まさかの展開からの(?)
「俺はもう吸血鬼じゃねェんだぞ!」
怯えを振り撒いて、男に怒りの本音をぶつける。何時もの明るいリグルスはここには居ない。
「関係ないよ、お前があの日に貴族含め、俺の親愛なる家族達を皆殺しにしたということとは関係ない。
俺は、殺された吸血鬼の一族の生き残りとして、代表として!お前を意地でも殺す!」
「アレは俺じゃねェ!俺は、あの日の誕生会が楽しくて楽しくて仕方がなかった!なのに、なのに・・・意識を取り戻したらその場所は消えていた。兄貴、俺はやってねェ!信じてくれよ!」
しかし、口下手で事の根源であるリグルスの言葉ではセルシアには響かない。
そんな時、一人の少女が動いた。
気配を察知されずに平常心のまま歩み寄り、セルシアの肩を掴んで諭すように言う。
「・・・お兄さんなら、弟さんの話だけでも聞くべきではないですか?」
彼女の存在と彼女の言葉に驚いたように後退りをするセルシアを片目に司令官は両手で印を結び、封の術の準備をしていた。
セルシアに勝利するためには、この男の動きを止めなければならない。
そう考えたためだ。しかし、その考えはまさかの展開で否定された。
「司令官、ダメです。戦ったら意味ない」
印は彼女の手によって崩された。
その隙を伺ったセルシアは少女との間合いを一気に詰めて狂気の微笑みと共に首へ噛み付こうと襲いかかった。
「・・・戦わなくて理解し合えるのにソレをしないなんてまるでバカじゃないですか!」
少女はクルッとセルシアの方へ向き直すと、噛みつきをしゃがんで避け、セルシアの片足を踏みつける。そのまま、もう片方の足で腹部に渾身の膝蹴りを放つとセルシアは吹っ飛べず、痛みと共にその場に残った。
「痛いですよね?なら、やめましょうよ。こんなことしても何も残りませんよッ!」
セルシアの顔に彼女の拳が入る。
何度も何度も、打ち付けるように放たれた拳は彼の顔をアザだらけに、傷だらけにし、彼女は最後の一発に今持てる全ての力を込めて撃ち放った。
「・・・でも、言葉で理解できないおバカさんなら今の私みたいに力を使って諭さないとダメッッッ!!」
拳が頬との接触を果たすと同時に、彼女は自分の足を上げてセルシアを力一杯吹っ飛ばした。
王宮を取り巻くように囲われた城壁を打ち砕き、その先の小さな住宅を三つほど壊してようやく勢いは止まった。
「争いは何も生まない。誰かを殺しても誰かが殺されても哀しみだけは人間に残ってしまうものなの!分かったら、さっさとリグルス君の話を聞いてあげなよ。私達は見てるだけにするから。」
今までの状況を目の当たりにしたリグルスを含め四人の男達はサディよりも怒らせてはいけない相手を充分に理解した。
だが、何故、セルシアはやり返さなかったのだろうか。
それは否。やり返さなかったのだ。
彼女の特質な異能によって。
吹っ飛ばした相手に聞こえるわけもない音量で彼女は呟いた。
その呟きが天使の呟きになるか、それとも悪魔の呟きになるかはまだ分からない。
「・・・げふっ・・・アレ?なんで俺はここに・・?てか、痛いんだけどォ!」
セルシアは驚きの声を上げる。
その様子に周囲にいた全員は驚いて、頭がおかしくなったのではないかと疑った。
「あれ?セルシアさん?だよね??」
「そうだよ?んで、僕に何か用?」
ポンポンと服についた砂埃を払いながら彼は歩み寄ってきた。狂気や殺意があるならば身構えたが、無いようなので安心して絡めると確信した。
「ごめんなさい・・・私、セルシアさんのことボコボコにしちゃって・・・!」
先程とまるで様子の違う彼に一番驚愕して罪悪感が丸ごと襲ってきた彼女は、急いで謝罪をした。
「君みたいな子がいきなり理由もなく殴るわけないよな。記憶にはないけど、俺がなんかしたんだろうし、この程度の怪我なら俺の治癒能力で何とかなる・・・だから大丈夫だよ。ありがとね」
セルシアは優しく言うと、治癒能力を発動した。
すると、みるみるうちに傷が癒えていく。
「これが・・・治癒能力・・」
セルシアの顔をマジマジと見つめながら、彼女は治癒能力に惹かれていた。
力の強さではチーム内で劣ると自分で予想していた彼女にとって治癒能力とは羨ましいという魔法そのもの。
「・・・えっ!?」
セルシアが驚いた声を上げた。
それもそのはず、突然として治癒能力で癒していた身体が強制的に前の傷だらけの身体に戻り、改めて痛みが回ってきたからだ。
「ぐっ・・・くっ・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
傷口を必死に抑えて、痛みを消そうとするセルシアだが痛みは止まらない。
出血も止まらず、セルシアは最寄りの病院に緊急搬送された。
何故、治癒が回らなかったのだろう。
それは、彼女に"視られて"しまったからだ。しかし、この時そのことを知る者は誰一人として居なかった。
例え、その本人でも。




