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レイターキで、エルドの隊が集合してから二日。
その格納庫では、ペスピラージュがバラバラに分解され、整備が行われていた。
しかし、その中に隊のメンバーの姿は無い。
どこにいるのかといえば、格納庫の片隅に併設された、仮の会議室の中である。
オレールとカリーネが黒板を挟むように立ち、席にリッツとパミラが座っている。
「さて、一通り説明したけど、分からないところとかある?」
カリーネがやり切った様子でふぅと息を吐きつつ、額の汗を拭う。
黒板にはびっちりと文字や絵が描き込まれており、今まさにカリーネが説明をしてきたことが纏められている。
「端的に言っていいか」
「ええ、どうぞ」
「なんでこんな設計になった?」
リッツからすれば、黒板に書かれている数々のシステムは、どれも今まで見たこともないような物ばかりだ。それも、整備面が一切考えられておらず、ひたすら機体を強化することのみに特化したように思える。
本来、アルミュナーレであれアブノミューレであれ、ある程度現地整備のために簡略化されたシステムや機構を積むものなのだ。それを一切無視したペスピラージュはまさに、整備士殺しと言ってもいいだろう。
そんなものを作り上げてしまった、自分の師匠と同僚に対して彼は素直な気持ちをぶつける。
「こんな機体、まともに整備できる基地がどれだけあるよ!? 主要基地以外じゃ絶対無理だろ!?」
「まあ、そうね。応急処置もパーツ外したほうが早いぐらいでしょうね」
「仕方なかろう。隊長の希望をかなえつつ、この時期に間に合わせるように急ピッチで開発したのじゃ。ブラッシュアップなど、やっとる余裕はなかった」
「にしてもこれは……」
もう一度黒板を眺め、そして眉をしかめる。
あり合わせアルミュナーレでさえ、リッツ達の整備は大変なものだったのだ。パーツの適合性が、ネジ一本から違ってくるため、帝国の機体から回収したジャンクの中から、必要なパーツを探し出す必要があったからだ。
現地整備での機能維持を最も求められる隊所属の整備士にとって、整備がしにくいというのは基地所属の整備士以上に遠慮願いたいものである。
「お主の心配しておることも分かっておる。現地整備での維持はこの機体には不可能じゃ。それはあらかじめ隊長にも理解してもらっておる」
「隊長は何て言ってんだ?」
「それで構わないって。壊さなければいいだけだし、壊れたところだけ外して動くようにしてもらえれば、自分は戦えるからって」
「さすが隊長。機体も無茶苦茶なら、隊長の無茶苦茶だな」
動けるようにしてもらえれば戦える。そんなことを言った騎士を、リッツは今まで見たことが無い。
アルミュナーレは騎士の剣だ。それを、磨かなくていいなどと言う騎士はよっぽどの馬鹿か自殺志願者ぐらいのものだろう。
だが、エルドはそのどちらでもないことを知っている。
彼は、折れた剣でも、錆びた剣でも、必ず敵を倒して帰ってくるのだ。
だからこそ生み出された機体なのだが、やはり生み出した本人たちであっても、その感情はぬぐいきれない。
「私も作りながら何度自問自答したことか」
「まあ、おおむねのことは了解した。とりあえず俺とパミラは最優先でシステムと機構の理解をすりゃいい訳か」
「そう言うことじゃ。ほれ、パミラ! そろそろ起きんか!」
スパンっと紙と束で頭を叩かれたパミラが、驚きながら顔を起こす。その頬には、しっかりと腕で押さえられた跡が赤く残っていた。
「はぅっ!? りょ、了解ですよ!」
「何が了解したのかいってみぃ」
慌てて答えるパミラに、オレールは半眼で問いかける。
「あー、えっと……ごめんなさいですよ」
潔く頭を下げるパミラに、三人から苦笑が漏れる。
「いいパミラ。出発までにシステムと機構をきっちり理解して、機体の装備を取り外せるようにしておくこと。分かった?」
「了解ですよ!」
「ほんで、これが詳しい資料じゃ」
オレールは、持っていた紙束をドサッとテーブルの上に置く。その厚みは優に五センチはくだらない。
それを見て、リッツとパミラ二人の表情が引き攣った。
「新装備や新機構、特殊装甲や火薬の取り扱いなんかも覚えないといけないからね。大変だけど頑張って。その間は私たちが指示を出してペスピラージュの整備を進めるわ」
「わ、分かった」
「がんばるのですよ……」
彼らに本当の苦悩が訪れるのは、これからのことである。
◇
整備士メンバーが格納庫で会議を行っている頃。レイターキの町に二人組の男女が繰り出していた。
「ブノワさん、これなんかどうでしょう? 似合うと思いませんか?」
カトレアが手に持つのは、宝石の付いたチョーカーである。
「いいですね。二つありますか? お揃いにしたいですし」
「どうせなら、色違いとかもいいと思いませんか?」
「では白と黒にしましょう。それぞれに映えると思いませんか?」
「いいですね。お互いの色って感じですし、仲の良さをアピールできるかもしれません」
「では店主、この二つを」
ブノワが財布を取り出し、カトレアが持っていたチョーカー二つを購入する。
店主はニコニコと二人の会話を聞きながら、代金を受け取る。
「この場で着けていくかい? ベルトの調整も可能だけど」
「着けて?」
「これをですか?」
店主の問いに、二人が同時に首を傾げた。
「ん、あんたらが着けるんじゃないのかい?」
「アハハ、いやだな。これは僕たちの分じゃありませんよ」
「ふふ、それにお揃いだなんてまるで恋人みたいじゃないですか」
「違うのかい!?」
カトレアの言葉に、店主や周りで聞き耳を立てていた者たちも一斉に振り返る。
その反応が意外で、カトレアはきょとんとしていた。
「ただの同僚ですよ。これは僕のペットの分です。この大きさだと、ちょうど首輪に良さそうなので」
「ペット用に宝石のチョーカーかい……」
「ブノワさん家の猫ちゃんなんですけどね、人懐っこくてとても可愛いんです。抱き上げると、頬擦りしてきてくれるんですよ」
うっとりとした目でその時の光景を思い出すカトレアに、周りにいた女性たちの目が輝いている。
背が高く、優美な顔立ちのカトレアは、女性たちから好かれやすい。騎士として日頃からトレーニングしているため、背筋がピンと立っているのも理由になるだろう。
そのため、カトレアの近くには必ず女性たちがおり、常に目を引き付けているのだ。
一方のブノワも、男性としては小柄で頼りなく見えるが、その優しい雰囲気が女性たちの母性を刺激するのか意外と人気がある。
この二人は、同じ斥侯と言うこともあり一緒にいることも多く、自然とブノワの飼っているペットと触れ合う機会も多くなっていた。
おかげで、これまで動物にあまり興味の無かったカトレアも、今ではどっぷりとはまってしまっているのだ。
「あ、そうだ。そろそろブラシがダメになりそうなんですけど、一緒に探してもらえませんか? フェブラちゃん用なので、少し固めがいいと思うんですけど」
「いいよ。僕も、そろそろ新しいブラシが欲しいと思ってたし、見て回ろうか」
アルミュナーレ隊の斥侯二人組。どこから見ても、中の良い恋人同士なのだが、お互いがお互いに恋心を抱くことは無い。
その愛情が向けられる先は、全てペットが独占しているのであった。
◇
「……あれなに?」
「ペット好きの二人組です」
「どう見ても恋人でしょ。あの会話で恋人じゃないとか、絶対おかしいわよ! 付き合いなさいよ! ぶちゅっとすればいいじゃないのよ!」
ブノワさんたちの買い物をドキドキと覗いていた姫様が急に暴れ出した。
俺は後ろから羽交い絞めにしつつ、アンジュに目配せする。
隣にいたアンジュは無言でうなずくと、姫様の前に立って視線を合わせた。
「イネス様~、落ち着きましょうね~」
「落ち着けるわけないでしょ! なによ今の甘々な空間は! 完全に我が子の服を選ぶ夫婦だったじゃない! あれで恋人じゃないとか神が許しても、この私が許さないわよ! そうよ、王族の力で結婚させればいいのよ! こうなったらすぐにでも! 我が騎士離しなさい~!」
「離せるわけないでしょうが」
勝手に部下を結婚させられちゃ困る。
「そうですよ。それにイネス様落ち着いて考えてみてください。あの二人にはまだ続きがあると言うことですよ」
「つ、続き?」
「そうです」
アンジュの言葉に、姫様の動きが止まった。その隙を逃さずにロックをよりしっかりとしたものに変える。これで、また暴れても逃がすことは無い。
「二人にはきっとまだ続きがあるはずです。それを想像するんです。例えばですね」
アンジュが示す例。それは、どこかの少女漫画で読んだような、甘々な展開だった。
「二人でペットを撫でながら話す日常。お互いに意識することなく、ペットを自慢するために足しげくお互いの家に通い合い、知らぬ間に距離を縮めていくんです。そして、お互いの部屋にいつの間にか相手の私物が増え、知らぬ間に相手を意識するようになるんですよ。ふとした拍子に目に入る、相手用のカップや皿、相手が好きだからと用意していた飲み物。そんなものを見つけて、少しだけ幸せな気分になる」
ゴクリと姫様から生唾を飲む音が聞こえてくる。
アンジュの想像力もなかなかだが、姫様もそれに影響されて続きが気になってしまっているようだ。
「そしてある日、自分の将来を考えた時に意識するんです。今の関係のままでいいのだろうかと。今の関係はペットを間に挟んだ関係であり、その距離には人一人分の距離がある。それを縮めたいと、そう思ったとき本当の恋が始まると思いませんか?」
「そ、それは! それは素敵な物語になるわ!」
「今イネス様がここで手を出してしまえば、そんな甘酸っぱい未来が壊れてしまう可能性があるんです。それでも、強引にくっ付けようとしますか?」
「出来るわけないわ! そんな残酷なこと私には出来ない!」
拘束を解くと、およよとその場に跪く姫様。
アンジュはそんな姫様の手を取り、さらに追い打ちをかける。
「私たちで影から見守りましょう。実は私も二人の関係は気になってたので、こっそり観察して経過を報告します!」
「お願いね! 私も気になるわ! こうなったら本にしましょう! アンジュが話を私に教えて、それを私が書くの! 王族出版の騎士恋愛物語、これは売れるわ!」
「はい、頑張りましょう」
部下たちが知らないところで本にされることを、俺は黙って見届けることしかできない。だって、ここで下手に口なんか出したら振出しに戻りそうだしな。
このまま話題の変更を求め、アンジュに視線を送る。アンジュはそれに頷き、話を誘導していく。
「本にするのはいいとして、イネス様も楽しまないといけませんよ。せっかくのお祭りなんですから」
「そうね、思わず部屋に帰るところだったわ! じゃあ行くわよ! 付いてきなさい!」
解放した姫様がずんずんと道を進んでいく。
今日町に出たのは、先日話していた祭を楽しむためというものだ。
書類整理も一段落し、こちらの警備態勢にも容易が出来たので実行に移したわけである。
基本的には、俺とアンジュがそばに就いてガード。エイスと隠密たちが周辺に溶け込んで怪しい人物がいないかを監視という流れだ。他にも、行く予定の場所はあらかじめ側付き部隊が確認に行っている。
「姫様、あまり俺たちから離れないでくださいよ」
「大丈夫よ! ほら、早く!」
「エルド君、行こ」
「ああ」
なんか、祭で喜ぶ娘を眺める気分……
次の予定はどこだったかな――
やって来たのは、この町一番の品ぞろえと評判の布屋である。
店内には、所せましと布が並び、祭のような外の喧騒から切り離されたかのように、静寂に包まれていた。
「いらっしゃいませ。イネス様お待ちしておりました」
「今日は貸し切りにしちゃって悪いわね」
「いえいえ、今の町の雰囲気ですと、お客さんも来ませんので」
店主はフフフと笑いながら、姫様に布の説明をしていく。
姫様ももともと縫物とか好きだし、真剣に店主の話を聞いていた。
俺はその間、店内を回りつつ布を物色する。正直まったく興味は無いのだが、色々な柄が合ってみているだけでも結構面白い。
そして、アンジュは何か作るつもりなのか真剣に布を選んでいた。
「アンジュも何か買うつもりなのか?」
「うん、そろそろ冬物の準備とか必要かなって。それに今度行くベルジオって、私たちの村よりも寒い場所なんでしょ? 厚着の準備も必要じゃない?」
「そっか、衣類の準備も必要だよな」
俺は基本的に指示を出す立場なので、実際に物を準備することは稀なのだが、アンジュはその物を準備しなければならない。衣類と食料はサポートメイドの範囲だから、こう言うことに敏感なのだろう。
「針葉樹が多い場所なんだっけ?」
「ああ、けど特産物にシロップもあるし、広葉樹も多少は育ててるみたいだぞ?」
「じゃあ色はあまり気を付けなくてもいいかな。派手なのじゃなければ大丈夫か。コート系とポンチョタイプだとどっちがいいと思う?」
「コートの方がよくないか? 森の中を歩くこともあるし、ポンチョは引っかかりやすそうだ」
「りょうかーい」
アンジュはどんなものにするか決めたのか、真剣に布を選び始める。これ以上は邪魔になりそうなので、姫様の元へと戻ると、そこにはやや引き攣った笑みの店主と、満面の笑みを浮かべる姫様がいた。
姫様の手元には、真っ赤な薔薇がふんだんに刺繍された布があった……あれを何に使うつもりだ。
「我が騎士、最高の布を見つけたわ!」
「その明らかにヤバそうな布をどうするつもりですか?」
「ほら、前約束したでしょ? ちゃんと報酬を与えるって。これで作った勲章を我が騎士たちに「いりません」……」
食い気味に拒否しておく。ここは断固として拒否しなければならない場面だ。
じゃないと、近衛騎士の股間に薔薇が咲く。間違いなく咲く。
「けど、王族は約束を破ら「断固としていりません!」
「もう、なんでそこまで意固地かしらね」
「騎士としてのプライドですかね」
それ以上に、人としての尊厳かもしれないが。
「分かったわ。これは諦めてあげる。店主、ごめんなさいね」
「いえいえ」
店主もどこかホッとした様子で布を元の位置へと戻していた。
そして、その後姫様が縫物に使いそうな布を何枚かと、アンジュが選んできた布を購入し、店を出る。
「なかなか面白かったわ。出店も満喫したし、そろそろいいかしらね」
「楽しんでいただけたなら何よりですよ」
「アンジュたちも楽しめたかしら?」
「はい、欲しいものも買えましたし、まさかイネス様にいただけるなんて」
そう、アンジュが自分で買おうとしていた布たちは、姫様が纏めて会計してしまったのだ。おかげで、俺たちの隊の経費が思いっきり浮いた。
今度、浮いた経費でみんなで飲みに行くのもありかもな。
「なら良かったわ。じゃあ、基地に戻るわよ。みんなにも戻るように伝えておいて」
「分かりました」
周辺を監視している者たちに、撤退の合図を送り、俺たちは買った荷物を抱えて基地へと戻るのだった。
◇
姫様が町の散策をしてから半月。ついに、緩衝地帯の砦が完成したという報告が来た。
それに合わせて、基地も一気に騒がしくなる。
緩衝地帯の砦を含めた警備態勢が一新され、それに伴い配置されている部隊にも大きな転換が行われる。
三つの町と砦を巻き込んだ配置転換で、基地内はごたごたし、常に人が走り回っているような状態だ。
そんな中で、俺たち第一近衛アルミュナーレ大隊第二王女親衛隊は、今日発令される特別任務のための準備を進めていた。
「システム機動。ジェネレーター始動モード確認。各モニター正常稼働。油圧チェックOK、グロンディアレペシュコネクト正常、物理演算器リンク正常、スライドアーム正常稼働確認、残弾数ペルフィリーズィ、六発と弾倉五つ。ヒュージャー、装弾三発に、代えが十二発。よくこれだけ作ってくれたもんだ」
当初はヒュージャーの弾の製作が思ったように進んでおらず、場合によっては今の半分の弾数で出発することになるかもと聞いていたのだが、職人たちが頑張ってくれたようだ。
「クロウパイルは装填四発に代えが四発。まあ、こっちは予定通りか。使いどころは慎重にかんがえないとな。予備装備のハーモニカピストレは一丁に、弾数十二発。装備チェックオールグリーン。ペスピラージュ機動」
ボタンを押し込み、機体を起動させる。
ジェネレーターの出力が上昇し、機体に熱が吹き込まれていく。それをレバー越しに感じながら、俺はフッドペダルを踏み込んだ。
「ペスピラージュ出るぞ!」
ハンガーのロックが解除され、機体が自由になると共に足を進める。
格納庫を出れば、そこには俺の隊のメンバーが二台の馬車に乗って待機していた。
「これより特別任務を開始する。任務内容はイネス様の護衛。目的地はベルジオ王都だ。ベルジオは現在帝国の侵攻を受けて突発的な戦闘状態にあると聞く。各自警戒は怠らず、綿密な連絡を心掛けるように。それと、ブノワとカトレア両名には斥侯として慣れない土地で動いてもらうことになる。大変かもしれないが、活躍に期待する。では出撃するぞ!」
『了解!』
基地の正面ゲートで姫様の馬車や護衛の兵士隊と合流し、俺たちはベルジオへと向けて移動を開始するのだった。
次回予告
ベルジオへと移動するエルドたち一向。
森の中を進む彼らを待ち受けていたのは、ギリースーツに身を包んだ謎の部隊、そして彼らを指揮する一人の女性だった。




