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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第三章、群雄割拠編
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八十五、鷹巣城主の参陣と富樫氏の帰順

 尾山御坊前合戦次第とその結末については既に述べた。また、既に北加賀半国を抑えるべく渡辺前綱らを派遣したことも述べたとおりである。


 服部保長の気がかりは、鷹巣城から戻らない物見にあった。物見が戻らないということは、物見を処分した勢力があるということであり、つまりは敵対勢力が防諜に力を注いでいるということを意味した。事前の調査によれば、鷹巣城の城主は平野神右衛門とあり、それ以上のことは分からなかった。手の内を見せないなら見せないなりの戦い方があるが、動きもなくただ防諜に徹しているのは、不気味ですらあった。

 夜半、物見が戻った。第二、第三の物見と、それから一人の男が連れられてきた。男は言った。

「夜分に失礼する。自分は鷹巣城主平野神右衛門である。まだ起きておられるなら姉小路房綱殿にお目通り願いたい。起きておられないなら、明朝まで待たせてもらう」


 幸いにして、というべきか、草太は既に眠っていた。戦場であろうとも、いや、戦場であるからこそ、休めるときは休む、眠れるときは眠る、という習慣が草太にはあった。服部保長は考える時間があることを喜ぶべきか、少し悩みどころであった。用は、おそらく恭順を示し国人衆として所領安堵を願い出る、位であろうと思われたが、ふと服部保長はこの平野神右衛門の前歴を知らないことに気が付いた。いつの間にか平野神右衛門は鷹巣城の城主に収まっており、誰もその経緯を知らなかった。かつては打ち捨てられ、ほとんど廃城と化していたはずの城であるから、盗賊の首領辺りが入り込んだという辺りであろうと目星がつけられていたが、周辺の村々も加賀一向宗も誰もそのことを問題視せず、当然のように受け入れている、というのは、考えてみれば不気味なことであった。

 そこで服部保長は平野神右衛門に尋ねた。

「御屋形様に何の用かな」

 平野神右衛門は平然と答えた。

「御屋形様、姉小路房綱殿に随身したい。鷹巣城は献じよう。といっても、廃城寸前の城を直しただけだが」

 手勢は、と聞くと、いつの間にか百程になっていると平然と言い、

「暇にさせておくのも退屈なのでな、開墾させて自前の食事くらいは何とかさせているよ」

と言った。物見に聞くと、村人と兵の境目が分からず、困惑している間に平野神右衛門本人に呼び止められ、半ば強制的に城に連れていかれたということであった。第二、第三は、

「どうせ来ると予想していた。来るなら組で来る。少し後ろを見え隠れしながらな。来ると分かっていれば、呼び止めようもある」

とこともなげに平野神右衛門が言った。これは正に驚くべきことであった。ところで、と更に驚くことを平野神右衛門が言った。

「服部保長殿、なぜあなたのような引退した伊賀忍者がこんなところにおられるのか。動けねば死ぬまで捨扶持、が作法のはずだが」

 服部保長は、平野神右衛門が自分のことを知っている、ということに驚いていた。しかも動けねば死ぬまで捨扶持、とは下忍の心得であり、それを知っているということは、結論はただ一つしかなかった。

「貴様、抜け忍か」

 服部保長が鋭く言った。

「死んだことになっているから、抜け忍というよりは死人が甦った、という方が正しかろうけれども、その通り元は伊賀の下忍。だが、それは見逃していただきたい」

「見逃すなら条件がある。抜け忍ではなくなれ」

 この言葉にはさすがの平野神右衛門も困惑せざるを得なかった。どういう意味かと問えば、

「我が陪臣として仕えよ、ということだ。それならば、抜け忍ではなくなる。伊賀上忍の配下であることには変わりはないからな」

「わかった。ただし、明日姉小路房綱殿にお目通りして許可を貰ってから、ということであれば良い」

 ところで、と服部保長が探りを入れた。

「貴様、外法を知っているか」

「ほとんどの下忍は外法を知らぬ。単に民衆に紛れて城下に入り込み、兵に紛れて城に入り込む。そうして内側から暴れる仕事か、さもなければ物見か情報収集だけだ。拐した後の尋問は中忍以上がやるものだ。……だれか外法を使ったものがいるのだな。ならば杉浦玄任、あの者の手のものだ。大量の熊の胆を納めるよう杉浦玄任に命じられておかしいとは思ったのだがな」

 平野神右衛門は、重要な発言をした。熊の胆を使う外法は伊賀忍者のそれとは別のものであった。つまり、熊の胆が別の用途に使われるものではない限り、外法使いが伊賀忍者とは別の系統の術を使った、つまり外法使いは伊賀忍者ではないことが判明したも同然であり、服部保長は胸を撫で下ろした。

 平野神右衛門を朝まで待たせて、朝一番に目通りを、という段取りをつけた。


 翌朝、朝餉の前、寝起きで顔を濡らした手拭いでこすっただけの草太ではあったが、身支度は解かずに寝ていたためすぐに平野神右衛門と面会ができた。

 平助が、型通り「直答を許す」と言った後、平野神右衛門は平助を見て、草太を見た。そして、懐と袂から短刀を出して目の前に置いた。

「本当なら、ここで姉小路房綱殿の首を頂戴して、尾山御坊に逃げ込もうと思っていたんですが、不可能ですな。不意打ちに抜いた瞬間に姉小路房綱殿は後ろに下がって受けられ、そちらの高屋平助殿に真っ向から斬られる未来しか見えませんな。いや、姉小路房綱殿だけでも手前では傷も負わせられまい、と思うと、どうにも」

 服部保長は、どうせそんなことだと思った、と言ってこう続けた。

「平野神右衛門、どれでも良いからその短刀、抜いてみろ」

 平野神右衛門は短刀を抜いた。否、抜こうとしたが、抜けなかった。正確にいえば、柄が取れただけであった。いつの間にか目釘が抜かれていたらしかった。にやにや笑いながら服部保長は

「久々に使ったが、まだまだ足以外は言うことを聞くようだ。下忍にさえ通じるなら、うむ、まだまだ若いものには負けぬの」

 目釘をいつ抜いたのか、平野神右衛門は分からなかったが、短刀の目釘を抜かれては抜き打ちにしようとしても柄が抜けるだけで引き抜けない。平野神右衛門は、完敗だと悟った。

「先ほどは失礼いたしました。鷹巣城主平野神右衛門でございます。といっても、廃城を直して住んでいただけ、そこになぜか人が集まり、最も古株であった某が城主となったに過ぎませぬ。この城を献じます故、あそこに住む百ばかりの手下は見逃していただきたい。どこかに帰農するか、姉小路家に仕えるかは本人たち次第ですが、何卒よしなにお願いいたします。それから、服部保長殿の臣となります故、某のこの度の謀もお許し願いたい」

 草太は、この物言いに思わず笑いそうになった。草太は短く、許す、励め、とだけ答えて服部保長に対して言った。

「また食えぬ奴を拾ったものだな」

 服部保長は苦笑しながら言った。

「食えぬ奴の方が、面白みがございます故」


 草太は早速手配りをし、鷹巣城を接収させ、またとりあえずその百名の希望を聞かせた。半分以上が帰農することを望んだため後方に送り、姉小路家の一鍬衆になることを望んだものは一鍬衆として採用した。しかし十数名は、平野神右衛門の配下になることを希望した。

 草太は、服部保長を通じて平野神右衛門の配下、つまり陪臣の家臣となることは許したが、服部保長がどれだけの禄を出すのかについては口は出せなかった。だが聞くと、食べるだけなら全員なにがしかして食っては行きますので禄の方は心配無用でございます、との平野神右衛門の答えであった。

 考えてみれば、今までも百名近い人間が鷹巣城にいたが、支配していた村ですら一つもないという、不思議な城であった。全員が、猟なり開墾手伝いなり職人なり大工なり、何がしか食べる道があるものであったから成り立っていたのであろう。



 話は少し前後する。渡辺前綱らは石川郡の松任城、高尾城、安吉城を接収していた。その接収には問題がなかったが、彼らだけでは決められない問題が発生していた。それは野々市城についてである。

 いや、野々市城とはいうが、城ではない。兵も元々門番くらいしかいない。中にいる人間の半数以上が女性、それも衣食住を賄うための下女であることからも分かる通り、城とは名ばかりの単なる館でしかない。無論、櫓など一つもない。堀もなく、ただ練塀であった。別名富樫館といい、富樫晴貞が名ばかりの守護として嫡男富樫家俊と住んでいた。これをどうするか、という問題は、渡辺前綱らでは決められない問題であった。とりあえず長沢光国に訪問させ、挨拶をさせた。長沢光国が到着したころには、既に門番さえ逃げておらず、中には下男下女を除けば富樫春貞とその嫡男富樫家俊だけであった。

 通り一遍の挨拶をした後、富樫春貞が言った。

「では、今後は姉小路家が加賀守護、ということか」

「御意」

 長沢光国が答えた。すると富樫春貞は言った。

「で、儂はどうなる。切腹でもさせられるのか。どうせ加賀守護といっても、今は名ばかりで許されるなら返上したい位のものだ。巻き返しなど思いもよらぬ。門番が門から出してもくれぬ。ここはな、単なる座敷牢よ」

 長沢光国は、どうするとも決められなかった。どうも、全て人ごとのように見えているようであった。

「とりあえず御屋形様、姉小路房綱公にお目通りをしていただき、全てはその場にて決められることにございましょう」


 そうして富樫春貞とその嫡男富樫家俊が、この塗塀から出るのも何年振りか、などと言いながら連れ出され、草太のもとに到着したのは翌日の午後も遅い時間であった。長沢光国がそのまま付き添って草太との会見を行った。草太を前にして、富樫春貞は奇妙なことを言った。

「公方様から加賀守護を申し付かったというのは、本当かの」

 草太が本当だと答え、花押入りの書を示そうとしたが、富樫春貞はそんなものは見るまでもない、とばかりに言った。

「ならば、儂はどうすればいいのだ。切腹でもすればよいのか」

 草太は苦笑しながら言った。

「できれば、どこか適当な地で静養いただくのが最も良いのですが。どこか希望はございますか」

「ない。というよりも、どのような地があるのか、儂は知らん。京も、守護の代替わりの挨拶に上ったきりであるが、その時はまだ公方様も先代のころ、あれから随分様変わりしておるだろう。……なに、衣食住の保証があれば、どこでもさして変わらぬよ。ただ、我が嫡男、実際には兄の子だが、嫡男の家俊には広い世界を見せてやりたいものだ」

 ならば、と草太は、今まで通りの待遇とし、ただし外出の自由を保証するようにした。そして富樫家俊に向かって言った。

「このまま、今まで通りの生活を続けるもよし、姉小路家に来て一方の将として世界を見回すもまた自由だ。暫く旅をしたいというなら、多少の路銀は渡そうよ。ではどうする」

 この発言に、少し考えた富樫家俊であったが、父富樫春貞に向かって家督を継承するように言った。

「家督を継いで、そのまま姉小路家に仕えたいと思います。何より、屋敷にあった書物を読むだけの生活には飽きましてござます。これからは、実地にいろいろと経験したく思います」


 草太は、決定した。少し気がかりがないでもないが、そうすることにしたのだ。

「富樫春貞はお伽衆として扶持をくれてやる故、姉小路領内を自由に歩き、たまに顔を見せて話をいたすように。それから富樫家俊は最初から将というわけにもいくまい、旗本衆の一人として馬回り隊に加わり、時期を見て武将に取り立てるべし」



 さて、順調に石川郡を占領した渡辺前綱であったが、南から逃げてくる難民の数に驚き、話を聞くと根切りという名目で斬殺が行われているという。

 炊き出しを随所で行いつつ、慰撫に努めている姉小路軍とは対照的であった。渡辺前綱には、根切りは確かに一揆を抑えるという意味では間違いではないのかもしれない。だが、その後の領国経営を考えれば最悪の手段と思えた。朝倉家と一度、話をしなければならない。そう、思わざるを得なかった。

 姉小路家と朝倉家の決定的な亀裂は、既にこの時点で生じていた。だが、それが表面化するのはいましばらくの時が必要であった。


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