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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第七章 戦と内政と
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二百六十一、松平元康の決断

 三河防衛のために派された朝比奈泰能の隊に松平元康が三河国人衆を纏める目的で含まれていたが、その三河国人衆は松平元康を担いで今川家からの独立を果たそうとしていた。その陰には竹中重元の説得があったことは言うまでもない。松平元康はその熱意に押され、鳥居元忠を刈谷城に派し話を前に進めることとした。この次第については既に述べた



 松平家誌に「松平元康様、岡崎へ戻り候事」としてこうある。

「松平元康様、駿河より大樹寺に入り、家臣の熱意により戦支度を密かに初め候。(略)今川家が重臣朝比奈泰能、朝比奈泰朝を伴いて奥三河に出陣、半ば空き城になりたるを見て鳥居元吉殿直談判に及び候処、即ち立ち(略)」

 元となったとされる鳥居元忠の覚書では、「即ち立ちて」の部分が「漸く立ちて」となっている辺り、松平元康が最後まで挙兵にためらっていたが家臣に押し切られたという構図が見て取れる。この構図を糊塗すべく、家誌では家臣の熱意が高まるのを待っての攻撃、という形を取らせている。

 いずれにせよ松平広忠の代に何度も今川家が援軍を派遣して松平広忠の岡崎帰還、織田家との抗争を助けたという経緯もあり、三河は親織田派よりも親今川派の育ちやすい状況があるのにも関わらず、尾張織田家の調略があったにせよ有力国人の大部分が親織田派となっていたというのは興味深い。これは今川家の三河支配がかなり過酷であったことを示す、一つの証拠であろう。



 弘治二年弥生十六日(1556年4月25日)夕、遠江を発した駿河今川家の軍勢は岡崎城へ入り松平元康もその列に連なった。その夜、二の丸では朝比奈泰能が軍議をすべく三人を呼び出した。三人とは、松平元康、朝比奈泰朝、そして岡崎城代山田景隆であった。

「参集ご苦労である。さてまずは今の三河の状況について詳しく知りたい。山田景隆殿、報告を」

 当然朝比奈泰能は知っていたが、情報を共有するために山田景隆から説明させる形を取った。

「まずは西、尾張織田家でございますが、兵を集めて調練しているようでございます。国内事情も安定している上に他の国境は姉小路家と接しております故、その矛先は三河に向くと見るのが自然かと。現在出陣可能な兵数は二万には届かぬように思われます。これがなだれ込んだ場合には略奪の被害も相当かと。特に作付け前後の田を荒らされた地域は今年の米はあきらめざるを得ず、民の大量流出もあり得るかと存じます」

 うむ、と朝比奈泰能は一つ頷いて先を促した。

「さらに奥三河の北、伊那谷から三河街道を下った平谷の宿には姉小路家の兵一万が既に陣を張っております。……小荷駄隊が優秀なのか略奪は行われておらず、逆に炊き出しが行われ兵が平谷に落とす銭もあり、平谷の宿は活気づいているとのことでございます。ただし、臨戦態勢に近い状態を未だに崩してはおらず、姉小路家が動こうとすればいつでも動ける状況にございます。対する三河の状況は……」

 ここで山田景隆はちらりと松平元康を見た。

「まずは岡崎城には兵三千、その他いくつかの城に分散して計五千の兵がおり、必要に応じて国人衆に兵を出させることで、三万から四万の兵を動かすことが可能でございます。更に今回、朝比奈泰能様の率いてきた遠州兵一万五千を合わせ五万前後が動かせる上限となります。もっとも各城の防備にも兵は必要でございますから最大でもこの辺り、実際に動かすとなれば四万程度が上限かと。国人衆の動向については……松平元康殿、今日大樹寺で会ったのであろう、そなたから申せ」

 当然知られていると考えていたため動揺もなく、松平元康は言った。

「朝比奈泰能様の勧めにより墓参をいたし、大樹寺にて主だった国人衆、おそらく山田景隆様の采配でございましょう、かつての松平家の家臣一同と面会いたしました。皆壮健の様子、再会を楽しませていただきました。……皆も周囲に兵が迫っているのは存じております。特に尾張織田家は祖父松平清康の代からの因縁もございます故、敏感になっている面がございます。勝手ながら近々の出陣、その支度を済ませるように言っておきました。正式な命令を下せばすぐにでも馳せ参じるかと」

 山田景隆がその言葉を引き継いだ。

「確かに三河国内は平穏無事、とは申せ何の芽もないとは言えませぬ。松平家の分家の一部には松平宗家の家督を巡り不満を持つものもおります。また本證寺を中心として一向宗の動きも、最近新しい僧が石山から入ったとかで怪しいものがございます。ですが今のところ具体的な動きはございません」

 そうか、と朝比奈泰能が言うと朝比奈泰朝が言った。

「ならばこうしてはいかがでございましょう。まずは既に展開している姉小路家の兵に対する備えとして足助城に兵一万五千を充てては。その上で国人衆を集めての兵を岡崎に集めておき、尾張からの兵が乱入すればこれを撃退する、という事では。……姉小路家が何を待っているのか、そこまでは分かりかねますが、平谷から足助までは十二里強。動き出せば神速でなる姉小路軍の事、動きを察知した時には既に目の前に迫っておりましょう。足助から長篠へと進めば後ろが危うく、尾張織田家と歩を合わせて岡崎へ進めば野戦で抑えることが出来るか難しいところにございます。籠城して御屋形様の援軍を待つことも視野に入れる必要がございましょう。いずれにせよ、足助を守る必要があるかと」

 おそらくは元からそうするつもりであったのだろう、良く出来た、とばかりに朝比奈泰能が命を下した。

「朝比奈泰朝、儂と共に兵一万五千を連れて足助に入る。出立は明日だ。支度せよ。松平元康、そなたは岡崎で国人衆の兵の参集を待て」


 そして散会となる際に山田景隆がふと気になったのか言った。

「ところで国人衆を集めたのは儂ではないのだがどこから漏れたのやら。朝比奈泰能殿にございますか」

 否、と朝比奈泰能が言う前に松平元康が言った。

「山田景隆様の粋な計らいと思っておりましたが失礼仕りました。某が今日あたり岡崎入りをする事自体は以前より分かっていたこと、ならば墓参はするものと誰か知恵の回るものが読んだのでございましょう。確かに参った家臣も国人の本家当主格ではなく各家の重臣たちでございました」

 そうか、と山田景隆は言い、手綱は握るようにとだけ言った。



 一夜明けて弥生十七日、早速朝比奈泰能は兵を連れて足助へと立ち、松平元康は近臣と共に岡崎城に残った。山田景隆が本丸へ入るよう誘ったが、松平元康は断って言った。

「本丸へとのこと、お言葉ありがたく思います。しかし某は今回は朝比奈泰能様の一与力、山田景隆様はお屋形様が任じられた城代にございます故、遠慮がございます。また昨夜の話にもございましたが松平宗家の家督のことで不満を持つ者、おそらくは叔父らでございましょうが、某が本丸に入れば良からぬことを考えないとも限りませぬ。今は協同して敵に当たる時、刺激したくはありませぬ故、この度は二の丸に入ろうと思います」

 山田景隆は殊勝なことよ、と本丸に入っていった。この言葉は松平元康の本心であったが、その全てではなかった。本丸ではおそらくやってくるであろう三河国人衆、つまり元家臣との接触がどうしても制限され、暴発する恐れが多分にあった。勿論二の丸でも制限はされるが、本丸よりはその度合いは低いためであった。松平元康は今回は今川家の側に立っての戦と心に決め、元家臣を説得しようと考えていた。


 二の丸に与えられた居室に入ると鳥居元吉が待っていた。山田景隆が三河国人衆を纏める手助けをするよう手を回したとのことであった。だが鳥居元吉は低い声で言った。

「人払いは済んでございます。服部正成の手の者、先代の服部保長殿の残した伊賀同心衆が固めております故、裏もございません。……さて殿、決断の程をお聞かせ願いたい」

 松平元康は言った。

「言ってどうなる。どちらを選ぶにしても今は岡崎へ兵を集める時。やる事は変わらぬだろう」

「いいえ、変わります。……あの後、我らも話し合いましてございます。もし今川につくというのであれば」

 鳥居元吉は、顔つきが変わった。

「恐れながら、殿とは呼べなくなります」


 殿とは呼べなくなる、つまりは松平元康を主とは認めない、と言っているに等しかった。

「我らは今川家の下で成るか成らぬか分からぬ策を十年待つよりも、姉小路家の下で半独立でも良い、今すぐに立つことを選びます。これは、あの場にいた皆の総意にございます」

 松平元康の傍らに座っていた石川数正が口を挟んだ。

「失礼ではございますが鳥居元吉様、あの場にいたのはほとんどが本家当主以外の者達でございました。そのような重大な決断を成すことができましょうや」

 出来る、というのは松平元康であった。

「出来るだろうよ。むしろ儂を立たせるための会合、旗印として儂が立たねば他の者を立てる、そういう話が既に出来ておったのであろう。そこへ姉小路家の話が出て、渡りに船となった。違うか」

 鳥居元吉は、やはり殿と仰ぐのは松平元康であってほしいと思いながらも、ただ頷くばかりであった。松平元康は暫し待て、と考え込んだ。


 半刻ばかり考え込んだ後、ようやく松平元康は苦渋の表情で顔を上げた。

「まず、分かった。……立とう。立たねばなるまい」

 殿、と鳥居元吉が喜色を浮かべた。松平元康は命じた。

「まずこの事、時が来るまで漏れてはならぬ。漏れた時は立たぬし見捨てる覚悟だ。今一度、皆に気を引き締めさせよ。時といってもさほどにはかからぬ。まずは皆が岡崎城へ集結することだ。その上で、姉小路家の軍が動き足助に立った遠州兵が俄かには引き返せぬようになった時、そしてその時に未だ今川家の本隊が三河へ到着していなければ、その時こそが立つべき時だ」

 難しうございますな、と鳥居元吉が言うと松平元康は言った。

「それだけ危うい橋を渡るのだ。……我が策ならば多少の齟齬があっても取り返しはつくが、この策ならば乾坤一擲、策が成らねば二度と三河へも戻れまい。悪ければそのまま首にされる。そういう策だ」

 儂の好むところではない、と続けて、そして言葉を切り鳥居元吉を下がらせた。



 その夜、松平元康は一人居室にいた。食事もとらず、暗くなっても灯もつけず、一人考え事をしている様子であった。

 次の間で待機していた近臣の平岩親吉は、今回の策にはあまり乗り気ではなかった。殿の風ではない、という以上に、この挙に出た場合に松平元康が捨てるものを惜しんでいた。明け方近くになりうっすらと空が白み始めても松平元康が動かないのを見て、平岩親吉はそっと声をかけた。

「殿、失礼いたします。……殿、瀬名様のことをお考えで」

 松平元康は虚を突かれたように顔を上げた。だが頭を振って言った。

「考えたが、こうなればどうあっても無理だな。事が露見しても、挙が成っても、たとえ儂が自ら事を暴いたとしても……どう考えても、な。ならば捨てるしかあるまい」

 しかし、と言いかける平岩親吉を手で留めて松平元康は続けた。

「儂は松平家当主、瀬名殿は今川家の姫、いつか三河の独立を夢見るのであれば、いつかはこうなったのであろうよ」

 その声は諦めとも悲しさとも取れる声であった。ため息とともに松平元康がつぶやいた。

「ままならぬものよ」


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