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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第三章、群雄割拠編
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八十一、草太のある変化

 話は多少前後する。

 七尾城が落城すると同時に、増山城で内政の指揮を執っていた弥次郎兵衛が早速乗り込んできた。越中には直臣は誰も残っていないように思えたが、陪臣として岩田九兵衛らが内政を行い、軍事は白川郷の内ケ島氏理が一切を司ってるという。

「久しいな。正月にも顔はみていたが、こうやってまともに話をするのは数か月ぶり位か」

そう草太が言うと、弥次郎兵衛も昔に戻ったような声を上げた。

「へ、旦那は旦那でいてくれて、傍で見ていても安心しましたよ。あの増山城の一件の後、変わってしまうのではと思っていましたが、能登攻略、まずは民に炊き出しをし、危なくなりそうだったら氷見へ逃がすなんて、やっぱり旦那は旦那だ」

 そうやって褒められると、罪悪感がまた出てきた。

「いや、実際はな、あの者たちが略奪にあって困窮した一大原因は、私の策により加賀から兵糧を大量に買い取ったことにある。ひどい自作自演だよ」

「そういう自覚を持っていても、炊き出しをして、戦場になりそうだからといってただ散れ、ではなくて、氷見に収容する、それも輸送部隊など非戦闘部隊だけれども誘導付きでさ、そういう民を大切にするって点は、やっぱり旦那は旦那だ。旦那だよ」

 ふ、と草太が気になっていたことを聞いた。

「普段は御屋形様だが旦那といわれると飛騨に付く前を思い出すな。だが、なぜ旦那なのだ。最初から、小僧でもなんでもなく、旦那だった。あれはなぜ旦那だったのだ」

 弥次郎兵衛は、分かりませんか、と言い、

「旦那はね、普通の人間とは違う何かを持っている。あたしには分かりますよ。何かが違う。だから旦那だ。あんまり難しいことは言えないんですがね、あぁ、この方は普通ではない、と」

 つまりは勘か、と草太が聞くと、そうだといった。

「直感に従う方が良いときと、良くない時もある。でも人相見は大概、直感に従うことにしていますよ。旦那のことだって、こっちで誘導したこともないではないけれども、思惑通りに民思いの戦国大名になってくれたわけだからね。最近で言えば、増田長盛とか言いましたか、木下藤吉郎の陪臣。あれは、ちょっとね。悪い方の人相ですな。有能だが冷酷な官吏になりそうでね」

 ま、当たるも八卦ですな、と言い、本題に入った。


「最近、飛騨で最も儲かっている商売って何か、ご存知ですか」

 弥次郎兵衛はこう切り出した。

「塩などの食料でなければ、漆塗りか」

「そんなんじゃないですよ。当てるのは、だん……御屋形様には酷だと思いますが」

 平助が突然口を開いた。こういう時に口を開くのは非常に珍しい。

「弥次郎兵衛、そういうことを御屋形様に言うのか」

「必要とあればね。それが我ら家臣の役割だ。……御屋形様、飛騨で最も儲かっているのは娼館です。夜鷹の類も含めれば、大繁盛も良いところです。なんでだと思いますか。それ以前に娼館や夜鷹が何をするかはご存知ですよね」

 草太は、男女が何やらする、という程度でしか知らなかった。まだ十三だ。当然だろう。


「まぁ、実際に経験するのはまだ先で良いとしても、男女が何やらする、位の知識で良いです。結婚すると嫁さんとすることです。それが大繁盛しています。これが意味することが何か、分かりますか」

 草太は少し考えて、そして答えた。

「まず、貨幣経済が浸透してきたこと、そして結婚していない、或いは結婚できない男性が増えている、ということか」

「そうです。そして、結婚した場合とは大きく違うことがあります。それは」弥次郎兵衛はここで言葉を切った。そしてため息をついて続けた。

「それは子供が生まれない、生まれたとしてもすぐに邪魔者扱いです。あんまり幸せではないでしょうな」

 弥次郎兵衛の言葉には、なんとなく実感がこもっていた。そうしてふと、草太は弥次郎兵衛の過去を、城井弥太郎に拾われる前の過去を知らないことに気が付いて、そういうことかと思った。だが、面と向かってそれを聞くこともはばかられた。

「で、策は」

「結婚させることです。正確にいえば、見合い、中媒業者の底入れです。特に越中、能登辺りの未亡人を考えています。飛騨の内部では太江殿がやっておりますが、中々上手くいきませんな。一鍬衆などの独身男性に、未亡人などの独身女性を引き合わせ、気が合うようであれば結婚させ祝い金を出す、という策でございますが、女性の数が足りませぬ。女性は女性で強かに、娼館で稼ぐからとやっております。先が見えぬものです。十年もしたら見合いの相手もなくなり後はどうしようもないのに、ですぞ」


 草太は、何やらする、という中身が何かは分からなかったものの、子供ができるようなことであるということは理解した。

「わかった。ただし無理強いはせず、本人の希望を優先させよ。よいな」



「次に、能登の内政でございますが、能登はざっと見たところそれほど開墾の余裕はございません。精々、邑知潟の干拓事業を行うだけでございますが、これは百姓の手には余りましょう。なので五公五民が適当かと思っております。差はやはり銭での納税で調整する形と致しましょう。ざっと、七十石で常備兵一人とすれば見合いかと思われます。これだけで常備軍三千の兵を養うことが可能でございます。この他、七尾、輪島の街を整備すれば、北回り航路、特に越後長尾に流れる鉄砲類の物資はこちらで全て把握することができますし、北回り航路を使う船から通行料をとることも出来ましょう。いずれにせよ、検地をもう一度この夏にやり直さなければなりません。庄屋たちにも触れを出さねばなりませんし、通行料をとるとしてどれ位が妥当かも決めなければなりません。また、能登での常備兵徴募も行わなければなりませんが、これは滝川一益殿たちが仕っているところでございます」

 やはり経験が豊富である。内政の策については手慣れたものである。特に不安要素もないらしい。

 西越中の内政も行いつつ、であるから、内政を一手に引き受けていている弥次郎兵衛は忙しいはずなのにそれほどでもなさそうである。聞けば

「実は一人、陪臣を増やしました。これが拾い物でございまして、能登は大雑把な方向性を示し報告を随時受けるだけで、そのものに任せきりにできますから、楽ができました」

 増やした陪臣は、輪島の顔役であったという玉蔵坊英性という人物である。武士からではなく町の顔役から陪臣を登用する辺り、弥次郎兵衛らしいと思われた。



 この会見の後、草太には少しだけ、心境の変化があった。

 普段身の回りの世話をしている、つうという同年輩の少女が、やけに可愛らしく、なんというか大事にしたい、そういう気持ちになった。

 平助は横から見ていて異性を見る目が変わったことに気が付いていたが、だからといって何かをするつもりは今のところなかった。こういうことは横から口を出すとうまくいくものもいかなくなる、ということを知っていたからだ。だが、平助もさるものである。そっとつうに探りを入れた。城下の元商人の娘で、城に上がって暫くして揃って夜逃げをしている。つうのみが残っているが、借金取りもまさか城には来ないらしく押しかけられることはない。それでも給金の中から借金を返しているそうだ。

 肝心のつうの気持ちは、草太に好意を持っているのは分かるものの、それ以上のことは見ただけでは分からなかった。


 御屋形様も、そろそろ女性を知ってもいい時期かもしれない。とはいえ、まだ十三である。早いと言えば早い。


 とりあえず、夕食後に平助が付くのは止めにして、つうに付かせるように変えてみようと弥次郎兵衛に言うと、それはいい考えだという。

「なに、今すぐ女性を知らなくても、身近に女性がいる環境が今までなかっただろう、あのつうなら、丁度良いだろうと思う。変な瘤もなし、借金はこちらで返しておこうよ」

 その日の夕方、つうに

「これからは夕食後は御屋形様のお傍に侍るように。……伽をしろというわけではない。何をしろということではない。ただ、御屋形様のお傍に侍るように」

 つうは聞いた。

「御屋形様に、そういう、思し召しがあったときはどうすれば」

 この質問に平助は簡単に答えた。

「思う通りにすればいい。伽をしてもしなくても、私は何も命じない。なにかあれば、私も間に入ってやろう。それから借金があるようだが」

 つうは借金のことを言われてびくっとした。

「借金はこちらで立て替えて払っておこう。毎月の給金から差し引くので、返す相手が変わっただけだと思えばいい。……御屋形様は関係ない。純粋に、内向きの奉公人には借金など外からの干渉要因がない方が望ましいだけだ。で、どうだ。やってくれまいか」

 つうは、はい、と小さく頷いた。


 その夜の夕食後、平助は草太に言った。

「御屋形様、某も多少用がございます。それ故、今宵よりはこのつうが夕食後にお傍に侍ることとさせていただきとうございます」

「つうと申します。今までも奥女中をさせていただきましたが、改めてよろしくお願いいたします」

 草太は聞いた。

「つうは何か武術は」

「ございません」

 つうは、求められているのは護衛なのか、自分では失格なのかと思った。

「では、つうは書は読めるか」

「簡単なものであれば。草紙物ならば読みますが」

 そうか、と草太は言い、ならば近侍として草太の自室に侍るように、と言った後、

「私が書見をしたりしている間、草紙物でも読んでいるがいい。あいにくと私は草紙物をほとんど持っていないのだ。自分で用意するか、書庫にわずかにある草紙物を見るかでもするがいい。平助は専ら瞑想をしていたようだが、座禅もあるまい」

 と、努めて冷静に言ったが、草太は同じ部屋に同年代の女性がいる、声をかけると返事をしてくれるというのは初めての経験であった。母親は返事をしてくれるどころか無視するかうるさいと怒鳴り返すのが常であったし、小学校でも女子とはほとんど接点がなかった。草太の私室は四畳半で燭台の明かりが部屋の中央にあり、草太は書見台で書見をするか、瞑想するか、場合によっては政務の報告書を読んだりすることが常であった。


 だが、この日は平助がつうを残して去った後、草太は戸惑っていた。多分、つうは何か言い含められているのだろうと草太は考えていた。時期から考えて、そうなのだろう。

 とりあえず、草太はこの日は書見などをせず、つうと話をすることにした。だが、話題はどのような話題が良いのだろう。考えている間に沈黙が座を支配していた。


 つうはつうで、草太が押し黙ったままこちらを見ているのをみて、何か気に入らないことがあるのかと思っていた。多分、本来ならば声もかけてはいけないような殿上人の相手が自分のような破産し夜逃げした商人の娘では釣り合わないのだろう。そう思った。


 不意に草太が口を開いた。

「すまんな、緊張させてしまった。どうせ平助や弥次郎兵衛辺りが送り込んできたのだろうが、どういい含められたのかは知らぬ。だが、嫌なら嫌と言ってほしい。こうしてほしいということがあれば遠慮なしに言ってもらいたい。そうでなければ、私には分からないだろう。剣や戦の駆け引きでもあるまいし、つうのような女子(おなご)にどう接していいのか、よくわからないのだ」

「分かりました、御屋形様」

「それで、だ。つうさえよければ、今宵は互いのことについて少し話をしたい。好きなこと、嫌いなこと、一つずつでも話をしておきたい。良いかな」

「はい。それではどのようなことを話せばよろしいでしょうか」

「そうさな、例えば、だ」

 草太は最初はできるだけ大胆にふるまっておいて、後は単に話をしようと考えていた。

「嫌なら嫌というのだぞ」

と言っておいて、いきなりごろりと横になり、つうの太ももの上に頭を乗せた。いわゆる膝枕の体勢である。そうして下からつうの顔を見上げながら、つうが良い匂いがすると変なことを思っていた。

「今まで誰にも黙っていたがな、私は膝枕が好きだ。いつもしてほしいとは言わないし、書見も報告書を読むことも出来ないから、こうするのは時々だろう。だが今日だけはこのまま話をさせてもらいたい」

 つうは乗られた瞬間こそ、驚いた声を上げたが、その後は何も声を出さなかった。こうしてみると、御屋形様も年齢並みの子供なのだ、と思うと急にいとおしくなって、くすっとつうは笑って頭を掻き撫でた。そして、では私の番ですねと他愛のない会話をその夜はしたのであった。


 眠るという時間になって、つうは迷った。添い寝を自分で言いだすべきか、伽を言いつけられるのを待つべきなのだろうか。

 そのうちに草太はそのまま眠ってしまった。今更膝も外せない。明日の御屋形様の御髪を直すのは大変だろうと変なことを思いながら、次の間にいる宿直に低い声で何か掛けるものを持ってきてもらって掛け、つうは枕であるため座ったまま寝るともつかず眠った。

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