれは凄い快挙だ。いったいどれほどの褒章になるか、他人事ながら今から楽しみだよ」
「その前に書類仕事で埋もれてしまいそうですがね」
ああ、想像するだけで憂鬱になる……俺は何枚の報告書を書けばいいんでしょうね?
「それも騎士の仕事さ。っとそうだ、大事なことを伝えねば」
「なんでしょうか?」
ウォン司令がオッホンと喉を鳴らして、先ほどまでとは違う真面目な声音で告げてくる。
「イネス様からの新な司令だ。近衛騎士隊およびレオンはカイレン基地の引継ぎを済ませたのち、速やかに王都へと帰還せよ」
「了解しました」
俺はビシッと敬礼を決め、答える。
そして、姫様からの命令の変化に目を丸くした。
ジャカータを出る時は、このまま南まで一気に制圧しろなんて言ってたのに、カイレン基地だけでいいなんて、どういう風の吹き回しだろうか。それとも後ろで何かあったのか?
「帰還命令ですか」
「そうだ。イネス様が王都で待っておられる」
「姫様も王都に戻ったのですね」
なるほど、とうとう王様に連れ戻されたのか。だから俺たちも帰還しろと。
どうやら今回の戦争での俺たちの出番はこれでおしまいみたいだな。あとは他のアルミュナーレ隊に任せるとしますか。




