二百四十一、伊勢討伐(二)
足利将軍家と伊勢北畠家の諍い、それに伴っての伊勢討伐が決定され、姉小路家が兵を出すこととなった次第については既に述べた。姉小路家は先遣隊として田中弥左衛門率いる兵一万を西美濃大垣城より中島城に送り、更に川並衆、そして本隊である草太率いる兵二万が観音寺城に一旦集められ、細川藤孝率いる越前兵三千と共に伊勢北畠家への攻撃に入ることとされていた。
織田一代記にこうある。
「織田信長公、姉小路家臣竹中重元殿を引見し候。その言面白しとて丹羽長秀殿を観音寺城に、また村井貞勝を津島の衆に派し候」
当然にしてこの記述にある引見の内容は姉小路家の伊勢討伐に関する者であったと推測される。何らかの取引があったのか、おそらくは津島の衆に村井貞勝を派していることから、兵糧その他を津島からも調達することが目的であったと見るのが一般的である。事実としても津島の衆から姉小路家は多くの物資を調達している上、川並衆も物資の調達を津島の衆を通じて行っていたことも分かっている。しかし、どうもその恩賞が過大である。というのも、この後一兵も出していない尾張織田家が伊勢大湊に代官を置く、といっても姉小路家との共同管理であったようだが、その伊勢大湊に対する権益を得ているのである。津島の衆にとって伊勢大湊に自由に手を伸ばすことが出来るということは、伊勢湾、三河湾から東へ、駿府から遠く相模房総までの商圏への参入さえ見て取れる喉から手が出るほど欲しい港である。現実にそこまで手を広げるには時間がかかるにしても。
このことを考えあわせると尾張織田家が果たした役割はもっと大きなものだったのかもしれない。
観音寺城における軍議の後、草太に竹中重元が面会を求めてきた。軍議の場では話せない類の話、つまり何らかの策であろうと考えた草太は、小部屋に案内させた。念のため周囲には人払いをさせ、部屋に入ると竹中重元が息子竹中重治を連れて平伏して待っていた。草太は床の間を背に座り、草太の右手に平助が座った。座ったところで竹中重元が更に頭を下げるようにして言った。
「申し訳ございません。我が倅が、本日の軍議でとんでもないことを」
草太は、何を言っている、という顔で言った。
「面を上げよ。川並衆を雇う、それは悪くはあるまい」
「川並衆は今やほぼ尾張織田家の兵にございます。その精兵三千を引き抜くなどとは、後々が危うく存じます。尾張織田家は伊勢討伐と同時期に三河へ侵攻する可能性がございます。本多、酒井、鳥居、大久保といった大身のものに盛んに調略を掛けているようにございますが、いい加減に焦れてきている様子でございます。川並衆がいれば安泰、などとは言いませんが、三河侵攻への兵を引き抜くのは尾張が敗れる、我らがそちらに兵を向けざるを得なくなる可能性が高まります」
この竹中重元の発言に、草太は危険なものを感じた。おそらく今のまま尾張織田家が三河に侵攻しても勝てない、どころか逆に進行され、かつて姉小路家が兵を出したのと同じように大きな被害を覚悟しなければならないためであった。
「攻める、その確証は」
「ございません。が、備蓄は随分と増やしたようにも、兵も随分と増えたようにも見えます。またどうやら戦の臭いが濃くなってきておりますが尾張織田家が攻め込むことが出来るのは三河のみにございます」
竹中重元の発言に草太は言った。
「止められぬか。……いや、止めよといえば策は出せるか」
暫しの沈黙の後、竹中重治が口を開いた。
「止めることは出来るでしょう。少し賭けになりますが三河を尾張織田家が手に入れることも出来るやもしれません」
これ、と竹中重元が止めたが竹中重治は続けた。
「津島の衆から兵糧その他の物資を買い、また大垣周辺の街道を北近江からの物資を大量に輸送させることで塞がせましょう。民が飢えぬように加減が難しいとは思われますが、こうすれば尾張織田家がこれ以上の物資の備蓄を行わせない様にするのはさほど難しくはないかと。更に川並衆は根こそぎ雇い馬借なども大々的に動員することで徴兵も絞れば侵攻は止まるかと」
竹中重元が言った。
「それを実行するなら、織田信長殿の怒りは確実に買うな。背後より攻められても文句は言えぬ。何を対価に出すつもりだ」
「伊勢大湊」
草太は、ほう、という顔になった。商業の利を理解したうえでの発言であればこれ以上ない実利であった。
「更に津島の衆に申し付ける品々、馬借の雇い入れは尾張織田家を間に挟む、ということと致しましょう」
「それはそれとして三河は何とする」
竹中重元が、これは試すように言った。おそらく答えは竹中重元にもわかっていたのであろう。
「たった一人を説得できれば三河は手に入ります。竹千代、いえ元服して松平元信殿にございます」
「説得する材料は」
草太の問いに竹中重治が答えた。
「三河の現状、そして尾張織田家、姉小路家の後援。差し当たってはこの程度でございましょう。当家のものは書付にて、織田家に付いては織田信長殿に任せましょう」
ふむ、と草太は少し考え、そして言った。
「いや、足らぬな。一押し足りぬ。同じ状況になったとして一片の書状を信じて、いかに尾張織田家の後押しがあろうとも立たぬ。相手はあの駿河今川家、三河が織田家に付いたとて戦う相手が尾張から遠江に代わるまで。最前線で擂り潰されるのは変わらぬ。……姉小路家も兵を入れる。その方針で織田信長殿に話を通せ。良いな」
はは、と両名が頭を下げたのを受け、草太は言った。
「大儀である。が、そう畏まらなくてもよい。織田家への使いは竹中重元、そなたに任せる。それから竹中重治、そなたは雪解けを待って美濃より伊那谷へ攻め込む支度を致せ。地侍の調略などすべきことは山ほどあろう。三河がこちらにつけば今川が動く。その際には相模北条家は仕方ないにしてもそこに甲斐武田家が来れば途端に面倒になる。……渡辺前綱は一門衆であり良将だが些か直情的に過ぎる。知にかけては、そなたに頼む」
両者とも再度頭を下げ、平助の下がって良いとの命により引き下がった。草太は大きくため息をついて言った。
「行ったか。……ならば良い。平助、今回のは肝が冷えた。竹中半兵衛重治、名前は聞いていたのだが恐ろしいな、あれは。……人をコマとしか見ておらん。おそらく兵も、自分自身でさえも、だ。だからこそあんなに簡単に大博打が打てる、のかもしれん。そなたはどう見た」
「草太、以前の草太に言ったことがあったが、草太には剣の天稟はあるが大成しないだろうと。覚えておりますか。……ならば竹中重治、あれには策の天稟はありましょうが大成しないでしょう。あれは人が何で動くか、その根を理解しておりません。その根、お判りになりますか」
草太は、ふと弥次郎兵衛の声が聞こえたような気がした。
……人間、銭では動かない。世の中銭で動いているけれどもね、銭が全部を動かしているわけじゃあない。一番大事な問題は、結局は銭では動かないんだ……
「あ奴には、利で動く、その世界しか見えていない」
平助は珍しくにこりと笑った。
「左様、その世界はあ奴らに任せ、我らはその一番大事な問題、根の根の問題に取り組めばよろしかろうと思います。殿に楽をさせるのが我ら家臣が務め、精々、走り回ってもらいましょう……さて奥へ入る時刻はとうに過ぎてございます。奥方様方も待ちかねてございましょう」
ザ、ザと足並みをそろえて一万の兵が田中弥左衛門の指揮の下、美濃大垣城より長島城に至ったのは弥生二十七日の事であった。田中弥左衛門に与えられた目的は、長島城を囲み周辺の街道の安全を確保することであった。既に姉小路家の意図は長島城にいる石山本願寺にも察せられ外に兵を伏せていることも考えられたが、田中弥左衛門は敢えて無視した。慰撫すれば足りる、そう考えたためであった。勿論、周辺には警戒を設けたがそれ以上に気を使ったのは街道の警備であり住人の慰撫であった。田中弥左衛門は、豊富な兵糧を惜しげもなく放出して慰撫に当たり、歯向かわない民には毛ほどの傷も与えぬという方針を貫いたのであった。
この田中弥左衛門の方針によって長良川、木曽川に挟まれた輪中に位置する長島城は一戦にも及ばずに包囲された。ただし田中弥左衛門の胸中には言い知れぬものがあった。それは、ただ城を囲むだけという任務ではなく、周辺住民に紛れた敵に対してであった。いくら慰撫してもそれが足りているのかどうかは田中弥左衛門には分からぬし、何より外からの流民に紛れて姉小路家の陣を狙う一党がいるやもしれぬ、いや未だ鈎の陣の被害が近江である状況であればないと考えるのは無理があった。だがそう考えるのは田中弥左衛門を苦しめた。
とはいえ、田中弥左衛門は周辺の民に対して根切りをしたいとは夢にも思わなかった。住民の皆殺しという戦術は姉小路家の方針とは大きく異なるためであった。付近に縁のある山内盛豊が進言した。
「新しく寺を建立してはいかがでしょうか。願証寺は古刹といえどもその実は石山本願寺の手先に過ぎません。新しく加賀派の寺を作るとどうかと」
田中弥左衛門は言下にこれを否定した。
「信心は寺でするものではない。寺で養うものだ。この違いを間違えるといかんのだ。顕誓様に教えられた。新たに寺を作って何とする。信心が頼りの民が願証寺に行くか、新しい寺に行くかを問うて、勢力を競っても仕方があるまい。考えるまでもなかろう」
しかし、となおも食い下がる山内盛豊に田中弥左衛門は言った。
「宗門は宗門に争わせればよい。それにしても、陣の設営は終わったのか」
革島一宣が答えた。
「既に土嚢は積み終わり、鉄砲狭間の屋根も張り終わってございます。油紙を挟んだ革張りで小規模な雨ならば内部には雨は入らぬとのことでございますが、いざ実際に使うとなればまた勝手が違うかと」
「川が氾濫すれば船もなかろう」
こういいながら入ってきたのは、川並衆の梶田直繁であった。山之内盛豊は見知った仲とはいえこうも簡単に入られると些か驚いたが、そこは胸に呑み込んで言った。
「梶田直繁殿、案内の兵よりも先に入って驚かせるのはそなたの流儀ではあるまい」
笑って済まぬという梶田直繁の目は笑っていなかったが、それを責める田中弥左衛門でもなかった。その田中弥左衛門に
「なに、木曽川の河童の礼儀知らず、というのはご無礼を。……礼儀には頓着せぬ、とはありがたい。こちらの話は我らが兵が明日夜と明後日夜に入る、準備を願いたい、というだけの詰まらぬ話だ。後は簡単な打ち合わせだな。……前金で聞いているのはあの城を」
そう言って目線を未だ灯の漏れる中島城に向けた。
「あれを落とすのではなく囲め、川岸を守れ、だな」
「無論。ただ交渉を持ちかけてきたらこちらへ。無碍にはせぬようにな」
梶田直繁が念を押すように言った。
「力で押せとか言わないな」
何かあるのか、との革島一宣の答えに口ごもった梶田直繁に山之内盛豊が言った。
「あれを川並衆の城にしようと、そして津島の衆に口を出そうとした者が昔おってな、散々な結果に終わった。当然だが船は今よりも多かったし城も今よりも素朴な頃だ」
なるほど、と一同を納得させるような、そんな簡潔な説明であった。




