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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
変わる世界
139/144

3

 会議室に入ると、物々しい警備と共に姫様と陛下が待っていた。

 姫様はこちらに軽く手を振ってくる。そして、陛下は席に着いたまま紅茶を飲んでいた。その顔には疲れが見える。

 俺は即座にその場に跪こうとするが、それは陛下に止められすぐに会議が開始された。

 と言っても、やることは正式な命令の拝命と、簡単な作戦内容の確認である。

 本作戦に参加するのは俺一人。そして、強襲性を高めるために移動にはキャリアボンブを使用する。その関係上、オレールさんたちも随伴することができないため、俺の単独任務というわけだ。

 まあ、作戦的にはアリュミルーレイを一発ぶちかまして即撤退するだけなので、それで十分ということだろう。

 念のため、近くの基地までは隊のみんなにも来てもらうが、そこで合流するのは作戦が完了してからのこととなる。


「エルド、君の活躍に期待する」

「必ずやその期待に応えて見せます」


 陛下が早々に会議室を後にすると、部屋にいた護衛達の大半もいなくなる。

 緊張感がなくなった部屋の中で、俺は差し出されたティーカップに口を付けた。


「はぁ、陛下はお忙しそうですね」

「そうね。戦後処理のことも考えてもう動き出しているし、そもそもこれまでの戦いの被害補てんだってまだ完全に終わったわけじゃないもの。最近ようやくγライン防衛線の被害報告がまとまったところよ? 被害報告がまとまったところからなるべく早く出すようにはせっついているけど、戦争が続きすぎてて、どこで誰が死んでいるのかがはっきりと分からない状態が多いのよ。現場の判断で部隊の再編とかもやっちゃってるから、余計にね。おかげで、遺族への報告や遺品の配送、お見舞い金なんかも送れてなくて、あっちこっちから不満が出始めてる。陛下と大臣たちで必死に処理しているけど、やっぱり戦時中だと他に優先しなくちゃいけないことも多くてね」


 補給の確保や、部隊の再編、戦線構築の維持など、優先しなければならないことは他に山ほどあると姫様は言う。


「しかたありませんね。死者をいたわることも大切ですけど、今生きている人たちのことを蔑ろにしては意味がありませんし」

「それを全員が理解していてくれれば楽なんだけどね。やっぱり親族が亡くなっていると感情的になっちゃう人も多いのよ。お兄様が一番困っているのはそういうタイプの人ね」

「ああ、詰め寄られても特別扱いはできませんからね」


 陛下は今日もこの後、そんな戦争で息子を失った貴族との面会があるのだとか。

 そりゃ、疲れも見えるわ。


「帝国との戦争が終われば、最低限の部隊を残して撤退させられるし、そうすれば被害報告ももう少し進みやすくなると思うわ。そのためにも、エルド頼んだわよ」

「ええ、必ず成功させます」

「じゃあ、そんな作戦の詳しい内容確認と行きましょうか」


 資料を読みつつ、俺と姫様は作戦の詳しい内容を確認する。というよりも、タイムラインの確認といったほうがいいだろう。


「作戦の決行は三日後。機体の完成的には少し厳しいかもしれないけど、これは帝国側との政治的な部分もあるからずらせないわ。早めることならできるけどね」


 そんなことしたら、カリーネさん辺りに刺されそうだ。


「八時を以って作戦を開始、エルドは機体に乗り込み、キャリアボンブを使って指定ポイントまで飛んでもらうわ」

「キャリアボンブの操作は?」

「今回のために訓練した、というよりもキャリアボンブのテスト操縦者がそのまま操縦するわ」


 キャリアボンブ自体の操作はしなくていいのか。なら、俺は操縦席で到着をのんびり待てばいいんだな。


「八時に作戦開始でキャリアボンブの発射が十時。飛行時間は想定で一時間半よ」

「十一時半時着ですか。太陽的には問題なさそうですね」

「アリュミルーレイが一番威力を発揮できる時間を選択しているからね。発射ポイントもそのための場所をあらかじめ研究者たちが割り出しているわ」

「分かりました」


 アリュミルーレイが太陽光を利用している以上、太陽の位置やその日の日照条件も考えなければならない。そのあたりも、既に着々と準備が進められているようだ。


「天気も一週間はあのあたり快晴みたいだし、気にしなくてもいいと思うわ」

「よくわかりましたね。王都の予報でも結構外れるのに」


 衛星写真なんてものはない世界だ。天気予報は風と雲を見ながらこれまでの経験で判断するしかないことが多く、王都の予報をしている予報士でもその的中率は七割ほど。それも翌日の天気でだ。

 なのに、三日後の指定ポイントの天気なんてよく分かったものだ。


「あのあたりは砂漠もあって予報がしやすいらしいのよ。それと、あのあたりを移動につかっている商人なんかの経験談も入れて予報をしたから多少は信頼性があるはず。まあ、この時期あそこは雨が降らないことでも有名だしね」

「なるほど」


 雨が頻繁に降るなら、そもそも砂漠にもならないか。


「で、話は戻すけど、十一時半に指定ポイント到着。キャリアボンブから切り離してエルドの単独行動開始。即座に発射予定ポイントに移動し、アリュミルーレイを起動。準備出来次第発射よ」

「敵に動きがあった場合は?」

「エルドに任せるけど、基本的には精製施設の破壊を優先して。傭兵たちの掃討はする必要がないわ」


 まあ、燃料を奪われてしまえば、傭兵たちも抵抗できない可能性が高いか。


「その後、予備タンクから燃料を補給。自力で海岸線を移動して合流ポイントにて部隊員と合流してもらうわ。これはおそらく十七時ごろになるかしら」

「多少歩く必要もあるし、食料も用意しておいたほうが良さそうですね」

「何かあったときのために水は多めに用意しておきなさい。あそこは砂漠よ」

「そうですね」


 頭の中に準備するものをメモしていく。


「キャリアボンブの操縦者はどうするんですか? あれ片道の燃料しか積めないですよね?」

「キャリアボンブ自体は海上で破棄するわ。操縦者は近くの小島にパラシュートで移動して、そこにあなたを回収した船で迎えに行くのよ。そのための食料なんかも、もうすでに輸送中」

「なるほど」


 ならそっちのことを考える必要なない。俺がひたすらに精製施設の破壊を考えていればいいわけだ。


「こんな感じね。何か相談したいことができたら、明日までにお願いね。準備にも限界があるわ」

「分かりました」


 と、側付きの一人が姫様の下により、耳打ちする。


「もうそんな時間なのね。エルド、私もこの後会わなきゃいけない人がいるの。悪いけど」

「いえ、確認したいことはだいたいわかりましたので」

「そう。ならあとは任せるわ」

「はい」


 姫様が退室し、側付きも全員がいなくなった。

 誰もいなくなった部屋で、俺はもう一度資料を読み返すのだった。


 準備は急ピッチで進み、整備士、技術者、起動演算機(センスボード)ライター全員が疲労困憊になる中、なんとか作戦決行日までに全てを整えることができた。

 機体が置かれている格納庫の隅には、屍のような整備士たちの姿が並び、技術者たちも頭と口から煙を出して机に突っ伏している。

 元気があるのは、オレールさんとパミラぐらいか。あの二人が疲れている姿を、見たことが無い。化け物かな?

 後はカリーネさんも疲労は見えるが、周りほどじゃないな。現に今も操縦席に入ってギリギリまで調整を行ってくれている。

 時刻は七時五十五分。作戦開始五分前である。


「隊長、操作回りは頭に叩き込んであるわよね?」

「大丈夫です。というか、ペスピラージュとほぼ変わらないじゃないですか」

「まあそうなんだけどね。左腕の感覚は昔に戻ってるから気を付けて。重量はこっちで自動補正するようにしてあるけど、限界はあるわ」

「ええ、試験機動で重量比は把握しています」


 アーティフィゴージュの重さは久しぶりだったが、意外と体が覚えているものだ。

 案外すんなり昔の挙動を再現することができた。むしろ、起動演算機(センスボード)や機体そのものの改良が進んでいる分、昔以上に動かしやすいと感じることすらある。


「そう。よし、最終メンテ終了。エルド隊長、後は任せたわよ」

「任されました」


 パチンとハイタッチを交わし、カリーネさんが機体から降りる。変わるように、アンジュがカバンを持って顔を覗かせた。


「エルド君、はいこれ」

「ありがと」


 カバンの中身は食料と水だ。席の後ろにも水の樽を置いてあるが、それとは他に、道中用のお弁当と水筒である。

 水樽だけもらっても、水筒が無いと飲めないしな。


「頑張ってね」

「ああ、これで戦いを終わらせてくる。そしたら父さんたちを王都に呼ぼう。結婚式のときは、ゆっくりできなかったしな」

「うん!」


 軽いキスを交わすと、外からサイレンが聞こえてきた。

 作戦開始時刻だ。


「全員持ち場に付け! オペレーションソーラーダウン開始するぞ!」


 俺がマイクから格納庫の全員に呼びかければ、屍と化していた整備士たちも最後の力を振り絞って立ち上がる。

 慌ただしい中、俺は機体のジェネレーターを起動した。


「ペスピラージュ出るぞ。足元気を付けろ」


 注意を促し、キャリアボンブが設置されている発射場へと向かう。

 発射場では、既に準備が整えられ、キャリアボンブがその腹を大きく開いて待っていた。


「お待たせしました」

「いえいえ、ちょうどいまハッチを開けたところですよ」


 などと、操縦者と馬鹿なやり取りをしつつ機体をキャリアボンブに格納する。


「ロック確認。ハッチ閉じます」


 キャリアボンブのハッチが閉じられ、周囲が暗くなりわずかな明かりのみとなる。

 俺は機体のジェネレーターを始動状態に変更し、燃料の消費を押さえつつモニターで周囲を確認する。


「九時か」


 あと一時間で出発か。

 その間にも、着実に発射準備が整えられていき、俺はその時を静かに待つ。

 そして十時ジャスト。


「キャリアボンブ発射します」

「どうぞ」


 ズドンっとブースターの点火する音と共に、体にグッと圧が掛かる。

 上昇し、徐々に機体が水平に。


「では、一時間半の良い旅を」

「少し寝ますので、起こしてください」

「了解」


 ゆっくりと瞼を閉じ、俺はシートに伝わる振動を感じながら、眠りへと落ちていった。

次回予告

降り注ぐ光


次回以降ですが、完結まで毎週火曜の更新から速度を上げる予定です。

その分分量は四千から五千になるかもしれませんが、よろしくお願い致します。

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