表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草太の立志伝  作者: 昨日の風
第五章 混迷と混乱と
189/291

百八十四、山崎の合戦(四)

 山崎における合戦において、十河一存率いる三好家の第一陣が壊滅した次第については既に述べた。その大部分の兵は銃弾に倒され、投げ槍に縫い止められ、山崎の防衛陣から水無瀬川にかけての約十町には万に近い数の死体が転がり、或いは動けなくなった兵がうめき声を上げていた。

 だが第二陣が既に後方一乗寺の門前に作った本陣を発していた。



 言継卿記天文二十四年文月十一日(1555年7月31日)にこうある。

「山崎にて姉小路家渡辺前綱殿と三好家十河一存殿、三好康長殿合戦仕り、人死数多なりとぞ。さても鉄砲は強き武器なり。京の街は平穏なれども、未申の方角は騒がしき事ならん。他の地にも戦ありとて歌会に姉小路房綱殿出ず(略)夜、巽より戻りき。仔細ありての事なり」

 この当時、山科言継は京にあり、山崎の合戦も身近に知っていたようである。大部分の下級の公家は合戦後にならなければ合戦があったことを知らなかったのを見れば、山科言継の情報能力が高かったとみるべきだろう。

 山崎の地では既にこの日の朝から十河一存隊との合戦が起こっており、さらに未明からは填島城をめぐる戦い、老ノ坂での戦いが行われていたが、京の町は朝議が終わって屋敷へ多くの公家が戻った昼過ぎ、そして歌会のあった夜に至るまで平穏無事を保っており、下級の公家にはこの翌日に至るまで合戦があったこと自体を知らなかったものもいたようである。

 京より半径五里以内という、つい目と鼻の先で同時に複数の戦が行われたにもかかわらずこれほどまでに極秘にされたのは、姉小路家の威光というよりも無用の混乱を避けようと情報を厳しく管理した足利将軍家や五摂家の意向が反映されていたとみるべきなのかもしれない。

 ところで巽の方角より草太が戻った、との記述があるが、京より巽の方角といえば填島城の方角である。だが姉小路家日誌には草太がこの方角で戦ったという記録は見当たらない。何かの間違いでもあったのかもしれない。




 一乗寺に陣を取った三好実休は、第一陣の将十河一存、三好長将らが落ちてくるのを見て出陣を一度と止め、その場で戦闘準備のまま待機を命じた。何があったのだ、とは三好実休は聞かなかった。この二人が来ているとすれば兵は壊滅したのには違いがなかった。空を見ると空は薄暗く、一雨降りそうで降らなかった。

「雨、か。敵も鉄砲を使えぬだろうに、止んだというのであれば仕方があるまい。……それほどまでに堅いか」

 三好実休が十河一存に尋ねると、左腕を撃ち抜かれていたのであろう指先から血を滴らせながら、それでも声は平静なまま十河一存は答えた。

「堅い。そして兵一人一人が強い。兵が少ないのに突撃しての火計までした。鉄砲抜きで戦っても、同数同士でも四分六分で向こうの勝ちだろうよ。残念ながらな。山崎城も三好長徳が手のものに攻めさせてはみたが、一撃で粉砕されたらしくその後の消息は不明だ」

 三好家の兵は確かに山岳地帯での戦いにはさほど向いた兵ではなかったが、それでもこの戦には精兵が集められており、そこまで一方的な敗北にはならぬはずであった。


 今のまま攻めても、山崎を抜けられぬ


 三好実休は完全に認識を改めた。それまでは、兵の数で押しつぶし京へ入り姉小路家を追い落とす、というよく言えば明快な、悪く言えばあまり深く考えていない戦いを想定していたのであったが、ここへきて考えを改めざるを得なかった。力押しがだめならば搦め手を攻めるのが常道であった。

「報告します、未明より攻略中の填島城、付近にかかる宇治橋の袂にいる一隊以外は既に排除が完了、宇治橋の一隊を排除次第京へ入るとのこと」

 ご苦労、と言いかけて三好実休はふと奇妙な点に気が付いた。一向一揆には輜重隊はいないため、略奪以外に軍を維持することはできないはずであった。それが未明から戦って、この報が入るまでを勘案すると既に食料の類は使いつくされたはずであり、更にかの地には数万が略奪できるほどの量の物資があるとは考えにくかった。それゆえ三好実休は言った。

「一向宗は残っているか」

 報告を携えた使い番は、流石に言いにくそうにではあったが言った。

「填島城内の物資を略奪した後近隣の村へ向かい、そのまま解散したそうにございます。某は安見宗房の馬周りの一人にございますれば制止はできず……」

 よいよい、と三好実休は止めた。権限がないどころか、権限があったとしても制止すれば自身が略奪の対象になるであろうことは、三好実休にも容易に想像できた。

「わかっておる。どうせ一向宗と結んだ我らが罪だ。その罪はそなたには問うまいよ。それよりも、だ」

 三好実休は少し瞑目して考え、策を決した。

「十河一存、そなたは儂と共に来い。儂は兵九千を率いて填島城より山科、京へと参る。三好康長、兵八千を与える。戦うと見せて退き、退く見せて戦え。我らがいなくなったことを悟られるな。篠原長房、兵千をもって石清水八幡宮へ上れ。あの地から京を狙うのは難しいが、物見がいるはずだ。物見を潰すだけでも意味がある。三好長将、殿のところに参って状況を説明し、兵の再編成をせよ。場合によっては殿ご自身が出馬を言い出すやもしれぬ。その場合に身近にこの場の事情を知らぬ将がおらぬのは、流石にまずい。……止めずとも好い。ただ、伝えよ」

 命令を下し、かかれの合図とともに諸将は動き出した。


 まず動いたのは篠原長房隊であった。二千の兵が淀川に船橋を架けて渡り、石清水八幡宮のある男山へ向かった。この地には姉小路家の物見八名が詰めていたが、二千の兵が向かってくるのを見て敵するべくもなく、淀川沿いに隠してあった小舟に乗って撤退した。被害こそなかったが、これは渡辺前綱にとってかなり大きな問題であった。というのも石清水八幡宮からの物見がいなくなれば、大周りに巨椋池を回り込んで防衛陣を側面から攻撃される可能性が出てくるためであった。歩いて渡れるような深さでもなく川幅も二町近くあるため直接的な被害は考えにくいのは事実ではあったが、それでも巨椋池を渡る手段がありさえすれば京へ入り得るというのは、やはり気持ちの良いものではなかった。そのため渡辺前綱は即座の撃退は難しいが、川沿いに物見を配して動きを注視させた。


 三好実休は、しかし渡辺前綱よりも一枚上であった。石清水八幡宮のある男山の陰に隠れて渡辺前綱隊からは見えなかったが、巨椋池を南に回る道を取り、三好実休率いる阿波の精兵九千が軍を進めていた。一乗寺においた本陣から填島城まで四里を三時さんときで駆け抜け、安見宗房隊と合流したのは日暮れも近い申の下刻であった。



 さて残された三好康長率いる兵八千は、あたかも全軍がここにいるかのように見せかけなければならなかった。渡辺前綱隊と対峙した状況を作り出し渡辺前綱隊を釘付けにすること、これが三好康長隊に課された任務であり目的であった。戦って勝利する必要はどこにもなく、矢一筋射る必要も弾一発撃つ必要もなかった。ただ渡辺前綱隊を動かさなければよい。それだけであった。

 三好康長が選んだのは、船を動かすことであった。先の戦いで既に五台が擱座し、残りは三台のみであったが、三好康長は三台すべてを出すことにした。速度が遅く街道以外に出ることができない、という欠点はあるが、裏を返せば接近するまでの時間を稼ぐことでもあった。兵を随伴させて街道を静々と前進する分には、少なくとも水無瀬川か空堀までは前進できるはずであり、前進する速度が遅いためにかなりの時間を稼ぐことができるように三好康長には思われた。


 一方の渡辺前綱は、石清水八幡宮に陣を張った三好家の軍勢千の意図を図りかねていた。淀川を渡るにせよ、そのための船を残すような不手際をするような渡辺前綱ではなかった。であるならば、石清水八幡宮の千の兵に意識を向けさせての正面か天王山への攻撃を意図しているか、それとも石清水八幡宮の向こう側を兵が通過するために物見を潰す必要があったか、可能性は二つであった。石清水八幡宮の向こうを通るとすれば巨椋池の南岸を通る道であり填島城に至る道であり、兵の配置からすれば最も手薄となっている部分であった。

 この時点では渡辺前綱には填島城が一向宗に襲われ石川長高の討死の報は届いていなかった。それが良かったのか悪かったのか、渡辺前綱は前方から再度船が動いているのを見て正面からの攻撃が本命であると考えた。兵の数から推して次の攻撃を凌げば山崎での防衛は成功する、そう考えた渡辺前綱は、軍を前進させた。

「山岡景隆、一鍬衆千、中筒隊千を残す。この陣を護れ。残りは前進する。市川大三郎、一鍬衆二千五百、中筒隊五百を率いて川沿いに前進せよ。おそらく船橋が架かっているはずだ。渡って石清水八幡宮の敵陣を攻め落とせ。残りの全軍は前進、敵の本陣を落とす」

 雨の気配は強まっており、渡辺前綱は雨が降り始めるまでに勝負を決めるつもりでいた。

 ここまでの戦いで手傷を負い、或いは討死して戦線に立てなくなった一鍬衆は僅かに三百を数えるのみであったため、渡辺前綱隊は一鍬衆五千二百、中筒隊二千五百であった。戦闘が終われば医療隊が入ることになっていたとはいえ、防衛陣から水無瀬神宮までの十町程の地はまさに死屍累々と表現するのが正しく、まだ息のあるものが呻いており、さながらこの世の地獄であった。その地獄の中を渡辺前綱隊が進み市川大三郎隊が進んだ。



「報告します、山崎の陣より姉小路隊が出陣を開始、その数一万余。馬印から渡辺前綱が出陣しているとのこと」

 三好康長の元に報告が届けられたのは、本陣から四半里も進んでおらず、舟橋の架けられた川岸まですら四五町ほどの地点であった。思ったよりも船の速度が遅く、夕刻頃には敵陣前に展開できるかと考えていた矢先の報告であった。ふと空を見上げると雲がいよいよ黒くなり、一雨降りそうであった。雨が降れば鉄砲は役に立たず、姉小路家の中筒隊を無力化できるのは大きかった。中筒隊を除けば数はほとんど変わらないため、脅威であるのは投げ槍だけであった。姉小路家には投げ槍があり中筒隊がいるが弓隊がいるという報告はなく、過去の戦からも弓隊は組織されていないと考えられていた。ならば、と三好康長は考えた。

「船を盾に迎え撃つ。後々動けなくなっても構わぬ。防塁とし弓を射掛ける支度をせよ」

 こうなると船は完全に足を止め、防塁以上の存在ではなくなった。今や当初の攻める三好に守る姉小路という図式は完全に崩れ、守る三好に攻める姉小路という図式に変化していた。三好康長は可能な限り時間を稼ぐ必要があったが逆茂木一つ結う資材もなく、ただ船を並べて弓隊を込めるだけであった。

 ここで三好康長は思い切った手に出た。それは側方にある山沿いの木立に兵の大半を入れ、船の攻撃をしている姉小路隊を側面から攻撃させる、というものであった。中筒隊が雨で機能しないならば脅威は投げ槍であったが、投げ槍は文字通り投げるため木立の中に籠ればその威力は半減する、それを見越してのことであった。


 案の定、というべきか、雨が降り出した。渡辺前綱は中筒隊に一鍬衆二百をつけて引かせ、一鍬衆五千のみで本陣への強襲を強行した。敵兵の大半は壁の陰に隠れているようであり、投げ槍を投げさせようにも盲撃ちではあたるものも当たらないため投げ槍は控えさせ、ただ壁の隙間を縫っての攻撃に対処させつつ、所詮は幅が十間もないため両脇より回り込ませての攻撃を行わせた。壁の矢間から矢が射掛けられていたが、土嚢で矢間を埋められて矢を撃てぬようにされていった。三人一組の一鍬衆の槍には、いかに阿波の精兵であっても太刀打ちができずにじりじりと削られ、三好家の軍勢は押されていった。

 渡辺前綱はふと嫌な予感がした。味方は確かに押しているが、敵の抵抗が少なすぎた。数においても、壁の向こうは見えないにせよ、精々三千という辺りであった。迎撃のために出撃しているだけにしても少なすぎた。

 罠か、と気が付いた時には遅かった。側面の木立から兵四千余が槍を揃えて突撃してきた。通常であればここまで接近される前に気が付いたであろうが、雨ということもあり正面の船の存在もあり、気が付かれずに攻撃を開始することができたのは、渡辺前綱にとって非常に不幸なことであった。


 一鍬衆の弱点、と呼ぶのは憚られるが、最大の問題は突如として側面に現れた敵に対応する有効な戦術が存在しないことであった。攻城戦の用意に三間槍の先だけを外して手槍としているのであれば別として、野戦を想定して三間としているならば、三間槍の間合いよりも近付かれた場合には槍を離して小太刀に頼らざるを得ず、そうなれば通常の槍に対しては不利となるのは否めなかった。何列にも隊伍を組んでいてもどうしても死角が出た。

 今回は、偶然にもそこを突かれた。一間の槍を持った阿波の精兵に対して一鍬衆は小太刀で対応せざるを得ず、それでも数列が身を捨てて距離を稼いでいる間に渡辺前綱は隊を回転させ、三間槍の間合いにとらえた後は戦は一方的であった。


 三好家の軍勢が退却を開始したとき三好家の兵は二千に満たず、追撃によりさらに数百が落とされたが、姉小路家の兵も二千近い兵が死傷していた。これ以上の追撃は無用と判断し、渡辺前綱は進軍を止め、まだ生きている敵兵からは武装を解き、負傷の度合いごとに集めて敵味方なく医療隊が手当てをするための支度をさせた。

 使い番が来て市川大三郎隊が石清水八幡宮に陣取った三好家の軍勢を退却させたと伝えてきた。背嚢に入っている支給品の革の外套を纏い、渡辺前綱は敵の数が妙に少ないように思えてならなかった。


 雨が強くなってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ