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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
最終章突入です。
目を覚ましてから一週間が経過した。
「知っていたさ」
俺は一人、デスクと向き合って涙を流す。
戦っていた時から、分かっていたことだ。これは避けられない定めなのだと。
けど、最後まで抗った俺は悪くないと思う。
だってそうだろう。誰だって、こんな結末望んでいない。
こんな……
「こんな書類を書き続ける未来なんて!!」
破損した機体の修理費に、パーツや武装の補充。燃料の回収に、起動演算機の原版手配、撃破報告に自分の行動記録、その他諸々書かなければならない書類が山のように積み重なっていた。
俺が寝ている間に、他の部隊の隊長はさっさと書き上げて提出してしまったらしく、俺は事務から突き上げを食らっている状態だ。
しょうがないだろ、意識がなかったんだから!
俺だって、わざとそっちの仕事を遅らせようとしたわけじゃねぇよ! ただ、俺の機体がちょっと他の機体よりも、費用がかさんで、燃料の要求量が多くて、武装に特殊なパーツを使うから全てオーダーメイドになるんだから仕方がないじゃないか!
俺が深いため息を吐いていると、勢いよく部屋の扉が開かれる。
「エルド君! 生きてる!」
「死にたい気分!」
「そんなエルド君に、アンジュ特性栄養ドリンク! これさえ飲めば、丸一日は眠れなくなるよ!」
「それはそれでどうなの!?」
「だって、それぐらいしないと間に合わないでしょ?」
「まあそうだけど!」
こくりと首を傾げるアンジュに、俺は頷くことしかできない。
「じゃあ行ってみよう!」
「ええい、絶対終わらせてやる!」
受け取ったカップから栄養ドリンクを一気に胃へと流し込む。
舌触りは意外といい。甘い風味が鼻腔をくすぐり、ほんのりのフルーツの味がした。
「お、飲みやすい」
「味も調整済み。そしてここからだよ」
「え――お!?」
飲んで数秒。腹の奥からカッカカッカと熱いものがこみ上げてくる。
おお! これは効いてる感じがするぞ!
「どう? どう?」
「凄いな。体の奥から漲ってきた感じだ」
「じゃあもうひと踏ん張り、頑張ろう!」
「おう!」
ペンを掴み、俺は再び書類たちとの闘いを再開するのだった。
◇
オーバード帝国帝都、その城の会議室に重鎮たちが整列していた。
その雰囲気は非常に悪い。
フェイタル王国との戦闘に敗北したことが確実な情報として届いており、それに呼応したように周辺の国の動きが慌ただしくなっている。
どの国も、オーバードとの国境線に戦力を集中させ、いつでも攻め込める準備を進めているのだ。
フェイタルに敗北し、戦力と士気を大きく削られたオーバードの兵士たちでは、到底守り切れるものではない。
その現実が、今まで我が物顔で他国を貪ってきたオーバード自身に突き刺さってきたのだ。
重い空気の中で、皇帝の入室を示すラッパが鳴り、部屋の袖からオーバード帝国皇帝、ガンドロイス・ビジルバーグ・オーバードが入室する。
ガンドロイスは、席に着くと重鎮たちを見回す。その表情には深い疲労が見て取れた。
「さて、会議を始めよう。宰相、進行を任せる」
「ハッ。ではまず帝国の現状を確認しましょう」
宰相はテーブルに地図を広げ、周辺国の軍の展開や、帝国軍の部隊がどこにいるかを駒を使って示していく。
「まずフェイタルです。先の敗戦によりフェイタル軍は緩衝地帯を抜け我が国の町に侵攻を開始、現在は七つの町を制圧して、そこに軍を配置し支配しております。我が軍はこれ以上帝都への接近をさせないため、部隊をそれぞれの町と隣接する町に配置。監視を行っております」
「現状の部隊で守りは大丈夫なのだな?」
一人の男の発言に、宰相は首を横に振る。
「分かりません。先の戦闘で目立った動きをした騎士たちを中心に監視を行っていますが、全騎士がフェイタル側の基地で修理や補給を行っているとのこと。町に展開している部隊はアブノミューレを中心としたもので、その情報が確かならば守れます。ただ、第一席を倒したと言われる騎士が出てきた場合、全てがひっくり返る可能性もあります」
帝国にとっての絶望。それがエルドの存在そのものだ。
エルドが戦場に出てくるだけで、これまでの作戦や結果がひっくり返される。暗殺を試みても、何者かによって防がれてしまう。
対処のできない敵が、今も国境付近にいるのだ。これを絶望と言わずになんと言えるだろうか。
「ただ、フェイタル側からは手紙を受け取っております。この内容を確認した限り、現状これ以上の侵攻はないと考えてもよいかと」
「その内容は教えてもらえるのかね?」
「陛下、構いませんか?」
「よい」
ガンドロイスが一つうなずき、宰相はポケットからその手紙を取り出す。
「内容は、帝国側に停戦の意思がある場合、停戦を申し出よというものです」
「こちらからだと!?」
「奴らめ、我が国に頭を下げろと言ってきたのか!」
「舐めたことを!」
これまで頭を下げられることはあれど、下げたことなどない。そんな彼らに、フェイタルからの通告は屈辱以外のなにものでもない。
ガンドロイスとて、それは同じ考えだ。
やれることならば、今からでも再び戦闘を仕掛けて叩きのめしてしまいたいところである。
戦力としてのアブノミューレ部隊はまだある。アヴィラボンブ発射場も帝国の内部にあるため、制圧されてはいない。
やろうと思えば可能なのだ。それに、意味があればだが――
アブノミューレ部隊は、フェイタルのアブノミューレ部隊によって押さえ込まれる。アヴィラボンブも、フェイタルは積極的に防衛機構を設置しており、既にほぼすべての重要拠点には効果を発揮できない。
つまり、どの方法もフェイタルに打撃を与えるには十分ではない。むしろ、下手に突くことで今止まっている侵攻が再び再開される可能性すらある。
それは、オーバード帝国の皇帝としてとても選べるものではない。
屈辱に拳を握りしめたガンドロイスに気づかず、宰相はさらに続ける。
「もし、停戦を申し出るのであれば、条件を付けることも付け加えられています」
「聞くだけ聞いておこう」
「濃縮魔力液の精製施設の詳細位置を開示することです」
「な!?」
「精製施設の位置公開など、心臓をさらせと言っているようなものだぞ!?」
「つまりはそういうことでしょう。停戦条件と言っていますが、実質的には敗北宣言です。もしこの条件を飲み位置を公開すれば、各国が我先にと精製施設を狙うでしょうね。そしてそれを守らなければならない私たちは、接している部分から徐々に土地を蝕まれることとなる」
実質的な詰みである。拡大してきた土地は奪われ、残った土地だけでは住民の食料を補うことはできない。必然的に他国との貿易が必要になるが、フェイタルを中心とした同盟に阻まれて満足に食料を輸入することもできない。
国が衰退して滅ぶのが先か、それともどこかの国に食われるのが先か。
未来は二つに一つしかなかった。
「くっ、フェイタルめ」
「何か手はないのか! 頭を使うのが、君の仕事だろう!」
「ええ、そうです。そして策はすでに陛下にお伝えしています」
宰相は堂々と答えた。
そしてガンドロイスに視線を向ける。ガンドロイスはそれに一つ頷き立ち上がる。
「我が国は傭兵と手を組む。まだ土地がある今だからこそ、我が国の収入はどの国よりも多い。故に、金を惜しまず傭兵を帝国へと呼び込み、東部の国を食い散らかして包囲網を突破する」
オーバード自体の戦力は今回の戦闘で確かに大きく削られた。だが、帝国には昔からつながってきた傭兵との縁がある。
傭兵をこれまで以上に大々的に雇い、以前滅ぼした国から突破口を開けば帝国が滅ぶことはなくなり、徹底抗戦の構えを取れば、フェイタルも迂闊に動けなくなる。
これが、オーバードが生き残るための最後の策。
「我が国はまだ亡ばん。我がこの世界を支配するまで、オーバードが歩みを止めることはない!」
ガンドロイスの強い宣言と共に、帝国の方針が決定するのだった。
◇
N37,11,58 E19,36,20 この座標に、フェイタルの偵察部隊は来ていた。
正面に広がるのは、広大な海原。そして背中にはこれまで歩いてきた砂漠が広がっている。
「座標はここを指定しているな」
偵察部隊の隊長を任されていたベルナールは、地図と現在地の座標を照らし合わせながら、周囲を窺う。だが、特に何かがあるようには思えない。
「さて、何かがある可能性があるということだが」
「敵傭兵からの情報ですからね。それもあの裏切りの姫。いったいどんなものが飛び出してくるか」
「気を付けて調査を開始する。とりあえず海岸線を中心に、地面を探っていくぞ」
『了解』
十人の部隊が一斉に散らばり、周囲の探索を開始する。しかし、当然そこには何も見つからない。
一時間ほどが経過して、隊員たち全員に疲労が見え始めたころ、ベルナールはいったん探索を中止した。
「やみくもに探ってもダメということか?」
「考えられるのは、キーワードが必要、時間によって出現する、そもそも偽の情報あたりですか」
「数日過ごしてみる必要があるか」
「危険では?」
傭兵が伝えてきた情報ということは、ここを他の傭兵も利用している可能性がある。
相手がアルミュナーレを持っていた場合、こちらが発見されれば一瞬で殲滅されるだろう。
「だが、何もありませんでしたで帰るわけにもいかんからな。せめてこの座標にどんな意味があったのかぐらいは調べなければ」
「では砂漠迷彩のテントを準備させます。位置は海岸線から少し離しますが」
「それで構わない。準備を進めてくれ。私は周囲をもう少し探索する」
「了解」
部下たちが野営の準備を開始する。その間に、ベルナールは再び海岸線を一望できる場所にやってきた。
視界に広がる海原に、点々と見つかる小さな島。
そこで気づいた。地図と見比べてみると、島もギリギリその座標の範囲に含まれているのだ。
「あそこか?」
だが、孤島にいったい何があるだろうか。海で別れてしまっている上に、こちらの海岸線には船着き場のようなものはない。
つまり、あの孤島に何かあるとしても、もっと別の場所から船を利用してここまで来なければならないのだ。
「念のために海も監視させるか」
アルミュナーレを持つ傭兵が、それを乗せられるほどの大型船をこの付近に浮かべていれば、肉眼でも十分に発見できるはずだ。
そう考え、ベルナールは砂漠と海それぞれに二十四時間の監視を置くことにした。
そして監視を始めて三時間。思いのほか早くその異変は訪れた。
「ベルナール隊長!」
海を監視していた兵士から、至急見てほしいものがあると呼ばれたのだ。
「何か見つけたか」
「あれを」
その兵士が指さす先。そこには、孤島へとつながる一本の道があった。
しかも、砂地ならまだしも石で舗装までしてあるのだ。
「道だと!?」
「引き潮です。塩が引くと、孤島までの地面が顔を出す仕組みになっていたようです」
「なるほど」
「動きますか? 引き潮で道が生まれているということは、時間が経てばまた海に没してしまいますが」
「いや、すぐに動く必要はない。道が現れている時間をカウントしておいてくれ。渡ったはいいが、潮が満ちて道がなくなりましたなんて、笑い話にもならないからな」
「了解」
これで裏切りの姫がもたらした情報に信ぴょう性が湧いた。
わざわざこの珍しい景色を見せるために、死に際に座標を教えたわけではないだろう。ならば、あの道の先にある孤島に何か傭兵に係わるものがあるはずなのだ。
確信を得たベルナールは、孤島から視線を外さずに、静かに拳を握りしめた。
その後一日監視を続けた結果、道が現れるのは一日二回、そして現れている時間はだいたい昼過ぎと日暮れごろであることが判明した。
「明日は孤島に乗り込もうと思う。そこで部隊を分けるか相談したい」
夜、監視の隊員を残して全員を集め、ベルナールは問いかけた。
もともと隠密を重視し少数で探索任務を行っていた。そのため、部隊を分けると十分な人員が確保できない可能性もある。
しかし、もし孤島に罠が仕掛けられていた場合、渡った者たちが全滅するとフェイタルに情報を持ち帰ることができなくなる。それを防ぐために、部隊を分け、残った者たちは孤島に向かったものたちが戻ってこなかった場合、そのことをフェイタルに伝えるのだ。
「二部隊ですか。不可能……ではないですが」
「危険でもありますね」
「私としては、孤島に乗り込むこと自体が早急な気がします。もう少し様子を見てからでもいいのでは?」
「私もそう思います。まだ一日干潮を確認しただけですし、変化の区切りが一日単位とも限りませんし」
「私は賛成です。今のオーバードや周辺諸国の動きを考えれば、イネス様になるべく早く情報を伝えるべきかと」
「私は分けてもいいと思いますが、残す部隊を少し減らしてもいいのでは? 残り組は隠れて待つだけですし」
「ふむ……」
ベルナールは全員の意見を纏め、答えを出す。
「では、あと一日様子を見よう。それで変化が無いようであれば、部隊を三と七に分けて、七で孤島に渡る」
『了解!』
結論を出し、ベルナールたちは夜を越えるのだった。
二度目の異変は、翌日の日暮れ前にやってきた。
今度は、砂漠側の見張りから緊急の連絡が来たのだ。
それは、遠くにアルミュナーレの姿が見えるというものだった。その色は黒。間違いなく、傭兵のものだ。
ベルナールは仮眠をとっていたメンバーを全員叩き起こし、砂漠の中に自分たちの痕跡を全て埋める。
そして、自分たちにも砂漠の迷彩布をかけ、広大な砂漠の一部と同化し傭兵たちを出迎えた。
全員に緊張が走る中、傭兵たちは海岸線に沿って進んでくる。
ちょうど引き潮で海に道が現れるときだ。
彼らは、当然のようにそこを渡っていった。
双眼鏡を持っていたものたちが、一斉にその後を見る。
「やはりあの島か」
「何があるんでしょうか」
「見ていれば分かるだろう」
彼らの視線に気づくことなく、傭兵たちは道を渡り切り孤島へとたどり着く。
次の瞬間、起こった出来事に偵察部隊の全員が言葉を失った。
島が稼働し、森の一部が扉のように開いていく。傭兵たちは当然のようにその口の中へと消えていった。
「これが秘密か」
「まだ時間はあるな?」
「あと二十分。渡り切るには十分です」
「予定より早いが動くぞ」
予め決めておいた部隊に分かれ、ベルナールを先頭に七人で道を渡る。
ベルナールたちが到着するころには、既に機体が入っていった口は閉じてしまっていた。だが、その近くを探せば、通用路が見つかる。
「行くぞ。以降はハンドサインで」
隠密らしく、全員からハンドサインの返答を確認し、扉を静かに開け中へと体を滑り込ませる。
見張りはいないようで、底へと続く階段に、点々とランプが掛けられているだけだ。
全員で周囲を確認しながら奥へと進んでいく。
階段は長く、どこまでも続いているように思える。だが、十分ほど降りたところで突然視界が開ける。
「ここは……」
ベルナールは、隠密であることも忘れ思わず声を漏らす。
広がっていた景色は、地下の町。
各所から白煙が上がり、活気に満ちた世界が広がっていた。
「裏切りの姫の情報はここのことを示していたのか」
さらに言葉がこぼれたところで、他の隊員から肩を叩かれハッと今の立場を思い出す。
謝罪を目で送り、ハンドサインでさらに潜入することを示す。
裏路地を進みながら、町の様子を確かめる。スクラップを置く工場が多く、その雰囲気はフェイタルの職人たちがいる工房のようにも思えた。
ここで傭兵たちがアルミュナーレを整備しているのは一目瞭然だ。
そして、整備しているとなれば気になるのは一つ。
ベルナールは、全身に鳥肌が立つのを感じていた。
ここには濃縮魔力液の精製施設がある。そんな確信がベルナールにはあった。
しっかりと目で確認するべきかどうか。
濃縮魔力液の精製施設となれば、傭兵たちでも警備は厳重に行っているだろう。今のメンバーで潜入するのは困難を極めるし、見つかれば移動される危険性もある。
ならば、ある可能性があるとして伝え、後は突入部隊に任せるべきか。
ベルナールが悩んでいると、再び部下に肩を叩かれる。
考えに没頭しすぎていたと反省し、部下が指さす先を見れば、こちらに向かってアルミュナーレが近づいてきていた。
自分たちが突入する前に入ってきた機体だ。
ベルナールは撤退を決定し、即座にハンドサインを送る。
そして彼らは、静かにその町を後にするのだった。




