第五話 おしゃべり草さん、持ち上げる
植物園の大きなガラス越しに、うららかな日差しが差し込んでいる。
アーシュタは一つ伸びをして、惑わし草の植木鉢の前に座った。
「もう、天才! 最高!」
「そういうのいいから」
ジョウロから水を注ぐと、惑わし草の葉っぱに生えた産毛が水を弾いて、小さな水玉を作った。
植物園に差し込む光を受けて、水玉がきらきらと輝いて見える。
アーシュタは水の少なくなったジョウロを持ち上げて、隣の植物にも水をやった。
「優しい! 慈悲深い! だから、魔法薬の材料に使わないよな?」
「……さあ、どうでしょう?」
アーシュタがにやりとすると、惑わし草はうろたえるように、茎をぐらぐらと動かした。
ミシェルの現地調査のあと、惑わし草を日の当たる場所に置くことが決まった。
この植物が見つかったのは洞窟の入り口だったが、元々は日向を好む植物だったらしい。
人を惑わせて自分を優遇させ、農作物にまで被害が及ぶようになったために、だんだんと害虫ならぬ害草として認識されて生息域が変わっていったのだろう。
現在、惑わし草の世話係はミシェルからアーシュタへと変わった。アーシュタは、日の光を好む植物エリアの担当だ。
最近では、水をたっぷりあげて、日の光も浴びているからか、惑わし草も以前ほどは悪さをしなくなった。
「でも、うるさいのは変わらないんだよなぁ……」
惑わし草は、産毛の生えたギザギザした葉っぱを揺らしながら、「天才!」「最高!」とやたらとアーシュタを褒め称える。
よほど魔法薬の材料にされたくないのだろう。
「これもある意味、惑わせてるよねぇ……」
「そんなことないよ! お前は最高!」
「じゃあ理由を説明してよ」
「……最高ー!」
「理由、ないんじゃん」
アーシュタは苦笑いをすると、植物園に差し込む光に目を細めて、惑わし草の植木鉢の前から立ち上がった。
遠くで、マンドラゴラさんの「ピーッ」という鳴き声がする。
聴覚が優れているという惑わし草は、ことさら茎を真っ直ぐに伸ばして、途端に黙り込んだ。
「アーシュタちゃーん! 惑わし草、どう?」
「黙った!」
「やっぱり耳がいいんだね。遠くからでも聞こえるんだ」
マンドラゴラさんを抱っこして小走りに駆け寄ってきたミシェルは、研究結果に満足そうだ。
「ねぇ、ミシェルがフィールドワークに立候補したのってさ……惑わし草が、鬱陶しかったから?」
「……それは、内緒」
ミシェルの金色の髪が、彼女が笑うたびに肩でふわりと揺れた。
<おわり>




