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短かった冬が終わりを告げようとしている。
それは、戦争の開始を告げるものでもあった。
バティスとレオンは、すでに部隊を整え緩衝地帯へと向かい、着実に開戦の準備を進めている。
七割ほどが既に部隊の集結を完了し、最終配置の確認に入っているらしい。
そして、残りの三割がどこにいるのかというと、ここ王都だ。
ちなみに、俺たちの部隊も王都で待機している。
別に、王女様の近衛部隊だから王都待機しているという訳ではない。今回の戦いに、俺を温存させておくだけの理由は無いのだとか。
まあ、俺としてもただ指をくわえて遠くから眺めているだけなんてことにならなくてよかったと思っているが。
で、なんで俺を含め三割の部隊がいまだ王都に残っているかというと、出陣式のためだ。
正直、俺としては面倒以外の何物でもないのだが、現在軍部の統括が姫様であり、今度の戦いでも前線まで出張るために盛大にパレードをしなければならないのだとか。
姫様自身も、他にやらなければならないことが山のようにあるためうんざりしていたが、国民を安心させるためにも必要なことらしい。
そんなわけで、冬が完全に過ぎる前の今日。王都では何発もの花火が打ちあがり、大通りを軍隊が行進していた。
先頭を進むのは、ブラスバンドの一団。その後ろに馬車が続き、姫様の乗る魔導車もその中にある。
オープンカーになっている魔導車から上半身を出して手を振る姿は、まさしく大国のお姫様である。まあ、正確にはもう姫じゃないんだけどね。王様兄さんだし。
そして、その後ろを俺が機体に乗って進んでいる。
他の機体とシルエットからして違う俺の機体は、最初に目に飛び込んでくるアルミュナーレとしてはインパクトが抜群だ。
そのゴツさと武装の多さで、民の安心感を得る作戦らしい。
なお、今回は操縦席から外には出ていない。パレードの時は歩行をオートにして肩に乗るのが基本だが、今回は事情がちょっと違う。
その理由は、俺の後ろに続くアブノミューレの部隊にある。
バックモニターで見るアブノミューレの姿は、今までの物とかなり違う。
肩に巨大なライフルが装着されており、両手には盾を持っていた。
いわゆる狙撃専門機というやつだ。
冬の間の準備は、アブノミューレの運用に新たな進化を与えた。それが特化型の存在である。
兵士が歩兵、魔法兵、騎兵に別れるように、アブノミューレも狙撃機、近接機、汎用機の三タイプに分かれたのだ。
軍隊運用としては当然のことかもしれないが、これまで完成した機体をひたすら前線に送り込まなければならなかったため、部隊の編制や装備の開発が進んでいなかったのだ。
だが、冬の間にそれが進められ、なんとか開戦に間に合ったわけだな。
狙撃機は、見ての通り両手の盾で自身を守りながら、肩のライフルで長距離の敵を撃破するタイプだ。このライフルは、俺のペルフィリーズィが基礎になっており、肩に担いだことで、弾倉がバックパックに接続されている。おかげで、弾倉を入れ替える必要はなくなったが、背中に火器で攻撃されると弾薬が一斉に爆発し機体を吹き飛ばしてしまう弱点もある。それを防ぐために集団運用なんだけどな。
そして、狙撃機の後ろを進むのが近接機。
その名の通り、近接先頭を主体として考えられた機体で、武装は剣が主体だ。大剣か普通の剣かは操縦者によって選べるので、腰差し二本や背中に大剣が一本、間を取って、大剣と普通の剣など、見た目的には結構バラバラだったりする。もちろん、盾も持てるため、中には盾と剣を構える汎用機に近いものもいた。
基本的に遠距離兵器を装備していないので、乱戦になるか突撃の命令が出るまでは狙撃機の後ろで待機となる部隊だ。
最後尾を歩くのが、汎用機。
こいつらは、今までのアブノミューレとほぼ変わらない装備をしている。
両脇の剣にミドルシールド、腰の後ろにハーモニカピストレを装備し、弾倉もいくつか抱えている。
狙撃機が敵機を攻撃している間に接近して、乱戦に持ち込むのがこいつらの役割だ。つまり、近接機が近づくための土台作りだな。その分死ぬ確率が高いと考えられており、アブノミューレの操縦士の中でもエリート組を乗せるのか、それとも捨て石にするのかかなり議論されたらしい。
結局自信のある者に志願させるという仕組みにしたそうだが、意外と志願が多かったそうな。ある意味アルミュナーレに近い運用になるため、こちら側になりやすいと思った人が多かったらしい。
そんな感じで、アブノミューレは運用事に機体の形を大きく変え、今日晴れてお披露目となったのである。
今までと違う機体がズラッと並ぶこのパレードに、見に来た者たちは大興奮の様子だ。
ただ少し気になる点もある。
俺は集音魔法を発動させ、それをパレードの観客たちに集中させる。
「フェイタル王国万歳」「陛下に勝利を!」「イネス様万歳」
など、フェイタルをたたえる声の中に、少なからず混じる憎悪の声。
「オーバードに死を!」「敵を根絶やしに!」
そんな声が聞こえてくるのだ。
確かに戦争をしているのだか、敵を恨む声があってもおかしくはない。
だが、一年前。レイラたちが王都に強襲をかける前までは、この声はほとんどなかったのだ。
ただ、オーバードは怖いねといった程度の、どこか対岸の火事のような感覚で、ここまで直接オーバードの人間に憎しみをもって言葉を発することはなかった。
これがレイラの言っていた、憎しみを煽り戦争を進めると言うことなのだろうか。
確かにもう彼らに説得の言葉は無意味だろう。
彼らの中に渦巻く憎悪は、簡単に消えるほど軟な炎ではない。
パレードの出発前。姫様は言っていた。
「次の戦い。オーバードに降伏勧告を突きつけられなければ、戦争は泥沼のものとなり、これまでとは比べ物にならないほど多くの死者を出すことになるでしょう。それほどまでに、フェイタルの国民はオーバードを憎んでしまった。だからこそ、次の戦いで必ず決着を付けます」
その意味が彼らの声で嫌というほど理解できた。
だからこそ、俺も誓おう。次の戦い、俺の前に立ちはだかるものは、全員なぎ倒し勝利を掴む。
パレードを終え、俺たちは慌ただしく前線へと向かう。
と言っても、姫様を含めた上層部は魔導列車による移動だ。さすがにアブノミューレたちを全部乗せることは出来ないため、彼らには歩いて行ってもらうしかないが、俺の機体だけならば乗せることも可能なのだ。
便利になったと思いつつ、前線の基地に到着する。そこは、俺たちが戦線を維持し、なんとか完成までこぎつけた緩衝地帯の砦。
新たにムーブ砦と名付けられたその砦が、俺たちの最前線だ。
数多くの兵士たちに迎えられながら、姫様はアルミュナーレ隊総指揮のモーリス総司令そしてアブノミューレ隊総指揮を担当するクルーゼ総司令と共に砦の中へと入る。
「司令部の準備はどうなっていますか?」
「すでに設営は完了しております」
先に砦へと来ていた士官の一人が、姫様の問いに答えていく。
「ありがとう。帝国側の様子は?」
「前線の構築は徐々に出来上がっている様子です。今も、部隊の補充を行っているのか、偵察が戻ってくるたびに数が増えていると報告が上がっています。後ほど、地図と共に敵の配置も説明できるかと」
「分かりました。では現状の確認も含めて、一時間後に会議を行います。モーリス、クルーゼ、いいわね?」
『了解しました』
「他の士官にも集合をかけてください。それと、私たちがここに来たことで、敵が過敏に動く可能性もあります。今日明日の警戒は最大に。エルド、あなたも警備に回って。こちらはアンジュとエイスで十分よ」
「了解しました。では失礼します。二人とも、頼むぞ」
「うん」「まかせて」
まあ、対人戦においてあいつら二人を出し抜くのは相当難しいだろうしな。俺は俺の得意な分野で頑張らせてもらおうか。
姫様の下を離れ、俺は格納庫へとやってくる。そこではすでにいつでも出撃できる状態のペスピラージュが待機している。
「オレールさん、行けますよね?」
「いつでも行けるぞ。なんじゃ、もう出るんか?」
「ええ、敵が姫様たちに反応して動く可能性があるらしくて」
「なるほどのう。カリーネ! 隊長が出るぞ!」
オレールさんが声を上げると、操縦席からカリーネさんが姿を現す。
「分かったわ! よっこいしょっと。あら隊長、もう来てたのね」
「今から出ます」
「物理演算器の機嫌はばっちりよ。最高のパフォーマンスを見せてくれるわ」
「ありがとうございます」
カリーネさんと入れ替わるように、操縦席へと飛び込み、機体を起動させる。
ハンガーからロックが外れ、機体が自由に立った。
「エルド、ペスピラージュ出るぞ!」
整備士たちが退避したのを確認して、俺は機体を進ませる。格納庫を出て、そのまま砦の外へ。
広がる緩衝地帯の先には、帝国側の前線が見える。モニターをズームさせれば、かなりの数の機体が監視についているのが分かった。
「確かにあれは、いつでも動けそうだな」
さらによく観察してみれば、アブノミューレ部隊にバリエーションがあることに気づく。
どうやら向こうも、この冬の間に機体運用を整えてきたらしい。
となれば、アブノミューレ同士の戦いは、歩兵のそれとさほど変わらないものになりそうだ。
だが、その戦局を大きく変える兵器がこの世界にはある。
アルミュナーレ一機が、アブノミューレの部隊に突っ込めば、それだけで敵の部隊を壊滅させることができるだろう。
結局、戦場の優劣を決めるのはアルミュナーレの働き次第になりそうだな。
◇
「では戦力分布の報告からお願いします」
イネスの声とともに会議が始まる。
一人の男が立ち上がり、テーブルに広げられた地図を指揮棒で指しながら、現状を説明していく。
「まずこちらの戦力ですが、今日到着した部隊を合わせて、ほぼ集結は完了しております。配置につきましては、ここを起点として南北に七部隊ずつアブノミューレの部隊を一部隊五十機計三百五十機展開、その後方にアルミュナーレを各二機ずつ用意し、遊撃に当たらせることとなっています」
士官は地図を指し示しながら、同時に黒い駒を地図へと設置していく。
「敵側はどのような配置になっていますか?」
「現状、偵察にあたらせた者たちの報告によりますと、川を渡った先、比較的浅い位置で陣を展開しているもようです」
指揮棒がさすのは、緩衝地帯の中でも帝国よりの平原だ。そして白い駒を十個、陣の周辺に立たせる。
「部隊数はおよそ十。これは我が国より多い数ではありますが、一部隊のアブノミューレの数はおよそ三十から四十と推測されております」
「実質的な数は同じですか」
「ですが、指揮系統が細かいと部隊の崩壊は少なくなりますな。一度に総崩れを起こすことはまずないでしょう」
地図を見ながら、元歩兵師団長だったクルーゼが顎に手を当てる。
一部隊あたりの人数が多ければ、確かに一見有利のように見える。しかし、敵に押されているときは、多いほうが指揮が通りにくく、部隊の崩壊が致命的になりやすい欠点もあるのだ。
帝国側は全体的な士気が下がっているため、このように一部隊の数を減らしそのリスクを削減していた。
「長期戦ではこちらが不利になりそうですね。アルミュナーレの様子はわかりますか?」
「帝国の機体は三機確認できています。どれも本部の護衛に当たっているようで、うち一機は八将騎士の第二席ショーレン・ツィーヴァ・サンドルシアの機体と確認されています」
「第二席、密偵の話では東の防衛に回っていたはずでは」
「この戦いのために召集されたということでしょう。それだけ、帝国の本気ということです。傭兵はどれほどいそうですか?」
「確認できているのは五機です。その中にエルシャルド傭兵団の機体の三機も確認できています」
「そうですか。やはり出てきましたね。ですが、予想よりも傭兵団が少なく感じますね。八機程度は来ると思っていたのですが」
アルミュナーレを持つ傭兵団にとって、大国同士の戦争はまさに稼ぎ場だ。だからこそ、フェイタルとオーバードの戦争ならば多くの傭兵が出てくると考えていたのだが、戦争の気配が近づいているというのに、確認できているのは五機だけ。
その少なさがイネスには気になった。
「隠れている可能性はありますか? 南北からの挟撃などは?」
「偵察は南北にも出して、常にほかの砦と連携しながら行っています。今のところ、それらしき影は見当たりません。また、挟撃は今回に限って言えばかなり難しいかと。戦線が広すぎて、挟むこと自体ができませんから」
南北に広く広がる部隊配置は、挟撃するには間が開きすぎているのだ。ゆえに、片側からせめても一時的に体制を崩すことしかできない。
それに備えて、両脇の二部隊にはその後方にアルミュナーレをもう二機ずつ追加する予定である。
「そうですか」
「ただ、あと一か月ほどすれば、敵の数はさらに増えると予想されます。一月で三部隊は覚悟しておいたほうがいいかと」
「やはり、長引かせるわけにはいきませんね。決戦は一カ月以内に行いましょう。相手に動きがなければ、こちらから仕掛けます」
戦いの気配は、春の香りとともにもう目と鼻の先まで来ていた。
次回予告
戦いが始まる。それぞれの前線で、彼らは命を懸けその剣を振るう




