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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
緩衝地帯建砦編
111/144

14

 エルドがダニエスと戦闘している頃、撤退してきたデニスは本部へと顔を出していた。

 そこにいるのは、今回の総指揮を任せられているレイターキ司令官のボッブ・バウマスと、部隊運用アドバイザーのウォード兵士隊隊長他数名の幹部たちだ。

 彼らは、混戦する戦場を常に送られてくる情報を元に必死に整理し、戦況の把握に努めている。

 しかし、いかんせん戦闘を進み具合が早すぎるせいか、指示が追いつけていない部分も多く見受けられた。

 彼らは顔を出したデニスを見て、一様に驚きを露わにする。

 当然だろう。デニスは、今回の戦闘に置いて先陣を切る立場にあるのだ。そんな人物がここにいるのだから、戦局に動きがあったのは間違いがない。


「デニス隊長、どうしてここに?」


 全員の気持ちを代表して、ボッブ総指揮官が尋ねる。


「補給ついでに、状況の確認をと思いまして」

「ではデニス隊長のいた戦線は大丈夫なのですね?」

「ええ、エルド隊長と私がアルミュナーレを一機ずつ落としました。敵も大部分が川向こうまで下がっているので、一旦の膠着は近いかと」

「それはいい知らせだ」


 ボッブを初めとして、そこにいた全員がホッと胸をなでおろす。

 混乱した戦場の中では、どの情報が正しいのかの判断が難しい。その中で、これだけ確かな情報を手に入れられたのは幸運だろう。

 そして、ボッブは出に入れた情報を元に、新たな戦況を地図とにらみ合いながら確認する。


「中央は川近くまで押し込めている。ただ、南北がまだ押しきれていませんね。あまり中央だけ突出すると、挟み込まれかねない」

「γとεから来る予定の増援が来ていないのが問題ですね。何かあったのでしょうか?」

「敵機との遭遇か、はたまた別の事情か。しかし、来られないならば、ここにある戦力でどうにかするしかありません。デニス隊長」


 ボッブの言葉にデニスが頷く。


「補給が終わり次第、私は北部側へ回りましょう。中央はおそらくエルド一人で何とかなりますので、残りのアルミュナーレを南部へ回せば、問題ないかと」

「ウォード隊長もそれでよろしいですか?」

「はい、ただアブノミューレの燃料もそろそろ厳しくなり始めているはずです。少しずつ補給のために戻らせないといけません。その分、戦線は薄くなる可能性があるので注意するようにしてください」

「分かりました。では、各部隊へ伝令を」


 ボッブが各部隊へと伝令を送り、デニスもそれに合わせて本部を出ようとする。その背中にウォードが声を掛けた。


「デニス隊長、北側で巨大な光を見たという情報もあります。もしかすると」

「ジェネレーターの爆発ですか?」

「可能性はあります。気を付けてください」

「ありがとうございます」


 改めて本部を後にし、機体の元へと戻る。

 すでに、自分の部隊の整備士たちが燃料の補給を終えており、今は破損したパーツの応急修理を行っているようだ。


「後どれぐらいで出られそうだ?」

「行こうと思えばいつでも行けます。けど、関節にだいぶ疲労が溜まってるんで、あんまり無茶はさせないでくださいよ」

「確約は出来んが、出来るだけ気を付けよう」


 戦闘となれば、機体の消耗を気にしていられる余裕はほとんどないだろう。

 だがそれが敗北につながるのだとすれば、無視はできない。

 頭の片隅に整備士の言葉を残しつつ、操縦席へと乗り込む。機体を立ち上げ、近くまで持ってきていた剣と盾を装備させる。


「よし、出るぞ。自分は南へ向かう。お前たちは本部近くで他の部隊の整備を手伝ってくれ。これから燃料補給で忙しくなるはずだ」

「了解しました。ご武運を」


 整備士たちの敬礼に対し、モニター越しではあるが敬礼で返す。

 そしてデニスは南へと向かった。


         ◇


デニスが南へと向かう少し前。北部で動きがあった。

 増援の到着である。


「一機は本部へ。予定よりも遅れた理由と、被害を報告してこい。二機は護衛に付け」

『了解』


 部隊から三機のアブノミューレが隊列を外れ、本部のある方へと足を進める。

 それをモニターで確認しつつ、敵の様子を確かめる。

 多少押されている部分はあるが、そこまで酷い被害にはなっていない。

 何とか間に合ったかと思いつつ、今後のプランを即席で立てていく。

 現状は乱戦が酷く、隊列を組んでの攻撃は難しい。かと言って、せっかくの増援を各個に動かすのは愚策だ。

 ならば――


「四機小隊で動くぞ。数はこちらが有利だ。囲んで確実に叩け。常に仲間の背後を警戒するようにしろ。乱戦の中じゃ、どこから攻撃がくるか分からんぞ」


 ワッツの指示に合わせて、アブノミューレたちが四機で小隊を組んでいく。

 走りながら近寄り、互いに肩をタッチするなどして、確認し合っていた。


「このまま戦闘区域に突っ込み、敵を掃討する。ジャン隊長に任された仕事だ。きっちり果たすぞ!」

『おう!』


 一機のアルミュナーレと、アブノミューレの部隊が乱戦の中へと駆け込んでいく。

 それに慌てたのは当然敵部隊だ。

 南側では若干押しているとはいえ、乱戦の中ではそれもどこまで確実なのか分かっていない状態だ。

 自分の部隊の隊長や仲間がどこにいるのかも分からない中、ひたすらに目の前に現れた敵と戦っている中で、突然来た横からの攻撃。

 対処など出来るはずもなく、正面の敵と鍔迫り合いをしていた物は容赦なくその刃によって操縦席を貫かれていく。

 乱戦の中から後退に成功した機体たちも、増援を加えた物量の前に一気に押し込まれ、次第に川岸へと近づいていく。

 そこに加えて、本部からの伝令で増援されたアルミュナーレたちが徐々に合流を始めた。

 一気に流れの傾いた南部は、川岸までを王国側が制圧することとなる。

 湧き上がる歓声に、アルミュナーレの隊長も、アブノミューレの操縦士たちも一様に気を緩め、その勝利に喜び合う。

 そのさらに北。ジャンによって止められているはずだった獣が、獲物を求め、全速力で近づいているとも知らずに。


         ◇


南部へと向かったデニスが見た物は、大量のアブノミューレたちの残骸と、その指揮を執っていたはずのアルミュナーレの大破した姿だった。

 しかし周囲敵の姿はなく、戦線が後退した様子もない。

 何があったのか分からないまま、警戒しつつ戦場を進んでいくと、命からがら操縦席から這い出してきたアブノミューレの操縦者が、機体にもたれかかる様に座っていた。


「おい、いったい何があった? 敵はどこに行ったんだ?」

「敵は一機でした。黒い――傭兵の機体で、右手の剣しかまともな武装が無いような機体だったのに……」


 その兵士は、たった一機に南部の部隊が壊滅させられたのだと語った。

 さらに驚くべきことに、その機体は帝国のアブノミューレや、傭兵のアルミュナーレとも容赦なく戦い、そして殺していたのだという。


「その傭兵はどこへ行った」

「中央へ。帝国が押されているのだと分かって、応援に行ったのかと」

「だが、帝国の機体とも戦っていたのだろう?」

「分かりませんよ! けど、俺たちは奴に壊滅させられた。それだけは事実なんです!」


 兵士の言葉を聞いて、ここで詳しく判断することは止めることにする。

 どちらにしろ、こちらの部隊を攻撃してきている傭兵と言うことは、敵であることに変わりはない。むしろ、帝国も叩いてくれるのならば御の字だ。

 だが、中央へ行ったということは、そこでも暴れる気なのだろう。中央はエルドのおかげでほぼ制圧できている。それを後ろから掻き回されるのはたまらない。


「敵の他の部隊は全て撤退したのか?」

「はい、元々はこっちも大分押せていたんです。エルド隊長が、一時的にこっちに来てくれたさいに、だいぶ減らせましたので。ただその後で傭兵が暴れまして」

「この空白ができたということか」


 おそらく北で確認された光と言うのも、その傭兵がやったことだろうとデニスは考える。そして、その光がジェネレーターの爆発だとすれば、北からの援軍は来ない可能性が高まった。


「俺はこのまま中央へ向かう。きついかもしれないが、このことを本部に連絡してくれ」

「きついですが、頑張ります」


 兵士は、装甲に手を突きながらなんとかといった様子で立ち上がる。

 アブノミューレとはいえ、操縦士に選ばれるだけあって、根性はあるようだ。

 デニスは、機体の進路を中央へと向かった。

 そして目撃する。まさしく蹂躙と呼ぶべき戦闘を――

 まるで草原を散歩するかのような静かな足取り。しかし、その機体の後ろにあるのは、的確に操縦席を貫かれ、切り裂かれ、破砕されたアブノミューレたちのなれの果て。

 装備はただ一本の曲刀。その刃は、まるで血を吸ったかのようにオイルに塗れ、黒ずんだ油が刃先から滴り落ちている。


「貴様が南を壊滅させた傭兵か」

「その機体――」


 帰って来た声は、まだ若い女性のものだ。


「ふーん、近衛騎士がここにいるってことは、八将の人たちはやられたのね。存外名前だけだったのかしら」

「彼らは強かった。私一人なら負けていただろう。だが、私には心強い仲間がいるのでね」

「仲間ねぇ。結局他人だよりってことね」

「他人を頼らぬ人などいない」

「それもそうね。けど、ここには頼れる味方はいないわよ」


 曲刀に付着したオイルを振り払い、敵機がデニスの機体に剣を向ける。


「大勢いるさ。常に背中を支えてくれる」

「なら前のめりに倒してあげる」


 対する二機が、同時に踏み込む。

 すでに、三剣一盾の構えを取るデニスは、手数をかけて一気に敵機を叩くつもりだった。相手は剣を一本しか持っていないのだ。魔法があるとはいえ、剣の範囲まで踏み込んでしまえば、使える物も限られる。

 両機の剣が激突し、激しい音を立てる。

 鍔迫り合いの中、デニスは左腕の剣で操縦席を狙った。

 その刃は、剣の腹を叩かれ、腋の下を通り過ぎた。


「むっ」

「武器が無いから押し込めるとでも思った? アルミュナーレは全身が武器の塊よ?」


 剣の腹を叩いた腕が伸び、デニス機の胸を掴む。

 装甲の隙間に指を入れ、力を込めて引き寄せる。


「くっ」


 デニスは咄嗟に機体を踏ん張らせるが、まるでそれを予測していたかのように、今度は突き飛ばされる。

 後方へ二歩三歩とふらつきながらも、バランスを維持し敵の動きに備える。

 敵機は、そんなデニスの機体を見ながら、左腕を向けてきた。

 魔法。

 そう判断した時点で、デニスは機体を背後へと転倒させる。直後、その真上を氷の槍が通り過ぎた。

 機体を起こしつつ、剣を振るって接近をけん制しながら立ち上がる。


「ふぅ、やはり強いな。だがこちらも負ける気は無いぞ」


 デニスはシステムのコントロールを切り替え、操縦方法をハーフマニュアルへと切り替える。それに伴い、機体が若干揺れた。

 その揺れを見て、敵機から声が聞こえる。


「ふーん、使える人は増え始めているのね」

「なに」

「最初はエルドや私、フォルツェぐらいだったけど」

「貴様、何者だ」

「あら、気づいてなかったの?」


 女性のトーンが若干驚いたように上がる。


「なら教えてあげるわ。私はレイラ。あなた達が裏切りの姫なんて呼ぶ、王国の裏切り者よ」

「貴様が」


 デニスとジャンは、フォルツェに機体を破壊されていたため、王都強襲時にはレイラと直接顔を合わせていなかった。

 あの時から機体の装備や見た目も変わっており、ただ若い女性というだけではリゼットなど女性操縦士も少なからずいるため気づかなかったのだ。


「じゃあ、自己紹介も終わったところだし、始めましょうか」


 デニスの機体と同じように、レイラの機体が小さく揺れる。

 それを合図とするように、二機が一斉に動き出した。その速度は、二機ともが先ほどと比べるまでも無く速くなっている。

 そして交差。

 デニスの機体はふくらはぎの装甲が削られ、レイラの機体は左腕に小さな線が浮かび上がる。

 両者が反転し、再びの交差。

 それは、剣同士のぶつかり合いとなり、火花を散らせて両者の機体を攻撃から守る。


「やはり強い」


 デニスは、自身の全力を出しながら、操縦席の中で一人ごちる。

 これが、去年までアカデミーの、しかも騎士の選抜に落選した人物の実力とは到底思えない。

 エルドの実力は当然知っている。そして、その年に合格したレオンやバティスも、共に騎士となってからは確実に頭角を現していた。

 おかげで、この世代を玉の世代などと呼ぶものもいたが、さらにとんでもない原石が混じっていた。


「だが!」


 機体のすべての魔法を発動させ、スペックを最大限にまで引き上げる。

 全身の関節が悲鳴を上げているのが分かる。しかし、それをしてでもここで勝たなければならないと、元近衛として、そして一騎士としてデニスの心が叫んでいた。

 デニスの機体がさらに加速し、レイラよりも一歩速く反転する。


「ふーん」


 レイラはそれを落ち着いた様子でモニターから観察していた。

 振り返りざま、レイラの目の前にはすでにデニスの機体がいる。そしてその切っ先は操縦席を狙っていた。


「死ね!」

「無理ね」


 突き出された剣に曲刀を合わせ、切っ先を逸らす。

 逆手側の剣が迫るが、合わせた曲刀を維持したまま、相手の右手首を狙うことで相手の行動を阻害した。

 当然のように左腕が迫るが、それも最初と同じように剣の腹を叩いて弾こうとする。

 しかし、デニスも同じような失敗はしない。今度は剣の腹を上下にするように向け、叩かれないように対策を施していた。

 だが――


「機動式柔術、三日月の形」


 気付いたとき、デニスの機体は宙を舞い、まるで三日月を描くような放物線を描いて背中から地面へと叩き付けられていた。


「ぐはっ」


 その衝撃に、操縦席内のデニスは肺から息を吐き出し、締められたベルトに内蔵を圧迫される。

 そしてモニター上に映し出されるのは、振り降ろされる曲刀の切っ先。

 とっさにレバーを動かし、盾で曲刀を受け止める。

 しかし、無理な体勢で受けたせいか、衝撃に左腕の形がエラーを吐いた。

 確認すれば、重度の破損として左肩の関節にレッドカラーが表示されている。

 さらに、もう一度曲刀が迫る。

 盾で防ごうにも、左腕はレッドカラーになってしまい、思うように動かない。

 即座にガードを諦め、機体を揺すって曲刀の切っ先から急所を逸らす。

 貫かれたのは、左肩。すでに破損していた部分ではあるが、完全に地面へと縫い付けられた。

 すぐに左腕をパージし、体を揺すった反動を利用して剣を振るう。

 レイラはバックステップで剣の範囲から逃れ、剣を構えなおした。

 その間に立ち上がったデニスは、機体状態を確かめつつ、レイラの動きを警戒する。


「これは、ちょうどいいかもしれないな」


 フルマニュアル。その言葉がデニスの脳裏をよぎる。

 左腕を使えなくすることで、最高スペックを引き出す操作方法だが、やはり三剣一盾を主として来たデニスにとって、左腕を捨てるというのは考えられないことだった。

 だが今ならば。

 しかし、その挑戦は行われることはなかった。

 空に打ち上げられた二色の煙。それは、帝国側。川を渡った先で空を彩る。


「あれは」

「帝国の撤退指示ね」


 モニターで見ていたレイラも、その指示に判断を悩む。

 レイラとしてはこのまま続けても問題ない。たとえ囲まれたとしても、その包囲を突破するだけの実力を有していると自負している。

 しかし、気になる存在もいる。

 ここに王国最強の名を有していた騎士がいるということは、川まで押し込まれている中央にはいったい誰がいるのか。

 それは、この男が前線を任せるだけの信頼を寄せることが出来る存在。

 そんな存在をレイラは一人だけ知っている。

 エルド。

 彼が出てきた場合、レイラであっても退避は厳しくなる。エルドとの戦いは、必ず死闘になると思っているからだ。


「仕方ないわね」


 レイラの判断は一瞬だった。

 曲刀を鞘へと納め、悠然と歩いて撤退を始める。

 デニスはそこで攻めるべきかと考えた。しかし、レイラの技量を見て、今の機体状況を考えた場合、そのリスクは高すぎると判断する。

 相手は傭兵なのだ。ならば、金で動かすことが出来るかもしれない。味方にならないまでも、敵として立つことが無いようにすることぐらいは――

 だが、自分は騎士である。

 デニスの心に騎士としての矜持がある限り、ここでみすみす敵を逃していいはずがない。

 覚悟を決めたデニスが、機体を屈ませる。瞬間――


「やめておきなさい」


 レイラが機体の脚を止めて、言い放つ。


「フルマニュアル、それを使えるのはあなただけじゃないのよ」


 その言葉は、デニスの脚に金縛りをかけた。

 そして、デニスが見送る中、レイラはゆっくりと撤退していくのだった。


次回予告

撤退の指示が出た帝国。それに伴い、緩衝地帯での戦闘は一旦の終結を向かえようとしていた。


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