表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草太の立志伝  作者: 昨日の風
第七章 戦と内政と
288/291

二百七十八、上野上村城始末

 織田信広が岡崎城を急襲し岡崎の街から物資を徴発した次第、そして朝比奈泰朝の渡河を見て織田信広が岡崎を離れて東条城へ向かった次第については既に述べた。朝比奈泰朝は岡崎城へ入り松平元康も追撃しなかったため、織田信広は荒川義広に迎えられ東条城へ入った。



 松平家誌に「姉小路房綱公城取のこと」としてこうある。

「(略)姉小路房綱公、上野上村城の降伏を勧告、即ち酒井忠尚怯懦の風に吹かれたるや城を開き候。」

 いわゆる三河一向一揆、本證寺の乱がかなり早期に終息した要因として挙げられるのが、謀反側の首班の一人である酒井忠尚の降伏である。戦自体を早期に終息に向かわせる方法の一つとして酒井忠尚を降伏させるという手は、ほとんど最善手に近い手であったというのが、今日の共通した認識である。

 ところでこの前段部分には平谷から杣路峠を越えて入ってきた姉小路軍の進出と同時に今川家が兵を引き足助鈴木家が姉小路家に降伏した次第についてかなり詳細に書かれており、その記述は姉小路家日誌ともほとんど違いがない。この時期の三河松平家は独立直後の黎明期と言ってもよくそれほど諜報能力に長けていたわけでもない。同じ記録が元となっているのかもしれない。



 弘治二年卯月二日(1556年5月10日)、姉小路家の上野上村城包囲は三日目を迎えた。吉良義昭らを捕縛して三日、竹中重治の説得も功を奏さず、吉良義昭は上野上村城への使者に立つのを未だに拒んでいた。竹中重治は再度の説得のために吉良義昭の下へ行ってはいたが、草太は陣幕の中で結果にはあまり期待を持てずにいた。


「如何なさいますので」

 草太に尋ねたのは弥次郎兵衛であった。何を、とは言うまでもなく吉良義昭の事、更に言えば上野上村城の事であった。

「城内の様子はどうだ。弥次郎兵衛の耳にも特には分からないのか。……それはそうと周辺の事情はどうだ」

「周辺の事情については佐治為次が昨夜着陣し事情を取り纏めてございます。呼びますか」

 弥次郎兵衛が言い、草太はそれに頷いた。


「佐治為次にございます。多羅尾光俊様の命により今回は某がお側を務めてございます」

 うむ、と草太は頷いたが、昨夜遅くに着いたばかりであれば情報には期待が持てなかった。だが佐治為次は続けた。

「三河の事情にございますか。当面は不穏でございましょうな。

 そして東条城へ織田信広が入り、また形原城が丹羽長秀の手に落城し、上ノ郷城の鵜殿長時と滞陣を始めたことを告げて言った。

「今も竹中重治殿が吉良義昭殿へ説得に向かっていると聞いておりますが、こうなれば吉良義昭殿が松平元康へ帰順するよう説得することは難しいかと。尾張織田家が後ろに着くと確定いたしましたから」


 続けて尾張織田家が既に渥美半島をほぼ手中に収め、二連木城に入った今川義元率いる今川家本隊とにらみ合いを続けている点に触れて言った。

「織田信長殿ご自身が知多勢も合わせて兵一万を率いて田原城に入ってございますが、今川家本隊は一万数千から二万が二連木城にあり、そう簡単に抜けるとも思えませぬ。何らかのきっかけで動きが出るやもしれませぬが、何もなければ当面は動けぬと考えた方が良いように存じます」

 草太は織田信長の軍勢の動きが妙に早いのに気が付いた。田原城攻略までわずかに十日足らず、動員が前々からかけられ調略によって無人の野を行くがごときものであったと予測できたとは言え、移動から田原城攻略にかかる時間が短すぎた。何かからくりがあるのかと問えば佐治為次が答えた。

「田原城攻略隊三千は船を使って海上を移動し、更に河和戸田家の手引きにより現地の戸田家と縁の深い村々から兵を募ったと聞いてございます。田原城攻めは、元より戸田家の根拠地にございますから弱点も研究されつくしておったのでございましょう、城攻めから一日半で落城、城代の朝比奈元智殿は城を脱して二連木城の今川勢に合流したと」


 船での海上移動は、確かにかなりの速度が期待できた。かつて草太の経験した早船の半分の速度であっても馬で走るのとさほどに変わらず、しかも休まずに進むことが出来たために平均で考えても相当に馬よりも有利であるのは間違いがない上、船に乗っている間は、船酔いという問題はあるにせよ、体力はさほどには使わなかった。街道整備が行われていない事なども影響がないなど、事前に船を集めることが出来さえすれば確かに有効な移動手段であろうと思われた。

「河和から田原付近であれば半日もあれば着くことが出来る、か。なるほど考えたようでございますな」

 弥次郎兵衛が感心していったが、無論船を集めていること自体はある程度掴んでいたに違いはなかった。

「織田家の集めていた船は荷船ばかりでございましたから水軍があれば防ぐのは容易でございましょう。当たるとすれば九鬼嘉隆の舟手衆にとっても良い獲物かと」


 そうか、と言いかけて草太は気が付いた。

「そういえば三河の内に誰か仕込んであるのか」

「無論。仕込んだのは服部保長様でございますが。周辺諸国には多かれ少なかれ草は仕込んでございます。特に渡り者に仕込んでいる者も少なくはございません。難しい機密は探り得ませんが、陣触れの有無といった大雑把な動向や陣内城中の空気程度であれば探ることは出来ます。もっとも下層の兵や民百姓がほとんどであり信頼度はさほどにございませんから取捨選択が必要ではあります。そこは我らの腕でございますな」


 報告を聞いた後暫し草太は考えたが、吉良義昭の説得は続けるとしても別の手を、吉良義昭抜きで当初の方針通りに上野上村城を降伏させるため軍使を立てることを決めた。もっとも最終的な決定は昼過ぎの軍議を待つ必要があった。



 

 夕刻、上野上村城に後藤帯刀の嫡男、後藤重弘を正使、吉田右衛門を副使とする軍使が遣わされていた。後藤重弘は未だ軍学校は卒業しておらず、この戦へは実戦経験を積ませる一環として草太が引き連れてきた騎馬隊の一将校の立場でしかなかったが、姉小路家一門衆として使者の格を保証する、そのための人選であった。

「吉田右衛門は配下のものが正使となるのはいかがなものかと思われますがご理解を」

 こう弥次郎兵衛に言われては、草太もこの人選に口をはさむわけにはいかなかった。それよりも顔を潰されたような形になった竹中重治に対して草太は慰めるべきであるように考え、言った。

「竹中重治、そもそもは私が、吉良義昭には説得される余地がない、そこに一縷の望みをかけただけだ。気にする必要はない」

 しかし、と竹中重治が言いかけるのを制するように草太は続けて言った。

「吉良義昭を説得できれば色々と有利になろうが、なんでも思い通りには出来ぬ。まずは今回はこの形となった。それだけの話だ。……それよりもだ。この和議、成ると思うか」

「なろうかと存じます。酒井家の存続は、酒井忠次が松平元康の側にいるために保証されております。ならば酒井忠尚をはじめとする諸将の顔を潰さぬことだけが問題であり、我らに囲まれつつも数日城を保ち和議を選ばせたという形になります、武辺としても名は悪しくなかろうと存じます。それに……」

 ここで少し竹中重治は口に出すかどうか一瞬迷っていた様子をみせたが、いうべきだと考えたのであろう、口に出した。

「昨日夜、一人の僧侶が上野上村城に入りましてございます。本證寺空誓が立てた使僧で名は空河と言い、本證寺と松平家の講和について上野上村城に報せるために入るとの事でございました。おそらくは上野上村城内の一向門徒も矛を収めるべきという意見に傾くかと存じます」

 空河の入城については草太も既に掴んでいたが、弥次郎兵衛から補足の意味で再度説明させた。

「過日我らが城を囲む直前に、本證寺へあてた救援要請が本多正信から発せられております。それに対する返答の使者であろうと考えられます。本證寺が松平家側に付いたという事は援軍も見込めず、また織田家の兵も付近にはいないという情勢も伝えられたはずにございますから、打って出た後の展望もなければ降伏を選ばざるを得ないものと。城を枕に討死をするほど酒井忠尚に対して尽くすものも少なかろうと思われます故」

 ならば必ずや吉報がもたらされよう、と草太が言った後、竹中重治がところでと切り出した。

「ところで、松平家次の動向は判明いたしましたか」


 松平家次は、今回の反乱の中で松平元康になり替わって三河松平宗家を継ぐ意思を明らかにしており、また事実松平元康がいなければ宗家を継いでいてもおかしくはない血筋にあった。このため酒井忠尚らは松平家次を旗印にと画策していたようであり、事実上野上村城へと迎え入れるべく手を打っていたことが判明していた。

「先日の合戦の直前にこちらへ向かっていたことは分かっておりますが、それ以降の足取りは」

 竹中重治が重ねて問うと、末席にいた佐治為次が口を出した。

「確証はございませんが、些か探り得てございます。西の方より数百の一隊があり上野上村城を差して進んでおりましたが、合戦の直後に使いが来、直後に反転して西を指して退却をしたとの報告がございます。おそらくは松平家次隊と思われますが、旗印も馬印もなし、確認は取れてございません。その後、刈谷城へ入ったものと思われます」

 そうか、と報告がなかったと思いながらも草太は頷いた。


「既に着陣しているはずの平野右衛門尉殿に刈谷城を攻めさせましょうか。或いは引き渡しの要求だけでも」

 竹中重治が試すように提案してきたが、草太は首を振った。

「いや、止めておこう。刈谷城へ攻め掛かるとあれば尾張織田家と全面闘争に発展しかねないが、美濃、伊勢には最低限度の備えしかない。尾張にも手を打っているわけでもない。すぐに尾張近辺に集結できる余剰兵員もそれほどはいない。当主の織田信長殿も尾張攻めをしたところで捕捉は出来ない。何より尾張の民の心も織田家から離れているわけでもない。であれば長引く上に被害も大きくなろう。少なくとも民に被害をあまり及ぼさずに短期的に攻め落とすのは難しかろうよ。

 更に引き渡しも、松平元康殿ならばともかく我らは何の名目で要求するのだ。そちらも難しかろうよ」

 竹中重治もこの発言に当然という顔を見せた。当初から竹中重治も攻めるつもりはなく、確認のために口に出したものと見えた。

「ともあれ後藤重弘の説得の結果を待ち、開城しないのであれば力押しも視野に入れる。左様心得よ」

 草太はこう言って軍議が終わった。


 力押しも視野に入れる、とは言ったが、事前の予測通り上野上村城はあっけなく開城した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ