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天使の瞳

「((ねえ、ロスト。僕はどうしたらいいと思う…?))」


彼は自分の中に眠る悪魔に苦難の表情で問いかける。悪魔は笑顔で答えよう。


「((我の力を貸そう。お前の局面で許された行動は我の力を借り、受け入れることだ!!))」


そして彼は決意し、チトにしか聞こえないような小さい声でこう言った。



「僕が何とかしてみせる!だから、チトはここで待っていてほしいんだ。」


「・・・だ…!」


だが、彼女は思いもよらない返答をする。

最初は聞こえなかったような気もしたが、彼女の表情を見れば先ほど言ったことが手に取るように分かった。



「嫌だ!!」


「どうして…?」


それはリブロにも聞こえる程の声だが、この際、青年にはそれはどうでも良いことであった。彼女が否定的に放った言葉に疑問が止まらないからである。



「私はずっとエゼル隊のお荷物なの?」


思わず、言葉が詰まった。

確かに、先程の扱いではまるでお荷物に思えてしまっても仕方がないだろう。

エゼル自身は女の子に無理をして欲しくないの一心だったが、彼自身も何故かそんな気がしてしまった。



「そんなことない…。チトは僕達の仲間じゃないか!」


「なら、私も戦わせてほしい!」



また言葉に詰まる。

正直、ずっと過ごしてきた同じ隊の仲間でも彼女の能力や魔王武器について無知だ。

何かこの状態を打破できるような能力を持っているのだろうか?

少しだけ期待してもいいのか。


でも、彼女は女性でこれからも未来のある魔人だ。いつ消えるか分からない僕が犠牲になった方がマシ。



ネガティヴ思考の彼が次に取った行動は。



「……天裁滅裂(てんさいめつれつ)!」



自分の身体能力を全力で底上げし、チトが戦おうとする前にケリをつけようとすることだった。彼が口ずさんだ瞬間に、そのことに気づいたチトは怒りの意味を込めて彼を凝視し、次にリブロを睨みつけた。



「エゼル君、どうして私を頼ってくれないの!!!そして、リブロさん。何で、同じ任務を任された身同士で戦わなきゃいけないの?争いは何も生まない……私は許さない」



速度が向上し、異常なまでに走り回ることのできる能力。一寸の光陰で彼は宙を飛び上がろうとし、リブロはチトへ掌を掲げる。


チトが良くないと思った方向へ、全ての歯車が噛み合ったかのように進んでいこう。


そして、彼女は目醒める。

能力を。


ーーー


エゼルの特質魔法の身体能力強化魔法(ストレング・スニングス)で上がっていた速度も威力も防御力も一瞬にして元のステータスに戻ろうか。

リブロの放った洗脳攻撃も彼女を前にして仕舞えば問題ない。


その場にいた二人が驚愕し、明らかに先程とは別人の彼女に視線を向けた。

白く長い髪は何故か、何かに持ち上げられているようで風に靡くようにゆっくりと波打っている。

エゼルもリブロも異変に気付いた証拠は、彼女の眼だった。


白く光沢のある綺麗な瞳は何もかもを浄化してくれそうな光を放っている。

一つ疑問を解消しようとしたエゼルは次の行動を取った。



速度強化(スピード)!」


青い光がエゼルの身体に纏うように現れたかと思うと、音もなく消滅した。

この時、彼は確信した。


彼女の能力を。



「なんだこのクソアマ!テメェ、サディとか言ったよな?お前、俺様の命令によってさっさと死ね!!」


リブロは焦りを感じて、強行手段の自殺命令を命じる。が、彼女の白く光り輝く瞳はそれさえも許さない。


サディに侵食していた別の感情は彼女が瞳を向けた瞬間、白い光に包まれて消滅した。

リグルスとキルスも同じだ。


彼女の瞳が能力によって縛られていた彼らを捉えることで完全な能力解除を果たしている。


「ひっ!!!嘘だろ……!なんでお前がその眼を持ってやがる!!」


酷く焦っている彼は、此方からも見えるほどに額から冷や汗を滝のように流し、眼には涙を溜めている。

どうやら、チトの能力について知っていることがあるようだ。



「ルナール様に伝えねば…!!これは一大事だ!!天使の眼(エンジェル・アイ)の能力を持った奴がいることは!!」


天使の眼?それは何だ?

純粋な疑問を心の中で溜めておくことはできないだろう。彼は真剣な顔をして、チトに一つ懇願をした。



「チト、数秒間だけでいい。僕をその瞳で見ないで欲しい。彼奴は逃げようとしているみたいだから、僕が必ず捕らえてみせる!」


その後、数秒間の間が空いて彼女は、満点の笑顔でこう言った。



「うん!!エゼル君を見ないよ!」


その言葉を待ってましたと言わんばかりに彼はーーー



天裁滅裂(てんさいめつれつ)!!この速度から逃げられるやつなんてこの涅槃にいるかさえも分からないね!」


青い光が彼に纏ったかと思えば、一瞬の出来事だった。

彼がその場から消え去った瞬間、数メートル先に居たリブロの背中に乗る形で彼を捕らえたエゼルの姿があったのだ。



「クッソ……!!離せ!!」


「離さないよ。リブロ、君はチトの能力のことを知っているようだけど、僕に分かりやすく説明して貰える?それと、ルナールの目的もね。」


「クッソがぁぁ!!!」



リブロは徐に身体を持ち上げ、エゼルを吹っ飛ばそうと足腰に力を込める。

それが、立ち上がって逃げようとしていることだと何となく把握したエゼルは何とか彼を抑え込もうと力を込める。

そんな低レベルの争いも、もう一人の女の子が地面を蹴って彼の背中に飛び乗った瞬間に幕が下りたわけだが。



「ぐえっ!!!」


「そんなに体重無いけど、流石に魔人二人の体重よりも力は無いでしょ?リブロさんの能力は手を翳した相手の脳内に自分の分身である感情を埋め込むことでコントロールを得る。この能力の使用者に力技は最も必要無いわけだから、リブロさんが身体を鍛えているなんてことは多分無いと思うしね!」


長い説明をチトから受けたリブロは、「クソ…」と敗北を確信したような声を吐いて、続けた。


「その女の能力は、天使の眼(エンジェル・アイ)。天使のように白く光り輝く瞳は何もかもを浄化し、能力が発動していたとしても能力で創り出されたモノだったとしても、その瞳に捉えられて仕舞えば最後。能力としてのモノは跡形もなく消滅する。涅槃の学園長と同じ能力だ……!」


学園長も能力を無効化し、消滅させてしまう眼を持っているらしい。

それについて知っているのは恐らく、ニアが前に言っていた、ルナールが学園長に喧嘩を売った時に発覚したことだろう。


その説明を受けて、自分自身が涅槃の中で頂点に君臨し、外国から年を守る側の職務に就いている学園長と同じ能力を持っていることを知ったチトはそれだけで驚愕した。

正直、彼女は自分のことをそこまで強い人間とは思っていないタイプだ。

それ故に、エゼルに対して強く自分を頼って欲しいと思う反面に自分に何が出来るのかを口に出しておいても知らない。


チトの驚きの表情に目もくれず、リブロは次の質問に対しての答えを、続けた。



「ルナール様の目的は、この合宿任務中でエゼル・シスタを魔闘演戯本戦前に動けなくすることだ。決して殺そうだとは思っていないが、自分が勝つことにストイックなルナール様は手段を選ぶことはない。よって、お前はもう助からない。あのお方に眼をつけられればそこで終了!せいぜい頑張るんだな!質問はこれだけか?」



何故か律儀に答えてくれるリブロに対し、疑問を持ちながら彼の解答の内容を頭の中で理解しながら考える。


魔闘演戯本戦前までにエゼルを戦闘不能にしておく理由は至って簡単だろう。

本戦で当たった場合に潰しておきたい相手ということだろう。

涅槃最強の召喚士にして幻とも呼ばれた男なのに随分と慎重で精神面は弱いようだ。



「サディ達の意識は戻るんだろうな?」


「当たり前だ。いくら天下のルナール隊と言えども、一応涅槃の戦力となるゴミクズ等を自らの手を下してまで殺そうだなんて思ってはいない。それに、俺はルナール様に対しての忠誠が厚いとしてもだ。自分の命よりも大切だとは思っていない!だから質問に答えているわけだがな。」



エリート集団とも呼ばれているルナール隊ともあれば、仲間を売るのは主義ではないとでも言われるのかと思っていたがどうやら違うらしい。

自分の命がかかって仕舞えば、団結力はまさにゼロのようだ。


「大体な。お前らみたいに協力し合ってるような奴らがムカつくんだよ。仲間を大切になんて言葉。古臭すぎて軽く殺意と吐き気を催すわ!」


「……だからって僕らを巻き込むのはおかしいよね…?威力強化(パワー)!」


今の言葉で何かが切れたエゼルは威力を強化して、思い切り彼の顔面に拳を何度も何度も振り下ろす。

地面にヒビが入るような威力の拳は、流石に効いたようでリブロの口からは謝罪の言葉が漏れて、彼は静止するように気を失った。



「エゼル君、皆を起こしてあの人のところへ行こう!これからは、私も戦える!!」


嬉しそうなチトの言葉にエゼルは笑顔で返事を返すと、下で伸びているリブロに目もくれず、前方で気絶をしている三名の仲間を介抱しようと走っていった。


仲間に頼られることの嬉しさを覚えたチト。


エゼルもまた然り。


彼らを支えるのはきっと神々の加護なのかもしれない。



ーーーーその頃、鬼の館では。



「・・・ほう。リブロがやられたか…。なかなかに辛い局面ではあるがなんとかなるだろう。次はどうしてやろうか。珍しいな……リブロがやられるとは……」



ルナールは、鬼の館とリビングともなるゴミが散らかっているシミのついた赤い絨毯の上にある埃のかぶったソファに腰を下ろしながら、卓上のチェス駒をキングの側へ置いた。


チェックメイト。

何故か。


不自然に嫌な音が聞こえた気がした。


頭が半分寝てますが新投稿です!

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