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ペスピラージュと俺、そしてキャリアボンブの操縦者を回収したイネス号が一日かけてやってきたのは、フェイタル王国の海岸沿い、第二防衛線の拠点基地となっていたクロイツルだ。
当初は、第一防衛線であったカメントリアにとの声もあったが、あそこは以前の戦いで帝国軍に占領され、奪還に成功するも戦闘で酷いダメージを負った基地である。あれから数カ月経った現在、基地としての機能自体は回復しているが、あまり余裕がないということでクロイツルに決まったのだ。
「ここも久しぶりだな」
甲板から海岸を眺める。海岸線から少し離れた位置にあるクロイツルは、巨大な防壁のおかげもあってはっきりと見ることができた。
「エルド隊長」
その呼び声に応えて振り返ると、エミリアが敬礼して立っていた。
「なんだ?」
「もうすぐ接岸予定地だそうです。船長から機体での待機をお願いすると」
「了解した。そう伝えてくれ。接岸したらすぐに荷下ろしか?」
「はい、機体は最優先で下ろす予定です」
「ようやく陸に戻れるのか。やっぱり慣れていないと一日でも船の上は辛いな」
「船酔いしないだけ、エルド隊長は凄い方ですよ。新人の海兵は、大半が船酔いで動けなくなりますから」
「そのあたりは、アルミュナーレで鍛えられているからな」
「流石ですね」
アルミュナーレを乗せられるだけあって、イネス号はかなり巨大な貨物船のような船舶だ。
だが、フィンスタビライザーのような揺れに対するシステムはまだまだ未発達であり、この船も結構縦横に揺れるのだ。
俺はアルミュナーレの移動に合わせて上下する体の揺れには慣れているため、そこまでひどいことにはならなかったが、確かに慣れていない新人ならば船酔いでダウンするのも頷ける。
けど、多少慣れているとはいえ、やっぱり陸の上の方がいい。人間は陸上生物だと実感した。
「じゃあ俺は機体で待機している。マイクと収音は入れておくから、何かあれば近くで話しかけてくれれば聞こえるし、船長の館内放送も聞き取れるから」
「了解しました。船長に伝えます」
「よろしく」
エミリアが駆けていく。それを見送り、俺は機体へと乗り込んだ。
しばらく待つと、船が岸へと近づいていく。その先にあるのは港湾だ。
前世ほどでないにしても、この船を接岸するだけの規模のある港だ。設置してあるクレーンも大きく、その先に広がる町もなかなかに大きい。
カメントリアからこの港町まで馬車で半日だったか。
ここから見ても、なかなかの賑わいであるのがわかる。この船以外にも、漁船らしき船が頻繁に港に出入りしているしな。
「あー、あー。エルド隊長、聞こえるか?」
「はい、聞こえています」
「今港に入った。このまま接岸してすぐにその機体を下ろすぞ。港のクレーンを使うから、そのままじっとしていてくれ。陸に上がったら、指示役が来ている手はずになってる」
「了解です。ここまでありがとうございました」
「いえいえ、この船に名をいただいた方の近衛騎士に乗っていただけたのです。私としても鼻が高い」
「はは、そういえばイネス号でしたね」
姫様の名を関した輸送船か。数歩足踏みしておけば良かったかな。いつも無茶ぶりに付き合わされている身としては。
船はゆっくりと岸に近づき、小さな衝撃と共に接岸した。
すぐに錨が下ろされ、成員たちが荷下ろしの準備で機体の回りに集まってくる。同時に、陸地に設置されていたクレーンがその首をゆっくりと回し、機体の上に来る。
「ワイヤー外します」
カチンという音と共に機体を固定していたワイヤーが外され、機体が解放される。
「エルド隊長、機体を立ち上がらせてもらっていいですか」
「分かった」
指示に従い機体を立ち上がらせると、そのすぐ横に鉄板が設置される。
「その上にどうぞ。鉄板ごとクレーンでつりますので」
なるほど、ワイヤーで機体を固定させても、やっぱり不安定なことに変わりはないからな。鉄板に機体を乗せてクレーンで釣り上げたほうが安定するのか。
指示されるままに鉄板の上に乗り、再び機体をしゃがませると再び固定される。
そして鉄板の四隅がクレーンから降りてきたワイヤーに接続され、ゆっくりとワイヤーが巻き上げられる。
鉄板ごと機体が徐々に浮かび上がり、つられた状態で陸へと移動していく。
クレーンで移動するってのはなかなか不思議な気分だ。エレベーターやエスカレーターともまた違う弧を描いての横移動は味わったことのない感覚だ。
やがてクレーンは俺の機体を地上へとゆっくり置いた。
地上に待機していた作業員がワイヤーを外し、機体が解放される。
「エルド隊長! お帰りなさいです!」
俺の機体が下ろされたすぐ近くに留まっていた魔導車。その助手席から小さい体を目一杯のばしながら、パミラが手を――というか体を振っていた。
「パミラか。エミリア! パミラが来てるぞ!」
「パミラ!」
俺の声に、エミリアが甲板から顔を出す。
「エミリア姉ちゃん!」
「久しぶり!」
「久しぶり! 隊長!」
「ああ、会いに行ってこい。あんまり向こうに迷惑かけるなよ」
「ありがとうございますです!」
パミラが扉を開けるのも煩わしいと言わんばかりに、窓からそのまま飛び降りる。そして船へと駆けて行った。それを見送っていると、運転席側の窓から顔を覗かせたブノワさんが声を掛けてきた。
「隊長、お疲れさまでした。格納庫まで先導します」
「よろしく」
各所に立っている誘導係の指示に従いながら、港を機体で歩いていく。
アルミュナーレが歩く分には十分な広さのある港も、この機体だとちょっと手狭に感じる。羽がぶつからないように折りたたんではいるが、アーティフィゴージュが地面に擦りそうだ。
これ、少し擦るだけでも地面を抉るから注意が必要なんだよな。最初のころは良く基地の地面を掘り返して怒られた。
港の倉庫は、食料、雑貨、そして軍用に分かれて設置しているようだ。軍用は港の一番東で、そこから町に入らずそのまま出ることができるようになっている。
他の倉庫は、一旦町へと入る際に荷物の検査を行わなければならない。禁輸品とかのチェックだ。
どこの世界でも、港は不要なものまで持ち込もうとする輩で溢れているらしい。
指示通りに五番格納庫へと到着した。
「お帰りなさいエルド君!」
「隊長、待ってたわよ」
「ようやく帰ってきおったか。首が伸びるかと思ったぞ」
「エルド隊長、デスマーチの準備はばっちりだぜ」
「エルド隊長、お疲れさまでした!」
格納庫のキャットウォークで手を振るアンジュ。そしてその横に並ぶオレールさん、リッツさん、カリーネさん、カトレア。全員で出迎えてくれたようだ。
「ただいま戻りました」
さて、一段落だ。後はアリュミルーレイの封印だけだな。
ハンガーに機体を固定させつつ、俺は王族に対する意見書をどうするか考え始めるのだった。
基地で機体の整備や換装を行い二日が過ぎた。
俺は隊長命令でカリーネさんに起動演算機のデータを全て削除させ、アリュミルーレイの運用データを抹消した。報告書には、起動演算機の発熱による融解のため、データが取れなかったとでも書いておこう。
破壊した島の跡を調べればアリュミルーレイの破壊力はすぐに分かってしまうだろうが、わずかでも時間稼ぎができればそれでいい。今書いている意見書を王族に提出し、技術者たちに訴えるだけの時間が手に入れば十分だ。
そして、ペスピラージュ自体は、アーティフィゴージュを外し、元の左腕に戻してある。
オレールさんからはアーティフィゴージュを昔のものに戻して片腕機として使用することもできると言われたが、片腕だけを操作していたのはフルマニュアルコントロールの弊害故だ。フルマニュアルコントロールを前提として開発されたペスピラージュにはその弊害はなく、わざわざ片腕だけの機体を使う理由はもうない。
なので素直に断っておいた。
やっぱり両腕使えたほうがなにかと便利なのよ。ロボットってのは。
と、俺が借りていた部屋の扉がノックされる。
「エルド君いる?」
返事を返す前に扉が開き、アンジュが入ってきた。まあ家族だし、当然だよね。この部屋もアンジュと二人で使ってる二人部屋だし。
「どうした?」
「イネス様が来たよ」
「来ちゃった」
「はぁ!?」
思わず立ち上がって振り返る。そこにはアンジュの隣に堂々と立つ姫様と、その後ろに控える側付きのセイリアさんが申し訳なさそうに小さく頭を下げていた。
「なんでここにいるんですか!?」
近衛騎士が出撃している間、姫様は身辺警護には城の兵士たちが当てられていたはずだ。そして、近衛騎士がいない以上城を出ること自体が禁止されていたはず。
まさか抜け出してきた!?
「あ、抜け出してきたと思ってるわね! 私だってそこまで非常識じゃないわよ」
やべ、バレた。
「緊急の事情ができたから、アブノミューレ部隊と動けるアルミュナーレを全部使って護衛されてきたのよ」
「そこまで大掛かりに。かなりの緊急事態みたいですね」
そこまでしなければならなかった理由があるはず。
せっかくドゥ・リベープルを潰したってのに、また問題が生まれるのか。
俺が顔をしかめていると、姫様は「ああ大丈夫よ」と言って俺の不安を払しょくする。
「私が、というか王族が動かないといけない事態にはなったけど、まずい状態ではないわ。むしろフェイタルとしてはいい方向に転んだわね」
「何があったんですか?」
「オーバード帝国の皇帝が代替わりしたわ。というより、ほぼクーデターみたいな形で皇帝の座が息子のエンドロスが就いたわ。同時に、フェイタルに停戦の申し込みと条件を飲むと連絡が来たの」
「それって!」
「ええ、戦争が終わるわ。そのために兄さまは会談のために緩衝地帯へ向かったし、私も軍務統括としてその会談に参加しないけないの。それが来週だから我が騎士を呼び戻すよりも、私が迎えに行った方が早いってことになったわけ」
「そういうことでしたか。ご不便おかけしました」
「いいわよ。エルドにはエルドにしかできない仕事をしてもらったんだしね。エルドは今何してたの?」
姫様は突然ひょっこりと俺の横から机の上の書類に視線を向ける。
「意見書ねぇ。アリュミルーレイ、そんなにまずいと思ったの?」
「あれはこの世にあってはいけません。あれが生み出すのは、滅びだけです」
「分かったわ。あれを実際に使って、その力を見たエルドがそこまで言うのなら私からもお兄様に掛け合ってみる。と、言うか意見書ってことは抹消するまで本気で動くってことなんでしょ? エルドは我が騎士なんだもの、その主が騎士の思いを尊重するのも大切なことよね」
「ありがとうございます」
「ま、その話は後よ。今は、来週の会談のために移動の準備!」
『了解!』
姫様の指示に、俺とアンジュは敬礼で返す。
会談が終わり、帝国と停戦協定が結ばれるまではまだ完全には安心できない。
けど今は素直に喜ぼう。フェイタルはオーバードに勝ったのだから。
次回予告。
フェイタルとオーバード。その最高位が向かい合う。
一月二十五日に、書籍版アルミュナーレの最終巻が発売しました。
こっそりとこちらも二十五日に完結させて、同時完結ババーン!とやりたかったのですが、間に合いませんでした。まあ、このまま加速した状態で完結は来週中にはって感じですかね。
たぶんあと二、三話。最後までよろしくお願い致します。




