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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第三章、群雄割拠編
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七十一、続、能登動乱

 大槻の合戦次第、および草太たちが氷見郡を攻略した次第については既に述べた。


 姉小路家日誌には、大槻一宮の合戦の翌日、天文二十二年霜月二十三日(1553年12月28日)の項に合戦の次第が書かれているが、それに引き続いて次のように書かれている。

「姉小路房綱公、朝日山城を発しかねてより通行を確かめし街道を通じて能登羽咋郡に入り候。兵は槍隊六千、鉄砲隊千、馬回り五百および若干の補給部隊及び医療部隊也。先鋒を渡辺前綱と平野右衛門尉に任せ、特に雪深きは雪を掻き分けさせながら進ませ候。朝方に出発し夏場ならば昼過ぎには到達すべきが、羽咋郡に到達せしは、はや日も傾きたる時分に候。その地の百姓連中、その日の食にも困窮せし様を見、公大いに憐れみて炊き出しを行わせ候。また、民を氷見に入れ守山城より冬越えに必要な食料を運ばせたり」


 草太は、略奪が行われているという報告を受けた時から、否、自身の策が外れて冬の戦を行うことになってから、こうなることは予想していた。心の準備はしてきたつもりではあったが、目の当たりにするとまた心が痛んだ。おそらく草太の策がなければ、ここまでの食料の略奪はなかったはずなのだ。

 そしていま、食料を施して感謝されている。

 冗談ではない。草太の策で困窮している民に、草太が賠償しているだけなのだ。自作自演とでもいうべきなのかもしれない。それを感謝されるというのは、やはり何とも奇妙なものだ。しかし、草太の策を知らなければ、ただ困窮している民に兵糧を配っている、というようにしか見えないだろう。

 そして草太は、近いうちにここが戦場になること、自分たちの通ってきた道を通り氷見に入ることを命じた。



 物見の報に耳を疑ったのは、遊佐続光であった。前面に畠山軍を抱えていた上に、背後に姉小路軍が登場したのだ。背腹に兵を抱えては戦えない。ではどちらと戦うか、である。聞けば姉小路軍は炊き出しを行い民の慰撫に努めているという。であれば、戦闘態勢をとっているとは言い難い。また、背後の姉小路軍を突破し末森まで引けば、敵の方向を一方向にできる上に後方に下がれば加賀に戻ることもできる。畠山軍を叩いても、無傷で勝つわけもない。そして、畠山軍に勝ったとしてもそのあとはやはり姉小路軍と戦わなければならない。

 遊佐続光は決断を下した。姉小路軍を突破して一旦末森まで引く。

 突破して、ということだが、別段決戦をする必要もない。邑知潟の北岸を通り羽咋川下流を渡ってそのまま海沿いに南下する。これでうまくすれば末森まで、姉小路軍とも戦わずに済む。超勝寺実照殿には、姉小路家が介入したため引いてきた、と説明することとしよう。そう考え、夜陰に紛れて末森まで引くことにした。



 さて、夜のうちに動く、という報が草太のものとに届けられたのは、夕刻であった。すぐさま軍議を開いた。

「物見の報告では、今夜のうちに動く気配あり、とのことです」と滝川一益が報告した。夜襲をする、ということであろう。

「目的地はどこか不明ですが、もっとも可能性が高いのは我らに対する夜襲。その次に高いのは邑知潟の北岸を抜けて海沿いに我らを掠め、末森まで逃げる方策。畠山と戦うのはもっとも下策ですからやらないでしょう」

「さて、どうでございますか」服部保長が言った。服部保長の意見では、遊佐側としては決戦そのものを避けるべきであり、おそらくは海沿いを南へ抜ける方策をとるだろう、とのことであった。

 いずれにせよ、近在の民は避難させなければならない。草太は氷見への避難命令を出し、物見を厳にするように命じた。

 と、そこに第二報が入ってきた。一向門徒衆は移動を開始したという。その移動は邑知潟の北を進むものと見られる、との報告であった。海岸線までの民の避難を急がせるとともに、野戦についての軍議も行わなければならない。外は小雪が降り始めていた。今は簡単な雨具しかないが、ないよりはましだ。雨具の用意をさせた。まだ油引きの合羽程度しか全部隊にいきわたっていないが、一枚でもあれば大分違うはずだ。

「各人、凍傷に気を付けよ。特に鉄砲隊は、鉄砲にかまい過ぎずに自らの指先には十分にはらい、かじかむ程度もないように注意せよ」

 草太が命令を出し、海岸沿いを通るというのであれば羽咋川の渡河が必要である。といって、渡河自体を諦めさせるのは厄介である。あくまでも、渡河できるかもしれない、という希望を残さなければならない。あるいは、一部を北岸沿いを走らせて文字通り壊滅させなければならない。略奪をした報いを受けてもらわなければならない。特に遊佐続光には。

 北沿いを走らせる将は渡辺前綱を主将に、副将として平野右衛門尉をつけ、槍隊二千、鉄砲隊百を預け、渡河後の合戦が始まってから呼吸を測って後方から攻撃を加えさせることとし、草太率いる本隊は渡河直後の一向門徒衆を叩くこととした。



 さて、もう一方の能登畠山軍は、未だ姉小路家の能登侵入を察知できずにいた。俄かに対峙している一向門徒衆が移動の動きを見せているのを知り、兵糧切れによる撤退であると考えていた。しかし兵力自体は同等であるから、追撃をかけることも難しかろう。温井総貞の進言もあり、引くに任せることとし、擬態であった場合に備えて数日間は七尾城下に陣を移し、備えることとした。陣と言っても逆茂木一つあるわけでも空堀一つ掘るわけではない。ただ、兵を兵舎に泊めることができることは魅力的なことであった。

 彼らが姉小路家の能登侵入を知るのは、翌日昼前であり、既に一向門徒衆が壊滅的な打撃を受けた後であった。



 遊佐続光は先頭集団を指揮し、全軍を後に続く形で追随させた。これが彼にとってはよかったのかもしれない。河口付近は川幅が一町もないため、夜陰に紛れて舟橋を作り、四つの集団に分かれて羽咋川北岸を伝って集結した。まず先頭集団が渡り、第二集団の渡河時には第二集団の渡河を警備し、第二集団の渡河を待って先頭集団は警備を入れ替え、南下を再開した。第三集団が渡河を終え、第四集団の一部が舟橋を渡ろうとしたとき、一本、高々と火矢が上がり、それが合図であった。羽咋川の両岸に銃声が響いた。姉小路軍の攻撃が、両岸で同時に開始された。


 まずは北岸、川を渡らんとする一向門徒衆の背後から平野右衛門尉の鉄砲隊百が襲い、三射撃を加えたところで渡辺前綱の槍隊が突入をかけた。右往左往する一向宗の中でも指図をするものはいたにはいたが、反転して戦えという声は、逃げろという一向門徒衆の声に紛れて届かない。流石に殿を任される兵だからなのか向かってくる兵も少数ながら存在したが、全て槍隊の餌食となった。逃げて我勝ちに舟橋にとりかかった者たちは川に落ちるものもあり、渡り始める前に槍隊の餌食になるものもあり、渡り始めた後は障害物とてないから、銃撃の良い的でしかない。この方面では百数十人が降伏した。


 次に南岸、川を渡り切った一向門徒衆は東、即ち姉小路軍の方角に陣形をとっていた。火矢を見た滝川一益が中筒隊九百を三隊に分けて、もとより相手は見えないが、いるべき場所に銃撃を加えた。盲撃ちではあったが、いるべき場所は分かっている。ならばそれを信じて撃つべきである。三隊に分けて時間差をつけて撃ち、当たった気配の方角に第二射、第三射を加えた。三射を撃つと同時に木下藤吉郎の槍隊が突撃を開始した。拍子抜けなほどに槍隊の敵はおらず、舟橋のたもとに渋滞している兵がいる。対岸では既に敵は壊滅状態のようであった。

 木下藤吉郎は混乱状態を見逃さず、槍隊をそのまま突撃させた。

 結局、南岸で降伏したものは二百人余りであった。特に第二隊は最初の銃撃でほとんど戦闘能力を失っていたところに槍隊が突入して壊滅し、降伏したもので第二隊に属するものは僅かであった。


 だが第一隊だけは逃げ延びることができた。六千の手勢のうち実に四千五百の犠牲の上に、第一隊は姉小路軍の後ろをすり抜けることに成功したのだった。

 遊佐続光は、末森城に入るべく話をつける必要があるため、主だった将のうち彼だけは第一隊であった。彼以外の主だった将は全員討ち死に、または捕虜となった。だがそれでも遊佐続光には希望があった。彼だけは生き延びて末森城に向かい、そして土肥但馬守の手によって保護されたが、ここで巻き返しができれば、などとは考えていない。今は耐えて、加賀からの援軍を待つべき時であった。最上は、姉小路と能登畠山の決戦が起こり、大きく力を落としたところに加賀からの援軍を手に七尾の地を手に入れることであるが、これから冬である。戦の季節はもういくらも残っていない。そこまで耐えられれば、春までは時間があった。春までの時間をつかって、加賀からの援軍を呼び寄せ、また七尾城にいる諸将の調略を、と遊佐続光は考えていた。


 草太は手を緩めることはしなかった。すぐさま北岸にいる隊に南岸にいる部隊に追随するようにと伝令を出し、一部の部隊を残置部隊として残して槍隊三千五百、中筒隊九百、馬回り五百で追撃をかけた。これも事前の予定通りであった。物見の報告から、既に遊佐続光が戦場を離れつつあり、末森城に籠るつもりであることは分かっていた。攻城戦はできるだけ避けたいが、仕方がない。出来れば末森城につく前に捕捉したいため、急進した。北岸攻撃部隊は舟橋を渡るのに時間がかかるため、残置部隊と合流後、速やかに末森城攻略に参加する手筈となっていた。

 しかし、やはり土地勘があり先行しているということもあったのだろう、草太がいかに急いだとはいえ、第一隊の遊佐続光を捕捉することはついにできなかった。


 末森城下にて陣を張り、後方からの後詰の軍勢と合流した。そして軍議、という段になって物見が敵の動きを伝えてきた。

「能登畠山軍、後方より接近中にございます」

「軍使は」滝川一益が確認するように聞いた。

「今のところ軍使を発した様子はございません。このままいけば今夜中か明朝に到着する見込みでございます」

「物見を続けよ。目を離すな」

 は、と物見頭が下がった。御屋形様、と声をかけた滝川一益に対し草太は答えた。

「分かっておる。だが軍使が遅れているだけかもしれぬ。我らが末森城を囲んでいることは向こうもつかんでいるだろうからな。だが夜襲を警戒せよ。羽咋の海岸沿いまで軍使もなければ、害意ありとみて対処せよ」

「攻撃前の許可は」「軍使なき場合、不要じゃ」

 と能登畠山軍を小うるさい蠅のごとくに扱い、さて末森城攻略と今後の動きだ、と軍議に移った。


「小島職鎮殿によれば、末森城主は元は氷見の国人衆で今は雇われの身とのことでございます」とは平野右衛門尉であった。

「雇われ? どういうことだ?」と草太が聞き返すと、木下藤吉郎が変わって説明した。

「先祖代々の城でもない、上から言われたから城主をやっているだけのものだ。籠っている兵も多いから、籠城するつもりじゃろ」

 草太は、それで、と言いそうになって止めた。まだ先があるだろう。

「多分、今回の挙兵での温井総貞の専横にも嫌気がさしたんだろうさ。といって籠っていても勝ち目はない、援軍と言っても一向門徒衆にだって限りがある。おそらく今の規模では来ない。大体、兵糧の手当てがつくまいよ。ということでな。利で釣ればあの城は落ちるじゃろうと見ているのだがね」

 木下藤吉郎の言に渡辺前綱は尋ねた。

「兵糧の手当てがつくまい、とはどういうことだ」

「なに、あんなに食料の略奪にこだわったのは、兵糧が足らないのだろう。村々を回って備蓄を漁っていたとしか思えないところから、な」

 こういう読みが正確に出来る辺りが木下藤吉郎の木下藤吉郎たる所以なのだろう。

「利で釣れば、というのもな、どうせあの城に兵糧があるならそれを出させる。味方だからな。それをせずにただ敗兵を受け入れただけ、ってのは、つまり兵糧は敗兵分を入れてギリギリというところだろう。あんまり重臣ってわけでもないが、かといって城を預けられる程度には重臣だ。そうだな、多分、氷見辺りに一郷与えれば降るだろう。そのくらいの人物だ」

「我らの家臣になるなら別に知行は相手と詰めるとして、まずは遊佐続光の処罰と城主以下の城外退去辺りが妥当かと思われるな。何にしろ、もうすぐ雪で閉ざされる。その前に落とさなければ、面倒になるな」

とは後藤帯刀であった。そういえば越中には弥次郎兵衛と後詰の小島職鎮以外は武将が残っていない。どうせ内政以外にはやることもないのだが、雪で閉ざされたまま、越中からあの二人だけで兵糧の手当てをつけることができるとは思えなかった。誰であっても輸送が著しく困難である。何らかの奇策でもあればよいが、それを期待するのも酷という話だ。この辺りもある程度戦を急ぐ事情の一つであった。

 軍使を送らなければならない。遊佐続光の処罰、とは当然にして切腹であるが、草太は死なせるつもりはなく、けじめの意味で出家させる程度で済ませるつもりであった。草太自身が軍使に立てるわけもない。ここは名代を立てる必要があった。一門衆渡辺前綱を正使、副使として木下藤吉郎をつけ、降伏勧告のための軍使を出した。


 一方の畠山義続率いる能登畠山軍である。末森城はあくまでも畠山義続配下の城であった。畠山義続の意に背いて土肥但馬守が遊佐続光を受け入れたにしろ、である。であるならば、それを囲んでいる姉小路軍を攻撃しない理由はどこにもなかった。邑知潟を右手に見ながら、能登畠山軍は西へと行軍を続けていた。兵に疲れが見える。一宮の対岸で軍を小休止させた。

 後年、一宮の合戦と呼ばれる合戦は明朝に迫っていた。


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