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 敵軍の奥深くで指揮官を捕まえた俺は、敗走していく量産型たちの間を堂々と歩いて基地まで戻ってきた。

 全力で逃げ出している量産型たちを、出来ることならば俺も追いたいのだが、そんなことをすると手の中でもがいている指揮官を握りつぶしてしまいそうなので、泣く泣く我慢する。


「エルド隊長!」

「隊長、大丈夫か!?」


 基地の正面まで戻ってくると、アズラ機とボンヌ機が慌てた様子で駆けよってくる。


「ええ、大丈夫ですがどうかしましたか?」

「いや、頭部が破壊されているから」

「そういえばそうでしたね」


 チャンスをつかむために頭部は犠牲にしたのだった。あんまり頭部のカメラって使わないから、破壊されてもさほど気にならないんだよな。やっぱ、二十四面モニターでスゲーわ。


「とりあえず今回の侵攻戦の指揮官らしき人物を捕まえてきました」

「本当か!」

「ええ、こいつですよ」


 俺は機体の手の平を開いて、ぶってりとしたおっさんを見せる。手の中で暴れるから、豪華な服が皺くちゃだ。


「お二人こそ大丈夫でしたか? 燃料がかなり厳しそうでしたが」

「今はすっからかん。セーフティーが掛かったから、仕方なく戻ってきたんです」

「こちらもです。出来れば逃げる連中を潰しておきたかったんですがね」

「ええ、まあそれは基地の人たちが頑張ってくれているみたいなので、こちらは整備を急いでもらいましょう」


 見れば、基地にある魔導車にはすべて大砲が詰まれ、逃げる量産型たちを追い回している。さらに、騎馬隊が四方に散ってしまった量産型たちを追走してくれているようだ。

 自国に逃げ帰ってくれるのならばまだいいが、どこかに潜伏されて盗賊行為なんてされても後々面倒だからな。いくらハリボテとはいえ大砲を積んで剣を振れるのだ。一般の兵士からすれば十分脅威である。

 そんな連中を国内に潜伏させるわけにはいかない。


「そうですね」

「では華々しく凱旋と行きましょうか」


 二機の後に続いて俺が基地の門を潜ると、基地内に残っていた兵士たちから喝さいを受ける。

 俺は握っていたおっさんを兵士に預け、格納庫へと向かった。


「ボンヌ機は一番! アズラ機は二番! エルド機は三番ハンガーにお願いします!」


 俺たちが誘導に従いハンガーに機体を固定させると、待ってましたと言わんばかりに整備士たちが一斉に機体へととりついてくる。

 機体から降りれば、すぐさまアンジュが駆け寄ってきた。


「エルド君エルド君エルド君!」


 俺の名前を何度も呼びながら、抱き付き胸に顔を押し付けてくる。

 俺はアンジュを抱きしめ、優しく頭を撫でた。


「約束通り、しっかり戻ってきたぞ」

「うん、うん! うん!」


 嬉しそうに何度も頷くアンジュは、そのまま離れなくなってしまった。

 とりあえず落ち着くまではこのままにしておくしかないかと諦め、すぐ近くで待っていたオレールさんに顔を向ける。


「もういいのか?」

「ええ、まあ離れてくれなくなりましたけど」

「仕方なかろう。ずっと不安でペンダントを握りしめておったのじゃから」

「そうだったんですか」


 オレールさんから基地でのアンジュの様子を聞いて、もう一度頭を撫でる作業に戻る。


「儂もできれば二人っきりにしてやりたいが、その前に今後のことを聞いておきたい」

「そうですね」


 敵の大将を捕え、部隊もおそらく戦闘の継続はほぼ不可能な状態まで追い込むことに成功した。

 しかしこれですべての問題が解決したわけではないのだ。

 敵の侵攻を待つ五日間の間に、他の基地からの情報が回ってきた。それは、すべてのブロックで同じように大規模な侵攻を受けているというものだ。

 情報を貰った時だとまだ前線基地で食い止めていられる様子だったが、今はどうなっているか分からない。

 情報が入り次第ほかの基地への援軍としていきたいところでもあるのだが、それにも問題がある。

 俺たちは第二王女の近衛隊なのだ。

 ここではその王女自らの命令で防衛にあたったのだが、それが終わった今本来ならば、俺たちは後方に退避している王女の護衛に戻るべきなのである。


「とりあえず最速でイネス様と連絡を取りたいと思います。どちらにしても、こいつはもう一働きしてもらわないといけないので、完璧に仕上げておいてください」

「そうか、しかしずいぶん汚してくれたのう。直すよりも綺麗にすることのほうが大変そうじゃわい」


 オレールさんは、機体を見上げながら頭をガシガシとかきむしる。

 そう、俺の機体は頭部が潰されていることから一見酷い破損状態にも見えるが、機体的にはそれほどダメージは受けていないのである。

 ほとんどの攻撃はしっかりと躱すか受け流しているし、魔法のマジックシールドのおかげで機体表面を軽く傷つける程度に収まっている。

 しかし、機体の汚れは深刻だった。

 この場合の汚れというのは、土や砂、傷ではない。

 では何を示すのかといえば、それはオイルだ。

 敵機を破壊する際に、油圧式の関節を使っているアルミュナーレは大量の油をまき散らす。量産機も駆動システムは同じだったようで、俺の機体には百機にも及ぶ機体の返り血ともいうべき大量のオイルを浴びていたのだ。

 これは、放っておいていいものではない。錆の原因にもなるし、関節の隙間やボルトの間に入ってしまうとそこから事故の原因にもなりかねないのだ。

 だから、出撃前にそれらをしっかりと取り除く必要があるのである。


「儂も、今までいろいろな機体の清掃もしてきたが、オイルを浴びとる機体はあっても、オイルを滴らせとる機体は初めてじゃわい」


 オレールさんの言う通り、俺の機体は全身がオイルに塗れ、装甲の表面を次々とオイルが垂れてくる。

 敵機を叩き潰していたアーティフィゴージュなんかは、その下にオイルの水溜りを作ってしまっている。

 いちいちふき取っていくよりも、池にでも落としたほうが早そうな状態だ。

 俺もその惨状は理解できているので、苦笑しながら答える。


「すみませんがお願いします。武装も全部使い切っちゃってるので、補充を」

「あの量を全部使い切りおったのか!」


 剣十二本にハーモニカピストレ三丁。弾丸は十八発。それに加えて、予備タンクの濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)まで合わせて通常の約二倍程度の燃料。

 いやー、金額換算したら恐ろしいことになりそうですね! 書類の山で死ねそうだ! 今年給料が出るか心配になるレベルだよ……


「ええ、必要だったので。とりあえず整備はできるだけ早く万全にお願いします。それが終われば、また出撃しますので」

「まだ出る気か!」

「逃げたハグレを今斥侯部隊の人たちが追走してくれています。それを潰さないと、村や町に被害が出かねません」

「むぅ、確かにそうじゃが隊長には休憩が必要なはずじゃ。戦い続けでは体力が持たんぞ」

「いえ、今戦闘後でかなりテンション上がってるんですよ。今のうちにできれば叩いてしまいたいんです」

「しかし……」

「エルド隊長、それは僕たちが引き受けるよ」

「エルド隊長は、しっかり体を休めてください」


 オレールさんが難色を示していると、後ろから声がかけられた。

 アンジュが抱き付いたままなので、首だけで振り返れば、そこにはアズラ隊長とボンヌ隊長がいた。


「お二人がですか?」

「こっちは機体の整備だけですぐに出られるし、エルド隊長にはアルミュナーレの相手をすべて任せてしまいましたからね。ここは私たちが任された地なのですから、後始末ぐらいは僕たちだけで済ませないと」

「そうですよ。それにこれ以上エルド隊長に活躍されたら、僕たちが何やってたんだって言われちゃいそうですし」


 ふむ、確かに二人の機体のほうが早く整備が終わりそうだ。けど、疲労は俺と同じぐらいあるんじゃないか?


「お二人も疲れているんじゃ? 分担したほうが、楽になりますけど」

「あのハリボテを追いかけて倒すだけなら、問題ありませんよ。大砲付き魔導車を潰すのと変わりありません」

「ボンヌさんの言う通りですよ。まあ、油断はできませんが、アルミュナーレと戦うことに比べれば、天と地です」


 どうやら二人はやる気満々のようだ。

 オレールさんも睨みを利かせているし、ここは大人しくお二人の好意に甘えさせてもらおうか。


「分かりました。では雑魚狩りはお任せします」

「お主は部屋で休んでおれ。機体は明日までに完璧に仕上げておいちゃる。嬢ちゃん、隊長を頼んだぞ」

「はい! エルド君、行こ」

「ああ。それじゃあお先に失礼します」


 みんなに一礼して、俺はアンジュに腕を引かれながら自室へと戻るのだった。



 ベッドで温もりに包まれる中、俺はドンドンと扉が叩かれる音で目を覚ました。


「エルド隊長! エルド隊長!」


 聞こえてくるのは、若い女性の声。たぶんパミラだ。

 俺は、脱ぎ散らかした服を着て扉を開ける。そこにはやはりパミラがいた。

 パミラは一瞬俺の格好を見て頬を赤くするが、すぐに真剣な表情を作る。


「どうした。何か起こったか?」

「あ、起きましたか? すみません。緊急事態ではないのですが、隊長じゃないと解決できなさそうな問題なので、起こさせていただきましたよ」

「俺じゃないと解決できない?」


 俺が首をかしげていると、廊下からにぎやかな足音が聞こえてきた。

 それを聞いて、俺の脳裏に嫌な予感が浮かび上がる。


「まさか」


 部屋から廊下をのぞき込む。そこにいたのは――


「そんなところにいらしたのね! そんな扇情的な姿で私の前に出てくるなんて、実は私を狙っているのね!」

「なんでここにいるんですか! イネス様!」


 こんなところにいてはいけない人物に向けて、残った眠気も一気に吹き飛び俺は声を荒げる。


「後方にいても安全とは限らないわ! だから私は考えたのよ。私にとって最も安全な場所はどこなのかと! その結果、私は私の騎士と一緒にいることが一番安全だということに気づいたのよ!」


 ばばーんと後ろでピンクい煙が上りそうな名言を吐きつつ、胸を反らす。

 その姿を見て、俺はがっくりと肩を落とした。


「そんなことあるわけないでしょうが。と言うかよく側付きが許しましたね」

「ふふ」

「え、なにその笑い」

「私が側付きごときに後れを取ることはないのよ」

「お前それ黙って来たってことか!」

「そのために魔導車の練習をしたのよ!」


 マジかよ。今頃後方の基地が大慌てになってるはずだぞ。つか、うかつに魔導車の乗り方なんて教えるんじゃなかった! イネス様の行動力を完全に舐めていた。


「パミラ!」

「はい!」

「すぐに伝令にイネス様がこちらに来ていると伝えるように言ってこい! 今頃イネス様が避難していた基地はパニックになってるはずだ!」

「分かりました!」


 バビューンと音を立てて駆けていくパミラ。それとほぼ同時に、俺の後ろからしっかりと服を着たアンジュが顔を出した。


「エルド君、どうしたの? ってイネス様!?」


 アンジュもそこに立つイネスに驚いて目を丸くしている。


「あらアンジュ、あなたも部屋にいたのね! ちょうどいいわ、今後のことについて話すから、全員を会議室に集めるように言っておきなさい」

「は、はい!」


 イネス様に命じられればいやとは言えない。

 アンジュもすぐさま部屋を飛び出して廊下を駆けて行った。


「今後のことって、イネス様はまたすぐに後方に戻っていただきますよ。今度は自分たちも同行しますので」


 他のブロックの前線基地のことも気にはなるが、イネス様がここに来てしまったのでは、イネス様の安全を第一に考えなければならない。

 今、量産型の掃討作業を二人がやってくれているとは思うが、完璧に全機撃墜できたという確証が得られない限りは、アルミュナーレが護衛に付かなければ危険だ。


「なにを言っているの。私は戻らないわよ」

「イネス様、今は冗談を言っていられる事態では――」

「冗談ではないわ。私と私の騎士たちは、この基地から南下して各地の前線を支援します。最新の情報だとまだジャカータは落ちていないから、まずはそこの確保が目的よ。δ以降のブロックはかなり状況が切迫しているから、もしかすると第二防衛ラインに後退する可能性があるわ。それまでにジャカータを何としても抑えるの。さすがのジャカータも二方向からの攻撃には耐えられないわ。ジャカータを抑えるころには、他のブロックも増援を合わせて第二ラインで止めているはずよ。帝国も一気に大量の土地を手に入れても維持ができないもの。そこで戦況の膠着を狙うはずだわ。それに合わせて、ジャカータの部隊が逆に横から攻撃をかけるの。この際緩衝地帯の維持は放棄してでも、最低でも第一ラインまでは追い返すわ」


 つらつらと述べられる現状に、俺は目の前にいる人物が本当にいつもの下ネタ王女なのかと疑ってしまう。


「本気なんですか?」

「当然よ。私は末端とはいえ王族よ。この国の国民とその財産を守る義務があるわ」

「……分かりました。もともとジャカータへの援軍は行きたいと思っていたので。ですがイネス様は後方へ下がってもらいます。これは譲れません」

「だけど!」

「今あなたが言ったことです。イネス様は王族なのです。その身を近衛である私が危険に曝す訳にはいきません。もしイネス様が自分も一緒に南下するとおっしゃるのでしたら、自分はイネス様を縛って後方に連れていきます」


 そうなれば俺は増援として動けない。

 数秒間、イネス様と視線をぶつけ合った。そしてイネス様が折れてくれた。


「分かったわ。ジャカータへの応援はエルドに一任して私は後方へ下がり、ジャカータ側の第二ラインの町に移動します。連絡はそちらに出しなさい」

「出来れば王都まで戻っていただきたいのですが」

「こちらにも理由があります」


 どうやらそこは絶対に譲ってくれないらしい。先ほど折れてくれたのは、ここに譲れない場所があったからか。


「分かりました」


 俺がうなずくと、イネス様は満足げにほほ笑んだ。


「じゃあ会議室に行くわよ。あなたたちの状況も知らないと作戦を立てられないわ」

「了解」


 俺は手早く服を整え、イネス様に付いて会議室へと向かうのだった。


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