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　遠くから歓声が聞こえてくるが、ここだけはまるで周囲から切り取られたかのように静まり返っていた。

　近くのアブノミューレたちも、俺とフォルツェの戦いが終わらないことを察しているのだろう。

　こちらの武装は、剣一本と膝の刺。対するフォルツェ機の武装は、右腕の剣だけ。正直、武装に関して有利不利が出るような差は無い。

　なら差が出るのは、あの強化魔法。フォルツェの言うことを信じるのだとすれば、相当な強化が行われているはず。俺のフルマニュアルコントロールでどこまで付いていけるか……いや、もうこんな細かいところを考える必要はないな。

　今やるべきことは、目の前の相手をぶっ倒すだけだ！

「さあ、行くよ」

　フォルツェ機が駆け出し、迫ってくる。速度はかなり早く、ビーストモードの時よりも瞬発力がありそうだ。

　こちらの攻撃のテンポを上げなければ、押し込まれるな。

　フォルツェ機に合わせてこちらも駆け出し、一気に距離を詰め剣を振るった。

　正面からぶつかり合う二本の刃。だが、押し合いにはならなかった。

　フォルツェ機が即座に左横へと回り込んでくる。

　狙うのは当然そっちか。だが、分かっているなら対処はできる。

　ステップを踏み、フォルツェの動きに対応してフォルツェ機の前へと躍り出る。そして、至近距離まで来ていた敵機に対して膝蹴りを入れる。

　フォルツェ機は、そのまま横に流れ、倒れながら膝蹴りを回避した。そして、即座に起き上がりながら剣を突き出してくる。

　その剣を弾き上げ、がら空きになった腹部に対して再び蹴りを……！？

　蹴りを入れようとした瞬間、俺はとっさに機体を横へと飛びのかせる。

　直後、操縦席があった部分を剣先が通り過ぎた。

「チッ」

　フォルツェ機が倒れた拍子に近くに落ちていた剣を拾っていたのだ。

　今まで続いていた激しい戦闘の名残で、周辺にはアブノミューレが使っていた武装が大量に落ちている。それを拾ったのだろう。

　二刀流になったフォルツェ機に対して、俺は剣を構える。

　まずは対等な状態に持ち込もう。狙うのはどちらかの腕。一瞬でも隙が出来た瞬間に切り落としてやる。

　俺たちは再び突撃して切り結ぶ。

　二本の剣をさばきながら、俺は必死に隙を窺う。

　フォルツェとこれまで何回も戦ってきたが、これと言って特徴的な癖はない。ある意味基本に忠実なようにも思えるが、だからと言って基本通りでもない。

　基本を真似たオリジナル。それがフォルツェの動きだ。

　だから、奴の特徴を掴むのは難しい。

　けど、不可能じゃない。

　右、左、右、そして左のフェイントから、足。

　確実に攻撃をさばきつつ、戦場を移動する。

　足を止めると、たちまち白煙に包まれるのだ。今視界を奪われるのは致命的だ。

　こちらの様子を窺っていたアブノミューレたちの間を抜け、剣をぶつけ合う。

　フォルツェも俺以外には完全に興味をなくしているようだ。すれ違いざまにアブノミューレを狙うこともしない。

　それならそれでいい。被害が減るに越したことはない。

　何度目かの斬り合い。そこで俺は攻勢に出る。

　フェイントを入れる瞬間を狙い、一歩踏み込み剣を振るう。

「そこ！」

「クッ」

　フォルツェは振るった剣を受け止め、残った剣でこちらを狙う。

　俺は即座に後退し、その剣を躱した。そしてさらに踏み込み操縦席を狙う。

　剣はやはり防がれるが、防御が間に合わなかったのか、剣は胸部装甲の隅を軽く擦る。これまでだったら完全に防がれていた攻撃だ。なるほど、これがフォルツェの言っていた消耗か。

「まだ！」

　フォルツェが叫ぶように声を上げ、剣を投げ捨てこちらの頭部を鷲掴みにしてきた。

「まだ終わらない！」

　ミシリと音がして、頭部に指が食い込む。可動モニターが暗くなり、俺は即座にカメラを切り替えた。

　そして、剣を持ったまま腕で相手の胴体を掴み、捩じり倒す。

「もう終われ！　お前はここで終われ！」

「まだだよ！　僕はもっと光を見る！」

　振り下ろした剣は、ギリギリのところで剣によって防がれ頭部を貫くだけに終わるた。そして、もう一本がこちらへと迫ってくる。

　機体を捻らせ、回避するが少し間に合わなかったのか左肩に突き刺さった。だがこれはチャンスだ。

　俺は機体を倒し、剣を巻き込んで思いっきり横へと転がる。

　フォルツェ機は剣を掴んでいることが出来ずに、手放した。

　俺は機体を立ち上がらせながら、左肩をパージする。

　

「これでお互い、武器は剣一本だ」

「はは、懐かしいや。この光景」

「そうかもしれないな」

　こちらは片腕。そしてフォルツェは胸部の装甲が抉れ操縦席が丸見え。頭部はお互いに破壊され、武装は剣のみ。

　俺が初めてアルミュナーレに乗り、そして初めて戦った時の結末だ。

「あの時はここで引き分けに終わった」

「けど今日は、どっちかが死ぬまで止まらない！」

　俺たちは同時に駆け出し、相手の操縦席目掛けて剣を突き出す。

　こちらの剣は胸部の右上を、フォルツェの剣は腰を貫く。

　警告音が響き、モニターに燃料漏れの表示が出た。腰を抜かれたときに、ジェネレーターへの供給パイプを破壊されたようだ。

　だが、気にする必要はない。

　もう戦争自体は終わっている。後は目の前の敵を倒せばいいのだ。

　剣を引き抜き、再び突き出す。操縦席への確実なルートだったが、フォルツェの腕がそれを阻む。

　左腕を破壊しながら、剣は胸部装甲に防がれた。

　そしてフォルツェ機の剣が迫る。

　完全に躱しきるのは無理だ。剣も腕に埋まっていてすぐには抜けない。

　なら足で！

　タイミングを合わせて膝を蹴り上げる。

　膝先に取り付けられた刺が、剣にぶつかり軌道をわずかに逸らした。だが、フォルツェはそれを予見していた。

　剣の威力は弱く、即座に軌道を修正できるものだったのだ。

　蹴り上げた剣が肩から叩き込まれる。

　火花が飛び、モニターの大部分が破壊された。生きているのは四枚、どれも罅が入っている。

「届かなかったか」

「簡単に俺には届かせない」

　剣を引き抜かれたタイミングで、俺は振り上げた足を前へと蹴りだす。

「くっ」

　胸部を激しく蹴られ、フォルツェ機が大きく後退した。その拍子に、こちらの剣も抜ける。

「ハァァアアア！」

「このぉぉおお！」

　もはや、作戦も戦略もない。ただ目の前の敵を倒した眼だけに、機体を操作し、剣を振るう。

　切り結び、蹴り、時に体当たりを掛け、押し倒し、殴り飛ばされ、蹴り飛ばし――

　それは、傍から見ればアルミュナーレの戦闘とは到底思えないほど泥臭いものだった。

　だが、そんな戦いにも決着は必ずやってくる。

「ぐっ」

　フォルツェ機から一瞬力が抜けた。

　割れたモニターに一瞬だけ映ったのは、苦しそうな表情のフォルツェの姿。

　だが、すぐに調子を取り戻し、こちらと切り結ぶ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「んくっ、はぁ。まだ……まだ！」

　俺もフォルツェも、機体よりも先に俺たち自身が倒れてしまいそうだ。

　疲労はすでにピークを超えている。浴びるように受けた衝撃に、体中痣だらけになっているだろう。

　いつの間にか唇を噛んだのか、口の端からも血が垂れていた。

　口内に感じるわずかな鉄の足を飲み込み、俺はペダルに力を籠める。

「これで――終わりだ！」

　二本の刃が交差し、お互いの操縦席を貫いた。

　

　　　　　　　　　　◇

「報告します。戦場にいた帝国兵は全て投降。本部を制圧したことにより、完全に部隊の掌握を行いました。帝国兵はすでに武装解除を終え、数か所の町に集めて監視しております」

「分かりました。帝国側の動きは？」

「かなり慌ただしいです。こちらの降伏勧告に対して、戦場の事実確認を行っている最中というところでしょうか。ただ、こちらも町には侵攻を掛けていますので、降伏を受け入れるのも近いかと」

「分かったわ。引き続き情報収集をお願いね」

「ハッ！」

　緩衝地帯での激突は、フェイタル王国の勝利によって幕を閉じた。

　だが、即座に次の戦いが始まったのだ。イネスは、帝国側の兵士を武装解除し、数か所の地域でまとめて監視しながら、残った部隊で帝国側の町へと侵攻を掛けたのだ。

　と、言っても、帝国がやったように町を焼き払ったわけではない。それぞれの町に対して、緩衝地帯でのフェイタル王国勝利を伝え、町を解放するように命じたのだ。

　当然、国境付近の町は帝国側が動かせるだけの戦力を緩衝地帯に集めたことを知っている。そして、アブノミューレ部隊が町まで侵攻してきた事実が、確認を取るまでもなくオーバード側の敗北を理解させたのだ。

　その為、さしたる抵抗もなく、多くの町が門を開きフェイタルを受け入れた。

　現在はイネス自身は緩衝地帯の砦で前線指揮を執りつつ、各所に派遣した部隊から情報を受けて帝国側の動きを待っているところである。

「イネス様、帝国はどう動かれると思いますか？」

　訪ねてきたのは、モーリスだ。

「このまま停戦協定に入るか、それとも帝都が落ちるまで戦うか。正直五分五分よね。ただ、気持ち停戦協定の方が大きいかしら」

「八将騎士を削れたのは大きいですな」

「ええ、我が騎士が頑張ってくれたもの」

　八将騎士第一席、その喪失は帝国側の士気を削るには十分すぎる成果だ。

　帝国最強の名を有していた人物を倒せる相手と、正面からぶつかりたいと思う相手は、よっぽどの自信家かはたまた狂人かのどちらかしかいない。

「そのエルド隊長の様子は？」

「まだ眠っているわ。怪我は酷くないし、命に別状はないみたいだから安心はしているけどね」

「そうですか。どちらにしろ彼の機体もほぼ全損。修理にも時間がかかるでしょう。戦線に出るのは無理ですし、ここはゆっくりと休んでもらいたいものですな」

　それは比喩的に、エルドの護衛対象であるイネスにさっさと王都に帰れと言っているようなものだ。

　イネスもそれは理解しているため、黙って聞き流す。

「とりあえず、今は待つしかないわ。他の戦力も急ピッチで立て直しを図ってるけど、やっぱり消耗は大きかったもの」

　緩衝地帯での激突は、お互いの戦力を大きく削って幕を閉じた。

　帝国側の損耗率は三十％におよび、王国も部隊の二十％近くに被害が出ている。

　アブノミューレが破壊されたことによる損害が大きいため、人の死という意味での存在は、戦争の規模からすればかなり少ないのだが、国の経済を考える身としては、イネスもこの戦闘の勝利を手放しでは喜べない。

　帝国からできるだけ賠償金をむしり取りたいところだと考えつつ、イネスは席を立つ。

「エルドのところに行ってくるわ」

「護衛は？」

「いいわ。この砦の中だし、エルドの傍にはアンジュもいるもの」

「分かりました。こちらは被害報告のまとめを急がせておきましょう」

「お願いね」

　後をモーリスに託し、イネスは砦の中を進む。

　砦も先の戦闘で階段部分を破壊されるなど被害を出したが、既に修復が行われ、今は簡易の階段が設置されている。

　それを使って一階へと降り、エルド用に当てがわれた病室へとやってきた。

「アンジュ、いるかしら？」

「はい」

　ノックすると、すぐにアンジュが中から顔を出す。イネスをすぐに部屋の中へと誘導し、椅子を差し出した。

「ありがと」

「お茶入れてきますね」

「いいわ、少しでもエルドの傍にいてあげなさい」

「ありがとうございます」

　二人が視線を向ける先には、ベッドに寝かされたままのエルドの姿。

　目立った外傷はなく、特別な医療器具も装着されていない。ただ、点滴だけがエルドの腕からつながれているだけだ。

「様子は？」

「目を覚ます様子はまだありません。ただ、点滴からの栄養補給は問題なく行われているみたいで、血色はだいぶ良くなってきました。お医者さんも、このままなら数日を待たずに目を覚ますだろうと」

「そう、良かった。できることなら、すぐにでも王都に戻っていい医者に見せてあげたいところなんだけど、ごめんなさいね。今私がここを動くわけにはいかないの」

「いえ、戦いが終わった直後で、いろいろ敏感な時期ですから仕方ないですよ」

　緩衝地帯の戦いから、まだ五日しか経っていないのだ。

　今総司令としてここにいるイネスが、砦を離れるわけにはいかない。

　それに合わせて、エルド達近衛部隊もこの砦に残っているのだが、エルドは眠りから覚めず、機体も全損状態。オレールたちが急ピッチで直してはいるが、ジェネレーターが動けば御の字というレベルだ。

　正直に言って、何もできないというのが正しい。

　自分が何もできないことのもどかしさに、イネスは拳を握りしめる。

「何もできないことが、こんなに悔しいと感じたのは久しぶりよ」

　これまでも、自分の無力さを痛感することは何度となくあった。エルドが近衛となる前までは、やりたいことを未成年であること、女性であることを理由に断られてきたのだ。エルドが近衛となり、剣を得たことでイネスのやれることは格段に増えたが、それは剣(エルド)が優秀だったからなのだと改めて痛感する。

　そんなイネスの拳を、アンジュの暖かい手が包み込んだ。

「イネス様。イネス様のできることは、私にはできないことです。当然エルド君にも、他の隊のみんなにもできないことです。そんなイネス様だから、私たちは頼りにしているし、守りたいと思ったんです。ですから、焦らないでください。イネス様が必要とされるときは必ず来ます」

「――そうね。不安で少し回りが見えなくなっていたみたい。ありがとう、アンジュ。あなたたちがいたから、私はここまでこれたんだもの。そうよね、なら今度は私が、あなたたちのために動く番」

「なら、早速。調べてもらいたいことがあります」

『エルド（君）！？』

　突然聞こえてきた声に、二人は驚いて視線を向ける。

　エルドは、薄っすらと目を開け、天井を見ていた。

「エルド君、良かった！」

　感極まったアンジュがエルドへと抱き着き、涙を流す。エルドは片腕でアンジュを抱き留め、その背中を優しくなでる。

「悪い、心配かけた」

「もう、ほんとだよ！」

「エルド、調べてもらいたいって何を？」

「N37,11,58　E19,36,20」

「その数字は何？」

「分かりません。NとEからして緯度と経度だとは思うんですが、どこの座標までかは不明です」

「それを調べればいいのね。そこに何があるの？」

「レイラ曰く、戦争を終わらせるための最後の鍵だそうです」

「最後の鍵？」

「ええ」

　それが何なのか、エルドにもイネスにも当然分からない。

　もしかしたら、レイラが最後に残した嘘なのかもしれない。だが、あの時のレイラがそんな言葉を残すようには思えなかった。

「分かったわ。本国に連絡して、最速で調べさせるから」

「お願いします。クッ……」

「エルド、まだ病み上がりなんだから、ゆっくり休みなさい」

「そうだよ。五日も寝込んでたんだから」

「そっか。ならもう少しだけ休ませてもらいます」

　ゆっくりと目を閉じたエルドが、寝息を立て始める。

　アンジュはそんなエルドの様子を嬉しそうに眺め、イネスはそっと部屋を後にするのだった。