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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第七章 戦と内政と
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二百七十、三河一向一揆(四)

 柳川瀬に進出した平野右衛門尉率いる姉小路軍と下間頼照率いる一向一揆勢が遂に激突した。難民保護のために分派された姉小路軍を率いていた藤堂虎高は一当てして本隊と合流すべく行動し、一揆勢は数を頼んで証意の僧兵隊を先頭に柳川瀬へと進軍していた。この次第については既に述べた。



 本願寺文書の下間頼照が本願寺顕如に出した書状にこうある。

「空誓、本願寺を裏切り、三河にて兵を不起おこさず、酷く邪魔を致し候。我ら安城を攻め柳川瀬にて姉小路と合戦仕るも時利不有あらず、(略)」

 三河一向一揆での、ほとんど唯一といってよい寺社勢力が主体となっての戦いが、別名柳川瀬の戦いと呼ばれるこの遭遇戦である。この一戦の後、一揆勢は文字通り雲散霧消してしまい、従っていた国人衆も下間頼照と行動を共にしなかったようである。この後、吉良義昭は酒井忠尚の居城である上野上村城救援に向かい捕えられ、下間頼照はこの後刈谷城へと落ち、織田信長の手により捕らえられたと一書には残っている。

 それでもこの後の石山本願寺を含む複数の記録に下間頼照の名がある以上、生き残り解放されて石山本願寺へ戻ることが出来たと考えられている。



 柳川瀬の渡しは藤堂虎高の通報を受け、俄かに活気付いていた。無論、一揆勢に対する迎撃の支度であった。平野右衛門尉は渡河を既に終えていた一鍬衆二千五百、中筒隊五百に戦闘準備を命じ、また物見を放った。

「川岸は開けよ、渡河急げ、渡ったものは支度をして陣に加われ」

 矢作川を渡り終えた一鍬衆は槍を三段目まで接いで三間槍とし、三人が一組となってそれぞれの陣へ向かい、また中筒隊は十名から十五名の団体で渡っては革袋から油紙に包まれた中筒を出してほどき、火縄を挟み背嚢から早合と口火薬入れを入れた胴乱を取り出し腰に付け、胴火の火を確認してそれぞれの隊へ向かって行った。

 陣はやや両翼を下げた横陣であり、川岸から二町ほどに陣を敷いていた。流石に土嚢を積む時間はなかった。


 程なくして物見から報告が入った。

「報告します、僧侶と見られる者に率いられた民約五千が武器を手にこちらへ向かっております。後方には数は不明ですが僧兵と見られる一隊がいるようにございます」

 藤堂虎高の報告では敵は吉良義昭であり国人衆であるとされていたが、僧侶がいるという事は一揆勢であった。平野右衛門尉は加賀での戦も経験しており手向かいするのであれば容赦はしないが、流石に民を槍にかけるのは気が進まなかった。おそらくは前方の僧侶が扇動し後方の僧兵が督戦しているのであろうと目星をつけた。

「……市川大三郎、中央を突破し僧兵を叩くとすれば、兵はどの程度いる」

「僧兵の数にもよりますが一鍬衆のみであれば千程度かと。中筒隊にて打ち据えてから突破という事であれば六百という辺りでございましょう」

 市川大三郎の言にすぐさま編成にかかれと命を出し、未だ渡河をしていない竹中重元に残りの兵の渡河を急がせるように使い番を出した。


 陣の最前線から一町に巡らせた鳴子が鳴り、中筒隊が探り打ちを始めた。探り打ちが一巡りした後、前線に出ていた平野右衛門尉郎が言った。

「左右はさして手ごたえなし、か。……中央、銃撃三連、その後待機。左右の陣へ命令、百歩前進、銃撃一度。その後は戦線を維持せよ。」

 使い番が左右の陣へ馬を走らせるのを見てから市川大三郎に平野右衛門尉は言った。

「左右からの銃撃が終われば突撃、僧兵隊を崩せ。おそらくは藤堂虎高も迫っているから僧兵隊を攻め立てれば応じて挟撃となるはずだ。僧兵隊を崩し藤堂虎高隊と合流後、降伏を勧告しながら戻れ」



 一方の藤堂虎高隊は、吉良義昭麾下の足軽隊千五百と一戦し、退却してきてはいたが、全体としては三十を少し超える脱落者しか出していなかった。とはいえ手傷を負い、手当てを受けても戦えないものも三十を数え、その護送のための人員も必要であるために戦力としては四百前後が戦力として数えられる数であった。

 闇に紛れて道を急ぐ藤堂虎高隊であったが、おそらく家下川の河川敷を進んできたのであろう、二町ほど前方に松明の明かりを見つけていた。藤堂虎高隊は逸れぬよう細引きを掴んでおり、夜目の利く者を先頭と殿に配して歩いていた。火の気といえば目印代わりに数十人おきに一人火縄を点けているだけであり、遠目には闇に紛れてその姿は発見が難しかった。前方の松明の明かりも藤堂虎高隊を発見できていないようであった。

 前方にいるのはおそらくは敵であろうとは思われたが、藤堂虎高はそれでも距離が一町になるまで前進を続けさせ、距離一町の地点で伏せさせた。

「後方、敵の追っ手までどの程度の距離がある」

 殿に配した夜目の利く者に小声で尋ねると、五町近く離れている、との言葉であった。おそらくは前方の兵は敵であり、その向こうの柳川瀬には味方の陣があると踏んだ藤堂虎高は、全員に言った。

「前方の陣へ鉄砲が打ちかかる、その音を合図に我らは投げ槍一投後、突撃する。だが味方の弾に当たるのもつまらぬ故、突撃は銃声が止んでからだ。敵陣を突破し味方と合流する。手傷を負ったもの一人とてここには残すな」



 証意は農民兵の足の遅さにうんざりしながらも、僧兵と共にその後ろを進んでいた。藤堂虎高と吉良義昭の戦いを横目に先へ進み、柳川瀬を渡りつつある姉小路家の兵を蹴散らかすのが目的であり、五千という数が証意の気を大きくしていた。

 証意をはじめ僧兵たちにも土地勘はなかったが土地の農民たちが多くいるため道に迷う心配もなく、家下川の岸から土盛を上がった上から見下ろしたのは、柳川瀬を渡りつつある姉小路軍であり、特徴的な長槍を持った兵が隊列を整えつつあった。証意にはその数は見て取ることは出来なかったが、その数は自軍よりも相当に少ない様に思われた。

 証意は命令を発した。

「襲撃だ。進んで仏敵を払え。天魔の使いを倒せば後生も宜しかろうぞ」

 命令一下、とはいかないが、僧兵たちによって農民兵が徐々に進みだし、更に前線近くにいる僧が扇動してその動きは宗教的熱狂に包まれ、勢いを増していった。

 誰にも止められない人間の奔流、と見えた一揆勢であり、証意は勝利を、少なくとも姉小路軍へ大きな損害を与えうると確信していた。


 しかしそこに銃声が轟いた。

 宗教的熱狂に煽られた民は簡単には止まらないが、止まらないが故に最前線の数百名が突然倒れると将棋倒しに倒れ、それを躱そうと群衆が大きく割れた。そこへ一鍬衆が三間槍を揃えて突撃してきた。下手をすれば脇差か、良くとも長さ一間の素槍程度しか持たない農民兵は敵することもできず。次々と槍の餌食になっていった。

 最初の二列ばかりがまずは銃撃で倒され更に数列が槍の餌食となっていくのを目の前にして、流石に宗教的熱狂も冷めたのか足が止まった。

「進めば極楽ぞ、みな進め」

 扇動役の僧侶が叫ぶがその声は既に民には届かなかった。



 民の奔流が突如逆流したのを見て証意は舌打ちをした。明らかに少数の敵に押されているためであり、そのために証意は督戦のために僧兵に前進を命じようとした。督戦、というのは簡単であるが、僧兵の刃が民へ向かうことを意味していた。そのことには証意は全く頓着せず、むしろ信心を高めるために僧兵の刃は必要であり、時にはそれは民に向けられるのも仕方がないと考えていた。

「者共、不信心なるものたちに退いた際の地獄を……」

 命令を下そうとしたまさにその時、唐突に後方から槍が降ってきた。その数は四百と少なかったが後方から、証意の周辺に密集していた僧兵に向けて放たれた投げ槍は百の僧を貫き二百の僧が深手を負った。幸いにも証意はすぐ後ろにいた僧の影となって無事だったが、その僧は背中から腹に槍が抜け瀕死の重傷であった。介錯を仲間の僧がするのを横目に、自分が無事だったことに安心したのも束の間、今度は後方からの鬨の声に証意は僧兵を督戦に命じるのも忘れて我を忘れてしまった。


 その隙をついた形で藤堂虎高隊が打ちかかった。後方からの攻撃に有効に反撃するためには通常は陣を回す必要があるが、僧兵たちはその必要はほとんどなかった。これは僧兵たちの戦の仕方が陣形を組み集団戦をすることではなくあくまで一対一の戦いが同時多発的に起きることを想定したものであり、したがって列の前後はあるにせよ基本的には各個人が振り向けば後方からの攻撃にも対応することは容易であった。

 僧兵たちの戦は、しかしかみ合わなかった。藤堂虎高隊の三間槍は薙刀の間合いに入らず、千段巻きを踏んだところで鉄の芯が入れられている槍は折れなかった。槍との戦いも修練されてはいたが修練では一度に突き出される槍は一本であり、ほぼ同時に三本が突き出される集団戦術を使う一鍬衆への対応は全くできなかった。数合ともたずに槍に突かれ、掻い潜って間合いに入ろうとするも即座に後退、他の方向から突き出された槍に対応しなければならぬとあれば、僧兵たちはほとんど反撃らしい反撃は出来なかった。

 たまりかねて僧兵の一人が卑怯と叫びはしたが、一鍬衆は全く意に介せずに槍をつけた。


 じりじりと後退を余儀なくされた証意の僧兵たちは、今度は更にまた後方、つまり先ほどまで向いていた正面の方角から攻撃を受けた。これは先ほど崩された農民兵たちの陣を割り突破してきた市川大三郎隊であった。市川大三郎隊も藤堂虎高隊と、戦いは全く変わらなかった。ただ三間槍を三人一組で突き出す、確実に目の前の一人を倒すことだけを目指した戦い方であった。

 問題は、藤堂虎高隊とだけの戦いとは異なり、僧兵たちが三間槍の間合いから後方へ逃げることが出来なくなったという点であった。後方へ下がれなければ、藤堂虎高隊、市川大三郎隊の間で挟まれることとなった。運よくその合間から脇へ抜け、逃げ落ちることが出来たものは良かった。槍に突き倒され動けなくなったもの、あるいは突き殺されたものもまだ良かった。だが証意はいずれでもなかった。

 僧兵たちの中央部にいた証意は逃げる道を失い、といって積極的に打って出るほどの武勇もなかった。一通りは薙刀も熊手や鉞の類も使う事は出来たが、周囲の僧兵たちよりも上手ではなく、その僧兵たちが手もなくやられている相手に打ちかかるほどの武勇はなかった。逃げ道を塞がれ、周囲を護っていた僧兵たちも次々と討たれ、遂に進退窮まったことを悟った証意は降伏を余儀なくされた。藤堂虎高が持っていた細引きで高手小手に縛り上げて縄尻を一鍬衆の一人に預けた。



 証意率いる僧兵隊を四散させた市川大三郎隊と藤堂虎高隊が合流した後、市川大三郎は藤堂虎高に平野右衛門尉の命令を伝えた。

「分かった。降伏を呼び掛ける、な。元々、難民を助けるために出た我らである、異存などあるわけもない。……ところでこれをどうするかの」

 にやにや笑いながら顎で指した先には証意がいた。証意は、戦に敗れ囚われの身になったとはいえ、屈辱に身悶えることとなった。だが市川大三郎も心得たものであった。

「縄目を打たれておりますから何やらの罪人でございましょう。罪状を明らかにして引っ立ててまいりましょう。それよりももう一戦は」

 市川大三郎は藤堂虎高隊が来た先に松明の明かりを見つけて示したが、藤堂虎高はこれ以上は御免だとばかりに頭を振った。流石に一鍬衆にも手負いもあり疲労の色も濃くなっていた。

 そして合流した二隊は、大声で証意が降伏したこと、武器を置き降伏した者は助けることを叫びながら市川大三郎の来た道を戻った。

 闇の向こうの松明の明かりはそれ以上近付かず、いつか闇に戻っていた。


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