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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第一章 少年立志編
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五、草太と一条家

 一条家の記録に草太が初めて登場するのは、天文十八年長月二十一日(1549年10月11日)の項である。房通様、土佐よりの書状を引見、童につき協議す、とある。この童が草太であろうと現代では比定されている。


 土佐からの書状を一読し、難儀なものだと房通は思った。

 貢納品については例年通りであるから、さして考えることもない。先日の房基の死については様々あるが、謀略として考えたとしても表立って激を飛ばし撃つ相手が分からない。伊予の国人衆が最も有力な容疑者であるが、それを理由に土佐の国人衆、ことに津野氏、本山氏、安芸氏に激を檄を飛ばして伊予南部を撃つとしても、ことによれば激を飛ばした土佐国人衆が真の首謀者であるかもしれず、当主を継いだとはいえまだ元服前の兼定は幼年で、土居では土佐七雄を抑えきるのは難しかろう。下手につついた結果、一条家を無駄に戦わせて力を削ぐ結果にもなりかねない。逆にこれを口実に土佐の国人衆を叩くというのも同様である。伊予南部の豪族たちに背後を取られるやもしれない。狂死として特に動かず、今は地固めをする方が賢明であろう。無論、真相は更に調査するとのことであり、調査は密かに続行するよう、土居には命じるが、今はその程度でしかない。葬儀は滞りなく営まれ光寿寺に葬られたとのこと、また家督継承は特に国人衆からの異論もなく無事に行われたことも書かれていた。

 ここまでは特に問題はない。問題は次であった。土佐の海で拾われた童のことである。飛騨の在より河内から船で日向乃至は大隅、薩摩に逃れる最中、母者と別れて土佐の海で流されているところを拾われた、とある。いうまでもなく、草太のことだ。

 一年前に関白を退いているとはいえ、京の公卿の中での一つの重大な懸案として、飛騨国司の問題がある。飛騨国司は、朝廷が任じた姉小路氏、幕府が任じた京極氏がそれぞれ国司を名乗っており、何度も衝突が起こっている。しかも先年来、京極氏は倒れ部下の三木氏に乗っ取られ、その三木氏があろうことか姉小路を私称している。現在は姉小路高綱が継いでいるものの病もあり、また三木氏を後援していた美濃土岐氏が斎藤氏に押され、ついに先年には土岐頼芸が追放となるなど没落していることもあり、この20年程の間は同族の江馬氏、田向氏等が共同して飛騨の北半国を抑えている。それでも戦力が拮抗しているため、飛騨の国は北半分を朝廷が任じた姉小路家とその一族が、南半分を姉小路を私称するようになった三木氏が、それぞれ支配している状況が続いている。

 ここに、新たに姉小路を名乗る少年が、それも飛騨から現れたとなれば、どうだろうか。正確には近い将来姉小路を名乗ることになっている、とあるが、問題は小一条流古河姉小路に連なるのか、三木姉小路に連なるのか、という点である。後者であれば、私称を許さぬという現在の立場のままに、下人としてでも追放するか、人知れず殺害でもさせれば済む。が、前者であるならば、どうであっても飛騨に戻さねばならない。このような縁のある身でもあれば、多少の援助もせねばならないかもしれない。いずれでもなければ、土居が使いたいとのことであるから、土佐に送り返せば兼定の丁度良い付き人になるやもしれぬ、などと考えた。

 関白を二条殿に譲ったとはいえ前関白という身である。房通自身が会いたいと思ってもなかなか簡単には行かない。さしあたって大きく三者のいずれであるか、小一条流か三木かそれ以外かだけでも尋ねさせなければ話が先には進まぬ、そう考えた房通は、しかし迷った。問題は誰に尋ねさせるか、である。腹心の一人である鈴木は折悪しく使いに出しており、戻るのは早くて来月、もう一人の腹心である近藤もまた、今運び込まれている貢納品の管理に追われ、数日は動かしかねる。地下人ではなく正五位下遠江権守と最下位ではあるが堂上人であり家格が釣り合わないのを承知で、西洞院時当を呼び寄せ話を聞かせた。

 この当時の貴族社会は現代とは違い、能力があり役職があるから仕事が与えられるのではない。一つの時代は終わろうとはしていたが、役割自身に格があり、先に家格があって役職が与えられ、それらが釣り合って初めて仕事が与えられるのである。身分が確かではないものの出自を聞くというのは、前関白の命によって内密に、という条件であっても、格としては地下人のそれでしかない。半家であり家督を継いでいないといっても堂上人の時当を当てるには役不足である。

 因みに、戦国時代ということで一度家格なりが半ばリセットされるものの、この制度自体は江戸時代の武家社会でも連綿と受け継がれていく制度である。ある意味、平和な時代であればこの制度は歴史の必然であるのかもしれない。


 草太は食事を終えると、もうすることがない。いかに算数が得意であろうと、字がかけようと、仕事があろうと、言ってみればこの一条家では完全なる他者でしかなく、草太自身が何かの仕事を手伝う訳にもいかなかった。手伝おうとすると、それは我が仕事であるとばかりに一条家の家人が制止するのだ。上述のように、地下人であっても「果たすべき役割」は位に着いた時点で決められており、それ以上のことをしようとするのは、簡単にいってしまえば越権行為であり人の仕事を奪おうとする大悪事である。これが武家であったりすればまた違ったかもしれないが、一条家という前関白の住まう屋敷のことである。手伝うことはできなかった。

 といって、誰かが相手をしてくれるわけでもない。その余裕は、貢納品の出納という時期には無かったといっていい。地下人と一緒にするというのも、貴種である可能性が高いという時点で不可能であり、単に一室が宛がわれてそこで一人で座り、運ばれてくる膳を食べる以外、日が昇って沈むのを眺める以外にすることはなかった。のどが渇けば、時折通りがかる女官に声をかければ水なりを与えられる。食事も時分になれば膳が出される。布団代わりなのであろう、薄い綿入れが夜になると運ばれてきた。

 草太はこういう時、どう過ごせばよいかを知っている。瞑想にふけるというか、座禅を組むというか、特に何もしなくてもよいのであれば、何もできないのであれば、何もしないということをするということを知っている。

 筆者は「何もしないということ」をする、ということを行うことがあるが、現代人の多くはこれを知らないようだ。能動的に何もしない、というのは、案外難しいのかもしれない。


 西洞院時当が呼び寄せられたのは、既に黄昏時であった。仕事の内容は、とある童の出自を、その童に尋ねるというものであった。先年来の関白時代に恩を受けている房通から直々に「貴殿には役不足ではあるが」とまで言われては断るわけにもいかず、内密に、ということなので早い方がよかろうとその晩のうちに草太に会うこととなった。草太は既に夕食を摂り終え、膳が下げられて、後は暗い中で闇を見ていた。

 と、草太の視界に明かりが入ってきた。下人に手燭を持たせた時当が入って来、灯火皿に火を入れた。時当はまず草太を一目見て驚いた。草太が彼が知る中でほぼ完全な姿勢で座禅を行っている、という事実に、である。自分が入ってきたのを認識しながら、それが当然あるべき姿であるかのように受け止めて、こちらに顔を向けただけである。流れゆく川を見ていて、川面に一枚の葉が流れていくのを見ているかのような、何となく達観したようなその姿に、確かにこれは貴種であるという確信を時当は持った。

 下人が声を掛けると、草太ははっきりと「草太と申します」と名乗った後、続けて言った。

「現在は高橋ですが、姉小路になると母から聞いております。故郷は飛騨の国でございます。京は来たことがなく、右も左も分かりませんが、宜しくお願い致します」

 時当が名乗りを上げると、正五位下と出たところで草太がピクリと右眉をあげたがそれ以上の反応はなく、名乗りを終えた後、単刀直入に聞いた。

「最初は明智だったとか申して居るが父親は誰で何をしているのか。また姉小路になるとはどういうことか」

「父親は明智某ということですが、母が詳しくは話さないため分かりません。物心の付いたころには既におらず、母が、お前は3歳までは明智だった、父親が生きていれば明智だった、とのみ言っておりましたので、そのように申しました。それ以上は詳しくは存じません。姉小路になるというのは、母が周囲に認められれば姉小路鷹綱という人と結婚し、私をその養子にするためと言っておりました」

「して、その高綱というのはどのような人物か」

「直接はあまり感想を述べにくい方ですが、父親が飛騨の国の北側に地盤を持つ有力者だと聞いております」

「ところで三木という名に心当たりはあるか」

「三木、でございますか」

 一瞬、草太はなぜその名を知っているのだと思った。彼を酷くいじめたグループの中心人物の名であったからだ。ほんの一瞬ではあるが激しい嫌悪感と憎悪の入り混じったものが感情の表に出てくるが、それを抑えて草太は言った。

「三木は、敵にございます」

 決まりだな、と時当は思った。姉小路高綱が養子をとり、これに跡目を継がせようとしている。おそらく三木姉小路側がこれを察知したのだろう、暗殺か何かをたくらみ、そして高綱が2人を逃がした、その子が巡り回って今、ここにいる。そういうことなのであろう。

 話は終わった、とばかりに、何か欲しいものはあるかと尋ねると、草太は言った。

「自分は何も分かりませぬ。よろしくご指導をお願いいたします」


 この短い会談の内容を書状にし、明朝には前関白房通様に提出しなければ、と思いつつ、草太の部屋を出た時当であったが、すぐに来るようにと下人が使いに来た。どうやら明朝を待てないようだ。確かに重大な話である。房通の前に出た時当は、簡単な挨拶を述べた後、本題に入った。会談の一部始終を語ったのである。

「真偽のほどは確かめようもありませぬ。おそらく高綱どの本人に尋ねても、否定なさるでしょう。しかし、某の感想では、まぎれもない事実であるとしか思えませぬ」

「話は分かった。このような役不足の仕事をさせてご苦労であった。……真偽のほどはひとまずおく。そなたの目から見て真実であるならば、真実なのだろうよ」

 ならば事実を作って押し付けるまでだ、とこともなげに房通は言い、大儀であった、と時当を下げようとした。が、思い直して明払暁前に呼ぶ故、今宵は泊るように申しつけた。

 時当を下がらせた後、一人瞑目し、考えた。真偽のほどは別として、いずれがこちらの利になるのか。言うまでもない。真だ。してみると真であるという事実を作り押し付けるまでだ。これはそれほど困難ではない。要は高綱に養子を押しつけ、その周囲にそれを認めさせる、というだけなのだから。

 まずは元服まではこちらで預かり教育を施すこと、高綱にはしばらくはこの子がこちらの手にあるとは知らせぬこと、そして重要なのは三木の姉小路襲名の願いを全て今後も断り続けさせることである。三木氏の献金などの工作により、実際の史実でも10年ほど後には襲名を正式に認めるのだが、その下工作は姉小路済俊の氏の直後から既に始まっていた。高綱自身の病もあって、徐々にではあるが認めてもよいのではないかという意見がちらちらと出始めている。まずはこれを抑えるというのが第一である。

 第二に、姉小路を継がせるとして、今のまま送り込んだとしても特にこちらの利になるように状況が動くとは思えない。逆に混乱に付け込まれるやもしれない。下工作か、部下をつけるか、なんらかをせねばなるまい。

 勿論房通に何の義務もない。ただ、朝廷に、上手くすれば一条家にも、利があるやもしれぬというだけの話だ。しかし乗りかかった船だ。最後までとは行かなくてもせめて元服させ国司を継がせるまでは、この船から降りるわけにはいかない。


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