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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第一章 少年立志編
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九、草太の京洛見聞記

後半、少し不快な表現があります。

グロ耐性がなくても問題ないように配慮したつもりですが、それでも不快になった方がいらっしゃいましたらご容赦ください。

 数日が過ぎた。

 草太はあれからぱたりと京洛を歩くことも止め、自室として与えられた部屋に一人座って沈思黙考、という体であった。庭が見える部屋であり、山水になっている。木が植えられており、切り揃えられているところを見ると、庭師か何かがいて手入れを怠っていないようだ。

 丁度、手に道具を持った下男が一人、庭木の手入れのためか視界に入ってきた。

「最近お出ましがないようですので、様子を見に参りました」

 だしぬけに声がした。下男が貴族に声をかけるなど、ありえないことだ。見ると、弥次郎兵衛であった。

「いったじゃないですか。私達はどこにでもいるんです。ここにもね。

 ……あれからちょっと最近、屋敷からお出ましがなかったのでご機嫌伺いと、お見せしたいものがあるので明日にでも街にお出でなさい」

 言うだけ言うと庭木の方へ行き、手入れをすると何事もなかったかのように去っていった。


 翌日のことである。草太は平助を伴って京洛の街を歩いていた。出がけに、いつもとは違い革の巾着を渡された。聞けば財布だという。何も考えずにそれを受け取り、落とさないように掏られないように、懐深くに仕舞い込んだ。

 いつもと同じように、賑わっているようにも、飢えているようにも見える。

 いつの間にか手に団子を持った男が並んで歩いていた。弥次郎兵衛である。こちらに差し出したので平助と二人、一本ずつもらい、食べると甘辛かった。みたらし団子であった。母親は自分では食べていたが、草太はついに食べることなく戦国時代に来たのだから、現代と同じものかは分からない。ただ、それがみたらし団子だとは分かった。食べ終えると弥次郎兵衛が手を出してきた。お代を、ということらしい。なるほど、確かにタダでは渡さないらしい。が、残念なことにいくらが妥当なのかが分からない。

 ふと、草太は思った。自分は、こんな団子の相場一つ分からないのだ、と。

「いくらかな」

 草太がたずねると、平助が一串五文ってところですな、と助け船を出した。草太は自分の財布を出し、中を見た。銭は入っていない。代わりに小粒の銀|(おそらく色からして銀であろう)が入っている。苦笑して考え込んだ。この小粒の銀塊が一つ何文なのか、おそらくそこらの屋台では小粒を渡しても釣銭なんて出せない。それどころか、店ごと買い取る位の額になるかもしれない。屋台といっても、簡単な台に食べ物やらが乗っているだけで、その他には精々簡単な長椅子が何脚かあるだけなのだから。そういえばいつも平助が出すのに任せていた。だが弥次郎兵衛は草太に手を出している。

 そのやり取りを見ていた平助が出そうとするのを制して、弥次郎兵衛が言った。

「旦那、どうしました? 今までも街中を歩いて、色々庶民の食べ物を食べたりしたでしょう? 払いはどうしていました? 平助任せですか?」

 確かに、全て平助に任せていた。そんなところまで見ているのか。

「世の中、銭でだけ動いているとは言いません。でもある部分は銭で動いているのは確かなんです。そういう目でこの街を、今日は眺めてごらんなさい。それが今日見せたいものです」

 なるほど、そういう目で見ると、確かに銭で物を買い、食べ、売り、……そして銭がなくて我慢している。

 中には銭を断られているものもいる。聞けば「びたせん」だという。聞き慣れない言葉なので聞き返した。一度どこかで、一条家へ来る最中にあの男が何やら言っていた中にあったな、とちらりと思いだす。

「銭ってのは、明が作っているのです。で、人から人へと渡る。そのうちに擦り減ってきて、酷くすり減ったのが鐚銭(びたせん)というやつです」

 懐から一枚、凹凸のわずかに付いた銅銭らしきものを、弥次郎兵衛は手渡してきた。

「例えばそれが鐚銭です。ね、擦り減ってしまって、彫ってある字の形も何もないでしょう?」


 こうやって世俗というものを教えるのが、弥次郎兵衛のやろうとしていることのようだ。何故かは分からない。城井弥太郎と名乗った、あの老人の差し金だろうとは推察したが、それが何になるのかが分からない。自分を商人にでもしたいのだろうか。

 思案顔の草太に、弥次郎兵衛が声をかけた。

「別に商人になれなんていわないさ。旦那はいつまでも旦那のままで。だがこれからは流されるままではなく自分の意思で立つんだろう?」



 何日か過ぎた。最近は草太が外出しないという日は珍しくなく、そういう日は平助が一人で外に出ることも多い。身の回りの細々とした事の中には、草太がいると出来ぬこともあるのだろう。

 ある日、平助が珍しく、とある場所を訪れたいという。連れだって歩いていると、弥次郎兵衛が後ろについていた。平助が先に立って案内しているところから、何も口に出すようなことではないと思っているのか、黙ってついて歩いていた。

 上京区はまだしも、下京区は戦闘が行われた正にその場所であり、現在も掛け小屋のような粗末な小屋が立ち並ぶほかは一面の荒れ地になっているところが多い。

 通りを一つ入り、その掛け小屋の一軒へ入ると、一人の老婆が寝ていた。正面にはおそらくその辺の木に手彫りしたのだろう、粗末な仏像があり、位牌があった。

「母です」

 短く平助が言った。養う家族はいないと聞いていたが、と問うと平助は答えた。

「兄がいます。……いるはずです。この小屋にはいませんが、どこかで人足か何かとして働いているのでしょう」

 こう答えた平助の声に目を覚ましたのだろう、老婆がこちらを見た。

「平助かぇ? お前は勘当したんだ。こんな掛け小屋だからって、敷居をまたげる身分だと思っているのかえ?」

「いや、母上、こちらの方に今度雇われて」平助が珍しく慌てている。

「雇われようが何しようがな、お前は武士になるんだ、手柄を立てて、こんな暮らしから抜け出すんだといって、亡くなったお父が勘当したんだ。それを解いてもいないのに、敷居をどうしてまたげるんだい」

「それはその……」

「村はもうない。焼かれちまったからな。その位牌一つきり持って京へ来たさ。お前の兄が日銭を稼いで、何とか生きておるわ。大方、お前の兄か村の誰かにでも会ったのだろうさ。直に謝れば、その上で給金の一部でも渡せば、勘当も許してもらえる、そう思ったんだろう。確かに見ての通りだ。生活も苦しい。だがお前からの援助なら御免だ。お前の兄もそう言うだろうさ」

「母上……」

「お父が勘当を解くといえば許してやるよ、お父がその口でな」

 そういうと老婆は口を閉ざしてこちらに背を向けて寝転がった。

 行こう、と弥次郎兵衛が促して掛け小屋を出た。平助は茫然としていた。平助の今までのことは、弥次郎兵衛は知っているようだったが、それを草太に特に説明をするでもなかった。掛け小屋のはす向かいにある空き地で、平助に慰めの言葉一つかけるでもなく平助が落ち着くのを待ちながら、ただ草太にそっとこう言った。

「あそこまでこじれるとね、人間、銭では動かない。世の中銭で動いているけれどもね、銭が全部を動かしているわけじゃあない。一番大事な問題は、結局は銭では動かないんだ。銭で動く問題は、言ってしまえば簡単な問題さ」



 また何日か過ぎた。やはり平助を連れて街中を歩いていると、いつの間にか連れだって弥次郎兵衛が歩いていた。

「旦那、ちょっとだけ不快かもしれないけれども、それでも今日は見てもらいたい場所があるんだ。着いて来てくれないか」

 特に何か目的があって街を歩いていたわけではないのだ。否はない。連れ立って歩き、着いたのはとある寺だった。といって山門もまともには残っておらず、かつて朱塗りの山門だったらしきものがかろうじてそこが寺であることを示していた。弥次郎兵衛は遠慮なくその寺に入っていった。入口付近で待っていると良いよ、と言いながら。

 中に入ると、半ば崩れかけてはいたが本堂らしき建物が正面にあり、石畳が山門から本堂まで伸びていた。石畳の両脇の境内には多くの人でにぎわっていた。否、多くの半死人、怪我人、病人がおり、呻くものの声、嘆くものの声でそこらじゅうが満たされていた。或いは既に仏と化したのか動かぬ者もみえた。僧がいなかったわけではない。僧も小僧も、忙しくあちらでは手当をしていた。大八車を引いた僧が山門から入り、載せていた怪我人を下ろし、何人かは本堂の裏側へ運んでいく。下ろされた怪我人は別の僧が手早く手当をしている。手当といっても、その辺に寝かせ、襤褸を包帯代わりに傷口に当てる程度である。精々、椀に汲んで来た水を飲ませる位でしかない。

 正視に耐えかねず、草太は思わず後ずさり、しかし山門から出る前で踏みとどまった。

 吐き気がしたが、それを何とか飲み下し、水を、薬を、ただ呻いて助けを、中には介錯を求める声を聞きながら立ちすくんでいた。そうするうちに一人の僧を連れて弥次郎兵衛が戻ってきた。

「うん。ちゃんと待っていてくれたね。この方がこの寺の住職様だ」

 そういって紹介されたのは、頭は剃髪をしており汚れてはいるが袈裟と分かるものを身につけた、一人の老人であった。名は名乗るほどではないと言い

「早速で悪いのですがな、いくらかでも寄進をしてくれまいかな」

そう言って手を差し出した。思わず財布ごと投げつけるように渡して逃げたくなるが、ぐっと我慢して会話をすることにした。

「御坊、名は」

「拙僧は名もなき僧、それでよいですじゃ。が、名無しが面倒なら、清恩とお呼び下され」

「この人たちは……」

「……ついこの夏も大きな戦があり、その後も小競り合いは毎日のようにありますじゃ。またそんなわけで駐屯している足軽雑兵も数多くあり、それに暴力を振るわれるものもおりますじゃ。それに遺体がありますとな、病が出やすいのですじゃ。そういう訳で、寺を挙げて毎日毎日、傷の手当てをしたり看病をしたり無縁仏を弔ったり、しているわけですじゃ」

「薬は……」言いかけた草太に、弥次郎兵衛が口を挟んで最後まで言わせない。

「薬なんて高いもの、食べてくのにもやっとで餓死寸前のこの寺にあるもんかい。蓆さえ、彼らには無いんだ」

 言われてみれば、確かに怪我人も病人も、芝生というか雑草の生えた土の上に直接寝かされている。草太は船酔いしたときこの世の地獄だと思った。だが、そんな生ぬるいものではない世界が、眼前に広まっていた。

「なに、慣れてしまえば、こっち側はまだ、マシだ」

 裏には何が、とは聞けなかった。



 適当な額を寄進して、草太達は寺を出てその場を離れた。弥次郎兵衛は、それとは別に定期的に寄進しているようではあった。

「前回は商人になれと言わんばかりだったが、今度は僧か医者にでもなれというのか」

 草太は、不快な思いをしたことを隠すためにも、わざと怒ったような声を出した。それに対する弥次郎兵衛の答えはこうであった。

「いいや、違うね。旦那は旦那自身の意思で立つ。自分でそう言ったじゃないか。選んだつもりが選ばされただけだったとしても、それでも選んだのは自分だ、とね。だから何になれとかなるなとか、何も言わないし言えないよ。流石にこちらを攻撃してくるようなら反撃位はするけれどもさ。

 それでも、自分の意思で立つといってもだよ、それ以前に立つための足場がなけりゃ話にならない。俺も親分も旦那でさえも、奇術師か仙人でもあるまいし、空中に立つなんて出来ないだろう? 見せたいのはその足場さ。正確には俺たちが足場にしてほしいところさ」


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