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鳥のさえずりが聞こえ、窓から差し込む朝の陽ざしで俺は目を覚ました。
そして温もりを感じ、自分の隣に視線を向ける。
そこには、気持ちよさそうに眠るアンジュの姿。
「はぁ……どうしてこうなった」
俺は昨日、確かに告白した。だが、俺の告白は、付き合ってくれであり、結婚してくれではなかったはずだ。
だが現実として、俺はアンジュと新しい家で朝を迎えている。もちろんやることもやってしまった。
いや、最初は俺だって抑えようとしたよ? 告って初日にベッドインとか、なんかやりたいがために付き合ったみたいで嫌じゃん? けどさ、向こうから誘われたらどうしようもないって。俺だって元気いっぱいな十八歳の男子だもの。
仕方がなかったのだと自分の中で言い訳しつつ、今後の人生に生かすため俺は昨日の出来事を反芻する。
告白して付き合い始めた俺たちは、とりあえず両親に報告に行こうということで村に戻ってきた。
そして、それぞれの家で休憩していた両親を集め、付き合うことを発表したのだ。
まあ、両家の反応は予想通り、やっとかといったものや、アンジュちゃんよかったわねといったおおむね好意的なものだ。
もともと、村を出る前から半ば結婚は確定みたいな雰囲気だったから、これは当然かもしれない。
しかし、この後村長から飛び出した言葉に、俺は耳を疑った。
「なら、ちょうど空いておる家もありますから、そっちで生活してみますか」
なんでも、村人が増えたことで民家を増やす際に、今後のことも考えて数件多く増やしたのだとか。そのおかげで、今村には何件かの空き家が存在していた。
そこを俺たちの家にしようと言い出したのだ。
もちろん俺は反対しようとした。しかし、その言葉を口から発する前に、それぞれの両親たちによってさえぎられる。
「いいわね! アンジュちゃん、エルドちゃんと二人暮らししてみなさいよ」
「そうね! 私も賛成よ。手紙じゃ、今も同棲しているようなものだって書いてあったし、大丈夫よね?」
「いいんじゃないか? どっちにしろ結婚するなら家が必要だろう。フォートランにも借りている家があるだろうが、個人で所有する家というのがあると何かと安心できるぞ」
と、なぜかすでに結婚したかのような話しぶりで、俺とアンジュをそっちのけで瞬く間に話が進み、いつの間にか俺が所有する一軒家が誕生した。
まあ、こんな辺境じゃ家の所有権なんて適当なもんだしな。住んだ奴が所有者みたいなところがあるから、村長がOK出した時点でほぼ決まりのようなものである。
「では日のあるうちに荷物を移動させてしまいましょうか。家具はすでにありますから、身の回りの荷物だけで十分ですよ」
何を勘違いしたのか、村長は自体の進展に追いつけずあわあわしている俺たちに、安心させるように優しく言ってくる。
問題はそこじゃないんだって!
「お、おいアンジュ」
「エルド君」
アンジュも何とか言ってやれと、俺はアンジュを見た。そして、俺は抵抗するのを諦める。
アンジュは、頬を染め恥ずかしそうにしながらも、その瞳をキラキラさせてたのだ。ここで俺一人必死に反対しようものなら、アンジュが凄い惨めになる。
そして、村人総出で引っ越しが行われ、瞬く間に俺たちの家が誕生したのだ。
俺は振り返りながら、やはりどうしようもなかったと首を振った。
と、隣で寝ていたアンジュが布団の中でもぞもぞと動き出す。朝日が昇れば自然と俺たちは目が覚めてしまうのだ。アンジュが起きるのも当然だろう。
「うぅん……」
ゆっくりと体を起こしたアンジュは、目元をこすりながら周囲を見回し俺を見つけると、俺の腰に抱き付いてきた。
「エルド君、おはよう」
「おう、挨拶しながら寝るな」
肩をつかんでがたがたとゆすってやれば、うわーと気の抜けた声を出しながら、アンジュが再び目を覚ます。
「えへへ、いい朝だね」
「そうだな。とりあえず服着ろ」
やることやって寝たため、お互い裸だ。俺は寝る前にパンツだけは穿いたが、アンジュは真っ裸のままだ。
アンジュは俺に指摘され、少しだけ頬を染めながら布団を自分の体に引き寄せる。そのしぐさが妙に色っぽい。
なんか、昨日よりも色っぽくなってる?
「俺は朝練行くけど、アンジュはどうする?」
「……行く。先に準備してて」
「あいよ」
まあ、女の子にはいろいろと準備が必要だろうし、俺はそそくさと部屋を出て朝練の準備を始めるのだった。
そんな感じでアンジュとの関係もジェットコースターのごとく進展し、数年ぶりの休暇は村人たちからの冷やかしを浴びながら過ぎていった。
やれ結婚式はいつだの、どこでやるだの、子供はいつだのと、今から予定できるわけのないものばかり問いかけられても、こっちが返答に困る。
俺もアンジュも今は軍に在籍しているし、アルミュナーレ隊の都合上移動も多い。
結婚式を挙げる準備をする余裕なんてそもそも無いし、子供なんて作ろうものなら、上層部からつるし上げられるだろう。なんせ、アンジュは今季のサポートメイド学科筆頭卒業生だ。それだけに、上からの期待も大きいだろうしな。
そんなわけで適当に村人をあしらいつつ、フォートランへ出発する日の朝がやってきた。
「じゃあ父さんたち、家は頼む」
「任せて。私たちでしっかり管理しておいてあげるから。いつでも戻ってきていいからね」
俺たちがいない間、俺たちの家の管理は両親たちが見てくれることになった。と言っても、適当に掃除して空気を入れ替える程度だけど。
貴重品とかとられて困るようなものは何もないしな。そもそも、こんな辺境の村でそんなことをすれば、一発でばれる。だから誰もやらない。
「次はいつ帰ってこれそうなんだ?」
「わからない。帝国の動きもずいぶん活発だし、数年は戻れないと思う。まあ、手紙は出すよ」
「当然よ。アンジュちゃん、エルドちゃんのことよろしくね」
「お義母さん、任せてください!」
アンジュは俺の母さんのことをお義母さんと呼ぶようになっていた。適応能力高いな……俺はアンジュのおばさんをまだおばさんとか呼べないし、村長は村長でたぶん一生固定だよ。
「エルド君、娘をよろしく頼むよ」
「アンジュはいろいろとそそっかしいところがあるから、迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね」
「いえ、自分が世話されっぱなしですから。むしろ、隣にいてくれるのはありがたい限りですよ」
社交辞令でもなんでもなく、まぎれもない俺の本心である。
というか、サポートメイド学科で家事全般を徹底的に叩き込まれたアンジュに日常生活で勝てるものなどまずありはしない。
俺は一生懸命外でお仕事をするだけだ。
「それじゃあそろそろ行きます。アンジュ、大丈夫か?」
「うん、お父さんお母さん、今までお世話になりました」
「手紙待っているよ」
「エルド君みたいな優良物件そうそうないんだから、絶対手放しちゃダメだからね」
「はい! 行ってきます!」
完全に雰囲気は花嫁と旅立ちである。
けど一つ大切なことを言っておくぞ? 俺たち、まだ結婚してないからな! 付き合ってるだけだからな!
心の中でそんなことを思いつつ、馬を歩かせ始める。アンジュは俺より少し遅れて進みだし、すぐに俺の隣に並んだ。その瞳にはうっすらと涙が浮いている。
「なんで泣いてんの? アカデミーに行くときと同じようなもんだろ」
「雰囲気って大切だと思うの。結婚の門出を祝ってお父さんたちがお見送りしてくれるんだよ? ここは泣いてしかるべき場所だと思います! あとアカデミーに行くときは号泣したよ!」
「まだ結婚してないからな? つか、結婚できるような状態じゃないからな?」
「大丈夫。サポートメイドでも事実婚してる人は結構多いから。あ、あとフォートランに帰ったら、私の部屋解約しなきゃ。エルド君の部屋に住むんだし」
「あ、やっぱりそうなるんだ。つかそれだと狭すぎないか?」
何となく予想はしていたが、アンジュは本格的に同棲するつもりらしい。となると、今の部屋は一人用のワンルームなため手狭になってしまう。
まだ借りて半年しか経っていないが、別の部屋を探したほうがいいかもしれない。
「それでも二人分の家賃よりは安くなりそうだね。浮いたお金で魔導車の駐車場契約するとか」
「ああ、それもあったか」
来るときに話していた魔導車の話が、案外現実味を帯びてきたのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺たちはフォートランへと馬を走らせるのだった。
フェイタル王国王都。そこは、王が住まう都であり、この王国の頭脳ともいえる場所である。
町の中心にそびえる王城は、どの町のどの建物よりも大きく、そして堅牢だ。
この城を落とすのならば、空を飛ばなければならない。
かつて、フェイタル王国に訪れた国の王が放った言葉だ。
二十メートルを超す城壁に守られ、それでも隠し切れない高さの城は城下町からその威厳に満ちた姿を見ることができる。
城壁の中には広大な庭が広がっており、そこでは城内で生活しているメイドや兵士たちの宿舎も存在し、警備のためにと当然のようにアルミュナーレが配備されている。
そんな堅硬な城の上層階。その一室には重い空気が漂っていた。
部屋にいる数名の男たちは誰一人として口を動かそうとしない。
ただ、目の前の人物が自分たちが作った資料を読み終えるのを待つばかりである。
「ふむ……」
その男、フェイタル王国の国王にして最高責任者であるグラ・ノルベール・フェイタルは資料を机の上に置き、小さく唸った。
「被害が大きいな」
その資料に書かれていたのは、今回の大規模侵攻による被害の概算である。
どれだけの村が焼かれ、町が破壊されたのか。それの復旧にかかる金の額。遺族への補てん。砦の修理に、機体のパーツ代。上げ始めれば切がないほどの出費額がそこには記されていた。
今回の戦争、簡単に言えば大損失である。
得られたものこそあったものの、それは軍事においてのみ有効なものであり、平時においては何の役にも立たない金食い虫でしかなく、また手にした数が多すぎるためそれはそれで調整がかなり面倒なのだ。
「帝国め、余計なことを。小競り合いで済ませておけばよいものを」
愚痴を呟きつつ、王はもう一枚の用紙を持ち上げ内容を確かめていく。
それは今回の戦闘の功労者のリストだった。
基本的には、エルドが村へ戻る前に提出した撃破報告書などの自己申告書類を元に調査され、それが正しいと判明したものがここに記載される。
そのため、まず間違いのないデータだ。
そのデータを見て、王の目がすっと細められた。
「今回の戦闘で獅子勲章の受章者が出たか。しかも二人」
そのうちの一人は王も記憶にある人物だった。
ログウェル・ボドワン。上級貴族の一つであり、王の幼馴染であるサム・ソロモン総司令がいろいろと目をかけていた人物だ。
これまでにも、撃破報告で二度名前が挙がっており、累計での受賞だと理解できる。
「サム。ボドワンは負傷しているとあるが、授賞式には出られそうか?」
問いかけられたサム総司令が答える。
「怪我が酷く自力で歩くのは困難かと。ただ、意識はしっかりしていますので、車いすをお許しいただけるのでしたら、可能です」
「ふむ……いいだろう」
王は少し考えた後そう答えた。そして、気になるもう一人の受章者について見ていく。
「エルド、平民か。聞いたことのない名前だ」
そういってサム総司令に視線を向けると、総司令はすばやく答える。
「今年アカデミーを卒業した新人になります。ボドワンの負傷後、その機体を修理し戦場に出たとのことです」
「ふむ」
資料には四機の撃破に加え、一機の鹵獲とある。
これは、前例にないほどの戦果であり、この話が市民に伝わればエルドが間違いなく英雄として称えられることを示していた。
さらに、サム総司令が書かれていない内容を付け加える。
「この者ですが、三年前に山間部の渓谷で南北騒乱時の機体を発見した少年でもあります。それゆえ、事情を知る一部の者からは、その功績も含め双頭獅子勲章の可能性もあるのではなどとささやかれておりますが」
「アルミュナーレは我の所有物である。所有者の下にその道具が戻るのは当然の道理。褒美はすでにお前たちが与えたのだろう?」
「はい」
エルドが機体を引き渡す条件として出したのは、アカデミーへの推薦。そして、それに加えてサム総司令は入試のすべて終えた前期の枠にエルドをねじ込むということまでした。
それで十分だと王は遠回しに答えたのだ。
「して、この者は勲章を授与するに値する者か?」
「戦績はご覧の通りすさまじいものであり、性格も温厚で仲間思いであるとアカデミーの教官からは聞いております。同学年でも目立った問題行為もなく、クラスでの関係も良好だったと。それを示すように、入隊後も隊員と上手くやっているようです。その証拠に、彼が急きょ機体に乗ることになっても、反発せずに素直に指示に従ったと聞いております」
「ふむ、問題なしか」
王は自分の手で顎を撫で、しばし考える。
(強すぎるな)
そのつぶやきは、部屋にいた誰も聞き取ることができなかった。
「わかった。この者たちには予定通り獅子勲章を授与する。授与式は予定通り二週間後に王都で行う。凱旋式の流れに組み込むよう担当の者に伝えておけ」
「ハッ!」
「ではサム以外は退室せよ。各々の仕事に戻れ」
『承知いたしました』
文官や武官たちが心なしか足取り軽く部屋から退出していく。
さらに王の面倒を見ていたメイドや執事たちも全員が退出し、残ったのは王とサム総司令のみとなった。
「さて、サム。部隊編成の件はどうなっている」
「かなり難航しております。なにぶん機体が一度に増えすぎましたので」
七基のジェネレーターを回収し、サルサ砦から敵に奪われてしまった二基のジェネレーターをマイナスしてもまだ五基も増えた計算になる。そこに、今回の戦いで死亡した操縦士の代わりを用意し、部隊の編制をやり直さなければならないのだ。
この作業がかなり難航していた。
死亡した操縦士の代わりは、その部隊の副操縦士が入ることになる。しかし、副操縦士を乗せたからと言って、すぐに今まで通りの働きができるようになるわけではない。
しばらくはベテランと組ませ、現場での作戦行動に慣れさせる必要がある。
βブロックで大幅にベテラン勢の操縦士が減ってしまったため、それを補うにはほかのブロックから引っ張ってくるしかない。
それを考えながら、さらに新たな機体に乗せる操縦士の選出もしなければならないしと、最終的にはαからεまでのすべての部隊を編制し直さなければならなくなっていた。サム総司令の目下頭痛の種である。
「ならばこのエルドの部隊はその編制に組み込むな。こちらでもらう」
「……それは第一近衛隊大隊に移動させるということですか?」
第一近衛アルミュナーレ大隊。それは、王族に与えられた直営隊の総称である。
王族には、成人すると一人ずつにアルミュナーレ隊が配備され近衛として周辺警護を行うことになっているのだ。
「そうだ。一番下が今年成人した。ちょうど近衛騎士を選ばなければならなかったからな」
今年は、一番下で五番目の子供である第二王女イネス・ノルベール・フェイタルが成人する年であった。そのため例年の決まりに従ってアルミュナーレ隊が配備される予定だったのだが、今回の大規模襲撃で選定が遅れていた。
「考え直してはいただけないでしょうか。彼の実力は、国境警備において強い武器となります。今後、このような大規模襲撃が再び行われないとも限りません。できるだけ彼は国境付近に置いておきたいのですが」
「少しでも強い者を娘のそばに付かせたい親心だ。分かれ」
「…………わかりました」
サム総司令がしぶしぶといった様子で了承する。
「話は以上だ。仕事に戻れ」
「ハッ」
サム総司令が扉へと向かう。その途中で足を止めた。
「どうした?」
「幼馴染として発言をお許しいただけますか?」
「わかった。なんだ?」
王の雰囲気ががらりと変わり、室内の空気がどことなく軽いものに変わる。
サムは、振り返り幼馴染の顔を真っ直ぐに見ながら問いかけた。
「グラ、俺はお前が何を考えているかわからない。今回の決断も、お前が国のためを思って動いてくれていると信じていいいんだよな?」
「当然だ。それが王の仕事だ」
グラはそれにしっかりとうなずく。
サムはグラがうなずいたのを確認すると、一度だけ顔を伏せ、再び上げた。
「もし、もしお前がこの国のためにならないことをやっていると俺たちが判断した場合――」
「わかっている。その時はお前が俺を止めろ。殺してでもな」
それはグラが王になる前の誓い。幼馴染たちと共に交わした、最後の約束である。
グラの答えにサムは何も答えず、踵を返して部屋から退出した。
それを見送ったグラは再び王の雰囲気を纏わせる。
「すべては国のため。多少の犠牲は必要なのだ」
その言葉はこぼれると同時に空気に溶け、誰にも聞かれることなく消えていった。




