第一話 おしゃべり草さんとの遭遇
うららかな日差しが、大きなガラス窓から差し込んでいる。
いつものように植物園に出勤したアーシュタは、魔法植物や薬草、魔法薬の元になる植物をぐるりと見渡し、水をやり、枯れた葉を摘み、選り分けた。
昼になって暖かくなってきたなと、アーシュタは伸びをした。植木鉢の前でかがんで作業することが多いから、ときどき猫のように身体を伸ばす。
午後から出勤する同僚がやってきたのに合わせて、引き継ぎ報告がはじまった。上司の目の前には、ギザギザした葉っぱの生えた、大人の手のひらサイズの見慣れない草がある。
「さっき、新しい植物が届きました。この子のお世話と研究を、ミシェル、お願いします。生態がよくわかっていない草なので、取り扱いにはくれぐれも気をつけて」
上司が声をかけると、気弱な同僚はびくりと肩を震わせた。ミシェルの肩の上で、キノコの笠のように内側に巻いた金髪がふわりと揺れた。
「えっ、私ですか? 普段ならアーシュタちゃんが担当するんじゃ?」
ミシェルは普段、薄暗くて湿度の高い場所に生える植物を担当している。あの髪型にしたのは、キノコが好きだからかもしれないな……と、アーシュタはたまに考える。直接聞いたことはない。
「アーシュタはマンドラゴラの脱走の件で、始末書を書いたでしょう? 私は事情をわかっているけど、評価の上では、ミシェル、あなたに任せることになるの」
始末書二枚も書いたもんな……と、アーシュタはマンドラゴラさんの植木鉢をちらりと見た。マンドラゴラさんは午後の日差しを浴びて、頭の上の葉っぱをうきうきと動かしている。
「ミシェル、がんばってね」
のん気なアーシュタをよそに、ミシェルはこわごわとうなずき、引き継ぎ報告は終わった。
***
数日後、午後の引き継ぎで出張の話が出た。
この植物園に勤務している魔法職は、何人かいる。アーシュタやミシェルのように植物園で世話と研究をする係、研究室で魔法薬を作る係、現地調査をする係、それから彼らをまとめあげる上司だ。
アーシュタやミシェルは主に植物園で植物の世話を担当しているが、たまに他の係の仕事が回ってくることもある。
上司は革張りの手帳を開きながら、アーシュタとミシェルの顔を交互に見回した。
「それで、現地調査のための出張なんだけど……」
「はい! 私が行きます! 行かせてください!」
気弱なミシェルが前のめりに手を上げたので、アーシュタは「珍しいな」と目を丸くした。
ミシェルがこの植物園に勤務してから何年か経っているが、こんなに積極的な姿を見たことはない。
薄暗い部屋で霧吹きを持って、キノコの原木に水や栄養剤を吹きかけている姿が、アーシュタの記憶には強く残っている。
「じゃあミシェル、お願いね」
「はい! 今から行ってきます!」
「今から!? 明日でいいよ」
「いえ! すぐがいいです!」
「そう……じゃあ、お願いね」
まるで別人にでもなったみたいだ……と、アーシュタはミシェルを怪訝そうに見た。
万事控えめで、色も白くて華奢な彼女が、こんなにフィールドワークに出たがるとは思ってもみなかった。
現地調査には体力もいるし、ハプニングだってつきものだ。珍しい植物ともなれば過酷な環境で生えていることもあるし、森やジャングル、高山、水の中──ときにはそんな場所まで調査する。
山にテントを張って数日間滞在することだってある。その間に雨や雪が降るとか、獣やモンスターが食べ物の匂いにつられて襲ってくることもある。
今回の出張は、幸いそれほど過酷なものではなさそうだけれど、フィールドワークに積極的なミシェルを、アーシュタはあまり想像できない。
調査道具をたくさん詰め込んだリュックを背負ってふらふらしているミシェルを見ると、大丈夫かなと心配になるほどだ。
ミシェルは一度リュックを床に置くと、重力制御の魔法を使った。大きなリュックを軽々と持ち上げたミシェルを見て、アーシュタは「やるじゃん」と口笛を吹いた。
「アーシュタちゃん、私が出張してる間、新しく来た子のお世話もお願いしていい?」
「もちろん。世話の仕方は日報に書いてある?」
「うん、よろしくね。……あ、あの子、ちょっと癖があるから」
「癖?」
「でもきっと、アーシュタちゃんなら大丈夫……だと思う」
ほんの少し疲れた笑いを浮かべたミシェルに、アーシュタが首を傾げる。アーシュタの赤髪がさらりと頬に落ちた。




