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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第七章 戦と内政と
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二百四十四、伊勢討伐(五)

 姉小路軍が阿漕の地に陣を張り、無駄と知りつつも降伏勧告を行った次第については既に述べた。この降伏勧告は時間稼ぎでしかなかったが、幾重にも目的のある時間稼ぎであった。もちろん木造具政も凡将ではなく、すぐに大河内城に集結中の後詰、その総大将である北畠具教に使い番を発した。この次第については既に述べた。



 細川藤孝が提出したとされる伊勢討伐始末にこうある。

「姉小路房綱公、兵を率いて伊勢に入り、木造城の北一里阿漕の地に陣を張り、兵を分け川上より土肥但馬守、川下より滝川一益の両名に攻め立てさせ、公自らは九鬼嘉隆を伴い木造城を攻め候。川上、川下を回りたる姉小路家の兵を見、伊勢国人衆十の内八は降り戦とてほとんど起こらず、最後陣である当家の陣が到着するころには木造城の前面に田中弥左衛門隊がいたのみ。川向うでは伊勢北畠家の軍勢と姉小路房綱公の軍勢が対峙しているも国人衆が逃げ散り、或いは降りたるを見て戦にならずと北畠具教、兵を引き候。翌如月九日、木造具政より降伏の軍使参り(略)」

 二万の兵が観音寺城を発したのは如月三日(3月14日)のことであった。移動時間も含めてわずかに六日後に木造城が降伏するというのは、姉小路家以外の兵であれば俄かには信じがたい。木造城付近に着陣するだけでも六日程度かかるのが普通であるためだ。当然、長野工藤家の手によって街道が既に整備されていたこと、荷駄隊の大部分は北回り、つまり峠道を通らずに大垣城から長島城付近を経て田中弥左衛門隊と共に入ったことなど様々な工夫が見て取れるが二十五里(100㎞)近い距離を踏破して戦闘、という事実は変わらない。そのため多くの歴史家は懐疑的であり、草太が観音寺城を出たときには既に伊勢に大半の兵が入っていたと考えるのが一般的である。

 もう一つ、この短期間で木造城が落城した原因として多くの伊勢国人衆の離反という事実がある。檄文の署名からその日付は如月二日から三日、つまり細川藤孝が越前兵の前衛と共に観音寺城に入った日とその翌日であるが、それが遅くとも如月五日には少なくとも木造城周辺に配置された多くの伊勢国人衆の手に渡っていたという事実がある。単なる檄文でしかないとはいえ、二日や三日でというのは不可能ではないにしても相当な速度である。このことから檄文自体も正月の宴前後には用意されていたものというのが通説である。





 翌払暁、姉小路家の本陣から狼煙が上がった。言うまでもなく攻撃の合図であった。

 まず動いたのは川上の土肥但馬守率いる一鍬衆三千、中筒隊五百からなる部隊であった。といって周辺に配置された小規模の陣はほぼ青い旗を掲げていたため、それぞれに阿漕の陣へ行くように指示を出した。掲げていなかった陣は一つのみ、だが近づいてみると既に夜のうちに逃げ散ったのであろう、無人であった。

 次いで川上にある砦の内右翼、つまりより川上側に位置していた砦の攻略に取り掛かった。流石に砦は戦意が高い、という想定の元銃撃を加えたのちに押し出す手筈であったが、二町まで近づいたところで門が開かれた。青い旗を持った兵が砦の門付近に存在したため、内応があったと知れた。だがそれもあまり多数ではないと見えて開いた城門からでも内部で戦いが繰り広げられているのが見て取れた。土肥但馬守は銃撃を止め即座に一鍬衆五百を突撃させた。狭い砦内部での戦いが予想されたためその大部分は小太刀を抜き放ち、或いは三間槍を組まずに手槍としての突撃であった。一度に五百のみであったのは、無論、砦の広さからそれ以上は邪魔になると判断したためであった。

 程なくして砦が落ちたことを知らせる使い番が到着した。突入した一鍬衆は手負いも含めて五十も減らず、現在は砦の裏手にある仮設橋の確保を行っているということであった。中筒隊五十を追加で残し、仮設橋の確保を指示して土肥但馬守は次の砦の攻略に移った。無論、橋の確保の後に物見を多数出すことを命じることは忘れなかった。


 木造城の上流に作られた二つの砦の内、未だ落城していない二の砦の守備隊長は潮田長助であった。櫓の上から見下ろせば一の砦は既に落ち、眼下にはこちらへ向けて軍を動かしている姉小路軍が見えていた。もっとも旗印はまだ見えないため将が誰かは分からなかったが、その数は二千五百程度と知れた。二の砦には七百程度の兵がいたため、三倍半程度、碌に鉄砲もなく弓はあっても矢は絶対的に不足していた。しかも半数弱は国人衆であった。国人衆の兵は農民兵が主体であり練度は期待できないうえ、調略で寝返っている可能性も無視できなかった。事実、潮田長助自身も猛烈な調略を受けた一人であったが全て断っていた。その理由は様々に言いつくろうことができたが、結局は義理、この一言に尽きた。それをほかの国人衆、それどころか自身の直臣にさえ求めるのは酷であると充分に理解していた。

「我ながら愚かなことだと思うがな」

 傍らにいた小姓の長吉に言った。長吉には姓がない。戦場で潮田長助を助けて死んだ足軽の息子であり、その利発さから小姓として取り立てていた。ただ

長吉の問題は、若干言葉が不自由なことであった。

「殿。砦に裏切る国人衆、いない。裏切るならとうに動いている」

「だが最終的には攻めつぶされる。この砦を捨てて木造城に入っても、大河内城に入っても、よくもって半年。多分二月までかかるまい。大体、勝ち筋を人任せにして殻に籠るなど、下策も下策。負け戦と見れば人は離れ、人が離れればさらに負け戦に見える。その上に大殿が強かったからな」

 長吉が不思議そうな顔になったのを見て潮田長助は言った。

「多くの国人衆を屈服させ乗っ取り取りつぶした。伊勢北畠家の支配の及ぶ範囲は相当に広い。名門ということもあるが単純に力が強いからな。だが裏を返せばそ奴らは伊勢北畠家が弱れば敵に回る。より強いものが現れれば簡単に寝返る。今回のようにな」

「……分からね」

 いずれにせよ向こうの方が強いから負ける、と当たり前につぶやいてから潮田長助は言った。

「長吉、今この時より小姓の役を解く。好きに生きろ」

 なら、と長吉は言った。

「殿と共に」


 一町半からの銃撃の後一鍬衆の突撃により七百の兵は見る間に戦闘力を失い、銃撃開始から一刻と持たずに二の砦は姉小路軍の手に落ちた。中央の天幕には首のない傷だらけで切腹した死体が一つ残されていた。そして天幕から仮設橋に向かって十間ほどの処に白布に首を抱えた小者の遺体があった。土肥但馬守は首を縫い合わせたうえで丁重に扱うように命じ、砦の守備隊として百を残した後は全員を仮設橋を渡って周辺の確保のために土嚢を積んで陣を築かせた。



 木造城の下流に作られた三の砦の攻略のために一鍬衆四千、中筒隊八百を率いて進んでいた滝川一益は、本陣の狼煙を見て攻撃の命を発しようとした。小陣地はいくつか発見していたがすべて逃げ散った後であった。そのため砦攻撃に全力を充てることが出来る、そう考えていた。だが三町まで迫ったとき、三の砦の門が突如開かれ、多くの兵が出撃してきた。

「ちぃ、一撃して士気を上げるつもりか。中筒隊用意」

 待ってください、と郎党が声を上げた。見るとその最前列には青い旗が掲げられていた。

「寝返った国人衆か。撃ち方や……何だ、様子がおかしい」

 物見が報告してきた。

「報告します、降伏した国人衆の直後に星合具種隊が続いている模様。いえ、こちらは降伏ではなく槍を手に鉄砲をつぶす盾として国人衆を使っている様子でございます」

 一瞬、滝川一益の脳裏に尾山御坊でのあの戦が思い出された。人を盾として、鉄砲の弾除けとしてとしか見なかった非情なる戦法、それを小規模ではあるとはいえここでも見せられるとは思わなかった。おそらく立ち止まれば後ろから容赦なく弓鉄砲が国人衆を襲うのであろうことはわかっていた。反転攻勢などは、農民兵主体である、望むべくもなかった。

「前線入れ替え、一鍬衆が前を。全隊、左右に分かれよ。若林甚八郎、左翼を頼む。右翼は儂が。中筒隊は各自で撃て。ただし敵軍の後ろを狙い国人衆には絶対に当てるな」


 星合具種は、自分の取った手が外道であると知っていた。しかしこれ以外には勝ち目のある、いや足止めの目のある方法は思い浮かばなかった。

 国人衆まで含めても千には届かない中で急ごしらえの砦に籠っても先が見えていた。まして国人衆の大部分に濃厚な内応の気配があり、国人衆を除くと五百に届かなかった。無論、姉小路家の調略の手は、当然ではあるが星合具種にも届いていた。ただその手は取れなかった、というだけの話であり、自身の率いてきた五百の兵もどれだけ残るかは知れなかった。だが将としてせめて自身の五百の兵については信じなければと考えていた。

 国人衆が三町を走り抜ける、まさにその時までに滝川一益隊との距離がどれだけ詰められるか、乱戦に持ち込んでどれだけ時間が稼げるか。奇跡的に大きな被害を出させることが出来れば、そして一時的にしろ編成のために時間を稼ぐことが出来れば最良であった。

「どうせ地獄行き、か。だがご連枝と言われ敬われていた手前、今更降伏もできぬ」

 自嘲気味に呟くと、星合具種は槍を構えて走り出した。


 両翼に分かれて、といって完全に分かれるほどの時間もなくまばらになった程度であったが、空堀、土嚢の仮陣地も構築していなかったことが幸いしたのであろう、国人衆が駆け抜けることが出来る程度にはまばらであった。そして国人衆が駆け抜けた直後、両翼で陣形を整えた滝川一益隊、若林甚八郎隊が星合具種隊を挟撃した。

 勝負はほんの半時で着いた。三間槍を構え中筒隊の支援を受けた一鍬衆、それが左右から挟撃をしただけではない。自分たちを追い立てていた星合具種隊の矛先が自分たちへ向いていないと見るや長谷川藤直は兵を立て直して自身の近侍五十余と共に反転、突撃した。三位一体の三間槍での攻撃は健在であるどころかさらに洗練されており、数名が矢傷を負った程度で星合具種隊は壊滅した。潰走した兵を追って砦へ迫り、一刻後、滝川一益隊は三の砦を攻め落とし後方にあった仮設橋も確保した。長谷川藤直以外の国人衆は阿漕の陣へ送ったが、長谷川藤直は滝川一益が気に入り、自分の家臣に、姉小路家にとっては陪臣ではあるが、勧誘した。後に草太はこのことを聞き、先を越されたか、と笑って、その家禄の分だけ滝川一益に加増した。


 ところで星合具種は不幸であった。討ち死にであればよかったが、叩かれたか気絶していたところを捕縛されていた。処分は伊勢討伐終了後、とされていたが、それまでは一人晒し者にされた。その他のものは処分決定までは軟禁とされていたところを見ると、やはり草太にもこの人を盾とする戦術は相当に許しがたい戦術であったのであろう。


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