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「お客さん、そろそろ到着の時間ですよ」
そんなちょっと懐かしくなるようなフレーズに、意識を覚醒させる。
「おはようございます。魔導列車の乗務員みたいですね」
「はは、あの乗務員ちょっと憧れなんですよね。人気過ぎて、倍率大変なことになっているらしいですが」
「それよりも、こっちの操縦者の方が、倍率は高い気がしますよ」
「それもそうですね。あと十分で予定地点に到着です。降下準備を」
「了解」
機体を始動状態から機動状態へと変更。全システムを機動させる。
起動演算機のリンク正常、モニターも問題なし。燃料の循環消費も正常。
地図表示。
十分ってことは、この辺りか。
だいたいの位置を確認しつつ、俺は固まった体を解す。
「すこしだけ操縦席のハッチ開けます」
「どうぞ」
ハッチを開け、冷たい空気を取り込むと、想像以上に冷たい空気が入ってきた。
すっかり高度のことを忘れていた……呼吸が苦しくなるほどではないが、飛行高度も十分高いんだった。
「目は覚めましたか?」
操縦士の声には微妙に笑いが含まれていた。分かっててそのまま許可出したな?
「寝ぼけているようでしたので」
「ああ、スッキリしたよ」
「ではスッキリしてもらったところで、五分前からカウント入ります。タンクも同時に落とすので、巻き込みに注意してください」
「了解」
再度地図を表示して、発射地点を確認。
「降下五分前。ハッチ解放」
キャリアボンブのハッチが開き、高速で流れる地面が見える。
一面の砂漠だ。どこに降りても、脚部への負荷は少なそうだな。ただそのまま砂に飲まれないように注意しないと。
「降下一分前」
さて、じゃあペスピラージュ、行こうか。
「五、四、三、二、一、ロック解除!」
「ペスピラージュ出る!」
機体を固定していたロックが解除され、俺の機体が空へと放り出される。
急激に迫る地面。そしてモニターには海とそこに浮かぶ島々が映し出される。
「タンクの位置は」
注意を受けていたタンクは、ペスピラージュから少し離れた位置を落下中。これなら巻き込まれる心配はなさそうだ。
「パラシュート展開」
背負っていた装備からパラシュートを開き、落下速度を落とす。と言っても、アーティフィゴージュを装備したこの機体の重さは、パラシュートでどうにかなるようなものではない。
多少の減速をしつつも、ペスピラージュは真っ直ぐに地面へと降下していく。
だからこそここが、俺の腕の見せ所!
「パラシュート解除、三、二、一、今!」
地面へと着地する直前にパラシュートを切り離し、足から砂漠へと突っ込む。
スライディングのように大きく砂漠の上を滑りながら、俺の機体はアーティフィゴージュでブレーキを掛けつつ全身を地面に付けるようにして衝撃を分散させる。
俺自身にかかる圧も凄いな。肺がつぶれそうだ。
「くっ」
操縦レバーから手が離れそうになるのを必死に掴み止め、レバーを押し込み、ペダルを踏み込む。
機体がスライディング状態から立ち上がり、腰を低くしながら砂漠の上へと着地し静止した。
直後、ズドンと付近にタンクが落下し、その上にパラシュートが覆いかぶさる。
「着地成功」
自分が降りてきた空を見上げれば、既に遠くの空に飛んでいったキャリアボンブがわずかに見えた。
◇
「何事よ! 監視班からの連絡は!」
突然鳴り響いたアラートに、ドゥ・リベープルの地下基地は大慌てになっていた。
精製施設の長であるマスターと呼ばれる女性も、部下たちに指示を飛ばす。
「情報来ました! 島の近く、対岸にアルミュナーレが一機現れたようです! アヴィラボンブらしき飛行物体も確認しているとのこと。今どこの機体かを確認中!」
「敵か……どこかからここの情報が漏れたみたいね。基地内で動ける機体は?」
「傭兵のが六機あります。二機はすぐにでも。他の機体は燃料の受け取りがまだ見たいです」
「動ける奴はすぐに出るように言いな。残りの連中にも、燃料を出してやれ。それと、精製施設を停止! コアを回収して脱出準備だ!」
「ここを捨てるのですか!?」
「もうバレてんだ。ここ守ったって意味ないよ! それよりも、ぶつ持って逃げる方が安全さ。急ぎな!」
「了解!」
各員への指示を終え、マスターは店の奥へと向かった。
通路の先にある分厚い鉄の扉を開く。その先にあるのは、精製施設の管理センターだった。
「各員に通達。精製施設を緊急事項C2該当に伴い緊急停止、コアを急速冷却!」
『了解』
「何分かかる」
「十分で冷却完了します。輸送ボートの準備も同時に進行させますので、十五分で脱出可能」
「それなら耐えられそうだね。一機で来たことを思い知らせてやるのもいいかもしれないけど、逃げることが優先ね」
「先行部隊、昇降口に到着。まもなく外に出ます」
「一機で来るなんてよほどの自信家か馬鹿か。どっちにしろ、数で潰し――
その言葉が最後まで紡がれる前に、巨大な振動が基地全体へと伝わった。
立っていられないほどの揺れに、マスターは近くの柵へとしがみつく。
基地内の魔力供給が停止し、室内が暗闇に包まれる。
「何が起きてるの!」
「分かりません。全システムダウン。魔力の供給がカットされています。これは――基地が攻撃されてる!?」
「馬鹿な! 相手はまだ外にいるんだよ! ここにどうやって」
直後、マスターたちの目の前に現れたのは、周囲を瞬く間に破壊し蹂躙していく大木ように太い光の柱だった。
◇
「さて」
俺の降下はドゥ・リベープルの連中にもすでに気づかれているはずだ。
隠密部隊の予想では、基地内から島の外へと出てくるには五分は掛かる。さらに、潮が引いていない時間ならば、アルミュナーレでも海を渡るのに少してこずるだろう。
合わせても七分程度の余裕がある。その間に、精製施設を破壊し撤収する。
「砂漠の感触は不思議な感じだな」
砂に足を取られるというのは、雪を踏む感覚とはまた違う。
雪は積もっていれば下へと沈みこむし、少なければ横へと滑る。だが砂漠の地面は斜めにどこまでも進んでいく。
踏ん張りが効きにくいのも問題だが、何より足が開いていきそうになるのが怖い。気づいたら股裂けなんて死んでもごめんだ。
歩行に注意しつつ、近くに落ちたタンクからパラシュートをはぎ取る。
タンクの外側に設置していある接続部分に、機体からチューブを伸ばし接続。
モニターでロックが完了したことを確認して、燃料の循環を開始。
「機器に異常はなしか」
送油給油ともに異常なし。
ならばさっさと仕事を進める。
目的の島は――あれだな。
小さな孤島からは鳥が飛びたち、森の一部から慌ただしくハッチが開いていっていた。
「アリュミルーレイ機動。目標を登録」
アーティフィゴージュを孤島へと向け、画面上で標準を定める。
同時に、起動演算機が自動で演算をはじめ、太陽の位置や光の角度を計算していく。
モニターに映し出される数々の数式。前のはここに俺自身が直接入力しなければならなかったが、今回はただ見ているだけでいいでとても楽だ。
約一分。計算が完了し、標準へのミラーとレンズの発生場所が確定した。
アーティフィゴージュ内の起動演算機は、既に負荷により発熱しまくっている。
排熱用のフィンが全速力で回転し、アーティフィゴージュ内に風を送り続けていた。
「濃縮魔力液供給正常。残量規定値に到達」
計算だけでかなりの量を消費した濃縮魔力液を、タンクからくみ上げ供給する。発射には、今まで使ってきた分以上の量を一気に消費することとなる。そのために、最低ラインまでの補給を済ませ、さらに時間をかけて機体側のタンクを満タンの状態にしておく。
「発射準備、オールグリーン。アリュミルーレイ発射!」
トリガーと共に、晴天の空に孤島を囲うようにして無数のレンズが浮かび上がる。
レンズによって屈折した光が、、レンズの下に出現したミラーで集約され、一筋の光となって空を掛けた。その姿は、まるで宙に浮かぶ魔法陣のようだ。
そして――最後のミラーが照準に向けて光を反射させる。
音もなく、ただ静かに地面が溶けていく。
孤島に生えていた木々は燃えだし、溶岩のように溶けた地面が地表を伝って海へと流れ込み、大量の水蒸気を噴き上げさせた。
さらに、光の柱は収まることなくゆっくりとその傾きを変える。
まるで、ケーキが糸で斬られるように、孤島が光の線によって両断されていく。
以前俺が使った簡易タイプのアリュミルーレイとは比べ物にならない破壊力。
「これは――封印するべきだろ」
まざまざと見せつけられたアリュミルーレイの本来の破壊力に、俺は自分が考案した兵器にもかかわらず恐怖を覚える。
これがもし一般市民のいる都市部に撃ち込まれたら――被害はこれまでの比ではない。
それこそ、どちらかが滅びるまでの戦争が始まってしまう。
と、操縦席内にアラートが鳴り響く。
起動演算機の発熱が融解点に近づきつつある知らせだ。
同時に、地面の底から巨大な振動が響き、少し遅れてドンッと爆発音が聞こえてきた。
「ヒットしたのか」
だがアリュミルーレイは止まらない。確実に精製施設を破壊するために、光の線は振り子のごとく何度も孤島を往復し、島を細断していく。
鳴り続ける爆発音は次第にその音を大きくし、照射の終了直前ひと際大きな爆発音が響いた。
そして細断された跡から吹き出す火の柱。
まさに地獄絵図だ。
火の柱は徐々に島全体を覆うように広がり、地表を吹き飛ばし島一つを内側から爆散させる。
精製してあった濃縮魔力液に引火したのだろう。
「照射完了。急速冷却スタート。濃縮魔力液給油開始」
アーティフィゴージュに設置されていたハッチが一斉に開き、熱せられた起動演算機によって白煙が噴き出す。
消費した濃縮魔力液をタンクから給油、タンク内を空にして移動の準備を整える。
「脱出した傭兵は――」
モニターで入り口のあった付近を確認する。
照射までの時間的には、脱出だけなら可能だったはずだ。
「いた」
モニターに映し出されたのは、二機のアルミュナーレ。慌てたように海を渡っている。
こちらに来るのか、来るならば戦わなければならない。逃げるならば見逃すように言われている。
できることなら逃げてほしい。正直、アリュミルーレイを撃った後に戦いたくはない。起動演算機がどうなってるか分からないし。
敵機は――逃げてくれた。
こちらに目もくれることなく、一心不乱に島から離れていく。
「ふぅ……」
二機の背中をモニターに移しながら、俺はため息を吐いた。
そうだ。それでいい。逃げて精製施設がどうなったかを、他の傭兵たちに広めるんだ。
情報の回りが早ければ早いほど、帝国に集まる傭兵の数も減るはずだ。それが、この作戦の狙いなのだから。
「さて、もう少し監視してから移動するか」
生き残りがいた場合の動きも確認しておきたい。島一つ吹き飛んでいるから、生き残りがいるとは思えないが、アルミュナーレに乗り込んでいれば万が一って可能性もある。
俺は二十分、その場に待機し島を監視した。
しかし、最初の二機以外島を脱出した者はおらず、ドゥ・リベープルの濃縮魔力液精製施設完全破壊完了という結果を持って、俺は合流地点へと向かうのだった。
次回予告
照射を終えたエルドは、合流地点で船に乗り、基地へと戻るのだった。
そして帝国に伝わる一報。それは帝国に決断を促すには十分なものだった。




