12
「どうした、来ないのか」
タワーシールドとランスを構えたまま、敵機の操縦者が俺を挑発してくる。
ダニエスっつったっけ。この野郎、自分は一歩も動かずカウンターする気満々のくせして、こっちにあえて動いてこいとか、いい度胸してんじゃねぇか。
だが、このままお見合いをしてても意味がねぇ。周りの連中は既に本格的な戦闘に入っているのだ。こっちもそろそろ仕掛けないと。
機体を歩ませ、敵機の周囲をゆっくりと旋回していく。
ダニエスは、一歩も動くことなく、その場で向きを変えることもない。
そのまま背中が丸見えになるが、ここから攻め込んでもあまり有効打を与えられそうな気がしないな。まあ、元々アルミュナーレは人じゃないんだから、後方カメラを使えば問題ないのかもしれない……いやいや、武装は正面からの攻撃がメインなんだから、後方に回られて問題が無いわけがない。
なら何かあるな。
警戒を維持したまま、周囲をぐるっと一周した。すると、敵機から声が聞こえてくる。
「弱点は分かったかな?」
そのあざけるような声に、俺は額に血管が浮くのを感じた。
「舐めやがって」
だが、ここで真っ直ぐ突っ込むような愚行はしない。
もう一度半周回り、相手の背後から攻撃を仕掛けてみる。
相手のモニターにも俺の姿は映っているはずだ。剣は振り上げず、最小の動きで背中目がけて突き出した。どう出てくるか。
敵機は、こちらの攻撃にフェイントが無いと判断した段階で、振り向きざまに右腕を動かす。
ランスの柄が、剣の腹を叩きその軌道を逸らした。
さらに、ランスの刀身が脇腹目がけて振るわれる。俺は剣を叩かれた時点で踏み込みを中断し、仰け反る様に姿勢を低くしながらランスをギリギリの所で回避した。
ついでに、敵機の足元目がけて蹴りを放ってみるが、それは当然のようにタワーシールドでガードされる。
まあ、それは予想済みだ。相手の動きや反応はかなりいい。八将騎士三席だけのことはある。
けど、俺だって王国の中じゃエースで通っているんだ。簡単にやられるつもりは無い。
盾の下部を蹴りつつ、機体を横へ転がす。直後に、ランスが突き出され地面を穿った。
「よく躱す」
ダニエスが感心するように言うが、これぐらいはできて当然だ。
なにせ、相手のパターンはカウンターだと分かっているのだ。こちらの攻撃に合わせて何か動いてくることが分かっているのなら、それに対応する方法はいくらでもある。
ただ、躱すために攻撃が軽くなるせいで、こちらからの有効打も入れられないが。
「とりあえず様子見はここまでにしようか」
「ならば来い。貴様の全てを防ぎ、そしてこのランスで貫こう」
機体の出力を上げ、機体のパフォーマンス全開に。
こちらが攻撃する上で一番問題なのは、相手のタワーシールドだ。こいつのおかげで、俺の攻撃はほとんどが防がれる。かと言って、先ほどのようにもう裏側に回らせてくれることもなさそうだ。
同じように周囲を回ってみても、相手はすり足で常にこちらに正面を向けてくる。
向こうも、本気になったってことかね。
じゃあ、あのでっかいタワー、超えさせてもらおうか。
進路を変えて、一気に接近する。
相手はタワーシールドを正面に、ランスを持つ腕を引いていつでも放てる状態だ。
俺はそのまま接近し、敵機の直前で勢いよく踏み切る。機体は飛び上がり、タワーシールドの上部を蹴りつけた。
その反動で、タワーシールドは上を向き、ちょうどそこに俺の機体が乗り上げるような形になる。
アルミュナーレの全体重。左腕一本じゃ支えられないよな?
「アルミュナーレでその機動。面白い――だが!」
「んだと!?」
俺の機体が、完全に受け止められ、逆にランスが突き出される。
とっさに回避を試みるも、躱しきれずに左肘を穿たれた。
左腕を破壊され盾を落としながら、地面へと着地する。
続けざまに突き出されるランスを、俺は剣で受け流しつつバックステップで距離を取る。
しかし、ダニエスは今が攻め時と判断したのか、一気に攻勢に出てきた。
連続して突き出されるランスを必死に受け流すが、どれも的確に関節の限界を狙った、避けにくい場所を突いてくる。
「くそっ」
流れが完全に相手側に持っていかれた。
一度距離を取って体勢を立て直さないと。
後退しつつも、相手の脚を狙ってファイアランスを放つ。
それに対しダニエスは、俺の魔法を完全に無視して攻め込んでくる。
当然ファイアランスは、マジックシールドで減衰されながらもダニエスの機体の脚部を焼く。しかし、その被害はほとんどない。
「その程度の魔法、効くと思うな」
「チッ、さっきのパワーといい、出力だけの問題じゃねぇな。耐久値を上げてんのか」
ただ出力を上げているだけでは、一機丸々を支えるなんてことは無理だ。もっと根本的に、それこそ機体のフレームから耐久値を上げていなければ出来るはずがない。
先ほどのファイアランスだって、普通の機体ならマジックシールドの上からでも装甲を剥がすぐらいはできたはずなのに、結果は軽く焦がしただけ。
おそらく、俺の前の機体と同じように、内部からフルオーダーメイドなのだろう。
カウンター戦法を発揮するための反応速度の良さと、攻撃を受け切るための耐久力。その二つに特化した機体ってことだな。
内部フレームを頑丈にして重量が増しているせいか、移動速度自体はそこまで早くない。だから後退しながらでもしっかりと距離を維持できているのだが、そろそろ辛いな。
一度攻めるか。
相手もそろそろこの攻撃のリズムに慣れてきたはずだ。だからこそ、ここでリズムを一気に崩す!
後退から踏み込みを強めブレーキをかけ、前へと出る。
ダニエスは、ランスを引いたばかりでまだ攻撃には出れない。タワーシールドの防御は健在だが、攻撃までのつかの間のタイミング、逃すつもりは無いぞ。
敵機の右側からタワーシールドの裏へと機体を滑り込ませ、剣でタワーシールドを外側へとはじき出す。
手から叩き落とせればベストだったが、さすがにそれは無理か。
まあ、これで相手の胴はがら空きだ。
「もらったぞ」
「この機体、甘く見てもらっては困るな」
ダニエスの余裕の声と共に、俺の機体に突如として強烈な衝撃が走った。
その衝撃の強さに、機体は後方へと弾き飛ばされ、操縦席内部もいくつかのモニターが割れ、ひしゃげた機器の隙間から切れたケーブルが飛び出してくる。
「何が!?」
生きているモニターで確認すれば、俺の機体の脇腹に、ランスが突き立てられていた。しかし、その柄はいまだ敵機がしっかりと握っている。
ランスの円錐状の部分だけが刺さっているのだ。
機体の出力が急激に減少し、片膝を突く。
「実力は申し分ない。しかし、いかんせん機体が悪いな。その機体では、私には勝てないよ」
ダニエスは悠然と機体を歩ませ近づいてくる。その間に、盾の裏へランスの柄を持っていくと、ガチンと音がして再び刃が装着された。
どうやら、あれは元々射出出来る仕組みになっていたらしい。そのスペアが盾の裏に格納されているようだ。
感覚としては、アーティフィゴージュのような盾兼武器庫に近いのだろう。
「さあ、これで終いにしよう」
向けられたランスが迫る。
しかし、その切っ先は、横からの衝撃に流され、俺の機体の横を通り過ぎた。
そちらを見れば、デニス隊長がこちらに向けて魔法を放つ姿があった。
「うちのエース、簡単にはやらせんぞ」
「その機体、王国最強のデニス・エジットか。確かヤンが相手をしていたはずだが、やられたのか」
デニス隊長がもう一機のやり手を倒したらしい。話を聞くに、もう一機も八将騎士だったのだろう。
「エルド隊長、動けるか?」
「なんとか」
燃料が一気に減ってはいるが、撤退するぐらいなら何とか出来るか。けど、この戦場を突っ切るのはちょっと大変そうだ。
「ここは私が相手をする。エルド隊長は撤退を」
「すみません、敵機はランスの射出や、盾に色々な武器を仕込んでいるようです。気を付けてください」
「そうか、情報感謝する」
デニス隊長がダニエス機へと斬りかかる。その間に、俺はゆっくりと機体を立ち上がらせ、撤退を開始する。
すると、近くにいたアブノミューレたちが俺の護衛に来てくれた。
「護衛します」「露払いは任せてください」「英雄をこんなところで落とされるわけにはいきませんからね」
「すまない」
アブノミューレに周囲をカバーされながら、ゆっくりと主戦場を進んでいく。時折襲い掛かってくる帝国のアブノミューレも、周りの機体が何とか押さえてくれている。
そして、戦場の隅まで来たとき、一番会いたくない敵と遭遇した。
「お、これはチャンスなんじゃね?」
そこにいたのは、黒いアルミュナーレ。おそらく、雇われた傭兵の機体だろう。こんなところにいるってことは、積極的に参加はせずに、逃げてきた機体を狩っていたのか。
姑息な奴だ。
「チッ、お前たちは掃討に戻れ。アルミュナーレの相手は分が悪い」
「しかし……」
「こっちは大丈夫だ。傭兵一人ぐらいなら、この機体でも十分だ」
「……了解」
アブノミューレたちが俺の指示に従い、主戦場へと戻っていく。
傭兵は、アブノミューレを叩いても価値がないからか、素通りさせた。そして剣を抜き、こちらに迫ってくる。
「さて、どうしたもんか」
大丈夫だと言ったが、正直強がりだ。燃料は既に二割を切っていて、まともな武装は剣一本。脇腹に刺さったままのランスのせいで、いつもの動きもできないだろう。
あれ、これ結構ピンチじゃね?
けど――
「そこまでボロボロならまともに動けねぇだろ。さっさと死ねよ!」
斬りかかって来た傭兵に対し、俺は機体を前進させカウンター気味に剣を突き出す。
敵機の剣が肩口からめり込み、操縦席へと迫ろうというところで、こちらの剣が敵機の物理演算器を貫く。
「うお、怖ぇ」
左上を見上げれば、操縦席の隙間から敵機の刃が目視できている。後コンマ秒でも遅れていれば、俺が殺されていた。
けど、さすがにこれじゃもう動かせないな。
機体を破棄して、単身逃げようとした時、生き残っていた一枚のモニターが、上空から降ってくる機影を捉えた。
「新手か?」
さすがにこの状態じゃ何もできないぞ。そう思ったのだが、落ちてきた機体の色は白。どうやら、王国の機体のようだ。しかし、空から来たってことは、またアヴィラボンブで飛ばしたのか。誰だよ、そんな無茶なことした奴。
その機体は、俺のすぐ近くに着地した。
俺は操縦席から出て、機体を直接確認する。
一目で、普通の機体とは違うと分かる。
まず特徴的なのは、その背中に背負われた二つのタンク。そして、タンクを覆うようにして鳥の羽の骨のようなパーツが装備されている。あれ、一本ずつが剣になってるのか?
それに、タンクにはアームが装着されており、その先にはペルフィリーズィのようなものが装備されていた。
脚部には、膝部分に装甲が追加され、膝蹴りを入れただけでも操縦席ぐらいなら貫きそうな棘を持っている。そして、足先にも爪のような二本の鉄杭。
正直、これまでのアルミュナーレの常識を打ち崩す機体だ。
俺はその機体を見て、心臓が鼓動を速めていることに気付く。
そりゃそうだよな。
武装といい、追加装甲といい、それは俺がオレールさんに頼んだものなんだから。
着地した機体がゆっくりと立ち上がり、こちらを向く。
「エルド、ずいぶん派手にやられたな」
「その声、レオンか?」
「ああ、お前の機体を届けに来たぞ」
「そうか!」
新型機が俺の近くまで歩み寄り、操縦席を開く。
俺は即座に操縦席まで飛び上がり、そこにいたレオンと対面する。
「なんでレオンが?」
「たまたま王都にいて、こいつの試験機動に付き合っていたんだ。運ぶのにも時間が無いと言うことで、キャリアボンブでここまで飛ばしてもらった」
「そうだったのか」
「これがカリーネさんたちからの伝言だ」
レオンが操縦席の隙間に刺していたメモ用紙を俺に渡す。
そして、操縦席から出て地面へと降りる。
「僕はこのまま安全圏まで離脱する。そのメモを読んで、暴れて来い」
「ありがとよ」
レオンが魔法を発動させ、戦場から森林部へと戻っていく。俺は操縦席へと乗り込み、メモ用紙を開いた。
そこに書かれていたのは、予定から変更された操縦システムの一部と、装備のこと。そして――
(この機体のジェネレーターはエルド隊長が見つけたもんじゃ。そいつと存分に暴れて来い)
「そうか。ずいぶん待たせちまったけど、約束したもんな。もう一度、俺と一緒に戦ってくれるか?」
始動状態で動くジェネレーターの低音が、それに応えるように一瞬高鳴った気がした。
「じゃあ行こうか」
操縦レバーを握り、出力ペダルを踏み込む。
「機動しろ! 俺の機体、ペスピラージュ!」
機動と共に、閉じていた骨の羽根を命一杯に広げ、機械の天使が戦場に生まれ落ちた。
次回予告
生まれ落ちた機械の天使。
だが、その動きは生まれたばかりの雛のようにどこかぎこちなかった。




