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次回予告の場所までいけなかった……
合計十二台の馬車が街道を進む。
さすがにこの規模の移動となれば、途中で襲ってくるような強者はいない。
むしろ、アルミュナーレが先頭に立ち、歩兵が周囲を警戒する部隊に喧嘩を売れるような盗賊ならば見てみたいぐらいだ。
レイターキからベルジオの王都へは直線距離でおよそ二週間程度の距離にある。
しかし、王国とベルジオの間に帝国が略奪した領土があり、そこを突っ切るのは危険と判断した俺たちは、一部山脈を越え北部地域を使った迂回ルートを通り、三週間ほどの予定で進んでいた。
そのおかげもあり、一度も襲われることなく、特に問題になるような天候もなく、順調に進んできている。
今は既にベルジオ国内へと入り、うっそうと茂る大森林の中に作られた細い道を通っている最中だ。
ベルジオの道路の大半は、こういった森の中にある細い道であり、大規模な商隊や旅人と遭遇するとすれ違うのもやっとである。
だがそのおかげで、大規模な軍の侵攻などからは守られており、今も帝国の侵略に抵抗できているのだから、あまり文句は言えないな。
そんなことを思いつつ、進んでいくと斥侯として先を進んでいたブノワさんが戻って来た。
「周辺に怪しい気配あり。少し速度を落として警戒を」
「分かりました。カトレアを呼び戻してください。警戒態勢を取ります」
ブノワさんが何かを感じたとなれば、まず間違いなく何かあるはずだ。
とりあえず斥侯に出ているもう一人のカトレアさんを呼び戻し、部隊全体に速度を落とすように指示を出す。
ついでに、歩兵部隊の間隔を狭め、死角を無くす。
と、速度が遅くなったことに気付いたのか、姫様からの伝言を側付きが持ってきた。
「イネス様が何かあったのかと」
「斥侯が怪しげな気配を感じています。周辺に敵性の何かがいる可能性があるので、姫様には馬車で大人しくしておくように言ってください。獣程度なら問題はないのですが、この規模の部隊に近づいてくるとは思えませんので」
「分かりました」
明確にこの部隊を狙った何かだと言うことは理解できる。となれば、侵入している帝国軍の連中か、はたまた盗賊の類か。
そして、万が一の可能性も考え、俺は追加で指示を出す。
「全部隊に連絡。向こうが攻撃してくるまで、こちらから手を出すことは絶対にするな」
「了解」
伝令に走らせ、専守防衛を絶対にする。
もしここにいる気配が帝国でも盗賊でもない場合。それは、ここで戦っているベルジオの軍と言うことになる。
ゲリラ戦を行っている以上、常に最新の情報が手に入るとも限らないし、何かしらのトラブルで伝わるべき情報が伝わっていない可能性もある。
もしここで、ゲリラと俺たちがぶつかることになれば、姫様がわざわざここまで来た意味が水の泡と化すからな。ことは慎重に運びたい。
そんなことを考え、準備を進めるうちにブノワさんがカトレアを連れて戻って来た。
「二人はオレールさんたちの護衛を」
『了解』
姫様の護衛も兼ねて、俺たちの馬車はすぐ近くを移動している。
そこならば姫様の動向を確認しつつ、臨機応変に動けるはずだ。
さて、配置はこれで大丈夫かな。後は、相手側からアクションがあるのを待つだけだ。
ゆっくりと部隊は進み、徐々に道が広くなってくる。
あらかじめ貰っていた地図を確認すると、この先に休憩場のような広場があるようだ。
そこでいったん休むのもありかもしれない。腰を落ち着ければ、対処の幅も広がる。
「この先で部隊を止めます。向こうからの反応があるかもしれませんので、長めに時間を取りますから、警戒は続けつつ交代で休憩を」
「了解。全部隊に伝えます」
再び伝令を出し、俺たちは広場へと到着した。
そこは、伐採の後が残る小さな広場だ。アルミュナーレならば五機もいればきつきつになってしまいそうである。
広場へと入って来た馬車は綺麗に並んで止まり、降りてきた兵士たちは各々に周囲の警戒や休憩を始める。
俺もカメラで周囲を確認するが、人影らしきものは見えない。しかし、ブノワさんたちが警戒を解いていないことからも、まだ見張られているのだろう。となると、かなり森の中にいることになれているってことになるな。
出来ることなら、早めに接触してきてもらいたいものだ。
そして、一時間程度の休憩を取り、そろそろ出発しようかというところでついに相手側が動いた。
周囲の森から一斉に飛び出してきた草の塊が、槍やクロスボウをこちらに向けて構えているのだ。
「ギリースーツか」
俺は囲まれたこと以上に、敵兵の来ている迷彩スーツに見とれていた。それは、大量の枯れ草を編み込んだ、まさにギリースーツと呼ぶべきものだ。たしかに、あれだけ草に覆われていれば、森の中では分からないのも頷ける。
こちらの兵士は、専守防衛を命じておいたおかげか、突発的に反撃することもなく静かに武器を構え守備の陣形を整えていく。
姫様の護衛に付けられた部隊だけあって、兵士たちは落ち着いており、動きも迅速だ。
そして、ギリースーツの中から一人が一歩前に出ると、頭にかかっていた草をかき揚げ顔をさらす。
「私はベルジオ王国第二防衛師団第三部隊隊長ゲオである! そちらの所属と我が国に来た理由を聞こう! 返答次第によっては、このまま戦闘になることを承知してもらいたい」
ふむ、やはりというか、森林部での配置の上手さなどから薄々予想はしていたが、ベルジオの国軍ゲリラ部隊だったようだ。
向こうの様子からするに、こちらのことは聞いていないのだろうが、明らかに帝国や傭兵とも違うことから、念のために確認という感じだろう。
さて、ここは姫様が出るべきか俺が出るべきか。安全から考えれば俺が返答するのがいいのだろうが、姫様が話したほうが早い気がする。それに、国境でもらった入国許可書を持っているのは姫様だし。
そう思って、モニターで姫様の馬車を確認すると、その窓から姫様がこちらを見ているのに気が付いた。
その指が、お前が話せと指示している。
「了解」
マイクに拾われない程度の声で呟き、返答を待つ相手に向かって答える。
「こちらはフェイタル王国特使とその護衛部隊です。入国許可書も発行していただいているので、確認が必要であればお見せしますが」
「フェイタル王国の特使?」
ゲオと名乗った男性は、首を傾げながら周囲の仲間たちを窺う。
他の仲間たちも何も聞いていないようで、一様に首を横に振っていた。
「念のため確認させてもらいたい」
「分かりました。アンジュ頼む」
姫様の護衛として馬車に同乗しているアンジュに頼み、入国許可書をもって馬車を降りてもらう。アンジュなら突発的に襲われてもなんとでもなるからな。
馬車から降りてきたアンジュは、ゲオに近づき持っていた用紙を手渡す。
ゲオはそれを受け取り、アンジュの動きに注意しつつその用紙を確認した。
「確かに本物だ。国境警備隊の印もある」
ゲオは部隊の全員に指示を出し、武装を下げさせた。
「確認しました。確かに本物のようです。失礼しました」
アンジュへと手紙を返し、敬礼するゲオ。
俺はアンジュに馬車へと戻るように告げ、ゲオと話しを続ける。
「この辺りにベルジオの部隊がいると言うことは、戦場が近いのですか?」
それならば、姫様の安全のためにも進路を変えるか、急いで抜けなければならない。
「いえ、主戦場になっているのはもっと南です。ただ、見張りの者からアルミュナーレが見えると報告を受けたので、念のため確認に来ました」
「ああ、そう言うことでしたか」
アルミュナーレやアブノミューレはこの辺りの木から胸より上をさらしているからな。見張りがいれば、さぞ目立つだろう。
「他の部隊にも伝えておきますので、このままお進みください。半日程度で最初の町に到――
その声は最後まで聞こえず、突然の爆発音によってかき消された。
「なにが!?」
「かかったか! もうこんなところまで」
ゲオは爆発音自体にではなく、別のことに驚いているようだ。
俺は、即座にモニターで爆発のあった場所を確認する。それは、ゲオが先ほど言っていた通り、ここからかなり南に下ったほうだ。
黒煙が上がり、周囲で鳥が一斉に逃げ出している。
「すみません、自分たちは戻ります」
「敵……帝国ですね」
「ええ、陣地の周囲にトラップを仕掛けていましたので、それに掛かったようです。思ったより侵攻が早いですが、何とか食い止めますので、その間に通り抜けてください」
ゲオが即座に指示を出し、隊員たちが森の中へと駆け込んでいく。
森で鍛えられた彼らの動きは早く、一瞬にして木々の中に紛れて行ってしまった。
さて、ここで俺には二つの選択肢が現れた。
いや、正直俺が選べるものではないのかもしれないけど……
一つは彼らと共に帝国の部隊と戦うもの。そしてもう一つは、彼らの言う通り早いところここを抜けてしまうもの。
で、なぜ選べないかといわれたら――
「我が騎士! 行きなさい!」
やっぱりそうなるよな……俺姫様の護衛のはずなんだけど、そう簡単にほいほい離れられるわけにもいかないでしょうが!
とりあえず、近衛騎士として反論はしておこう。
「ここは彼らの指示に従うべきだと思うのですが……一応姫様の護衛中ですし、彼らも森林での戦いのプロです。むしろ自分が行けば邪魔になるのでは?」
「相手がアルミュナーレでもですか? 確かにベルジオにもアルミュナーレやアブノミューレに対応する手段はあります。しかしそれは、アルミュナーレをぶつけるほど確実なものではありません。あの隊長も、もう来たと言っていたでしょう。もしかすると、かなり押し込まれているのかもしれません。ここは、我が騎士が直接確認してきなさい」
「……他国の戦争に介入しろと言うことですか?」
それは外交どころの話ではない。
まだベルジオとは協力関係を結べていないのだ。そんな状況で戦闘に介入すれば、ベルジオに強引に恩を売りつけ仲間に引きずり込んだとみられかねない。
ベルジオからの不信感を生ませることになるし、他の国も恩を売られかねないと外交自体を拒否する可能性だって出てくる。
そんなことになれば、今姫様たちが進めている計画が全て無駄になるはずだ。
「戦闘には介入しなくていいわ。あくまで戦闘の偵察をしてきてちょうだい。その機体なら少し離れていてもよく見えるだろうし安全でしょ?」
「なるほど、そう言うことですか」
アルミュナーレはよく目立つ。それが近づいてきたのならば、帝国がどう動くか。
こちらをベルジオの味方と判断して、攻撃してくるだろう。
しかし、俺は姫様に命じられ、戦闘への介入ではなく偵察をしてきたにすぎない。そこで襲われたとなれば、フェイタルの護衛として襲ってきた相手を排除しなければならない。
ベルジオに恩を売ったのではなく、自身に降りかかる火の粉を払ったことになる訳か。
ベルジオ側は恩を売られることなく厄介な敵を排除でき、こちらは今後の交渉のために障害を排除できるわけだ。
まさにwin-winじゃないか。
「了解しました。姫様はこのまま予定の町へお願いします」
「アンジュとカトレアも連れて行きなさい。少し離れるのなら、あなたの世話役と連絡役が必要になるはずよ」
「分かりました。アンジュ、カトレアの馬に乗って、後から合流するぞ。あんまり近づきすぎるなよ」
「はいはーい」
馬車から飛び出してきたアンジュが、スタッとカトレアの後ろに座る。
馬もいきなり飛び乗られたというのに、驚いた様子はない。それどころかアンジュに乗られたことすら気づいていないのかもしれない。
相変わらず、サポートメイドの身体能力と技術はよくわからん!
「ブノワさんたちもお願いします。あとエイス、姫様を全力で護衛しろ。何があっても傷一つ付けさせるな」
「分かった。旦那様の命令なら」
「了解。エルド隊長も気を付けて」
部隊に指示を出し終えた俺は、今なお爆発の続く戦闘区域へと機体を進ませるのだった。
◇
「クソッ」
幹の太い木に隠れながら、第二防衛師団第二部隊の隊長メガンは悪態をつく。
そこから三百メートルも離れない場所には、燃え上がる森の中に悠然と佇む緑色の機体たちがあった。
帝国のアブノミューレ部隊である。
今のところアルミュナーレの姿は確認できてはいないが、あの部隊のリーダーがアルミュナーレであることは事前の偵察ですでに判明していることだ。
頭を討とうにもどこにいるか分からず、それどころかこちらの攻撃が有効打になっているようには見えない。
確実に追い込まれている状況で、メガンは大声で指示を出していく。
「ブロンゾの投擲は合わせろ! 足の関節を狙え! 装甲が無い場所ならば破壊できる!」
『了解!』
指示の直後に、数度の爆発。それと共に、アブノミューレのうちの一機がその場に崩れ落ちた。
仲間の機体に引き起こされるも、立っているのがやっとの様子だ。
「これだけやってやっと一機か」
道具の消耗と戦果が明らかに釣り合っていない。
それが、メガンたちに強烈なプレッシャーとなって襲い掛かってくる。そんなところに、北から増援が到着した。
「メガン!」
「ゲオか。監視が言っていた機体はどうした!?」
「あれは問題ない。フェイタルからの特使とその護衛だ。入国許可書も確認している」
「そうか」
ゲオの言葉を聞いて、ホッと胸を下ろす。
ここで北からもアルミュナーレの攻撃を受けたりすれば、第二防衛師団は壊滅しかねない。その可能性がぐっと減っただけでも、心が少しだけ楽になる。
「こちらの状況は?」
「確認できているだけで、量産型が六機だ。頭は見つかっていない。一機は足をやった」
「なるほど、こちらも展開するぞ!」
ゲオの指示に合わせて、部隊がさらにアブノミューレを取り囲むように展開し、同じくブロンゾを投擲する。
爆発と共に、もう一機の足首を破壊することが出来た。だがまだ敵機は四機もいる。
「ブロンゾの残量は!?」
ゲオの問いに、メガンは自身のウエストポーチから二つの球体を取り出した。
これがブロンゾの正体。魔力液を使った手りゅう弾だ。
「二つか。他の連中も?」
「ああ、タイミングは合わせてある。他も同じぐらいだろう」
「この戦線も放棄か……」
「早すぎる。まだ下がらせたばかりだぞ?」
「だが無理をしても、無駄死にだ。ここであの方を危険に曝す訳にはいかない」
「くっ……そうだな」
部隊に撤退の指示を出そうとした直前。突如としてアブノミューレたちの進軍が止まった。
様子を見れば、一斉に北の方向を向いて警戒しているように見える。
「何が起きた」
「確認する」
ゲオが木に登り、アブノミューレたちの警戒する方向を確認すると、そこには剣の羽を生やした一機のアルミュナーレがいた。
「あいつは!?」
驚くのもつかの間、アブノミューレたちが一斉にその左腕を掲げ、大砲をアルミュナーレに向けて放った。
その弾は、いつの間にか射出されていた剣によって串刺しにされ、機体に届く前に地面へと落下する。
そして、気の抜けるような声がアルミュナーレから聞こえてくる。
「おいおい、危ないじゃないか。俺はちょっと偵察に来ただけだってのに」
お前は何を言っているのだと思わず叫びたくなるゲオ。
だが、その後に続いた言葉でゲオはアルミュナーレがここに来た意味を理解する。
「こんな問答無用で攻撃されたんじゃ、こっちも対処するしかないよなぁ!」
突如として機体が加速し、アブノミューレたちとの距離を一機に詰める。
そして、一瞬の交差と共に二機のアブノミューレが操縦席を破壊されその場へと崩れ落ちた。
さらに、振り向きざまに二機が破壊され、残っているのはゲオたちが脚部を破壊した二機だけとなる。
その二機にも容赦なく剣を突き立て、一瞬のうちに制圧を完了したアルミュナーレから操縦者の声が聞こえてきた。
「さて、護衛に戻ってさっさと町へ移動したいところなんだけど――しまったなぁ、離れすぎて護衛対象を見失ってしまったぁ」
何とも嘘くさい演技に、ゲオやその部下たちは思わず噴き出す。
もうゲオたちには、エルドが戦闘に介入した意図や建前は理解できていた。
だからこそ、自分たちが役者となることを受け入れる。
「そ、そこのアルミュナーレ! ここはベルジオの国土である! 勝手な戦闘は止してもらおう! 抵抗するようならば、こちらにも相応の考えがある! 抵抗しないのならば、我々の指示に従って後に続いて欲しい!」
フェイタル王国とベルジオたちがまだ協力関係になっていないことを証明するために、ゲオはあたかも初めて会ったときのような対処を取る。
ゲオの迫真の演技に、アルミュナーレの指がOKサインを作った。
「ゲオ、本当に大丈夫なのか?」
まだ事情を呑み込めていないメガンが若干不安そうに尋ねてくるが、ゲオはそれに力強く頷く。
「もしかしたら、流れが来ているのかもしれない。彼は我々の救世主になるかもしれないぞ。ともかく、彼を連れて本部へ戻ろう」
「分かった」
彼らは自分たちの部隊へと撤退の指示を出し、アルミュナーレを誘導して自分たちの本部へと戻るのだった。
次回予告
ベルジオの部隊と共に本部へと向かうエルド。
そこにいたのは、大胆にも日に焼けた肌をさらす女性だった。




