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草太の立志伝  作者: 昨日の風
第六章 東奔西走編
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二百二十二、二世誕生

姉小路の変によって京での騒乱が起こった次第については既に述べた。この姉小路の変の黒幕は結局のところは不明であるが、興仙は伊勢北畠家の手のものであるとして草太たちに策を授け、授けられた草太たちは半信半疑ながらも策を実行に移すべく動き出した。

 同時に姉小路家には一つの慶事があった。それはつうが草太の息子を生んだことであった。



 高屋平助日記天文二十四年長月五日(1555年9月20日)の項にこうある。

「姉小路房綱公、京より帰還し候。即ち和子様とご対面なされ候」

 高屋平助日記によれば草太が長男百合若ゆりわかと対面したのは、京から戻ってからのことであるとされている。命名の儀が終わった直後につうを正室に迎えるための評定が行われ、その翌日にひ文字姫、美濃斎藤家から輿入れしてきた白菊姫の二人を側室として迎えるとの評定が行われたのは、形の上だけでも既につうを正室にしているためひ文字姫、白菊姫が側室であるということにするために他ならない。こういう機微については、やはり草太も公家でありこの時代の人物としての枠に嵌っていると言わざるを得ないようである。とはいえこの時代にはまだ幼児の死亡率も高く、また政略結婚や一門衆としての扱いがあるため、序列さえ何とかなるのであれば子孫はいくらいても困ることはないのがこの時代である。この後、最終的には草太には実に十一男十三女という数の子に恵まれるのであるが、この他に庶子が八人確認されており、また養子、養女とした子女も多くあり、姉小路家は大いに栄えるのであるが、それはまた別の項に譲ることとしよう。

 ともあれ、草太の嫡男、百合若が天文二十四年長月三日(9月18日)に誕生したのは、歴史的な事実である。



 天文二十四年長月三日(9月18日)夕、観音寺城は騒乱に包まれていた。

 騒乱の元は二つあった。一つは既に述べた姉小路の変の対応のための出陣準備、一部は既に出陣していたが、補給隊や医療隊はやはり時間がかかった。そのため夕刻になっても出陣準備を続けていた。だがこれは既に何十回となく繰り返された訓練の通りのことであり、騒乱はあっても混乱も何もなかった。ただ粛々と準備が進められ、準備が終わり次第順次出陣していく、その最後尾がまだ観音寺城にいただけの話であった。一部には上様お隠れという噂は流れていたが、そのような噂で浮つくような姉小路軍ではなかった。これが草太に何かあったということであればまた話は別だったかもしれないが、上様、将軍足利義輝の動向は、姉小路家の下士には既に雲の上の話であり実感がなかったというのが本当であったかもしれなかった。

 もう一つの騒乱の元は、一方で、姉小路家の軍勢全体に影響を与えていた。それはつうの出産、更にそれが男児であるという、つまり草太のお世継ぎが誕生したということであり、姉小路家に関わりのある全ての人間にとって慶事以外の何物でもなかった。全員に振舞酒だ、と声が上がれば、一方で出陣準備も行われている状況であり、出陣準備に影響は出ないが将兵は相当に浮ついていたといっても過言ではなかった。その様子を普段の状況で田中弥左衛門が見れば怒鳴り声が上がりそうであったが、田中弥左衛門は既に出陣しており出陣準備には影響がない状況であれば怒鳴り声もなかろうと思われた。


 視点を奥、即ちつう達の処にうつすと、案外につうは冷静であった。普通であれば嫡男を産んだという功績で沸き立つのが奥での通常みられる光景であった。だがつうは冷静に、子が庶子として、精々一門衆の端に名を連ねる程度のことになることも視野に入れて、そうしてあまり子の将来には考えを及ばせない様にしていた。自身は、草太の口約束の通りに正室になれるとは思っておらず、ただ草太の心の中の正室であればそれで良い、と心を決めていた。妾腹の出であれば嫡男どころか一門衆に入れてもらえればそれは良い方の待遇であった。悪い方に考えれば、その子は死産か生まれ落ちてすぐに息を引き取ったとしていなかったことにさえされる、そういう身であった。

 だがつうは一方で、草太を信じていた。草太が正室にする、とつうに宣言したということは守られるだろう、と信じていた。信じざるを得ず、それに縋らざるを得なかった。もっとも、その約束が本気であること自体はこのつうの出産に関する人間、医師、産婆からつうの身の回りの世話をする侍女に至るまでの対応から、明らかではあった。

 ひ文字姫が言った。このころにはすでに月のものもなくなり、子が男児でありつうが正室となった場合には自身の子は嫡男にはなれぬ、そういう身の上であることを百も承知で、それにもかかわらず言った。

「つうさま、おめでとうございます。珠のような男児にございます。ああ、かわいい、凛々しい男児にございます。奥の手柄、一番手柄はつう様のものにございます」

 つうは、僅かに微笑んだだけであった。出産という行為は、体に負担をかけるものであった。特に産後の肥立ちが悪ければそのまま命を失うものもいるほどであった。だがつうは気丈にも微笑み返して、まだ猿のように頭の骨の固まらぬ我が子を抱いて微笑んでいった。

「この子が、姉小路家を継がなくても良い、平穏で幸せな人生を歩みますように。私はそれだけが気がかりでございます」

 もっとも、その願いは草太の子として生まれた瞬間から、少なくとも「平穏」という願いだけは叶わなかったのであるが、それを言うのは酷であろう。



 一方で、本圀寺での会合を終えた草太は、和子様である、つまり嫡男が産まれたということを聞かされたのだが、どうにも実感が湧かなかった。中学生と高校生の間に産まれた子供、なんて、ちょっとした醜聞スキャンダルだな、と久しぶりに現代にいたころの感覚を思いながら、兵を纏めて観音寺城へ戻るように手配していた。民の町屋を立て直すのにも時間もかかり当面は掛屋程度の小屋で過ごすしかなかったが、事態は既に収束しており、姉小路家が手を出せる範囲の仕事はもうなかった。むしろ足利将軍家や比叡山延暦寺の仕事を奪い顔を潰すことになるため、補給隊の一部と医療隊を除く全部隊が引き上げを開始した。草太は、その先頭を騎馬隊を率いて戻ることになっていた。何よりも騎馬隊は、いや馬はと言うべきであるが、馬はいるだけで飼葉を多量に使うため、今の京のように物資が不足がちなところでは馬は出来る限り使わぬ方がよかった。そのためもあり、草太は先頭の騎馬隊を率いて観音寺城へ戻ることとなった。


 周囲に人払いをして弥次郎兵衛が言った。

「旦那、子供が産まれた位でおたついていては、志はどうします。子供が産まれて里心が付いた、だから志なんてなし、なんて我々志に付いてきたものにはどうしようもない裏切りに存じますよ」

 だが、と草太が言った。

「子供だぞ。我が子だ。しかも男児だという。おたつくなと言われても、なぁ」

「旦那、子などは産まれぬと実感など湧かぬものにございます。余りお気にされぬように。……某でございますか。某は……多分八男六女にございます」

 弥次郎兵衛曰く、子など一々認知できぬという相手まで含めれば両手両足を数えても足らぬ、ということであった。

 それでもねぇ、旦那、と弥次郎兵衛が言うのを制して平助が言った。

「弥次郎兵衛、そう草太を弄るな。そなたも外に子がある身、どうせ認知もしておらぬだろうが、つうの子は確かに草太が種だ。疑う余地もない。……で、草太、どうするつもりだ」

 三人は、昔の草太、弥次郎兵衛、平助に戻ったつもりで話を始めた。どうせ人払いをしている以上、この話を外に聞かれる危険性はなかった。それでも草太は言った。

「つうは正室だ。もし男児を産んだなら、それは確かに嫡男、世継ぎということになる」

 草太を除く二人は顔を見合わせた。それは難しいことであったからであった。弥次郎兵衛が言った。

「まだつう様は正室ではございません。また家格ということからしても、現在お子を孕んでいるひ文字姫に男児が産まれれば……」

「それでも、だ」

 弥次郎兵衛の言葉を遮るように言った。

「草太、お前は子が出来た、つまり親になったのだ。その自覚があるのか」

 なかろう、という顔で平助が弥次郎兵衛の言葉を遮って言った。実際に草太には父親としての自覚、と言われても何がどう変わったのか実感が湧いてこなかった。

「そのような草太に、今は何を言っても無駄だ。今はただ、子の顔を見せるのが一番というものだ。某にも子はいないが、子がいる先達は多い。その言葉を纏めれば、子の顔を見れば全て解決する、だ。弥次郎兵衛、そなたにも経験があるのではないかな」

 そんな、と言いかけて弥次郎兵衛はやめた。子は実子ではなく全て拾い子であり父親は全て弥次郎兵衛ではないことも、育てを城井弥太郎に任せる形にしているのも、平助は知っているはずであった。平助は女性を知らぬはずであった。そんな平助が全てを知っていて言った、その言葉は確かに聞くべきであった。



 それはともかく、と一呼吸も二呼吸もおいてから弥次郎兵衛は言った。

「興仙師の当て推量、あれは正しいものとして行動するのかどうか、それは今決めていただきたい」

「正しいだろうよ」

 草太は一呼吸で返した。理由は簡単であった。

「正しいとした方が、多分こちらに利がある。それが理由だよ。逆に言おうか。あの一件が成功していたとして、最も利益を得るのはどこだ。……それが理由だよ」

 確かに三好家、河内畠山家は騒乱の起こって姉小路家の兵が京に入ってから兵を集めた。逆に言えばあの騒乱は予想していなかったともいえる。ならば畿内で上洛、参謁をせずに済む家格で上洛したくない家柄と言えば、確かに伊勢北畠家は、慮外になっていたとはいえ候補の一つであった。

「何の証拠もない。だから何のとがめだてもしない。表立ってはな・・・・・・

 裏を返せば、どうせ興仙の言い出した策だから、長野工藤家の件については、既にそのある程度の見込みが立っていると判断している、そういう面があった。



 この翌日夕にも、草太が子供に泣かれて泣くのをオロオロとしている姿を諸将に見られ、御屋形様らしいと笑われたのもそれはそれであった。


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