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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第三章、群雄割拠編
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六十六、堺商人

 話は少し前後する。足利義輝と面会する前日、草太は城井弥太郎を介して堺商人の一人、田中与兵衛と会っていた。とはいえ堺までいく時間はなく、田中与兵衛が方広寺に来る形であった。

 例によって方丈に床の間を背に座り、差し向かいに田中与兵衛が座っている。草太の右前に平助が、左前に城井弥太郎が座っていたのは、城井弥太郎を立てたのであろう。そして、直言を許すと平助が言って会見が始まった。何しろ草太は今や正四位上飛騨守である。本来であれば簾で姿を見せず、取次を通さなければ話ができない身分差である。

 もっとも、そんな身分差をこの場で最も意識していないのが草太である分だけ、周囲の人間の心持はいかがなものなのだろう。草太は一々直言を許すといわなくとも良いようにしたいのだが、自国領ならいざ知らず畿内にまでそれを持ち込むのは難しいということも分かっていた。


 ともあれ、会見は始められた。口火を切ったのは田中与兵衛であった。

「姉小路様、前回は偉く忙しくさせていただきましたな」

とは田中与兵衛の先制攻撃である。だが草太は知っていた。前金、違約金はそのままに多少値を落とした程度で鉄砲を売り払い、それによって巨利を得たことを。だが、それを言い立てても始まらない。

「あの時は手元不如意で済まなんだな。鉄砲千丁、尾張織田に近江六角、美濃斎藤、それから細川家と三好か。売り込んであちらに百丁、こちらに二百丁とするのは、確かに手間であったな」

草太が売り先を言い当て、内心が凍り付いたような田中与兵衛であった。五丁、十丁という小口を除けば、大口の取引先は大体網羅している。ないのは近江浅井くらいか。愛想笑いをしているとふと思い出したように草太が聞いた。

「あの時の鉄砲、中国筋には売れなんだか」

 こういった取引上の内情は秘密であるのが原則である。にもかかわらず草太は踏み込んできた。ならば返すべきかと田中与兵衛は考えた。

「売りたかったのですが、何分あちらとは価格交渉が不調でございましてな。……さて、御用の筋とは一体なんでございましょう。過日の謝罪ならば、既に違約金をいただくことで果たされておりまするが」


 草太はいくつか頼みたいことがあった。が、まずは鼻先にニンジンをぶら下げることだ。

「まずは田中与兵衛殿、屋号はとと屋だったか。当家の御用商になってはもらえないか。西越中を併合してこれから雄飛するというのに、御用商の一人もいないのはちと障りがある」

 田中与兵衛は驚いた。不義理は不義理で謝っておいて、御用商とは。

 飛騨だけでも、木材に始まり金銀の取り扱い、そして西越中を制した情報が確かなら、放生津という港も使える。瀬戸内と日本海は離れてはいるが、船さえ何とかできれば利益は上々となるだろう。また、沖島牛太郎に協力を仰げば琵琶湖水運も使える。川並衆と渡りが付けば飛騨から直接、尾張、三河から駿府へと商いを広げることも可能である。これを姉小路家御用達の後ろ盾を以て行うのは、やはり非常にうまみがあると言っていい。

 このようなことが一瞬の内に脳裏を駆け巡り、言下に諾と伝えた。


 そうして草太が言った。

「さて御用商殿、六匁の中筒、いまかき集めるとして、どの程度をどのくらいの値でかき集められる」

「また銃ですか。かき集めたはいいが違約金とは嫌ですよ」

 草太は、そう来ると思って言った。

「今度は先に全額、前金で払おう。どうだ」

 草太が本気だということを感じた田中与兵衛は、頭の中で算盤を弾いた。

「期間はいかほどで」

「一月。堺を出荷するのが一月後だと思ってくれればいい。精度は任せるが、あまり酷いのは論外だ」

 草太は言下に答えた。草太の読みは五百から千の間であった。

「堺筒でなくともかまいませんので」

 田中与兵衛が聞いた。

「国友でも雑賀でも、飾りもなくていい。実際に打てさえすればな。で、何丁だ」

 少し考えて田中与兵衛は答えた。国友、雑賀まで混ぜて手元の在庫を足し合わせた。

「千五百、と言いたいところですが、多分八百を少し超えるくらいでしょう。雑賀が全面的に協力してくれれば千も堅かろうと思いますが、排他的な土地柄でございます故」

「ならば、六匁筒を七百。値は一丁銀三十五匁として二万四千五百匁。少し色を付けて、銀二十五貫。これでどうか」

 大部分を国友筒に頼らなければならないと思いながらも、田中与兵衛は尋ねた。

「中筒であれば数が揃うか、かなり際でございますよ」

「なに、数が揃わなければ一丁銀三十匁で買い取ろう。色は付けないがな」

 数を間に合わせれば、一丁銀三十五匁を超える。交渉が上手い、と思わざるを得なかった。

「分かり申した。七百丁、どなたか取りにまいるのでござますか」

 一月後には草太は京にはいないだろう、と尋ね、紙筆により即席の勘合符を作った。その勘合符を持ってきた者が鉄砲を試すのだという。運搬は城井弥太郎、沖島牛太郎、川並衆に話を通してあるそうである。


 もう一つだ、と草太が言い、田中与兵衛は身構えた。

「簡単なことだ。加賀から米を買い上げてほしい。一部は越中に送ってもらいたいが、大部分は畿内より西、中国筋か九州、或いは越後を超えて陸奥ででも売り払ってもらいたい」

 田中与兵衛は少し拍子抜けしながらも、何かの策とみて詳しくは聞かないことにした。

「間に息のかかった米商人を挟みましょう。それでよろしいでしょうか」

 無論だ、と言い、

「越中に送る米は、そうだな三割というところか。七割は売るがいい。当座の軍資金として金一貫を与える。一年後、この一貫のうち七百匁は返してもらうが、米の売買での利益は好きに使うがいい」


 御用商人ならば運上金の話が出てくるはずだが、今のところはない。よもやま話に移りつつあった。そこで聞いてみた。

「房綱様、我らは運上金を治める必要はないのでございますか」

 草太は、運上金を貰うという頭は全くなかった。御用商人というものを取引の相手としてしか見ていなかったためだ。

「払いたいか」

「いいえ」

 ならばそれでいいだろう、と草太は言って、運上金自体はなしということになった。ただし、城下に商館を構えた場合には、商館からは運上金を他の商人と同様にとる、とは伝えていたが。



 帰り際、何も持たずに帰るのも、と草太が漆器の盆の上に菓子を乗せたものを風呂敷包みにして持たせた。

 堺までは近いようで遠い。日持ちがするものを、と京菓子になった。それを飛騨の漆器の盆にのせ、持たせたのであった。



 京にいる間の椿事は、姉小路家日誌によれば天文二十二年皐月六日(1553年5月29日)、翌日には方広寺を引き払って帰路に就くという日の事である。また、田中与四郎の日記にも同日のこととされていることから、日付については間違いがないと思われる。姉小路家日誌によれば、

「田中与兵衛が一子与四郎、盆を作りしは何者か尋ね候。我らしかとは分からねど、房綱公奥へ招じ入れ話を仕り候。四半刻後、公余りし漆器の類を皆持ち寄るべく候。盆五つ、椀二つを持ち寄り候処、また四半刻ありてその余りたる漆器を風呂敷に持ち、金三匁置き田中与四郎去り候。高屋平助、同室いたすもその意味相不明候。公に尋ねたる処、ただの盆なり、ただの椀なり。金持ちの暇つぶしとぞ」


 

 田中与兵衛が堺に戻って数日後、持ち帰った京菓子がなくなった後の漆器の盆を見て目を丸くしたのは田中与四郎であった。自身の追い求めている侘びの精神、それを体現したような盆であったからだ。出所は父親に聞いてすぐに知れた。飛騨姉小路房綱公である、ということであった。その寄宿先を聞き、慌てて方広寺に着いたのは、日も暮れた時分であった。懐には自身の自由にできる全額である金三匁が入っていた。

 丁度翌日、京を引き払って国元に戻るということで、慌ただしく荷づくりなどをしていた。とりあえず草太がいることを確認し、草太のもとに案内してもらった。

「私は田中与兵衛が一子、田中与四郎にございます。至急お目通りの願いを叶えていただきありがとうございました」

 草太は、丁度荷づくりもひと段落し、書見でもと思っていた矢先なので快く迎え入れた。

「して、至急の用とは田中与兵衛殿に関することかな。それともその手の盆の事かな」

 田中与四郎の手には、先日京菓子を渡したときに使った盆があった。

「盆にございます。これほど木目の美しい盆は他にはございませぬ。厚塗りの、朱の盆は沢山見ましたが、木目の美しさはほとんどなく、図画が書かれている盆もその盆が美しくないのでございます。いや、美しくあろうとしすぎているのでございます。このような、木目の美しさ、自然の美しさを表に出した盆は、初めて見ました」

「なに、ただの田舎細工の盆にございますよ。まだいくつかは残っておったはず。今持ってこさせましょう」

と草太は小者に盆と椀を持ってくるように言いつけた。そして、公家衆に渡した残りの盆と予備の椀を田中与四郎の前に並べた。どの一点を見ても、田中与四郎の口からはため息しか出なかった。自然の美、木目、それが見事に表れている。ここまで見事に美しく出るのは、やはり飛騨という環境だからか、それともこの姉小路房綱という人物が侘びさびを理解しているからだろうか。


「眼福を致しました。……時に、これらをお譲りいただくわけにはいきませぬか。私の全財産、金三匁ではいかがでしょうか」

 草太は、考え込んだ。飛騨の里ではこの程度のもの、銭で二十枚か三十枚、精々五十枚もあれば手に入る。公家衆に渡すからといって多少上等なものを選んではきたが、それでも銭百枚まではいかない。明らかに高すぎる。

 田中与四郎は草太が考え込んだのを見て、お願いいたしますと平伏してしまった。こうなると、どうしようもない。

「分かりました。お譲り致しましょう」

 田中与四郎は、さっと平伏から体を起こすと金三匁を懐紙にのせてそこに置き、椀と盆を傷つかぬように紙をはさみながら風呂敷に包み、挨拶もそこそこに嵐のように去っていった。

 平助は、その一部始終を見ていたのだが、何が起こったのかが分からなかった。何日か前に渡した漆塗りの盆、朱塗りですらないただの漆塗りの盆である。それをもってきて、似たようなものをと盆を五つ、椀を二つ、確かに出来は悪くないが、それよりもなによりもただの田舎の漆塗りの盆であり椀である。それを法外な値で買い取るという。何が起こったのか分からないが、草太は特に不思議に思ってもいないようであった。

「あれは、何が起こったのですか」

平助の問いに草太が答えた。

「なに、侘びさびといって、金持ちの道楽だ。物の価値など、人によって天と地ほど違う、という好例だな。精々宣伝してくれれば、収入源が一つ増えるというものだ」

「御屋形様は侘びさびが」

「分かるわけがなかろう」

 草太はそういって、何か勿体をつけて売ったら売れるかね、と言った。

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