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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
ジャカータ攻防
55/144

4

 機体を格納庫に預け、部屋を借りて眠りに就いた俺は、唇に暖かさを感じて目を覚ます。

 ふと目を開けば、目の前にアンジュの顔が広がっていた。

 ふむ、となるとこの唇に残る感触は、アンジュのキスか。

 しかし、アンジュがここにいるということは、副司令はしっかりと迎えを出してくれたということだろう。なら、他のみんなももうこの基地に来ているはずだ。もしかしたら、すでに機体の整備を始めてくれているかもしれない。

 視線が合ったアンジュは、少し頬を染めながら笑みを浮かべる。


「エルド君、おはよう」

「今何時だ?」

「夜の十一時だよ。ごはんも作れるけど、どうする?」


 十一時か。寝たのが確か六時ごろだったし、割としっかり寝たことになるんだな。

 けど、今からまた起き上がっても正直やることがない。整備は隊のみんなに任せてあるし、警備は元々この基地の兵士の仕事だ。

 飯は――寝る前に非常食齧ったから減ってないな。これはこのまま朝まで寝ちゃったほうがいいかもしれない。何となくまだ疲労が抜けきっていない感じもある。

 やっぱり、フルマニュアルコントロールは疲労が激しいんだよな。専用の操縦席で前より楽になったとはいえ、常に計器を気にしながら細かい操作を繰り返さないといけない。最近は、色々な武装が増えて余計に計器も増えたし目の疲労が特にひどいんだよな……ああ、考えている間に瞼が……


「もう今日は寝るの?」

「そうするわ」


 勝手に閉じていく瞼を無視して、俺はめくれてしまった布団に手を伸ばし引っ張りよせる。


「きゃっ!?」

「うん?」


 なんか変な声が聞こえたが、どうせアンジュが躓いたのだろう。

 俺は気にせず布団を引き寄せる。うん、この柔らかさと温かさがたまらない。


「え、エルド君?」

「おやすみ」

「え、えぇぇえええ!?」


 腕の中で何やらもぞもぞと動いているが、俺はほのかに甘い香りとひと肌程度の温かさに包まれ再び眠りにつくのだった。


 翌朝、俺が目を覚ますと目の前にアンジュの顔があった……ってこれ昨日と同じだな。

 ただ違うところがあるとすれば、昨日のアンジュはちゃんとベッドの脇に立っていたが、今はベッドの中で寝ているということだろう。

 これが前世の俺だったら、ラノベ主人公のように大慌てでベッドから転がり落ちていただろう。なにせ、ロボ研にかかりっきりで彼女なんて作ろうとも思わなかったし、当然童貞だった。

 しかし今の俺は違う! アンジュは彼女だし、いつ結婚してもおかしくない状態だ。やることもやっている。

 自分が童貞でないことのささやかな優越感を感じつつ、俺は腕の中で眠るアンジュの肩を揺すった。


「うん……」

「アンジュ、起きろ。朝だぞ」

「ふわ、エルド君、おはよう……」

「おはよう。なんでアンジュも一緒に寝てるんだ?」


 別に問題があるわけではないが、アンジュも移動続きで疲れているだろうに。俺たち用の部屋は確保してもらってあるから、わざわざシングルベッドに詰めて寝る必要もないはずだ。


「それエルド君のせいだよ」


 そういってアンジュは頬を膨らませる。


「エルド君が寝ぼけて布団の代わりに私を抱き寄せちゃうんだもん。おかげで、メイド服のまま寝る羽目になっちゃったじゃん」

「あー、そうだったのか。すまん」


 アンジュはベッドから抜け出して、皺だらけになったメイド服を叩いて伸ばしていく。だが、さすがにそれだけでは皺を取りきれず、いったん部屋に戻り着替えるようだ。


「じゃあ俺は格納庫に顔出してくるわ」

「分かった、朝ごはんは私が作る?」


 ジャカータ基地ではまだ食堂も稼働しており、兵士ならだれでも食事を受けることが出来る。わざわざ作ってもらうこともないのだが、頼めばキッチンの一部を借りて自分たちで作ることも可能なのだ。


「持ってきた食糧ってどうなってる?」

「まだ残ってるよ。二日分くらいかな?」

「ならそれで何か作ってくれ。補給を受けるにしても、古いのと混じると管理が大変だろ」

「そうだね。じゃあキッチン借りて何か作るね。みんなの分も一緒に作っちゃうから、呼んできて」

「了解」


 アンジュと別れ、格納庫へと向かう。

 そこは早朝にもかかわらず活気に満ち溢れていた。というよりも、熱気的には寝てないって感じだろうな。


「オレールさん!」

「おう、エルド隊長か!」


 クレーンを使ってアーティフィゴージュに武装を補充している最中のオレールさんに声を掛けると、オレールさんはクレーンの操作を別の整備士に代わり俺の下へやってくる。

 あの整備士はここの格納庫の整備士かな? クレーンの操縦に随分緊張しているみたいだけど大丈夫か?


「ようやく来おったか。アンジュに呼びに行かせたんじゃが」

「一緒に寝てました」

「まったく……ここはまだ戦場何じゃからほどほどにしておけよ」


 別にヤッていた訳ではないのだが……


「気を付けますよ。それより機体のほうはどうです?」

「前回ほど破損はひどくない。関節のメンテと歪んだ装甲の交換は済ませてある。今は武装の補充中じゃ」

「数だけは多いですからね」


剣十二本に銃三丁だからな。弾の補充もしないといけないから、補充だけでも大仕事なのは分かる。けど、もっと頑張ってもらわないといけないんだよな。


「例の武装のことは聞いてますか?」

「ペルフィリーズィじゃったか。またけったいな物を作りおったのう……カリーネが切れておったぞ」

「あはは……」


 物理演算器(センスボード)を前にして、頭抱えているカリーネさんの姿が容易に想像できる。

 なにせ、アーティフィゴージュをつけるだけでもかなり苦労してたしな。それに加えて、ペルフィリーズィの照準機能や燃料の連結。魔法の起爆設定その他もろもろを付け加えなければならないのだ。またバグのオンパレードになりそうである。


「カリーネさんはどこに?」

「拗ねて寝ておるよ。ほれ、そこの倉庫の中じゃ」


 オレールさんが顎で指したのは、格納庫の片隅に作られた簡易倉庫である。整備士の仮眠用に作られたもので、中にはベッドが並んでいるだけの簡単なものだ。

 正直女性だとあまり使いたがらない場所なのだが、それすらも吹き飛ぶほどイライラしていたらしい。


「分かりました。あ、後アンジュが食堂で料理作ってくれているので、少ししたら隊のみんなで行きましょう」

「おお、そうか! ちょうど腹が減っておったんじゃ。おい! お前ら! ひと段落付けたら休憩じゃ!」


 オレールさんはさっそくとリッツさんたちに指示を出しに行く。それを背に、俺は倉庫の中へと入った。

 そこは汗臭さと埃っぽさが混じった絶妙に部室を思わせる空間だ。

 ズラッと並んだ簡易ベッドには数人が今も眠っており、その中にカリーネさんの姿も見つける。

 近づいて寝顔を除くと、眉間に皺を寄せて何やらうなされているようだ。

 寝ているときまで皺を寄せていては年取ったときに大変だろうに。

 俺はカリーネさんの額へと手を伸ばし、眉間の皺を伸ばしてみる。すると、カリーネさんの目がパチリと開き視線がぶつかった。


「何してるの?」

「えっと……」


 睨み付けるような鋭い目を向けてくるカリーネさんに、俺は視線を右往左往させる。


「この手は何かしら?」

「あ、えっと……これは」


 とっさに引っこめるも時すでに遅し。俺の背中から冷たい汗が噴き出している。

これは戦場ですら感じたことのない戦慄!?


「あ、あれだ。埃が付いてたから取ったんですよ」

「そう、埃。埃を取るのに眉間を押す必要があったの……」


 カリーネさんの声がだんだん冷たい物になっていく……これは確実にバレている。俺が何をしていたのかを、確実に理解している顔だ……

 ゆっくりと体を起こすカリーネさんの背後に夜叉が見えた。ああ、まさか異世界にまで夜叉が出張してくるとは……ご苦労さまです。


「何か言うことはあるかしら?」

「申し訳ございませんでした!」


 俺が取れる行動。それはただ一つ。隊長だからとか、上司だからとか関係ない。

 その場に正座し、自らの額を汚い地面にこすりつける。

 それがこの場において俺が許されている唯一の行動だった。


 その後、王都に帰ったらホスト五回分おごるという約束をすることで何とか許してもらうことが出来た……しかしホスト五回分っていくらになるんだよ。今回の戦争の報奨金で賄えるかな?


「で、結局何の用だったのよ」

「ああ、そうでした。物理演算器(センスボード)の件と朝食をアンジュが作っているのでそのお誘いです」

「ああ、あれほんとむちゃくちゃね。ただでさえ二枚の物理演算器(センスボード)をリンクさせるのに苦労したってのに、さらに情報付け足そうなんて……しかも独立武装とのリンクを接続させるなんて」


 昨日使った際のペルフィリーズィは他のハーモニカピストレと同じようにその内部に小型の物理演算器(センスボード)が挿入されており、単独での稼働が可能だった。

 しかし、あの威力や射程をどんな機体でも使えるようにしてしまうのは不安が残るのである。

 もし奪われでもしたら、多大な被害が出ることは間違いないからな。なんせ、データ上は数キロ離れた小高い丘から王城の王室が狙えてしまうレベルなのだ。

 なので、物理演算器(センスボード)を俺の機体とリンクさせ、濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)も予備タンクから供給することで、俺の機体でなければ使えないようにしておきたいのだ。

 それを説明すると、理由は分かると頷いてくれた。


「確かに少し調べただけでもとんでもない兵器だってのは分かるし、安全装置を掛けたいってのも理解できるけど、やっぱり厳しいわよ。時間があればできないこともないけど、今は戦時中。しかもいつあの爆弾が飛んでくるかもわからないんでしょ? 機体にバグなんて出せないわ」

「やっぱりそこが問題ですか」


 なんとなく予想していたが、やはりカリーネさんの実力ならば時間さえあればペルフィリーズィを俺の機体に接続することは可能らしい。

 しかし、問題はその時間だ。一度は撤退させることに成功したが、またいつジャカータへの侵攻が再開されるかもわからない。アヴィラボンブなんて兵器を知ってしまっては、うかつに基地の外へ出ることもできない。

 後方にもその情報は伝わっているはずなので、近いうちに姫様から作戦が来るだろうけど、それもいつ来るか分からないからな。

 分からないことだらけの状態なのに、機体を使えない状態にするわけにはいかない。


「分かりました。ではペルフィリーズィの接続はすべてが一段落してからにしましょう。とりあえずアーティフィゴージュに内蔵できるようにだけはしてもらっていいですか? 剣二つ分のスロットを潰して、そこに格納しますので」

「それぐらいの変更ならすぐにできるわ」

「ではお願いします。まあ、その前に俺たちも補給ですがね」

「そうね、私もおなかすいたわ」


 俺たちは、倉庫から出てみんなの待つ食堂へと向かうのだった。



 食堂で朝食兼一部の人には夕食を取り終えたのち、今後の予定を確認する。

 俺たちは、もともと姫様の命令でここの増援としてきている。そして、当初の予定ではここの敵を追い返したのちに、海側へと進軍第二防衛線まで押し込んでいる敵部隊を後ろから挟撃するはずだった。

 しかし、敵の新兵器投入のせいでその予定は狂っている。比較的戦力に余裕があるとはいえ、あの攻撃を再び喰らったのちに敵の侵攻があればジャカータは再びピンチにおいやられてしまうだろう。

 そのためにうかつに動くことが出来ない。アヴィラボンブが来るか来ないかだけでもわかればいいのだが、捕虜になった兵士たちも知らないという。


「とりあえず整備班は機体の整備を。ペルフィリーズィの格納もお願いします」

「任せておけ」

「分かったわ」

「斥侯の二人ですが」


 俺はさっきまで整備班の手伝いをしていたブノワさんとカトレアさんにやってもらいたいことを話す。


「二人にはジャカータから緩衝地帯の間の村の状況確認をお願いします。大半のアブノミューレは撤退していますが、まだこっちに残っている奴らがいるかもしれません」


 ロッカ基地の時もそうだったが、残党が盗賊行為をすることになると二次被害がバカにならない。今ならまだアブノミューレの力によって暴れている頃だろうし、そのうちに敵の数を把握しておきたい。ジャカータの様子が落ち着いたら、討伐隊を回してもらわないといけないからな。


「分かりました」

「了解です」

「んで、最後にアンジュはみんなのサポートな。基地側のことは気にしなくていい。整備士をメインに、体調管理を頼む」


 隊員たちにも激務で疲労が蓄積しているはずだ。この辺りでそろそろ限界を超える人が出てきてもおかしくない。パミラなんて、小さいからだを魔法で強引に強化しているしな。魔法は万能じゃなしい、必ずどこかに負担が蓄積しているはずだ。


「分かったわ」

「俺はこの後作戦室に行って現状を確認してきます。その後は……見張りでも手伝いますか」

「お主もたまにはしっかり休め。一番疲労しているのはお主のはずじゃ」

「そうだぜ。敵との命のやり取りってのは一番消耗するもんだ」


 オレールさんやリッツさんを初め、隊のみんなから口々に休むように言われる。

 体調を気遣ってくれるってのはなかなか嬉しいもんだな。

 ならここは言葉に甘えさせてもらおうか。


「じゃあ俺は姫様の指示がくるまで休ませてもうことにします」


 全員の予定を確認し終え、それぞれの持ち場へと戻っていった。

 俺も予定通り食堂を出た足でそのまま作戦室へと向かう。その途中でバティスに呼び止められた。


「ようエルド! 調子はどうだ!」

「お前の騒がしい声を聴いて二段階ほどダウンしたよ……」

「なんだよツレねぇな」

「何かあったのか? 戦時中にそのテンションはうざいぞ」

「よくぞ聞いてくれた!」


 バティスはビシッとポーズをとりながら、自分の襟元を俺に見せつけてくる。

 そこには、隊長を示すバッチが着けられていた。

 それの示すところは――


「バティスも隊長になったのか」

「おうよ。今回の戦闘の成果が認められてな。お前に無茶させられたが、その甲斐はあったってことだ」


 そういえばこいつにアブノミューレ全部任せてたんだっけ? 正直道端の石ころと同じ感覚で蹴り飛ばしてたから、忘れていたがあれでも集団で掛かられると結構面倒な相手だったんだっけ。


「お前が隊長に昇任ってことは、今の隊長は?」

「別の隊を新しく作るらしい。ほら、今回の戦闘で新しくジェネレーターを手に入れただろ?」

「ああ、あれか」


 俺が狙撃した二機のアルミュナーレ。そのうちの一機は撤退する際にアブノミューレによって回収されてしまったらしいが、もう一機は丘から転がり落ちていたせいで回収ができなかったのか放置されていたらしい。

 破損状況こそひどかったが、直せばまだ使えるものだったのでそれを使って新し部隊を設立することにしたようだ。


「これでやっと俺もお前に並んだぜ」

「だな。今度は勲章が取れるように頑張ってくれ」

「エルドが今獅子勲章一つだよな? 今回の戦闘で二機倒してるし、双頭獅子勲章になるわけか。最年少受勲じゃないか?」

「受勲は最年少だろうが、双頭獅子勲章はもらえるかどうか……正直こっちに来る前に四機潰してるんだよ……」


 ロッカ砦側で四機潰しちゃってるんだよな。ここ合わせると六機ですでに双頭もんだし、この後南下するとなればまだ増えそうな気がする。頭何個になるんだよ……


「エルドが遠い……」

「まあ、気長に頑張ってくれ。そういえばレオンはどうした? 姿を見ないが」


 レオンもジャカータ方面に配属されていたはずだ。しかし、こちらに来てからレオンの姿を一切見ていない。

 もしかしたら作戦室にいるのかもしれないけど。


「あいつは……」


 バティスの表情から笑顔が消え、暗い影が差す。

 その様子に、俺の心臓の鼓動が早まる。まさかやられたのか!?


「あいつの部隊、今フォートランで機体の整備受けてるんだよ……今回の戦闘、完全に蚊帳の外だ……」

「それは……辛いな…………」


 恐れていた事態とは違ったが、それはそれで辛い現実である。


「今度一杯おごってやろうぜ」

「そうだな」


 何ともタイミングの悪いレオンに、俺たちはただ苦笑することしかできなかった。


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